2ー3 襲撃
私の名前は聞かないほうがいい。仕事も聞かぬが身のためであると言っておく。
王国からの使節団は王国騎士団の管理する駐屯地ではなく、普通の観光客が使う宿屋に泊まるという。
この交易都市は西と東の文化が交わる街で、料理も装飾も温泉も素晴らしく、観光にはもってこいの街であることは確かだ。
だが、前の使節団がどうなったか知らないはずがないし、知っててここで観光しようとは普通は考えないと思う。
今回の使節は王国騎士団長の妹で、近衛に当たる選抜隊の副隊長を任ぜられるエリートだ。
エリートのはずなのだが。
「罠か?観光地で油断しているのか?それとも本当に頭が悪いのか?」
仲間の報告では使節団のメンバーそれぞれに、何らかの支援系魔法が掛けられているのは確認できた。
使節団の他に王国騎士団の駐屯地からも護衛が更に二名、外から監視しているのもわかった。が、それ以上の情報は上がってきていない。
きゃあきゃあとはしゃぎながら宿の温泉に向かう使節団一行を見て頭が痛くなる。
女性が二人と護衛騎士が二人、もう一人は部屋で待機している。
早く決断しなければならない。
罠を見越してここは見送るか、これ以上の罠はないと見てここで手をくだすか。
船に乗り込まれてしまっては可能な作戦も限られる。仲間を四人潜入させたが、二人は既に身元調査により排除されてしまっている。
護衛の二人を入り口に残し、脱衣所に入った女性二人はスルスルと装備を外していく。
侍女の方は見えない所からいくつもの暗器が取り出され、カゴに入りきらない有様だ。
使節の女性も何本かの短剣が取り出され、カゴが壊れそうに歪んでいる。
貸し切りで他の利用客はいないようだが、隠し武器の多さにこちらがドン引きだ。侍女の結い上げた髪からもいくつかの道具が取り出された。
あの侍女は比較的登録の新しい冒険者だそうだが、魔術師ではなかったか?
今なら身につけているのはタオルひとつだけだ。こうも簡単に武装解除してくれるとは、むしろチャンスなのでは無いだろうか。
ここでやるしか無い。
支援魔法を見破る魔導器を取り出してメガネのように装着した。
位置誤認の魔法は当然のようにかけてあった。二人の姿がボヤけて二重に見える。
その時、侍女がこちらを見た。
ーーーーー
「シャーナ、私を囮にしましたね?」
テキパキと護衛達に死体の始末をさせているシャーナは、大判のタオルにくるまれて真っ赤になっているメルティナに、申し訳なさそうに笑顔を向けた。
「どちらかというと私がメインの囮でしたので、申し訳ありません。」
「私はついでの囮…」
先ほどの衝撃は忘れられない。
オススメの宿屋は想像以上の持てなしで、西の意匠を取り入れたしつらえは豪華でありながら品の良いものだった。料理も寝具も最高級品で、交代で見張りに立つとはいえ、護衛達も大層喜んでいた。
「これが冥土の土産というやつなのですね」「メルティナ様、一生ついていきます!」「あとちょっとだと思ってお前適当言いやがって」 などという軽口で笑っていた。
部屋でまったり寛げるだけでも充分だと思っていたのだが、シャーナの「絶対に大丈夫ですので」という強い言葉に背中を押され、大浴場までやって来た。
脱衣所では、魔術師と聞いていたシャーナの隠し武器に驚かされ、洗い場に出るなり突然黒づくめの男が落ちて来たのもビックリだ。
「な、何が」
「あらあら、まだ息がありますね」
シャーナがタオルの下にまだ隠し持っていた小さな刃物で、男の顎のあたりをさくりと裂いた。まるで狩りの獲物を血抜きするような、なんでも無い動作だ。
「後始末をさせますので護衛が入ります。こちらで少々お待ちくださいませ。」
そう言って噴き上がる血飛沫に目もくれず、メルティナを脱衣所の隅っこに誘導すると、外で待つ護衛達に指示を出し始めた。
あまりの衝撃シーンの連発に、メルティナはタオルに包まれたまま、ただガクガクブルブルとシャーナを見つめている。
シャーナはその視線が畏怖によるものではなく、なぜ暗殺者の居場所が分かったのかという疑問と思ったようだ。
メルティナの前にやって来てしゃがみ込み、口から小さなボタンのようなものを取り出した。
「これは自分に向けられた魔導器を感知する魔導器です。一度きりしか使えないのが難点なのですけれど、魔法の反応が全く出なかったので仕方なく。」
メルティナはそんな魔導器聞いたこともなかった。
王国で魔導器と言えば、魔法を使えない一般市民の生活を便利にするものが主流で、各家庭に配られている明かりなどが良い例だ。
そんな特殊な状況で使う物を、冒険者は普通に使うのだろうか?
「そ、そうでしたか、高いものなのではありませんか?後で経費として申請してくださいね。」
シャーナは少しだけ考えてから言った。
「私物ですのでお気になさらず」
にっこり微笑んで再び立ち上がり、軽く一礼して後始末の指示を続けた。
後片付けが終わって再び浴場は静けさを取り戻した。
洗い場の血もすっかり洗い流された。
護衛の二人が脱衣所を出て行ったので、メルティナはようやっと重い腰を上げ、カゴに向いて衣類を身につけようとした。
「メルティナ様、貸切の時間はまだ充分ございますよ。」
「え?でも…」
「問題ございません。絶対に大丈夫と申しましたでしょう。」
シャーナに容赦なくぐいぐいと洗い場に押し出され、メルティナは目の前に広がる湯気の舞い踊る楽園に吸い込まれていった。
ーーーーー
西へと向かう船は熱い空気を切り裂くように進む。
船旅は順調だった。
正確には二度ほど襲撃があったが規模も小さく、シャーナは「暇つぶしのため残しておきました。」と言っていた。
それと今回気がついたのだが、どうやら騎士の他にも護衛がいるらしい。
襲撃者を捕縛しているときに一度見かけたが船員の姿をしていた。それっきり、五日間の船旅の間、一度も見つけることができなかった。
聖龍王国に着いたのを一番喜んでいたのは馬達だった。
揺れない地面を踏みしめて、早く駆けたいと皆をせっついていた。港町の周りをぐるりと巡って馬達を発散させていると、住人達から好奇の目で見られていることに気がついた。
到着を知らせる書状を早馬で送る為、町の役場に着いて気がついた。
「…早「馬」では無いですね?」
「早駆け竜というものです。この国では馬は珍しいのです。」
野生の馬が暮らせるような草原が少ないこの地では、馬は他国から買うものなので、翼のない二足歩行の竜がこの国の馬代わりだそうだ。
足を折り曲げて座り、ぺたりと尻をつけて、両手で何かの果物を持って食べている姿はなかなかに可愛らしい。
ユージーンが絶対に喜ぶお土産と思ったが、王宮で繁殖の管理をしていて、国外への持ち出しは禁止だそうだ。
「さすが聖龍王国ですね。」
馬車を引くのもこの早駆け竜になる。ここからは王国から持ってきた贈り物を積んだ馬車と、王宮まで行かねばならない。
王宮までは港から数時間の距離だ。贈り物の積み込みを終わって出発の準備が整う頃、向こうから早駆け竜の荷馬車が何台もやってくる。
こちらの騎馬がうっかり絡まれないように道を開けて荷馬車を通す。
罪人の移送でもあったのか、たくさんの人が縛り上げられて運ばれているようだ。
灰色の髪の御者が小さく手を振ったのが見えた。
「それでは、威風堂々と参りましょう。」
シャーナが朗らかに出発を宣言した。
「有能侍女の事件簿~狙われたアラサー女騎士!ストーカーの心臓に襲いかかる恐怖の麻痺呪文?湯けむりに消えた死体」ではありません。
シャーナとメルティナのサービスシ…挿絵付けました。20181203