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名も無き龍が眠る地に  作者: 佐野ひかる
平和使節と騎士見習い
12/37

2ー2 出発

メルティナは、玉座の前で跪いて深く首を垂れ、国王の横で辞令を読み上げる王国騎士団長の声を聞いていた。


後ろには志願した三人の護衛騎士と、冒険者登録のある側仕えの女性が一人。

たったの五人で平和使節団として西の国へ向かう。


横でそれを聞く官僚たちの顔は、嫁にもいかずに捨て駒として散るであろうメルティナへの同情がありありと浮かんでいた。


以前の使節が一人残らず首だけになって戻された事は、一般市民には知らされていないが、王城内では周知の事実である。

戦争する気満々の西の聖龍王国ルゴーフへの使節など、誰一人として行きたい者などいなかった。

メルティナが行くことに決まったと聞いて、王城内の誰もが胸をなでおろしたものだ。


読み上げが終わり、メルティナはオレンジのくせ毛に縁取られた顔を上げ、全く平静な様子で国王の顔を見返した。


国王の顔には彼女に対する心配の色が見えた。

彼女にはそれだけで行って来る価値があると思える。


「必ずや平和的解決の糸口がつかめるよう最善を尽くしてまいります。」

「頼む。」


国王が短く答えて面倒な儀式は全て終わりだ。城門で荷作りの済んだ馬達と合流して出発するだけだ。



聖龍王国ルゴーフまでの旅程は、王都から片道およそ十日間。

西の交易都市ラッシまで陸路を三日、そこからは海路でおよそ五日の予定だ。足し算がおかしいのは、ラッシで乗り込める商船を待つ必要があるからだ。


メルティナが、うまく商船の都合と合えばいいがと考えながら歩いていると、後ろから肩を掴まれた。


「騎士団長、何か?」

慌てて後を追いかけてきたらしいラルカストは息をきらしながら「何かじゃ無いよ」と呟いた。


「ユージーンからお守りを預かってある。持って行ってくれ。」

「ありがとうございます。お土産に期待してくださいと伝えてください。」


彼は「そんなこと言えるか。」と言って姪から渡された小さな袋を手渡してくれた。

手縫いの袋の中には手触りからしてメダルのようなものが入っているようだ。よくある旅の安全祈願のおまじないを施したものだろう。


何も言えなくなっている兄にぺこりと一礼し、メルティナはその場を離れた。



王都の西門には見送る家族が集まっていた。

彼らは使節として西に赴く一行が、名誉ある使者として選ばれたと思い、誇らしげに手を振っている。

小さなユージーンの姿もあった。先ほど預かったお守りの小袋を見えるように振ってやる。


やがて街道が岩陰に隠れて見えなくなる位置まで来ると、側仕えの冒険者が馬を寄せてきた。シャーナという魔術師の女性で、メルティナと似たオレンジ色の髪を綺麗に編んで纏めている。


メルティナは騎士なので、兜を装備することもあるため髪は結わない。こうして客観的に見るとオレンジ色は目立つなあと感じる。


「メルティナ様、野営できる場所を探しますので先に参りますね。」

「頼みます。」


彼女はにこりと小さく頷いて手綱を扱き、全速力であっと言う間に見えない所まで行ってしまった。

王都から見えない位置にきてからは結構な速度で馬を駆っていたつもりだったが、護衛の三人も呆然と見つめるしかなかった。


途中二度ほど馬を休ませて、そろそろ陽が落ちるという時間で、やっとシャーナの姿が見えた。


「お待ちしておりました。馬をお預かりいたします。」


案内された所には木こりの番小屋があり、焚き火にはすでに鍋とヤカンがかけられていて、お茶をカップに注ぐだけに整えられている。

馬達はシャーナによって水場に案内され、一頭一頭丁寧に汗を拭かれていた。


間も無く戻ってきたシャーナが夕食を整えた。


森の恵みで具沢山の煮込みと、丁寧に下処理されて炙られた野鳥、パンだけは王都から持参した携帯用の物だが、香油をかけて軽く火を通しただけで、もそもそとした食感が消え、料理の一部となっている。


「シャーナは料理もこの様にこなすのですか。」

野宿とは思えない豪華さにメルティナは感嘆の息を漏らす。


「食べることは私の生きがいですので。」

趣味です、と微笑んで答えたシャーナに、皆で感謝の言葉を述べた。


食事が終わり、護衛の三人で今夜の火の番の順番を決める熱いじゃんけんが繰り広げられる頃、女性二人は木こりの番小屋の中に入って就寝の準備をする。

中には簡単な寝台の上に置かれた寝袋と、作業台の上には畳まれた布がおかれていた。


「こちらの寝袋は私が使います。メルティナ様はこちらでお休みください。」

そう言いながらシャーナは布をばさりと広げた。なんと向こうに宿屋のように整えられた部屋が見える。


「こちらは王都にある宿屋です。何かあった時はこちらの魔法陣を破棄しますので、ここにお戻りになれない場合は騎士団の方にお伝えください。」


そう言って丁寧に結い上げられていた髪を解き、メルティナと同じようなオレンジ色のくせ毛を揺らした。まさかと思って目を丸くするメルティナに、シャーナはクスリと笑いかけた。


「今回の勝利条件は、メルティナ様が西の女王様に拝謁し、生きて戻ることです。ご協力頂けますね?」


あまりの用意周到さに言葉もなく、メルティナはただこくこくと頷くことしかできなかった。


ーーーーー


ラッシは交易都市で王国内では王都の次に賑わっている。

西の国に向かうものはここで砂漠を渡る為の準備を整えるか、南の港から船で西へ行くか選ばなくてはならないからだ。


砂漠の横断は非常に難しい。昼間の高温と夜の低温は人が生きられる範囲を超えている。

常にどこかで砂嵐が発生し、コンパスを狂わせる磁場が何処かにある。砂はキメが細かく歩きにくい上に足下には砂虫がエサの来訪を常に待ち構えている。


今回は馬がいるので海から船で向かうことになっていた。

しかし船も定期的に出ているわけでは無いので、商人の都合が最優先になってしまう。


「四日後に西の国に行く船に乗れそうです。」


商業ギルドから戻ったシャーナの報告に、一行は安堵のため息をついた。

二日後に出航する船はあまり余地がなく、女王への贈り物と馬達を乗せる場所が取れなかった。


ウェルディア王国には海軍がなく、軍船も持たない。

「小さな船をチャーターするより、大きい船に相乗りさせてもらう方が揺れも少なくて良いですよ。」というシャーナのアドバイスにより、大きな船を待って、この街で多少ゆっくりしていくことに決まった。


もうひとつ、「ここは温泉が有名です。」と観光向けの宿屋と評判の食事処が提示された。


二晩野宿した後の護衛騎士達は揺れていたが、当初の予定では駐屯地の宿舎を利用する手筈になっている。苦笑いしながら目を見合わせる彼らを見て、メルティナは黙ってシャーナに財布を預けた。


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