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名も無き龍が眠る地に  作者: 佐野ひかる
竜の見た夢
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1ー1 発生

かつて私も、多くの子供達と同じ様に、空想世界の物語に出てくるような勇者や幻獣に憧れを抱く子供の一人であった。


現実世界では力のない子供であっても、架空世界の中では賢者達と共に歩き、勇者達と共に戦い、創造主の創り上げた美しい世界を旅して回っていた。

不思議な能力を持つ人間とは似て非なる種族や、見たこともない生物、精霊や妖精のような存在な不確かなもの達の助けを得ては、悪しき存在達に心を痛めて、その世界のか弱き人々の救いになろうと駆け回っていたものだ。


やがて私は冒険物語に胸をときめかせることは少なくなり、興味は架空の生物が生み出された背景や、古代の伝承などに移っていった。

曖昧な表現しかない言い伝えが、それを受け取った人々の想像力を得て、生き生きと存在を露わにする様を辿るのはとても楽しかった。


もちろんそんなもので生活費を賄えるとは考えてはいなかったので、将来のための学問とは一線を画し、似通った趣味を持つもの達とのコミュニティを楽しむに留まっていた。

ペガサスはどうやって飛ぶのか、黒猫を魔女の使い魔にしたのは誰か、姿を現わす神と現さない神の違いは何か、パワーストーンを売る店は何故一部上場していないのか。


その中でも特に竜の存在は私にとって別格であったと言えるだろう。


西洋の言い伝えにある姿は、鱗に覆われた流線型の身体に、そぐわない小さな翼で空を飛び、口から火を吹いて敵対するものを滅する事が出来る。

東洋の記録にある姿は、巨大な蛇のような長い身体に、鹿のように枝分かれした立派な角を持ち、長い鉤爪の手で不思議な力を持つ珠を持つと言う。


全知とまでは言わずとも天候を操る力までも持ち、神の化身であったり使者として人々に崇められていたと言う。

長い時を生きて生物の頂点に立つが、言葉を操るものや魔法を使うものもあり、宝や知識を溜め込んで静かに暮らしていると言う。


最強の存在、これだけで男の子達は震えたに違いない。物語やゲームの中で必ず超えなくてはいけないボス的な存在だ。

普通の攻撃はまず通らないだろう。一人で相手をするのも無理な話だ。


だが、実際には相手をすることなどないまま、多くの子供達は現実の社会に旅立っていくだろう。


そこには幻獣達は居ないが、多くのクエストが待ち構えている。

世界を救う勇者になるルートは限りなく狭いが、ある程度の幸せを手に入れるルートは無限にあり、たとえその他大勢の一人であっても、自分だけの物語を紡ぎ上げることは出来る。


言うまでもなく、私もその他大勢の一人であった。

ある程度の幸せを手にし、世界を救う勇者であるより、小さな家庭を守る守護者である事を選んだ。


美しく気高い私の主は聡明で、私に無い多くの知識を蓄えているものの、多くの女性達と同じように感情の振れ幅が大きい。

それは決して欠点などではなく、笑って許すことのできる可愛らしい個性であるに過ぎなかった。


守護者としての日々を過ごしながらも、私は空いた時間を、空想の中の幻獣達に捧げる楽しみに費やしていた。

古い文献を探り、伝説として残る多くの物語を収集し、コミュニティに参加しては議論する仲間達の話に耳を傾けていた。



そんな私が全てを失いこの世界にやってきて、唯一もたらされた朗報は、魔法が、幻獣が、竜が実在すると言う事だけであった。



ーーーーー



それは、険しい山の中にポツンと佇む小屋の中にあった。


訪れる者もないその小屋は放棄されて長い月日が経った廃屋だった。


一間だけの小さな小屋の中には、いくつかの小さな本棚と机があり、そこにはガラス瓶や標本のようなもの、実験器具のような何かが埃にまみれて主人の帰りを待っていた。

忘れ去られたフラスコの中には澱のようなものが溜まっており、それを支えている金属の台はボロボロに錆びている。


ある嵐の夜。古びた小屋を揺さぶる激しい風。


小屋の中にまで隙間風が吹き荒び、切り裂くような不快な音を立てていた。

風は埃をなぎ払い、孤独な道具たちを揺さぶり続けていた。


そして土台を失ったフラスコが机を転がり落ちて、割れ、中にあった澱が床に解き放たれた。


その時それは自我を持った。


黒いドロッとしたただの液体に見えるが、それは飛び散らかるという事はなく、一つの塊であろうとしていた。

目もなく、耳もなく、それを命と呼ぶ者はいるだろうか?だが、それは確かに飢えを感じ、生きるためにその欲求を満たすべく動き始めた。


それはまだ目もなく耳もない黒い液体のような塊でしかなかった。


生きたい。その為に何かを食べる。

ただそれだけを念じて手探りで体を引きずっている。それは知らなかったが扉の近くで、強く風が吹いてくるのを感じた。長年の雨風によって歪んだ扉から、細く研ぎ澄まされた隙間風が吹き付けていた。


全くの暗黒の中にいたそれは、風のむこうに何かがあると信じてそちらに進んでいった。

何か障害物があり、探り探って風の吹き込む隙間を見つけた。


決まった大きさや形を持たないそれは、易々と隙間をくぐりぬけ、空気が嵐の中で踊るような外の世界へと飛び出した。


強い風に煽られて、どうかすればそれ自体どこかに吹き飛ばされてしまいそうな時もある。

葉っぱや小石、又は見たことの無い何かが時たまそれの体を打ち付ける。


痛みや苦しさがあるわけでは無いが、もう一度隙間をくぐって小屋に戻り、嵐が収まるのを待ちながらそれについて考えることにした。


いつのまにか嵐は過ぎ去り、隙間の向こう側は日差しの暖かさで溢れていた。

だがまだそれは暖かさを感じることはできても光を見る器官は無いままで、相変わらず手探りで当てもなく彷徨っていた。


運良く、何かが触れた。


冷たいが、壁や地面よりは柔らかく、自分より少し大きいくらいの動かないぷよぷよした何か。

柔らかいので食べられる気がする。駄目なら吐き出せばいいのだ。


その柔らかい何かを自分の体全体で包み込む。

だが、どこまでがその食べ物で、どこからが違うのかがよくわからなかったため、何か違うものも一緒に取り込んでしまったようだ。


少し抵抗されたようだが初めての食事に夢中で、一緒に飲み込んでしまった。


ようやく満たされた。だが終わりでは無い。

生きていくことが可能だと確信が持てるまで、それは常に食べて進化を繰り返さなければならない。

だが、今くらいは油断したっていいだろう。


ようやく踏み出せた満足感の中で、それの意識は暗闇に落ちていった。


ーーーーー


ただ、何をするでもなくそれを見ていた。


青一色の世界をただ見ていた。

いや、一色とは言えないだろう。薄い空色のような青、濃い夜空のような青、小さくうねってキラキラと光る青、遠く来るものを拒むような硬い静けさの青。それはどれも美しいと思った。


何かがその青い世界を飛んで横切った。

凄い速さで駆け抜け、飛び上がり、かと思えば落ちて、まるでその青い世界が全て自分の舞台だと言わんばかりに、踊るように飛んでいた。


美しい青の中で、その白が一番美しいと思った。


ーーーーー


美しい夢は唐突に醒めた。


瞬間、自分を取り巻く全てに色がつき、意味があることに気がついた。


流れ込んでくる膨大な視覚という情報に溺れそうだ。

あまりの出来事に頭がついてこない。

自分は今、降り積もった枯れ草や落ち葉の間から頭を出して、周囲を見渡しているらしい。


そして音が聞こえていることにも気がついた。


枯れ葉のこすれ合う小さな音でさえ、聞こえる度にそちらを確認せずにはいられない。


急に考えなくてはいけない事が増えて軽くパニックに陥った。


食べる物を探さなければならない。自分は食べなければならない。食べられてはならない。見えるものの中で何が危険で何が敵なのか知らなくてはならない。敵をどうするのか考えなければならない。どうすれば自分の身を守れるのか考えなければならない。警戒すべき音とそうでないものを聞き分けなければならない。


その時、小さな羽ばたきが聞こえて自分の隠れていた落ち葉だまりの、すぐ近くの枯れ葉が動く音がした。


体を覆う全ての鱗が逆立つような恐怖を感じ、とっさに隠れ場所から飛び出した。


ついさっきまで自分が居た場所に突き立てられる硬い嘴。


振り返って自分を捕食しようとする敵の姿を確認する。敵の武器。アレガホシイ。


その小さな小鳥は、小さな爬虫類をエサにしようと降りてきたところで、まさか自分がそのエサに捕まるとは思っても居なかった。

警戒すべきは大きな鳥や地上の素早い生き物だと思っていたからだ。


トカゲのようなものとしか思っていなかったそれは、ありえない形に口を開け、小鳥の意識を飲み込んでいった。


ーーーーー


いつのまにか眠っていたようだ。どうやら食事の後には眠る必要があるらしい。


だが、今度は潅木の盛り上がった根っこの間に身を潜めて身の安全を確保してあった。

時間の感覚はまだよくわからないが、薄暗く陽の光は感じられない。


改めて自分の体を見下ろしてみる。


鱗に覆われた全身の中で、手足の爪だけが異様に目立っていた。

そういえばあの小鳥も足先に鋭い爪を持っていた。


ウロコと皮膚の中間のようだった鼻先は、先ほど見たクチバシよりは短いが硬い殻のようなもので覆われていた。

ありがたい。敏感な鼻先など自分には必要ないからだ。

弱点は少なく、武器は多いほうがいい。自分は捕食者なのだから。


それ以外には別段変わったところは見られなかった。相変わらずぽってりと柔らかそうな腹と長い尻尾。羽毛や翼などの変化はないようだ。


食べて眠るたびに身体が変化しているようだが、その取捨選択はどのように行われているのか謎だ。


翼があっても良かった。

飛行など、移動能力の向上は願っても無い進化だと思う。

上から広域に見渡せるのは大きな利点に成りえたと思う。捕食者として。


だがまあ、今の手足も地上だけではあるが充分に素早い動きが可能であるし、これらを上手く使いこなす方が重要だろう。


今の自分の状態を把握できたので、周りの環境を把握するため、隠れ場所を後にして充分な視界が確保できるところへと移動する。


近くに少し高さのある木が生えていたので登って見た。

木は灰色でつるりとした外観で、身を隠せる葉もあまりついていない。


細くなった枝先の限界まで登って周囲を見渡した。

遠い灰色の空を飛ぶ影が二つ、他に生き物の姿は確認できなかった。


目の前に広がるのは山の斜面の森の一部分だった。

眼下には遥か遠くまで緑が茂っており、その向こうの海に面する一部分にだけ人工的な建物が埋め尽くして見える。


反対側に目をやると、遥か高みに鋭い山の頂きがそびえており、頂上周辺は木々もなく白い山肌が剥き出しになっている。


何か食べられるものを探すとするならば、上ではないだろう。生き物の気配が無さすぎる。

かといって人工物をつくる生き物との接触はまだ避けたい。


この世界の一部として姿を現わす前に充分に変化を遂げ、この世界でどう生きるか方針を決めてからでも遅くはないと考えた。


彼自身は小さくか弱い生き物で、戦う力もあまりなく、この世界の仕組みについてもさほど知らず、判断材料もあまり持ってはいないが、考える事は嫌いじゃないし得意な方だと思う。


なにしろ時間は幾らでもあるのだから。

20190901 序文追加しました。

完結目指して頑張ります。

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