2ー8 保護者呼び出し
午前の座学が終わって昼食の時間になり、食堂に向かうためユージーンが席を立った。
皆の目には、普通に机の間を歩いていたユージーンが、その時なぜか急にダン!と強く一歩を踏み込んだ様に見えた。
すると近くに座っていたサーザが「いたっ!」と叫んだ。
マウレが「何をする!」と大声を出し、まだ教室に残っていた見習い達が全員そちらを振り返った。
そこにいたのはフワフワの美少女ではなく、氷のような無表情のユージーンだった。
「何って、踏んでくれと言わんばかりに差し出されたので、仕方なく踏みました。」
ユージーンが、彼女をつまずかせるつもりで出したサーザの足を思いっきり踏んだのだ。
「信じられない、女のくせに足を踏むなんてどうかしてる!」
「汚い虫の足を踏まなくてはいけなかった私こそ被害者です。謝ってください。」
「普通は退けるように言うとか、避けて歩くものだろうが!」
「相手が気を遣うのが普通とは、どちらの異世界からいらっしゃいましたか?あいにく私の周りでは言葉が通じない畜生相手にはこのように躾を施します。お礼を言っても良いのですよ。」
マウレがユージーンを非難するが、言えば言うほどもっと酷いことになって返ってくる。
当のサーザはあまりの痛みに足を抱えて蹲ったまま動けない。
「マウレさんに侮辱を増やしてもらっている暇があったら、早く病院に行ってはどうですか?貴方が二度と歩けなくなっても私はなんとも思いませんけど、とりあえず邪魔なんです。」
サーザの顔から血の気が一気に引き、机や椅子をかき分けて足をかばいながら慌てて教室を出て行った。マウレ以外の誰も手を貸そうとはしなかった。
同じ教室で、座学が一緒だったカイアンが声をかけてきた。
「ユージーン、骨が折れる音がした。」
「そうですね、折りました。」
「言いたくはないが、保護者呼び出しされるのでは?」
「それがどうかしましたか?私が転んで怪我しなかった事を、父はきっと喜んでくれます。」
ユージーンの父親は本当に喜んだ。
マウレとサーザの両親の目の前には、騎士団長とその妻、その息子の騎士二人も同席していた。
ユージーンは心の中で「モンスターファミリー」とボヤいた。
状況説明として、マウレとユージーンがそれぞれの視点で語った。
マウレ側は、何もしていないのに突然足が踏まれたと主張した。その辺りは想定通りである。
ユージーン側は、日常的なカイアンへの嫌がらせがあり、良い印象は持っていなかった事、急に足を出され、避けようとしたら踏んでしまった事などを述べた。
「癒しで治せる怪我なんぞ一瞬の痛みでは無いか?それがどうしたと言うんだ。」
騎士団長の父が先生方の前でハッキリ言い放った後、少し考えて「金でも欲しいのか?」と付け加えた。
サーザの両親は内心では切れそうだったが、表に出すわけにはいかない。冷静に考え直し、こちらの不徳の致すところであると頭を下げた。
マウレの両親はそれを留めたが、将来の職場の最高責任者である騎士団長に歯向かうことは、息子の希望を捨てさせる事に他ならないからと説得され、しぶしぶ頭を下げた。
間違い無く、最悪の相手にケンカを売ってしまったのだ。
保護者が帰って行った後、カイアンがユージーンを引き止めて尋ねた。
「何故君が怒っているのか分からない。」
「はい?」
ユージーンは何を聞かれているのかがわからない。
カイアンの目をじっと見返し、詳しい説明がされるのを待っている。
「洗濯場で話した時からユージーンはずっと腹を立てている。だが、嫌がらせを受けていたのはこちらなのに、何故無関係の君が怒っているのかわからない。」
ユージーンは少し考えてから答えた。
「私はああいう他人を貶めて優越感を得るタイプの人間が大嫌いなのです。」
「うん」
「何故嫌いかと聞かれても、虫が嫌いなように理由など無いに等しいのです。」
「うん」
「逃げていく虫は見逃してやりますが、向かってくる虫は撃退しなければ。」
「うん?」
ユージーンは言うべき事は全て言ったとばかりに黙ってカイアンを見返した。
カイアンはこれを理解するには時間が必要だと考え、「人間ってよくわからない」と呟きながら、部屋へ帰って行った。
ーーーーー
平和使節団が帰国したとの知らせに、国中が祭りムードになっていた。憂えていた戦争の回避はもちろん、難しいと言われていた西の聖龍王国との国交が回復するかもしれないのだ。
王城までパレードが続くような賑わいに、メルティナは心を無にして笑顔で手を振り続けた。
早く帰りたい。可愛い姪っ子に、ユージーンに癒してもらいたい。
しかしその祈りは虚しく、国王から晩餐会に招かれてしまった。凄い勢いで国内の重鎮や官僚達が集められた。
退屈な社交を忍の一字でこなしながら、ようやく食後のティータイムで騎士団長を見つけることができた。
「メルティナ、おかえり。」
「兄さん、ユージーンはどうしてる?」
「第一声がそれか?今は見習いとして騎士寮に入ってるよ。」
「合格したのか、無駄足踏まずに済んだな。」
「人のウチを無駄足とか言うな。見習いは庭園の警備に来てるよ。」
メルティナはそれを聞いてさっさと移動する。
さっきまで貴婦人然として歩いていたのが嘘のように、ドレスの裾を鷲掴み、大股で庭園に向かった。
ツカツカとすごいスピードで美女が来たと思ったら、庭園の警備に当たっていた女騎士見習いにむぎゅうと抱きついた。
見習いたちのあいだにざわめきが走り、「俺たちも?」という期待の空気を察知した団長が、「親戚だから特別だ」と切り捨てた。
「お姉様、無事のお帰り嬉しいです。」
「ユージーンも騎士見習い頑張っているみたいね。」
「はい、毎日がとっても楽しいですよ。」
改めて見ると、見習い騎士のお仕着せを見にまとったユージーンはとても凛々しく似合っている。
「お帰りの知らせを聞いてから、初めてお父様からこの使節団は難しいミッションだったと教えていただきました。本当に…本当に良かったです。」
メルティナは無言でユージーンを抱きしめた。
胸元で、「待って、鼻が…」と聞こえ、慌てて離れると、ズビズビに泣きじゃくったユージーンがハンカチで顔を抑えていた。
カイアンは不思議な気持ちで見ていた。
家族の単位は分かっているが、こんなにも再会を喜び合える人間関係はカイアンの知識の中にも無いものだった。
嬉し涙というものも初めて見る。
あんなに喜びが極まることがあるというのが驚きだった。
今まで、悲しみや憎しみなど、暗い感情だけしか体験していなかったカイアンの胸の奥底に、初めて人間の感情に対する興味が沸き起こった。
ひとしきり感情の波が収まった頃、メルティナは見習い騎士達を見回して、「頑張って下さいね」と優しく言葉をかけた。
ふと、ただ一人背の高いカイアンを見て少し考えて言った。
「どこかで会いました?」
「いいえ、ユージーンにはとても世話になっています。」
そう言ってカイアンは頭を下げた。
そのあとメルティナから「ユージーンをいじめたら頭をかち割りますよ」と絡まれた事は、騎士見習い達の間での伝説になった。
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次の休暇は、騎士団長の家でメルティナを招き、帰国の無事を祝う家族だけの夕食会が開かれた。
凄い優秀な冒険者の話、ラッシの温泉の話、美しい西の女王の話、こちらには無い魔導器の話など、ユージーンは目を輝かせて聞き入っていた。
ティムトには一度しか使えない転移の魔法陣が込められた指輪、キールには西の意匠で飾られた氷の魔力を帯びた短剣と、銅で作られた美しい鞘、ユージーンには小さなペンダントトップだ。
一見紫色のただの貴石のペンダントヘッドのように見えるが、実はロケットのようにぱくりと開いて、中には小さな布切れが仕舞われている。
その親指ほどの布切れには魔法陣が描かれており、説明書きには「おうちの小物入れを登録すれば、どこでも取り出すことができます」と書いてある。
「ユージーンはお守りもくれたから、これもあげますよ。」
今日、メルティナがここに来るのに着ていた上着からそれを外す。
それは先ほどの話にも出てきた、女王から賜った銀のブローチだった。
「これ、こんな凄い物頂いてよろしいのですか?」
さすがのユージーンも腰が引けている。
「見習いが付けるようなものじゃないから、正式に騎士になるまで他人に見せびらかしたりしないと約束できるわね?」
「はい、お家で大事に保管します!」
メルティナが帰った後、ユージーンは自分の宝物を入れている小物入れをひっくり返したが、紫のペンダントに付ける良いチェーンが見つからなかった。
母にもお願いして、母の宝石箱に使えそうなチェーンが無いか見てもらったが、合うものは見つからなかった。
今度の休みの日に雑貨屋さんに買いに行こう。
それまでは、雑用をするときに髪を結ぶヘアゴムの安っぽいジャラジャラした飾りの中に混ぜておくことにした。
ブローチは自分の指紋で曇っていないかよく調べた後、小物入れにしまっておいた。
そして、早駆け竜に乗って温泉に行く幸せな夢も見た。
二章はここまでです。お読み下さってありがとうございます。




