2ー5 ユージーン
私の名はユージーン。
ウェルディア王国の騎士団長の娘で、今年基本学校を卒業したばかりの12歳だ。ふわふわと柔らかなウェーブを描く金の髪と淡い空色の瞳は、昔見た高級なアンティーク人形のようで大変気に入っている。上には二人の兄がいて、末っ子の私はたいそう可愛がられて育ったといえる。
前世に比べて。
そう、私は前世の記憶を持ったままこの地に生まれ落ちた。
前世では日本で暮らすミサキと呼ばれる少女だった。心臓に重大な疾患があり、学校にも通えず、ずっと病院のベッドで暮らしていた。
今と同じ12歳の時、延命手術を受けるための麻酔から、私の記憶は途切れている。
目覚めると、私は全く見覚えのない両親に甲斐甲斐しく世話をされ、兄達にチヤホヤされる生活が始まった。
赤子の体に12歳の意識。視界もハッキリしない何が何だかわからないうちに新たな人生が始まったようだ。
最初のうちは色々と大変だった。
お腹が減っても「ミルクをください」などとは言ってはいけない。尿意があっても自分からトイレに行こうとしてはいけない。基本的に喋れず動けない。
多くの時間を睡眠に費やすことができるのは良かったが、起きている時間は正しい赤子としての生活を装わなくてはいけない。
家族に「不気味な子供」と認識されて放り出されたら生きてはいけないのだ。子供を保護する施設があるのかどうか確認も無しにそんな危険は犯せない。
幸い家族は私のことを「あまり泣かないおとなしい子供」と認識してくれたようで、不審なものを見る目で見られることはなかった。
耳はハッキリしているので、そろそろつかまり立ちをする頃だと聞けば家族の目の前でゆっくりと立ち上がる様子を見せる。言葉を発しても良い頃だと聞けば両親を指差して「パパ、ママ」と言ってみせるのも大事なイベントだ。
私にとっては単なる通過点に過ぎなくても、家族にとっては小さな妹の偉大な一歩なのだ。
今までも何をしても喜んでくれた彼らには笑顔を向けることしかできなかったけれど、こうした成長を確実に見せることで喜んでもらえるならば、それで報いたいと思う。
それほどに私は彼等に愛されて育てられた。
前世の両親も大切にしてくれていたとは思う。でももう父の声を思い出せない。
時々病室を訪れた父は、あまり話すことはなく、来るたびにぬいぐるみや本、医師に許可をもらったお菓子などを持ってきては、椅子に腰かけたまま私をじっと見ていた。
母はずっと病室に通ってきては看護婦並みに世話と、家庭教師並みの教育をしてくれた。
けれど、口から出る言葉は難しい病気の説明、あれをしてはいけない、これもしてはいけないと言う禁止事項の羅列、そして私が気に入った父のお土産の物語の本は、興奮するといけないと言う理由で取り上げられた。
それを思うと、今の家族は抱きしめ、励まし、出来たことがあれば喜び、できなければ慰める。動き回りたがる私の限界で抱きとめ、失敗があれば優しく語って聞かせてくれる。
前世では行けなかった学校に兄達や同級生達と手を繋いで通い、前世の教育の記憶のため最優秀の成績で卒業した。
ある時学校で、前世の記憶が有る者や転生者であると言う自覚のあるものは、役所に名乗り出なくてはならないと言う決まりがあると説明を受けた。
支援を受けたり特別なサービスを受けられるようになると言う特典を聞いて、不思議ちゃんを中心とした仲良しグループの女の子たちが役所に行って検査を受けようと話し合っている。
私は皆と同じように席についたまま、自分の心臓の鼓動に何も聞こえなくなっていた。
私のような生まれ方をしたものが他にもいると知ったところで、別に会いたいなどカケラも思わない。
それよりも絶対に家族に知られたく無いという気持ちの方が強かった。
今の大好きな家族から奇異の目を向けられるかもと考えただけで胃のあたりが冷たくなる。
どうせ国は異世界の技術が欲しいだけなのだ。
この世界には電気がない。当然それらを必要とする精密機械は全く存在しない。
前世がただの病弱少女でしかなかった私にそれらの再現はおろか、他の高度な知識をもたらすことなんてできない。
つまり、私には保護されるに値する代価を支払うことはできないのだ。
だったら、ずっと秘密でいいじゃない。
だが、幸せな子供時代もここまでだ。勉強もかろうじて基本学校程度ならば、先行していた分有利だっただけで、私が優れていたわけでは無い。
いつか読んだ物語のように、前世の記憶を使って異世界で無双するような能力は私には無い。
目には見えていないだけで、神の加護でも授かっていれば良いんだけど、そこまでして今世で優位を振るいたいわけでも無い。
特殊な技能も人並みの経験も無い私に、待っているのは新しい時間だ。
健康な身体と幸せに過ごした子供時代の記憶だけで、充分神様には感謝しているのだ。
成績表を見た家族に「将来は何になりたいの?」と聞かれ、私は口ごもる。
黙り込んだ私を、上の兄ティムトは慌てて「ユージーンなら何にでもなれるよ」と言い、下の兄キールも「何でも応援するから言ってごらん」と励ましてくる。
悩んだわけでは無い。考えたことはある。でも、前世では誰も私に「将来」などと言ったことはなかったのだ。
それを思い、健康な今の身体が嬉しくてちょっぴりじーんとしてしまっただけなのだ。
「私、冒険者になって世界中を旅してみたい。」
さっきまで口を揃えて「なんでも」と言っていた家族が静まり返った。
「冒険者はなあ…」
父は苦い顔で黙りこんだ。
「王国騎士団に入りたいって言ってたじゃ無いか、メルティナ叔母様みたいに。」
「幻獣なら騎士団でもしょっちゅう捕まえに行くよ、好きだろう?」
幻獣に限らず動物は何でも好きだ。身近な例として馬の世話も苦ではなかったし、メルティナ叔母はとても綺麗でかっこいい。剣や弓の使い方を教えてくれたのも彼女だ。
「何年もお家に帰れず旅をして、全部自分のことは自分でしなくてはならないのよ。その上私たちの知らないところで命を落とす羽目になったら、母様は嫌だわ。」
反対される理由がわかった。
旅というものを旅行気分で捉えていた私の認識が甘かったようだ。
「わかった、騎士団なら良いのね?」
みなぎっていた緊張が一気にほぐれ、兄の自慢話に笑顔で相槌を打つお仕事に専念する。
父の表情は晴れなかったが、春の見習い試験に行くことは反対されなかった。




