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 マリアが目を覚ました時、そこには異世界も、賢者も、ツノの生えた悪魔もいなかった。


 柔らかい朝の日差しが窓からさんさんと入り込んできている。少し寒い、夏も近いある朝。幼い頃から育ってきた宮殿の私室だ。隣では妹がまだ寝ている。


 少し寝ぼけながらも、化粧台の前に座り、髪を梳く。長く艶のある茶色の髪の毛からは、昨晩入浴するのに使用した香水のいい香りがした。


 もうすぐお父さまがボートで晩餐会を開くとおっしゃっていたわ。

 と、少し先の予定を思い出し、マリアは微笑む。


 優秀な士官とおしゃべりできるあの時間が、マリアはとっても好きだった。マリアには同じ年頃の士官がとてもかっこよく見えた。将来は、きっと彼らのうちの誰かと結婚するにちがいないわ、と心を踊らせる。


 それだけではない。単純に家族と楽しい時間を過ごせるあの空間がマリアは好きなのだ。マリアにとって、あんなにリラックスして家族で過ごせる場所は、他にない。


 ふと、夢の中で見た光景を思い出した。

 マストにつながれた虜囚。

 彼は、一体だれだったのだろう?

 黒い、髭面の、ひどく怖い男性だった。


 マリアはだんだん不安になってきた。まるで、彼が夢から這い出て来て、みんなを食べてしまいそうに感じられた。


「そんなの、ウソよ…」


 ふと、あの、どこか寂しそうな、そしてちょっとずる賢そうな顔をした、男のひとが光明のように浮かぶ。彼は、わたくしをなんて呼んでいたっけ?


……

………


「マリア!」


 エスの呼び声でマリアは覚醒した。

 砂の上から飛び起きる。


「…水の、中」


 そう、そうだった。マリアの現実は、今はこちらだったのだ、と急速に目が覚めていく。同時にあの恐ろしい髭面のことも思い出した。


「あの人は、だれ…?」


 体を腕で抱え込むようにして、ガタガタ震えた。


「大丈夫ですか?」


 気がかりそうに、エスが問いかける。マリアは風邪を引いた時のように、早くその気持ち悪さが無くなるのを祈りながら、無言で頷いた。


「ねえ、エス。あの後どうなったの?」


 朧な記憶を補強しようとする。


「あの繋がれていた男は、まるで塵のように消えてなくなってしまいました。人魚の言う通り、本当に亡霊だったみたいです。あの男を、ご存知なんですか?」


 マリアは首を振って否定する。


「覚えてないの。でも、あの人を見たら、なにかわたくしの大切なものが奪われるような気がして…」

「…」


 エスは何かを考え込み、それから気遣わしげに言った。


「『人魚の歌声』は手に入りました。そろそろ、陸に戻りましょう、マリア」


 頷くマリアに手を差し伸べようとして、ハッと気が付いて引っ込める。その仕草を奇妙に思ったマリアは無言のままエスを見上げた。


「申し訳ありません」

「なんで、謝るの?」


 エスは暗い顔で、つまり例の悪魔っぽい顔で、微笑んだ。


「おれが、怖いでしょう? おれは、人を、」

「ねえ、エス」


 自分で言った言葉に自分で傷ついているエスの様子に、マリアがどこか投げやりに言う。


「はい」

「わたくしたち、お友達よね?」

「………」

「わたくしは、お友達だと思っているわ」


 エスは困惑して、言葉少なに告げた。


「友達がどういう存在なのか、分かりません。けど、マリアのことは大切に思っているつもりです」

「たとえ、わたくしが元の世界に戻っても?」

「…はい」


 マリアは両手をそっと広げた。


「ねえ、エス。抱きしめて」

「…は?」

「抱きしめてくれるまで、一歩も動かない」


 梃子でも動かない様子のマリアに、エスは困ったように、


「子供のようですね」


 そう言いながらも、砂に膝をつき、そっとマリアを抱きしめた。マリアはこそっと言い返す。


「子供じゃないもん。十九歳よ」


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