牛頭馬頭
ごずめず【牛頭馬頭】
地獄にいるという獄卒ごくそつ(地獄で罪人を責めさいなむ鬼)のこと。また、地獄の獄卒のように情け容赦のない人のこと。(学研 四字熟語辞典より)
「なんや、騒いでるやつおるなぁと思たら、言の葉のお姫さんやんけ」
学校の廊下を二人でぎゃあぎゃあと言い合いながら歩いているところに、一人の男が現れた。相手に気づくと、琴羽はにっこりと笑った。
「まぁ、土方先輩ではありませんか」
土方椋碁。三年。社交的で面倒見がよく、学年に関わらずさまざまな生徒と交流があり、変わり者の琴羽にもいつも気さくに話しかけてくる。余談だが、名前の椋碁は父親の趣味が囲碁であったため、棋士になってくれればいいなぁという願いが込められて『碁』という字が入っているのだそうだが、現在に至るまで彼にその気はまったくない。
「ちわ」
初対面であったが、同学年ではないことを雰囲気で察して、霜一郎は軽く会釈した。
「ああー、あんさんははじめましてやな。俺は土方椋碁や。あんさんが、姫さんの言うてた、イチローくん?」
「イチローではないです、そういちろうです」
「おおむね合っとるやんけ」
「そ・う・い・ち・ろ・う、です」
一拍置いて、土方と琴羽は顔を見会わせた。
「カタイ子やねんな?」
「そこが霜一郎君を霜一郎たらしめる要因の一つですので」
「ほー」
面白い生き物を見るように、土方はニマニマと笑う。
霜一郎はその視線が苦手だったのか、居心地悪そうに目をそらした。
「ところで、言うてた、と聞きましたが、琴から俺について何か吹き込まれているんですか?」
「吹き込まれたは乱暴な言い方やなぁ。そうつっけんどんやと女子にモテへんでー」
「余計なお世話です」
「大したことは聞いてへんけどな。成績はそこそこで、運動もそこそこで、顔もそこそこやけど、ハートだけはめっちゃ熱くてええやつなんやろ?おたく」
その話の内容になのか、最後の土方のウインクになのか、恐らく両方になのだろうが、霜一郎は固まった。
「琴、ちょっと、俺お前に言いたいことがあるだけど」
「私はオレオもポッキーも等しく鍾愛しておりますが」
「おれ、おまえに」
「…茶化しただけではありませんか。そう不動明王のような眼でこちらを熟視しないで下さい」
「お前は知らない人間に俺のことをどう思わせたいんだ?え?」
「私はただ、霜一郎君の学生生活がより良きものに成るよう、事前に良い所を喧伝しておこうと!」
「そこそこな男で悪かったなぁ?」
「二人は仲がええんやなぁ」
霜一郎からの圧に戦々恐々としている琴羽をよそに、土方が独りごちる。
「と、ところで土方先輩!」
「なんや?」
「例の物についてはどうなりました?」
「ああ、せやったな」
土方は思い出したように、制服のポケットから折り畳まれた紙を取り出した。
「あ、イチロー君も、他の人らには内緒にしてな?実はなぁ、俺のツレのところに怪文書が届いてん」
「かい、ぶんしょ?」
日常会話ではあまり聞きなれない単語である。
「主に中傷などに使われる出所不明の文書のことですね」
すかさず、琴羽が解説を入れる。
「言葉の意味はわかるから。で、それがどうしたんですか?」
「それがなぁ、書いてある意味がぜんぜんわからへんねん。謎やねん。気味がわるいゆうて、ツレが怖がっててな。お姫さんはもの知りやから、もしかしたらなんやわかるんちゃうと思て」
「まぁ、私にかかれば朝飯前の、お茶の子さいさいの、朝駆けの駄賃の、屁の河童です」
「いちいち調子付かんでいい」
二人のやり取りに、土方がぷっと吹き出す。
「…まぁ、そんな話で、お姫さんに相談してたわけや。で、これがそのツレから借りてきた怪文書やな」
差し出されて、琴羽は怪文書を受け取った。
彼ららしい言い回しがもっとあるんじゃないか?、と長時間悩んでしまいます。もっと勉強だ。