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検査結果

室内の掛け時計は六時四十四分をしている。滝沢はコンビニエンスストアで買ったメロンパンを左手に持ち、右手でマウスを操作しながら懸命に作業をしていた。足元には可憐かりんの着替えなどが入った入院を考えてのカバンが置いてある。もちろん、会社を出たらそのまま病院へ行く為だ。

昨夜、滝沢は少し冷静になって考えた。今までゲームの中では数々の不可能を可能にして来た自負があった。しかし、こと三次元の世界では自分の出来る事など、たかが知れていると思い直した。だからこそ、覚悟したのだ。自分が出来る事を精一杯やる!もし、仮にもう二度と起きた可憐に会えなくても、笑顔で可憐の隣に居られるようにやれる事を目一杯するんだと…


「おはようございます!あれ?滝沢さん、もう来てたんですか?」外観担当の尾上 涼子だった。

「おぉ、尾上おのえ、おはよう!お前も早いじゃないか」滝沢は部下のやる気に感心した。

「ハイ!始業前にちょっと昨日ウチのパソコンで取り込んだ背景の写真のデータを会社こっちのパソコンに複写コピっとこうと思いまして」尾上はUSBメモリを示して答えた。

「ほう、頼もしいな。その調子だったら寺尾も喜ぶだろう」滝沢がにこやかにメロンパンを噛りながら答えると

「違います。昨日、寺尾さんには無茶苦茶むちゃくちゃしかられたんですから。お前は自然の何たるかが分かってないって…ちょっとでも寺尾さんを見返してやりたいんです」と口をとがらせてねたように返した。

「OK OK、それで良いんだよ。上に言われて折れてるようじゃ、成長なんか出来ない。"言われる内が花" って言うだろ?寺尾もお前に期待してんのさ」滝沢はたしなめるように言った。

「そんなモンですかねぇ」しかし当の本人はどこか釈然としない様子だった。しかし、この尾上の姿を見て、滝沢は安心した。今日、早く出社したのも、実は定時に帰る為だった。その後、滝沢の仕事を古株の寺尾に引き継ぎ、外観マップは出来るだけ尾上一人に任せたいと考えていたのだ。正直な所、外観マップが一番負担が軽い。だから今までも作業が後半ともなれば、滝沢と小園の仕事を寺尾にも手伝ってもらっていたのだ。

そしてくは、滝沢自身はプロデュースに専念して、チームリーダーを寺尾に任せたいと考えていたのだ。それが少し早くなっただけと考えれば、それほど無茶な事ではないと滝沢は思ったのだ。

ただ、今回はトラブル後の時間がない中での作業だ。それだけに、出来ればこの仕事までは最後まで責任は持ちたかったと言うのが滝沢の本音だった。


その後、出社して来た小園と寺尾を会議室に呼びつけた滝沢は、妻の可憐が体調をくずし入院した事、しばらくは定時で上がらせてもらわなければならない事、そして場合によっては休まなければならなくなるかも知れない事を告げた。それでも二人は快諾してくれた。

「本当にすまない、今が一番大変って時に」

「気にしないで下さい。ボクだって寺尾さんだって、ただ滝沢さんに付いて来たんじゃありませんよ。自分達が作り上げて来たって自負プライドは持ってます。よねぇ、寺尾さん」

「おぉ、小園のクセにいい事言うじゃねぇか」

「クセにって何ですか、クセにって…」

「まぁまぁ、小園は上に対しても言いたい事を言えるのは良い事だけど、言い過ぎな所がたまきずだな。後、寺尾は年長者なんだから、もう少し心を大きくして部下を包み込んでやってくれ。お前には最終的にこのチームを任せようと思ってるんだから」

「えっ?オレがですか?」どうやら寺尾自身、次のリーダーは小園と思っていたらしい。

「いいか?寺尾、リーダーは何も、誰より仕事が出来る必要はないんだ。実際にパソコンに限って言えばオレよりも小園の方が能力スキルは高い。リーダーに必要なのは器だ。そう言う意味ではまだ少し足りない部分もある。でも、お前だってオレの背中を見てくれてたんだろ?猿真似とまでは言わないが、お前なりにやりながら器の意味を良く考えて励んでくれ」滝沢は寺尾の肩に手を当てた。

「分かりました。小園、頼りないオレだけど、しっかり支えてくれよな」滝沢にたしなめられ、寺尾はへりくだって言った。

「任して下さい。滝沢さんに比べればささ甲斐がいがありますよ」調子に乗った小園が寺尾を揶揄やゆするように言った。

「こ・ぞ・の!それだ!」滝沢は軽く小園の頭にこぶしを当てた。

「す…スミマセン」流石さすがの小園も、尊敬する滝沢の言動に、肩をすぼめた。


やがて定時になり、滝沢は病院へと向かった。何とか朗報を聞ければと祈っていた滝沢だったが、見事にその期待は裏切られた。

「滝沢さん、大変申し上げにくいのですが、やはり検査の結果、どの数値にも異常は見られませんでした」言葉の内容とは裏腹に、医師は電子カルテを見ながら、滝沢を見ずに答えた。

「異常が見られないって事はつまりは…」滝沢の神妙な物言いに、ようやく医師は滝沢の方に向いた。

「ハイ、原因不明です。ただ、私の出身校でもある東京のN大附属病院に私の同期で優秀な脳外科医がいます。紹介状をお書きしますので、そちらに行ってみて下さい」

滝沢は病院から車椅子を借りて、可憐を連れて一旦帰る事になった。道中、小園に電話して、明日は遅れるか、最悪、休まなければならなくなるかも知れない事を告げた。

帰りのタクシーの中、滝沢は内ポケットに忍ばせた紹介状を祈るような気持ちで握りしめた。

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