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名も無き龍が眠る地に  作者: 佐野ひかる
塔の上の竜
19/37

3ー1 強奪

俺はマウレ。


王都の豪商の一人息子で、基本学校でもかなり優秀な成績を収めている。


将来は商会の後継になることが決まっているが、それまでは自由に過ごしていいという心の広い両親の計らいで、王国騎士団の見習いとして騎士寮に入った。


本当に、ユージーンという女は頭がおかしい。


見た目はホワッとしたかよわい女子が、実は上級クラスの剣の腕前で、騎士団長の娘だとか、ふざけた話にもほどがある。


他の者には笑顔で対応しているのに、自分の時だけ笑わない。

口を開けば可愛くないことばかりを言い、五倍十倍にして返してくる。


今回の保護者呼び出しの件も、あいつに怪我をさせられたサーザの弁護だと思っていた。


だが、くだらない過去のいたずらを蒸し返されたり、ちょっとした悪ふざけがまるでイジメでもしたかのように取り沙汰されてしまい、これまでは自分の味方だった周りの女子達も離れていき、今ではすっかり孤立させられている。

本当に騎士寮ではアイツのせいでイライラすることだらけだ。


大体見習いだからって、召使いにさせればいい仕事までやらされるのが理解できない。

馬の世話とか、武具の手入れとか、いちいちやる意味があるのか?

非効率的な事を精神修行みたいに持ち上げる馬鹿がいると本当に迷惑する。


家は良い。久々の一時帰宅だが、心の底からくつろげる。

俺にいちいち指図する奴はいないし、両親も手を尽くしてもてなしてくれる。

新人メイドに嫌味を言って泣かせたところで文句を言われることもない。


最初はカッコいいし楽な仕事と聞いて騎士を目指したけど、どうせ腰掛けだしなんかもうどうでも良くなってきた。

父上の仕事を手伝った方が楽に決まってる。


夕食の席で、寮に帰りたくないとボヤいていると、顔を見合わせた両親が、静かに話し始めた。


「実はマウレにしか出来ないことを頼みたいの。」


両親によると驚いたことに見習い同期のカイアンは、西の国で指名手配されている犯罪者だという。身を隠すために見習いとして騎士寮に入り、国王の命を狙っているのだそうだ。


確かにいい歳して見習いなんて怪しいとは思っていたが、まさか犯罪者とは思っても見なかった。あまりに堂々と過ごしているし、…なんか変だな?


視界の端を新人メイドの金の巻き毛が横切り、こちらを見てにこりと微笑んだ瞬間、考えていることを忘れてしまった。

ええと、何が変だと思ったんだっけ。


まあいい、両親だけが知り得たという貴重な情報を名誉挽回に使わせてもらおう。これで元のように自分を中心にしたコミュニティを作れるはずだ。

カッコいい俺様のためにもう少しだけ頑張ってみよう。


あのバカ女とは関わらなければいい。サーザにも良く言っておこう。


ーーーーー


王城は大変な騒ぎになっていた。

建国以来一度も無かった王城への侵入者に、蜂の巣をつついたような大騒ぎになっていた。


幸い、侵入者は何も取らず何も傷つけず消え去ったが、侵入経路がわからない。王国騎士団も総出で捜査に駆り出された。


メルティナは嫌な予感がしていた。

西の魔導器技術は東を遥かに超えている。

もし未知の魔導器によるものだとしたら?前にシャーナが見せてくれた使い切りの魔導器はどうなのか?今の我々で認識することが出来るのだろうか。


宝物庫に収められた西からの贈り物と目録をチェックし終わり、「異常無し」だけが並んだ報告書を見ながらため息をついた。


部屋に戻り、チェック済みの書類をまとめるため、小物を探して机の引き出しを開けた。


その時、ブローチが収められていた小さな箱が目に入った。

蓋をあけると、何も止められていない内側の布張りだけが柔らかい光沢を放っている。

中のブローチはユージーンにあげてしまい、ここにあるのは箱だけだ。


あんな小さな宝飾品にしか見えない様な魔導器を作る技術。

我が国には研究者も技術者も足りていない。

友好的に送り出してくれた女王を疑いたくはないが、今一番疑われているのは自分だ。


今はもう何の用も無くなった箱の蓋をぱくりと閉じ、魔力を通さない銅製の物入れに放り込んだ。


廊下に出て、待ち構えていた部下達から「異常無し」の報告書を受け取ると、その後ろに甥のティムトが話すチャンスを伺っていた。


「どうしました?」

「メルティナ様、忙しい時にすみません。見習いの一人が見当たらないのですが、何か用を申し付けられましたか?」

「…まさかユージーンですか?」

「いえ、カイアンという男性です。」


事情を聞くと、カイアンは見習いでありながら個室を与えられ、一人だけ近衛コースで少々孤立気味なのだという。


個室をもらうことになったきっかけにユージーンが関わっており、その手助けをしたティムトが探す手伝いをしていたという。


「晩餐会で話をした見習いですね。ユージーンがそんな事をしていたなんて。」


ここはユージーンに話を聞こうと思い、見習い達の部屋がある所にやってきた。

騎士寮では見習いは最上階の四階に部屋を与えられ、ベテランほど階が低くなっていく。


ティムトが見習いの一人を捕まえ、ユージーンを見かけなかったか尋ねると「下です」と震えながら窓を指差した。


四階の窓、その下には池がある。


ティムトもメルティナも真っ青になって階段を駆け下りた。


一階ロビーでは、ずぶ濡れのユージーンが、同じくずぶ濡れの見習いの一人を捕まえて問い詰めている。


ティムトがスラリと剣を抜いた。今はそれどころじゃないとメルティナが止める。


「ユージーン、何があったのですか?」

「叔母様!これです、マウレがこれを使ってカイアンを消したのです。」


いつもの「お姉様」が叔母様になってしまっている。そこはこの際おいておくことにする。


手渡された魔導器は見覚えのある西の意匠が施されているものだ。

もう既に壊れてしまった様だが、この状態ならまだ調べて出てくることは何かあるだろう。


「今日は朝から、見習いも全員侵入経路を探せって、寮はずっと大騒ぎだったのです。」


騎士寮は城壁の内側にあり、王城と繋がる通路がいくつもある。

身元のはっきりした見習いの子供達を預かる様に、退役した騎士やその家族らが教師を務め、一時帰宅の際にも持ち物検査があるくらい厳重である。


ユージーンはふと窓から外を見て、飛べる幻獣ならどうかしらと考えていた。

すると、はるか下の池の近くでマウレとカイアンが話しているのを見つけた。


少しするとマウレがこの魔導器を取り出し、どこからともなく二人の黒づくめの男が現れた。

男にカイアンが押さえられ、三人が消えてしまうと、一人残ったマウレが魔導器を池に投げ捨てて去ろうとしたという。


「そこで私は窓から池に飛び降りて…」

「なんて事するんだ危ないじゃないか!」

「ティムト黙って。」


心配も分からなくはない。十分な深さがなかったら死にかねない行為だ。


そしてものすごい水しぶきが上がり、投げ捨てられた魔導器も地面に放り出され、二人ともずぶ濡れになったのだ。


びしょびしょのままティムトに縛り上げられていたマウレは平然とした顔だ。


「奴は西の国の犯罪者です。国王が狙われていたという証拠もあります。」

「ではその証拠を出しなさい。」


マウレは少し固まった後、「どこにやったっけ」としどろもどろになってきた。


「お姉様、これは精神支配魔法の影響だと思います。」

「そうね、解除はプロに任せましょう。」


メルティナはようやくカイアンについて思い出した。


行方不明の男の名前。

竜が人の形として取ったのは、あの男の姿ではなかったか。


そして女王は東の王国で現れた竜の話を聞きたがっていた。


何も取らずに消えた侵入者。

あれが囮だったとすれば、彼らは欲しいものを手に入れたのだ。


メルティナがその場にいる者にテキパキと指示を出す。


「国王陛下に知らせなければ。ティムトはそれを軍病院で精神検査させる様に。」

「はっ」

「お姉様、私も…」

「貴女はお風呂です!」


ユージーンは不満げだが、これを陛下の御前に連れて行くわけにはいかない。

メルティナは踵を返して急ぎ足で王城に向かった。


王城では執務室に軟禁状態になった国王が、半泣きで部屋の片付けをさせられていた。


「あっ、メルティナ、みんな酷いんだ…」

「陛下、彼らの目的がわかりました…」

ほぼ同時に話し出した。空気を読んだ国王がメルティナに話をさせる。


国王は皆まで言わずとも察した。そして、頭を抱えて「あああああ」とため息をついた。


「アレは私が先に目をつけたのに。」

「早い者勝ちではありません。真面目に対策してください。うちの姪が飛び出す前に。」


机に突っ伏し、しばらくうーんと唸っていたが、壁の額縁を手に取り人払いをした。


執務室を追い出されたメルティナと側近達は、そわそわと落ち着かない様子で国王を待っている。


やがて、国王が額縁を手にしたままどんよりとした様子で執務室から出てくると、ガッカリといった様子で口を開いた。


「本人の意向を優先させる様に、だそうだ…」

「だそうだ?ですか?」

まるで誰かが国王に指示を出したかの様な言い方だ。


「なあメルティナ、私は一年間本当に我慢して我慢して我慢して我慢して仕事を頑張った。つまらない事業も我慢してこなしたし、どうでも良いような施策も、頑張って最良の結果になるよう心を砕いた。すっごく純粋で真面目な奴が、私の近衛に入るのを心待ちにしてたんだ。」

国王が握りしめる額縁がみしりと嫌な音を立てた。


「それを横取りされる気持ち。分かるか?分かるよな?」

「分かります。横入りは許しません。生まれてきた事を後悔させてやります。」

「だよな?」


国王は怒りの表情を引っ込めて、社交用の一見穏やかそうな笑顔に切り替えて宣言した。


「メルティナ、其の方に命じる。ルゴーフへの使節団を再編成し、準備が整い次第辞令を待たずに出立せよ。」

「はっ」


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