祈りと誓い
"ピコッピコッ" と枕元で携帯電話が鳴り出した。滝沢は携帯を操作してアラームを止めた。キッチンからはコーヒーの良い香りがして来る。そして、いつもと変わらず忙しなく作業をする気配を感じ取り滝沢はホッとした。
昨夜、可憐の異様な姿を見た滝沢は、内心では『可憐は精神がどうにかなってしまったのかも知れない』と危惧していたのだ。その為に一応目覚ましのアラームをセットしておいたのだが、どうやら取り越し苦労だったようだ。
滝沢はいつものようにパジャマ姿のままキッチンに行き「おはよう、可憐」と挨拶した。
「あっ、おはよう、龍翔君。昨日、遅かったんでしょ?いつもより遅めに起こそうと思ってたけど、いつも通り起きれたんだね」と変わらぬ笑顔で答えた。
この時、滝沢は昨夜の事を聞こうかどうか悩んだが、止めておく事にした。本心は恐い気持ち半分と信じたくない…夢か何かだったんだと思いたい気持ち半分と言ったところだった。
「今日も遅いんだよね?晩ご飯はどうする?」
「あぁ、そうだな…軽く食べれるモン作って冷蔵庫にでも入れといてよ」
「ウン、分かった。あんまり無理しないでね」
「ウン、ありがとう。じゃあ行って来るよ」いつもと同じようにキスをして出掛けた。
滝沢は昨夜の徹夜で体調を崩した者がいないか心配しながら出社したが、それも取り越し苦労だったようだった。
「おはよう、皆んな。さぁ今日も頑張ろう」言いながらも滝沢はこんな素晴らしいチームを率いていられる自分を誇りに思っていた。『大丈夫!このチームならいける。この難局も乗り越えられる』滝沢の不安は払拭され、腹の底から力が湧いて来るのが感じられた。
午後から、開発部長の元へ経過報告をしに行った滝沢だが、部長も期待を込めて激励してくれた。
そして、その日も日付が変わる頃まで作業に明け暮れた。
「皆んな、疲れてるだろうが、後、ひと踏ん張りだ。明日もよろしくな」
「任しといて下さい。絶対にボツになった作品よりも良い物を作りましょう」今や滝沢に次いでの二番手にまで成長していた小園が胸を叩いた。
帰りのタクシーの中、滝沢は不安な心に駆られた。昨夜の可憐の姿が、脳裏を過ぎったからだ。滝沢は祈るような気持ちで玄関のドアを開けた。そして、直ぐには家に上がらず、しばし玄関で中の様子を窺った。少なくとも、玄関からは異常は感じられなかった。
出来るだけ音を立てぬように、静かに部屋内に入った。そして、リビングに目をやると昨夜と同じく薄灯りが漏れているのが見えた。
『まさか!』滝沢がリビングに歩を進めるとTV画面が付いていて、昨日とは違う別の女性キャラクターが映り込んでいた。しかし、可憐の姿は見当たらなかった。
滝沢は心配になり、そっと寝室を覗いた。可憐は、ダブルベッドの右側、即ち滝沢の寝る場所を空けて静かに寝息を立てていた。それを見てホッとした滝沢は安堵して、そのまま踵を返してキッチンの冷蔵庫を開けた。
中にはシーフードのリゾットの上に "お疲れ様♡チンして食べてね" とメモ書きが置かれていた。滝沢はリゾットを電子レンジにかけると、何故か涙が溢れて来た。
「オレは…オレは、可憐を全身全霊をかけて守らなきゃいけないんだ」と滝沢自身を戒めるように呟いていた。