2ー7 見習い生活
見習いの朝は早い。馬の世話があるからだ。
一年目の見習い達はしぶしぶ布団から出てきたような感じだが、ユージーンは全く元気で率先して厩舎に向かう。
見習いの中で、ユージーンは皆の注目の的だった。
ふわふわの金の巻き毛を揺らしながら、お嬢様然とした優雅な動作に丁寧な言葉使い。
その上皆が嫌がる仕事も、汚れも厭わず髪を無造作に束ねてさっさと片付けてしまう。
話しかければ常に笑顔で、可愛くて元気で働き者。誰もがお近付きになりたいと思っていた。
しかしユージーンは同期の見習い達の顔より先に、馬達の顔を覚えた。
向こうもこちらを見分けて、餌やブラシをねだる様は大変に可愛らしい。
匂いが気になるという者もいたが、お前の方が…いや、特にそのような事は口には出さない程度の常識は持っている。
朝は夜明け前から起きて馬の世話や馬場の整地、先輩騎士の雑用と共用武具の整備を済ませ、やっと朝食をとる。
午前は座学と訓練、午後は実技と訓練の後、夕食。それから入浴と自由時間だが、自由時間は無いに等しい。もう眠らないと朝に響くからだ。
この規則正し過ぎる生活に、基本学校が終わったばかりの少年少女がついていける筈もなく、毎年数十人が見習いとして入寮し、数人が残るかどうかだ。
今年も二十四人が入ったが、季節を待たずにどんどん脱落して行く。
残るのは成績優秀で雑用を免除された者、有効な才能を持つ者、体力があり雑用や下働きが苦にならない者。ユージーンは最後の体力があるものに入る。
成績優秀者で雑用が免除された者として、最も目立っていたのはカイアンという男性だ。少年少女の見習い達の中、一人だけ二十代後半に見える。
分かりやすく目立つ彼は、あまり性根の良く無い子供達にとって標的となってしまった。
成績優秀なのも大人だから当然だし、雑用を免除されるのはズルイ。あまり喋らないし、表情を変えることもない。反撃もしてこないのだから格好の的と思われたのもしょうがない。
初めのうちはちょっとした事故を装ったいたずらの的になった。
次にワザと連絡や知らせを送らないという嫌がらせが始まった。
そして私物をダメにするというところまでエスカレートした。
ユージーンは洗濯場で彼を見かけることが多いなと思っていた。何をいつも洗濯しているのか。潔癖症という奴なのかと軽く考えていた。
だが、彼が洗濯していたのは真冬に使うコートや外套なのに気がついた。。今はまだ秋で、上着を着るような気候でもない。
「なぜ冬物の洗濯をここで?お家で洗えなかったのですか?」
カイアンは振り返って質問してきた彼女をちらりと見た。
「…濡れてしまったので。」
ほんの数日後に、彼がまた何か洗濯をしているのを見かけたユージーンが、声をかけるか悩んでいたところ、寮母のメイベルがやってきた。
「予備の着替え持ってきましたよ。」
「ありがとうございます。」
「予備の着替えですか?」
ユージーンは聞き捨てならない言葉に、つい口を挟んでしまった。
見習い達は皆同じ制服に身を包んでいる。
最初に五着貰うのだが、季節も変わらないうちに今着ている分を考えても四着ダメにしたということになるだろう。
「ちょっと多くないですか?」
「男の子はこんなもんだと思うけど。」
ユージーンは異議を唱えたが、やんちゃな男の子達を見慣れていたメイベルは、別段不思議では無い様に受け取っていた様だ。
だが目の前の人物は子供でもやんちゃでも無くは無いだろうか。
「そうなのですか?」
「…破れてしまったので。」
そう言いながらカイアンはふっと後ろのゴミ箱を見たので、ユージーンは素早くそちらを確認した。
中にはズタズタにされた制服の切れ端が入っている。
メイベルは想像以上の残骸に青ざめ、ユージーンはカイアンを見たが、彼は全くの無表情のまま動じた気配もない。
「メイベル先生、これは普通ではないと思います。」
洗濯をするカイアンを残し、メイベルとユージーンは彼の部屋を見に行った。
騎士寮では見習い達は四人部屋を使う。幸いカイアンの同室の三人は不在であった。
入るなりおかしな感覚に襲われる。四人部屋なのに三人しか使っていないようだ。
一つの机は完全に空っぽで、他と違って私物や教科書が置かれていないし、一つのベッドは布団が無く、木の底板が丸見えになっている。
「つい先日も、濡れてしまったと言いながら冬物を洗濯していました。」
カイアンが使っていると思われるロッカーを開けるとツンと古い水の匂いがする。
「…すぐに他の部屋を用意したほうが良さそうね。」
寮母の決断は早かった。
その足でユージーンは騎士寮の兄を訪ねた。
「ティムト兄様、キール兄様、お願いがあるのです。」
「どいつをぶっ殺せばいいんだい?」
キラキラの笑顔でティムトが剣を引き寄せる。そう言えば本当にやりかねない勢いだが、これはよくある軽口だ。ユージーンは苦笑しながらお願いを口にする。
「前に聞かせてくれた「イタズラ返し」の機構を教えて欲しいのです。」
子供達が集団生活させられる騎士寮では、代々クソガキ様達がルームメイトに嫌がらせをするのは伝統で、手口もパターン化している。
各部屋のロッカーには正面から見て三つの隙間がある。扉が小さく設計されていて、上下の隙間と、扉の上部に小窓のような穴が空いている。
カイアンが冬物をやられたのも、扉の上の隙間から水を流し込む古典的な嫌がらせだろう。
そして、それをやり返す仕組みもすでに構築されているのだ。
それをロッカーの内側に取り付けると、流し込んだ水が全部扉の小窓から飛び出してくる。
「現物があるからあげるよ。」
「今から行って付けてやろうか?」
「ありがとう、お願いします!」
ティムトとキールは黒く湾曲した物体を持ってカイアンの部屋に来た。
部屋にはカイアン以外の三人が戻ってきており、見習いではない騎士の姿にびっくりして固まった。
「全員部屋を出ろ。運動場三周だ。」
理不尽な命令でも、見習いは従わなくてはならない。三人はすごい勢いで飛び出して行った。
二人は部屋を見渡してすぐに「これは酷いな」と眉をひそめた。
ティムトとキールがユージーンに丁寧に説明しながら「イタズラ返し」を取り付けていると、洗濯を済ませたカイアンが戻ってきた。
二人の先輩騎士を見てびっくりした様子で、部屋に入れないでいる。
「荷物をまとめろ。全部だ。」
カイアンはガックリとしょげた様子で机やロッカーから荷物を出した。
それを見ていたユージーンが「別に追い出されるわけではありませんよ。」と付け加えた。
「退寮じゃないのですか。」
「部屋の移動です。兄に任せておけば大丈夫です。」
「お兄さんでしたか。」
二人の会話が聞こえていたようで、ティムトもキールもほくほくにご機嫌になった。久々に兄として頼られる絶好のチャンスである。
キールは他にも、水に濡れると目にしみる臭いを発する薬草を机に仕込み、さらに他の仕掛けを増築するために部屋へ帰っていった。
「ふむ、これとこれはダミーとして置いていこう。残りを持ってついて来い。」
寮監室ではメイベルが予備の教科書を用意しているところだった。
ティムトと一緒にユージーンとカイアンが来たことから、先ほどの件だとすぐに悟った。
「部屋なんだけど、空いている四人部屋があったのでそこを一人で…」
「メイベル先生、四人部屋は鍵がかからないのでダメです。二人部屋か個室にしてください。」
「二人部屋は一杯です。見習いなのに個室はどうかしら。またいじめられない?」
「今の部屋に名札を入れたままにしておけば、そうそう気が付かないでしょう。それにどうせすぐに見習いでは無くなりますから。」
成績優秀者のカイアンは既に近衛に配属が決まっている。そうなれば居住場所は騎士寮ではなく王城になるし、残るは上官や手続き上の問題なだけだ。
ティムトがさくさくと話を決めてしまう。カイアンもユージーンもまるで荷物持ちと付き添いのように行く末を見守っている。
「それと着替えや教科書を買い直した分と、予備を新たに購入する分、後で請求書を作るように準備して置いてください。」
「さすがお兄様、ガッツリ頂くのですね!」
「抜かりない。」
ーーーーー
午後の訓練はショートソードを使う。多くの者が予備武器として携帯するため、選択科目でも人気が高い。
だが、見習いの女子はすでにユージーン一人しか来なくなった。ショートソードでも結構な重みがあるため、女子の多くはナイフか体術に流れてしまっている。
だが、ユージーンは魔術師の杖に仕込み刀を入れる野望があったし、叔母から剣の手ほどきを受けてある。兄や叔母以外と手合わせが出来るのをとても楽しみにしていた。
道場で、それぞれに剣を持った見習い達が二列に並ぶ。金属でできていて重みは本物同然だが、刃は付いていない練習用のものだ。
床には、武器が身体を切りつけたり刺さったりすることを防止する魔法陣が敷かれている。
だが、それ以外にも衝撃で骨や内臓を傷めることもあるので、この授業では常に治癒術師が見守っている。
剣術の教師が説明するルールは、お互いに利き手で中段に構え、武器が触れ合ったら開始。武器を取り落とすか「降参」を宣言したら終了だ。
全員の左手には小さな丸盾が装備されており、それで防ぐのも訓練の一環だ。
ユージーンの最初の相手はカイアンと同室のマウレ。いじめの主犯と思われる人物だ。
赤に近い茶色の髪と、気の強そうな若草の瞳で、顔立ちが整っているので女子達には人気である。
だが、中身が腐っていることが証明されている今、ユージーンは見せかけの笑顔を向けることすら苦痛に感じる。
冷気を感じるほどの冷たい無表情で向かい合う。
そんなユージーンの気も知らず、マウレの方から話しかけてきた。
「いきなり叩きのめしたりはしないから、そんな怖い顔しないでよ。」
「恐れ入ります」
「じゃあいくよ」
カツンと先端が鳴ると同時に、ユージーンの剣はくるりと回ってマウレの剣を地面になぎ伏せた。相手の剣先を右足で踏んで、肩に思いっきり打撃を加えた。
「ぐぁっ!」
相手が武器を落としたので終了だ。
こんなに早く終わった組み合わせは他にいない。
さすが身体を保護する魔法陣のおかげで、一刀両断とはならない。
鎖骨くらい折れれば良いのにと、心の中で舌打ちをする。
「もう一度お願いできますか?」
「あ、ああ。いいとも」
「お願いいたします。」
「じゃあいくよ」
今度は向こうから顔めがけて突きを繰り出してきた。相手はこれでビビると思っているのだろう。とっくに叔母から指南済みだ。
丸盾で軽くなぎ払い、上体を沈めて剣の柄で脛に一撃を叩き込む。
今度は声も出ないようだ。マウレはしゃがみ込んだまま、黙って脛を抑えている。
ユージーンは立ち上がり、丸見えの頭に軽く打撃を入れる。
何をするんだと非難の眼差しを向けるマウレに向かって、「まだですか?」と尋ねる。
降参していないし、武器も落としていないからだ。
「わかったわかった、こっちの降参でいいよ。」
なんで向こうが譲った形なのだろうか、もうこちらは二回殺しているのにと、ユージーンの苛立ちが収まらない。
もう売ろう。ケンカ。
「私が女なので手加減してくださったのですね。お気遣いは無用ですので本気でどうぞ。」
「ああわかった、そっちも卑怯な手は使わずに堂々と打ち込んできたまえ。」
だが、ふらふらと剣に腕が振り回されているような素人丸出しの動きに、ユージーンはそろそろ飽きてきた。
なんかもう、考えるのもめんどくさい。ひたすら丸盾に打撃を加え続けた。
今日の夕食はなんだろうとぼんやり考えながら打ち込んでいると、突然肩を掴まれた。
その手を柄で殴りつけようとした瞬間、周りで見つめる見習い達の姿が目に入り、ここが道場なのを思い出した。
「止まれ、マウレは降参って言ってる!」
ユージーンを止めたのは剣術の先生だった。危うく攻撃するところだった。
「申し訳ありません、小鳥のような囁き声で全く聞こえませんでした。」
誰かがくすりと笑いを漏らした。マウレは憎々しげにユージーンをひと睨みし、治癒術師の方に歩いて行った。
「見習い相手じゃ練習にならなさそうだね。上のクラスの修練に参加できるように掛け合ってみよう。」
「ありがとうございます。お願いいたします。」
人数が合わなくなったので、ユージーンも見学位置に下がった。
見学とは言っても子供のチャンバラごっこを見させられているような気分だ。
ユージーンは膝を抱えて座りながら、兄やメルティナ叔母に会いたい、教わった通りによく出来たと褒めてもらいたいとぼんやり考えていた。
ユージーンとティムトと挿絵付けました。20181203




