プロローグ〜すべてのはじまり〜
プロローグ
「ただいま」
一人の小学生が家に帰ってくる。いたって普通の光景だ。
「お母さん? いないの?」
子供が家の中をうろつく。そう言うものの、鍵は開けぱなしだった。いないはずがない。
「あれ? いたんだ」
母は机にうっつぷしていた。
子供は母親に近づく。
「ごめんね…」
母は子供に抱きつく。
「どうしたの?」
「ごめんね…。ごめんね…」
母はその言葉しか口にしない。
「何があったの?」
母はふらりと立ち上がる。
「ごめんね…」
その後に、子供の名前を呼び玄関のドアを開ける。
「どこいくの?」
「ごめんね…」
ふらふらと母は出ていく。
「どこいくの? 待ってよ!」
子供は追いかけるも、母はマンションのエレベーターに乗っていってしまった。
「お母さん…」
子供は胸騒ぎがしてしょうがなかった。
―もう二度と帰ってこないんじゃ…―
子供は家に戻り、ダイニングに行く。
「…」
食卓机の上に、一枚のかみがあった。
―離婚届
「お母さんは…もう帰ってこないの?」
子供は力が抜けたように床に座り込む。
そして立ち上がり、玄関を開け外に出る。
「お母さん…」
子供はエレベーターに乗り、1階に行く。
1階に母の姿はない。
子供はふらふらと町を歩き始める。
そして、児童公園の前に来て立ち止まった。
「あ、雨…」
雨が降ってくる。
公園の子供たちが散っていく。
「みんな、いなくなっちゃった…」
子供はずぶぬれだ。
子供の濡れた目に雨の公園のブランコに座っている大人が目に映った。
子供は気になり公園の中に入る。
「…!」
大人は子供の父親だった。
―あいつがいけないんだ
子供の心の中にそんな言葉がよぎった。
子供の父親は最近失業し、町をうろうろしている。
子供は母親が出て言った理由は父親だと考えた。
「おお、おまえか」
父親が手をあげる。
酒臭い。酒を飲んでいるようだ。
「おまえがいけないんだ」
子供が父親に近づきながら小さくつぶやく。
「ん?」
父親が顔をあげる。
「おまえが…おまえのせいでお母さんは…」
子供は誰かの忘れものであろうバットを手に取る。
「お、おい…、おまえ…なにを…」
「全部おまえが悪いんだ!」
子供は父親にバットを叩きつける。
「うっ…」
父親はブランコから落ち、倒れこむ。
「おまえなんか…消えてしまえ!」
子供は容赦なくバットを振り下ろす。それが5分ほど続いた。
「はぁ…はぁ…」
子供は手を休める。
「あっ…」
父親は既に死んでいた。
―自分が殺した…
「うわぁぁぁっ!」
子供はバットを持ったまま雨の中をマンションに向かって走る。
パタン…
「はぁっ…」
子供は自分の家に帰ってきて玄関に座り込む。
―お父さんを殺した…
―自分が殺した…
「うっうぅ…」
子供は涙を流す。
後悔の涙はいつもよりしょっぱく感じた。
この子供は10歳にして大きな罪を犯してしまった。取り返しのつかない…。
しかし、父親の死は他殺と思われたものの証拠不十分で犯人は捕まらないままだった。
子供が名乗りを上げることは無かった。涙をこらえるだけだった。
刻日 綾瀬家
「和樹ー、卵ー」
瑞希は和希に言う
「なんでだよ。自分で取れよ。俺は忙しい」
和希はパソコンから目を離さず返事をする
「…」
瑞希はめんどくさそうに冷蔵庫に向かう。
「あれ? 牛乳も卵もないじゃん。ホットケーキ焼けないしー」
瑞希はじっと和希を見つめる。
「か〜ずちゃ〜ん、買ってきてよー」
瑞希は和希に寄る。
「いやだよ〜」
「行ってよ〜、お願い〜」
瑞希は和希の体を揺する。
「…残念だな〜。今日はニコニコスーパーに2時から限定三十個で伝説の肉まん屋が来るのにな〜」
瑞希の言葉に和希がパソコンの電源を落とす。
「行ってくる。牛乳と卵と伝説の肉まんだな?」
「肉まんはどっちでもいいけどよろしくね」
瑞希は微笑む。和希は走っていく。
瑞希はいつのまにか、昼の再放送ドラマをみながら寝ていた。
―40分後―
ガシャン!
「!」
瑞希は大きな音にびっくりし、起き上がる。
「何?」
大きな音は外からだ。何事だろう。
「うわぁぁぁっ!」
和樹の声だ。
「和希?」
瑞希は急いで玄関に走る。
「和希? どうし…」
「瑞希! 開けちゃだめだ!」
「え?」
瑞希は玄関のドアを開ける。
「…!」
瑞希の目の前には信じられない光景が広がっていた。
血まみれの弟、悟。肩から血を流している和希。そしてナイフを持っている父と母。
「何してんの?」
瑞希は息をのむ。
「瑞希逃げろ! 逃げろ!」
和希が叫ぶ。
「だまれ!」
「うっ…!」
和希は父親に傷口を蹴られる。
「やめてよ! 何してんの!」
瑞希は父親と母親に叫ぶ。
「次はおまえだ。」
「え?」
瑞希に母親と父親がナイフを持って近づいてくる。
「瑞希っ!」
和希が苦しそうな声を出す。
「やめてっ!」
瑞希は玄関のドアを閉める。そして、鍵を閉めてトイレに電話の子機を持って走る。
「瑞希! 開けろ! 和希も殺すぞ!」
父親の声が玄関から聞こえる。
「瑞希! 俺は大丈夫だ! それより早く…」
和希の声が小さくなっていく。
瑞希は急いで110番を押す。
『もしもし、南坂派出所、田中です』
「もしもし! 綾瀬です! 早く来て下さいっ!」
『へ? ちょっと、君子供でしょ? イタズラは…』
「イタズラじゃないよ! 早くしてよ! 弟が殺されたの! 早く!」
『あっあぁ…。分かった。行くよ。綾瀬さん? 家…かな?』
「うん。家。南坂町3丁目!」
『分かった。今行くよ』
そして電話は向こうから切れた。
―和希…
瑞希は電話の子機を握りしめていた。
「警察だ! ナイフを捨てろっ!」
瑞希はその声を聞いて電話の子機を置き、玄関に走る。
―和希…
「和希!」
瑞希がドアを開けると警察に連行される父と母、救急車に運ばれる悟と和希が目の前にいた。
「君! 大丈夫?」
瑞希は力が抜けたように玄関に座り込む。
「最低っ!」
瑞希は振り向いた父と母に叫ぶ。
「もう、アタシの目の前に出てこないで!」
瑞希の目に涙がたまる。そして、父と母は去っていく。
「うぅっ…、うっ…」
瑞希はうつむく。
涙がポロポロ出てきて止まらなかった。
2006年 7月7日
それから二年後の2008年 7月7日、物語は動き出す―