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名も無き龍が眠る地に  作者: 佐野ひかる
灰色の子供と迷宮探索
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4ー1 覚悟

私はラルカスト、ウェルディア王国の騎士団長を務めるナイスミドルだ。


可愛い我が子が、それも二人も、寮で姿を消してからもう何日も経っている。


目撃者の二人である寮母のメイベルと次男のキールも、彼らは突如現れたメイド服の少女と共に消えたとしか証言していない。

彼らが消えたとされる部屋には、少々の私物が置かれてはいたが、魔導器の様なものは何一つ発見されなかった。


後日ユージーンからはルゴーフの絵葉書が送ってこられ、「ごめんなさい。元気だから心配しないで。」とだけ書かれてあった。これだけで安心できる親がどこの世界に居ると言うのか問い詰めたい。


斯くなる上は冒険者を雇って行方を探してもらうしか無いと考え、人探しや失せ物探しが得意な者のリストを比較していた。その最中の呼び出しである。


応接室の扉を開け、中に入るとそこには。


私の天使達がいた。



マルフィンと名乗るメイド服の少女が話し始めた。


上座から国王陛下、シルヴィールというエルフ、メルティナ、エルダという冒険者、カイアンという見習い騎士、長男のティムト、末っ子のユージーンが顔を揃えていた。


「陛下、御前失礼して子供達をハグしてよろしいでしょうか。」

「説教もあるだろうし後にせよ。まずはマルフィンの説明を聞く様に。」


私はおとなしく席に着き、今回の事件のあらましを聞いた。


二人は手違いでエルフの国に転移してしまった事、ルゴーフに連れ去られたカイアンを連れ戻すマルフィンの手助けをした事、彼を取り戻す事は国王の要望であったことなどを話した。


そこまでは良かった。まだ説教するほどのレベルでも無い。無事で良かったとさえ言える。


次にメルティナが話し始めた。


国王の命令で穏便にカイアンを取り返すため、使節として再びルゴーフへ渡ったこと、そこでユージーンが女王の横っ面を張り倒し、彼らは逃げる様にしてエルフの国を経由して戻ってきたことが語られた。



ユージーン、お前。


血の気が引くのがわかった。まるで貧血の様に視界が遠く薄暗くなっていく。

血液の水位が下がり、今揺さぶられたらチャプチャプと軽い音さえしそうである。


エルダという女性が立ち上がった。

髪の色は違うが、前回の使節団に同行したシャーナという冒険者に似ている気がする。姉妹か何かだろうか?


「今回の事件はルゴーフの女王による非人道的な拉致行為に起因するものです。リンドーラ王女と私はこの度エルフの国に亡命いたしました。責任の一端を背負い、ウェルディア王国に対してルゴーフの全ての情報を開示する用意があります。」


更に、シルヴィールというエルフが付け加える様に話し始めた。


「監禁、薬物、洗脳、誓約の強要。その言質を取るために、見せしめに殺すと言われたら張り倒したくもなるだろうな。」


それなら仕方がない。あの子は決して理不尽な事だけはしない。

多少非常識に育ったが、話せば聞く耳はあるし、自分なりの正義を持って行動している。


私はお前を信じていたとも。


国王陛下が静かに宣言する。

「ルゴーフとの国交条約は全て白紙に戻され、交易も止まり、冷戦状態に入った。ラッシを最前線と想定して急ぎ軍の編成を行うように。」

「かしこまりました。」


ルゴーフはこちらと戦争をしたがっていたし、ラッシの戦線は何年も前から想定されていたものだ。耳新しいものでもなく、常に準備は整えてある。


陛下のお言葉に現実を突きつけられ、ユージーンは青ざめた顔で拳を握りしめている。


「ラルカスト、彼らは自分達の行動が我が国にどの様な影響を及ぼすのか、知らんで済ませられる立場ではもう無い。大人の我らが責任を取る姿を、子供達に見せてやらねばならぬ。」

「重々承知いたしております。」


国王陛下はここで退席された。


私は一同を見渡し、深々と頭を下げた。


「うちの子がご迷惑をおかけしました事、皆様に深くお詫び申し上げます。」

ティムトとユージーンも立ち上がり、同じようにその場にいる者達に深く頭を下げた。


するとカイアンが慌てて立ち上がり、弁護をするように話し出した。

「元はと言えば自分が原因だったんです。お嬢さんを巻き込んで申し訳ありません。」


この余り特徴の無い若者の何が、女王にそこまでさせたのか私にはよくわからない。

騎士見習いの中では成績優秀で、陛下の護衛につく事は教師達から聞いているが、このような騒ぎの原因になる理由は見当たらない。


女性が虐めたくなるタイプとかそういうものだろうか?


私は確認しておかねばならない事があるのを思い出した。


「…彼氏か?」


ユージーンはけろりとしたなんでも無い顔でふるふると首を振り「お友達です。」と答えた。

その言葉を受けて再びカイアンに向き直り、もう一度確認しておく。


「…お友達からか。」


皆の同情の視線がカイアンに集まった。


ーーーーー


カイアンは騎士寮を出て王城内に部屋をもらうことになった。

いよいよ王の護衛としての任務につくためである。


案内をするのはディールという名の彼の従者だ。

見習いを終えたばかりの14歳で、こげ茶の髪とくりくりした濃紫の瞳をしている。


最初に通されたのはカイアンの新しい私室で、騎士寮の寝に帰るだけの小さな個室とは違い、机と簡素な寝台の他に、充分に広いスペースがある立派な部屋だった。


壁には姿見というには大きすぎる鏡が広く貼られており、カイアンはディールにそれを尋ねた。


「最初に護衛をなさっていた騎士団長殿が、筋トレなさるのに必要とおっしゃって付けられたと聞いています。」


筋トレ。人の形のカイアンは鍛えて筋肉を増量することができるのだろうか。

分からないので、それはそのままにしておいてもらうことにした。


それから案内されて王の私室を見る。

窓は細い明かり取りだけのもので、その他の誂えは豪華さはない、かなりシンプルなデザインのものが備えられていた。


大きいが天蓋のない寝台と、ふわふわの毛足が長い小さな敷物、その上には一人分の小さなテーブルが置かれていて、それは背が低く、椅子などは備えられていない。


奥の壁際には、何か布のかけられたものがおかれており、そこには小さな椅子と道具が置かれた作業机が添えられている。


カイアンがそれを指差し、従者に「あれは何ですか?」と尋ねた。


「陛下はお時間のある時に時々絵を描いているようです。」

ディールがそれの布をめくると、それはイーゼルとキャンバスだった。


キャンバスには三人の人物が配置されており、椅子に腰掛けた女性と二人の男女の子供が立っている決して上手くはない素人の絵だ。


それには顔が書き込まれておらず、鉛筆書きの顔のスケッチが何枚も添えられているだけだ。

道具もしばらく触られていないようで、絵の具はすっかり乾いて硬くなってしまっている。


部屋にはそれ以外何もなかった。二人は部屋を後にした。


次に王の執務室に案内された。従者と護衛が来訪を告げるやり取りの後、扉が開かれて通される。

そこには国王がいて机で何か書いていたようだが、彼に気がついて立ち上がり机を回り込んでカイアンを迎えてくれた。


「よく来たな、もう騎士寮での訓練は終わりなのか?」

「まだなのですが、こちらで勤めながら学びたければ来るようにと言われました。」

「なるほど、OJTというやつだな。それはそれで構わぬ。」

「おーじぇーてぃー」

「実務に着きながら職場の教育を受けることだ。何か必要なものがあれば大概は用意させよう。」


側仕えの女性がお茶を入れ、自分も飲んで見せてから二人に茶器を配り、静かに出て行った。


「其の方から見てルゴーフはどうであった?」

「あまり多くを見ることはできませんでしたが、暑い美しいところでした。」

「ふむ、私は暑いのは好まんな。それでだが…」


国王はちらりと扉近くに控える護衛や従者たちを見回した後、「えー」「うーんと」と感動詞をいくつか並べた後、思い切ったように口を開いた。


「其方は女王と、その、そういう事はしていないか?」


今度は代名詞がどこを指しているのか分からず、カイアンはすぐに返事が出来なかった。


「臣下であろうと後継問題が出ると後々色々と面倒だからな?それなりに私の方で対策を取る必要があるかもしれないしその辺はきちんと把握しておきたいというか」


王がいきなり物凄い早口で話し出し、途中でカイアンの中の知識が「そういう事」を指し示す。


「ありません。」

簡潔な返事に王は少し固まった後。


「…王女の方か?」

「それもありません。」


しばしの沈黙の後、国王の中で言語中枢が乱れ、制御不能に陥った。


「ばっ…おま…ぜっ…ええっ?」


絶世の美女と名高い女王と、その娘である王女。

その二人が差し出されて、本当に何もしないで帰ってきたとは、国王には全く理解できない。

自分ならばその誘惑に勝てる気がしない。むしろ誘惑に乗ってしまいたい。


国王が何かを言おうとしてはやめ、「もしや…」と言いかけて、目線が少し下がる。

彼が眉間にしわを寄せ、深く考え込むのを見て、カイアンの中の知識がそれを察した。


「陛下、私はフラスコから生まれて、竜の姿では性別を持っておりません。また、人の形では元の人間の意識が影響しているため女性の方を好ましいと思っております。」

「う、うむ、そうか。」


単純に「ホムンクルス生まれの竜が私の護衛」とだけ考えて、「雌かもしれない」とか、その性的指向など想像したことがなかった。

LGBT問題はデリケートで難しい問題ではあるが、冷静な無表情で返されて、今さらどうでもいいことに慌てた自分が恥ずかしくなる。


「かの国では迂闊な行動でこちらに戻れなくなる事を恐れて、気をつけて過ごしておりました。陛下がご案じなさるような事はございません。」

「そうだな。案じてなどおらぬ、念のため確認しただけだ。」


国王は心の中で「草食系新人類すげーな修験者かよ」と感心する事しきりだ。


「…だがもし悩み事などがあれば医師に相談するのだぞ。」


ーーーーー


「お姉様、私まだ覚悟が足りなかったって分かりました。」


騎士寮のメルティナの部屋で、俯いたままユージーンはゆっくりと話し始めた。

メルティナは黙って聞いてはいるが、ユージーンの言いたい事はなんとなく分かっていた。


「剣の訓練をしていても、私は全くゲーム感覚で、試合に勝てば終わりと思っていました。」


ユージーンの体は、本当に思う通りに動くのが楽しくてしょうがなかった。

テレビの中のタレント達が行ったことのない街を自由に走り回るように、ゲームの中のキャラクターが美しい風景の中を飛んでいくように。


だから彼女は今まで画面越しに見るだけだった行動全てを楽しんだ。

訓練も、剣術も、疲労さえも楽しんでいた。


戦うというのは、それらのほんの少し先にあるものとしか彼女は捉えていなかったのだ。


「でも本当は、相手に怒りや憎しみや、手段が残っていれば終わらないのだと分かったのです。」


女王の怒りで、手の中のブローチが熱くなっていく感覚を思い出す。

あの時はユージーンの中に女王を殺すという選択肢は浮かばなかった。


だがもし女王が戦意を喪失しない時は?それが大切な家族や友人に害を及ぼすとしたら?


「目の前で大切な人たちに剣を突きつけるものがいたら、私はその者が死ぬことになるとわかって剣を振るうことはできるでしょう。でも、戦争状態になって、そうでない者に死をつきつける事は…私には出来ません。」


「そうね、それが普通よ。」

ユージーンは静かに同意するメルティナの目に、自分には無い覚悟を見た。


「お姉様は、それが出来るのですね?」

「ええ、貴女の父様も、兄様たちも、おそらく母様も。」


「覚悟が無いのは私だけでしたか。」

「貴女の兄様たちは騎士団長の背中を見て育ってきたのですから当然です。貴女のお母様は…」

メルティナの目が優しく細められる。思い出の中の美しい日々が胸に去来し、暖かく優しい気持ちで満たされていく。


「貴女のお母様が私と騎士見習いとして同期だったのは知っているわね?」

「はい、そこで父様と出会ったお話は大好きです。」

両親は照れてしまって、なかなか聞かせてはくれなかった。二人が漏らす断片と、周りの証言でようやく組み上がった物語はユージーンの宝物だ。


「二人が結婚して彼女が騎士団を辞め、私に可愛い二人の甥を会わせてくれました。それから姪までお腹に宿したと聞いて、私が彼らのお家を訪ねた時のことです。」


「皆が夕食の席に着いた時、突然美しい金の髪の天使が現れ、彼女の大きなお腹を指さして「この子供はお前達に不幸をもたらすだろう」と。」


「私が、みんなに不幸を…?」

「驚いて動けない私たちの中で彼女だけが、食卓のナイフを天使に投げつけて「私達の幸せをお前が決めるな」と言ったのです。」

いつもにこにこと家の中を切り回す、優しい母からは想像もできない言葉と行動だ。


「ナイフは刺さらず、天使は消えました。」


自分が生まれる前の不思議な出来事に、ユージーンは誰か別の人間の物語を聞かせられているような気分になった。


「それから皆で貴女を大切に育ててきました。貴女の幸せな笑顔が私たちを幸せにしてくれたからです。」

「はい」


そこからはよく知っている。今思い返しても、彼らの中の誰一人として彼女を「不幸をもたらす子供」と見た事はなかった。


「私たちの覚悟は大切な人をなんとしてでも守るという強さの美徳。貴女に覚悟が無いのは弱さではなく優しさという美徳です。貴女の生き方を私たちは全て肯定します。ユージーンはそのままで大丈夫ですよ。」



その夜、ユージーンは生まれ変わってから初めて、ミサキだった時の夢を見た。


夢の中では酸素吸入器をつけられているにも関わらず、吸っても吸っても身体に酸素が入ってこない苦しさを再び再現させられていた。

肺がまるで小さくなって空気を吸い込めないまま、浅い呼吸だけが繰り返されている。

ただ生きているだけの私を、そこにいる皆が見ていた。


しかし、その苦しさの中で、その世界に彼女を止めようと、強く握りしめる暖かな感触だけは嫌いじゃなかったのを思いだした。

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