千言万語!
せんげん‐ばんご【千言万語】
非常にたくさんの言葉。(小学館 大辞泉より)
「左右子…」
ぼろぼろと、彼は大粒の涙を溢した。
もう、言葉なんていらない。
どんな素晴らしい言葉だろうと、君に届かない言葉ならいらない。
もう。
もう。
★
「石田霜一郎君。君は考えたことはありますか?紳士淑女を生み出す厳然たる育成機関であるべき学校というこの場所が、何故斯く迄にも綱紀廃弛の憂き目に甘んじているのか。遅刻、欠席、窃盗、窃視、宿題の不実行、約束の不履行…生徒達の不道徳たる行いは博引旁証、枚挙に遑がありません。学校を風俗壊乱に貶めているものは何なのか。若年の生徒達が懶惰であっては先の長い人生を生き抜く中、苦艱は増すばかり。明哲保身、先難後獲であるべきと、思いませんか?」
と、少女は言った。
「で、その長ったらしい口上を聞かされることに、何か意味があるのか」
と、少年は言った。
「いいえ。言いたいだけです。私個人の嘘偽りない本心から言えば、多少おいたをするくらいの度胸がある人間の方が好感が持てます」
と、少女は言った。
「帰らせてもらうぞ」
と、少年は言った。
「待ってください。後輩は先輩を敬うべきと思いませんか?」
少女は名前を、谷垣琴羽と言った。
琴羽は子供の頃から内向的で一人遊びが好きな普通の子供だった。それが彼女が四歳になったある日、文字に、ひらがなに出会った瞬間から彼女の世界は一変する。
文字を異常なスピードで学習し始めたのだ。カタカナ、漢字、アルファベット。日毎に彼女の語彙は増えていった。
琴羽は言葉を学習しながら考えている。
言葉を通して世界を考えている。
世界の果てはあるのか。人類に終わりは来るのか。言葉はいつ尽きるのか。
彼女はそんな好奇心のままにただ生きていた。十六歳。高校二年生になったばかりだ。
「ああん?お前のバカげた話には聞き飽きてんだよ、この言葉バカ」
少年名前を、石田霜一郎と言った。
霜一郎は普通の少年だった。中学では美術部に所属していたが、腕前はと言うとお世辞にも上手だったとは言えず、下手の横好きに留まっていた。運動も勉強も平均レベルである。
彼の特筆すべき点は変わり者の琴羽の両親から頼まれて、彼女の世話係兼幼なじみをしていることくらいなのだ。十五歳。高校一年生として高校に入学したばかりだ。
「馬鹿とは聞き捨てなりませんね」
琴羽は不満そうに鼻を鳴らした。
「バカはバカだからバカなんだよ!バーカバーカ!」
「霜一郎君。私の話は一概に馬鹿げた話とは言い切ることはできない、と私は省察します」
「どういう意味だよ?」
いいですか、と彼女は人差し指を立てる。
「言葉は使われることによって息を吹き返すからです。言葉は生きています。使われなくなった時点で死んでしまうか弱い生き物なのです。だから、こうやって、時々誰かが思い出して使うことはとても大切な事なのですよ」
そう言いきった彼女はとても満足げである。霜一郎は頭に痛みが芽生えるのを感じつつ、短くため息をついた。
「…琴」
「何ですか」
「お前、高校でも浮いてるだろ?」
感心されると思っていたのだろう、彼女は思いもよらぬ言葉に顔を真っ赤にして抗議した。
「失敬な。一目置かれていると直叙してください」
漢検2級に落ちたので、四字熟語の勉強のために書き始めました。
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