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同行者が現れました!

 聖女としての二日目は、二つの村で『魔術』を使った。

 流石に前日のような緊張はなく、立ち居振る舞いも落ち着いていたと自分では思う。でも、魔石が壊れた時にどうするかの答えはまだ出せていない。告げ方を変えるなど試行錯誤は続けているけど、それで出来る事は知れている。


 夕日に照らされた無骨な外壁が遠くに見えてきた。今日の宿になるに要塞の姿に、力を抜いて椅子に体を預ける。


「あと一日……。もうすぐ終わりなんですね……」


 息を吐いた私に、ジュリアが微笑む。

 

「ふふっ。初めての事ですから、大変でしたでしょう? 最後の村が終わったら、シャンデラに二日滞在ですわ。羽を伸ばす時間も、とれたら宜しいですわね」

「そうですね。その為にも、上手く情報が集まっていればいいのですが……」

 

 側壁に頭を預けるて、せかすような振動に目を閉じる。


 大修道院、『奇跡』の目撃者、イレーネの住まい。

 たった二日の間に、行かなくてはいけない場所がたくさんある。ジュリアの伝手や騎士団を通じてお膳立ては頼んであるけど、どの程度の情報が集まっているかはシャンデラに到着しないと分からない。


 馬車の速度が落ちて、古い門の軋む音が馬車の中まで届く。

 今日の宿は、遠い昔に街道を守った小さな要塞。今は商人に買い取られ、瀟洒な建物に改装されて宿になっているらしい。

 北に行けばバルダート、北西にはシャンデラ、東は東街道がある交通の要所にあって、元は要塞で安全性が高いから、貴族豪商を中心に王族も宿泊には必ずここを選ぶという。


 正面の出入り口を通り過ぎて、私兵が守る中門を通り過ぎる。ようやく馬車が止まるって外へ出ると、待っていた要塞宿の主が恭しく一礼した。


「『聖女』リーリア様、お待ちしておりました。『奇跡』を起こされる御身が、穏やかに休まれる様に精一杯お世話させて頂きます」

 

 要塞とは思えない、美しく整えられた中庭を見回す。他の客の姿はないから、ここは特別な客の為の入口なのだろう。


「出迎えに感謝致します。一晩騒がせますが、よろしくお願いしますね」


 そう告げると、宿の主が顔を上げる。私を見て護衛代表であるアランを見る顔が、徐々に困った表情に変わっていく。


「主よ。晴れない顔をして、何かあったのか?」

「はい。実は皆さまがお着きになる直前、リーリア様とお会いしたいと仰るお客様がいらっしゃいました」

「客? 我々は誰かが訪ねてくる話など聞いていない。当然、断ったのだろうな?」


 低い声でアランが牽制すると、慌てて店主が首を縦に振る。


「勿論です。当宿は王家にも、ご利用いただいております。軽率な対応は、決して致しません。名乗られた身分が特別な方でしたので、安全の為に一番ここから遠い客室にお通ししてあります」


 王家を相手にする大宿の店主が、顔を曇らす身分の人物。それは一体誰なのか。

 一瞬、デュリオ王子の姿が頭を過ぎる。でも、それなら断る必要ははない。そもそも、国王陛下との引継ぎが忙しい彼が今は現れる筈ない。


「誰が尋ねてきたのですか?」


 自分では答えが出せなくて尋ねると、意外な人の名を主が口にした。


「グリージャ皇国大公 クリス・ニアンテ様を名乗られています」

「クリス様? 本当ですか?」

 

 予想外の人物の名に耳を疑う。


「当宿にご来訪は初めてで異国の方ですので、断言する事はできません。薄紅の髪に、青い瞳。愛らしい顔立ちの少年のお召し物には、グリージャの伝統が見受けられました。グリージャ大使の書状もお持ちで、内容は確認しております。本物に見受けられましたが、如何でしょうか?」


 主のあげた特徴はクリスと一致している。書状も確認されているなら、本人に間違いないだろう。


 クリスが何故、私を追ってきたのだろうか?

 最後に会ったのは、カミッラ正妃に呼び出された日だ。中庭で処刑回避のお礼を言ったら、『聖女』としてのお礼を求められて、それをデュリオ王子が止めたのだ。


「まさか、お礼の件……?」

「何か約束があったのですか、リーリア様?」


 小さな呟きを拾ったアランが怪訝な顔で私を見る。


 クリスがセラフィン王国に来たのは、グリージャ皇国の内乱を治める為だ。レナート王子と誼を結んで、援軍を引き出そうとしていたけれど、教会派の勢力が崩れた今、レナート王子の影響力は確実に落ちている。

 それに、大物の失脚で国は落ち着いているとは言えない状況になった。


「約束ではありませんが、最後にお会いした時に『聖女』にお願い事をしたいご様子でした」


 援軍を得られる可能性が低くなった今、クリスは目標をかえたのかもしれない。

 援軍ではなく、『聖女』から『奇跡』をを引き出す。それなら私を追ってきた理由に合点がいく。


「聖女様への個人的な願いは、既に通達で禁じられています。特に今は国内に『奇跡』をお授け頂く旅の途中ですから、丁重にお断りを伝えて追い払うのが賢明でしょう」


 アランの判断は正しい。そうするべきだと私も思う。でも、クリスが簡単に引き下がるだろうか。


「アラン。無垢な少年に見えますが、クリス様は抜け目のない狡い大人です。目的の達成の為なら色々な手を打ってくるでしょう。断わる事で見えなくなるのは厄介な気がします」


 眉間にしわを寄せてアランが考えこむ。

 

「……クリス大公を、私はよく存じ上げない。だが、リーリア様は監視が必要な人物とお考えなのですね?」


 王都に来て間もない異国の滞在者であるのに、クリスはレナート王子であった時の私の動きをよく把握していた。そして、旧国派との橋渡し役という彼にしか出来ない役に立ち回って、結果レナート王子である私と誼を結んで貸を作る事に成功している。

 

「はい。早く的確な情報収集力と、臨機応変に自分の場を作り上げる力のある方です。油断がならない方だと思います。でも、互いの利益が一致すれば強い味方になる方です」


 クリスはクリスの益を追った結果だけど、処刑回避の一助になってくれた。遠くに置くよりも、近くで互いの益を模索する。これがクリスとの一番よい付き合い方だと思う。勿論、十分注意は必要だけど。


 アランが力強くうなずいてから、宿の主に会談の為の部屋を用意するように命じる。


「リーリア様はよくクリス様をご存知の様だ。その判断を尊重しましょう」


 クリスとの会談が決まると、すぐに滞在する部屋に案内してもらって休息をとる。

 会談を兼ねて夕食を共にする提案もあったけど、それは全力でお断りした。気を使った食事になるのは、流石に御免だ。『聖女』の仕事とはいえ、初めての場所への旅になる。珍しい食事ぐらいは、楽しくとりたい。


 半刻もしないうちに迎えが来て、会談の為の部屋へと向かう。中に入るとクリスが薄紅の髪を揺らして、子ウサギを思わせる動きで立ち上がる。


「あぁ、リーリア様。お久しぶりです。お元気そうでよかった」


 グリージャ特有の羽のついた帽子を片手に抱いて、愛らしい笑顔をクリスが浮かべる。本当に見た目だけなら、天使の様だと思う。


「ごきげんよう、クリス様。お名前を宿で伺って驚きました。こんな所まで私を尋ねていらっしゃるなんて、どうなさったのですか?」


 ドレスの端を摘まんで一礼を返してから、来訪の理由を一応尋ねる。軽やかな足取りで側に来ると、クリスが親し気に両手で私の手を取る。


「セラフィンの王都はとても忙しそうで、今は他国の僕も構って頂けない。どうしようかと思っていたら、貴方がシャンデラに向かったと聞きました。シャンデラの大修道院は、僕も滞在中に訪れてみたかったんです。本当に丁度、良かった」


 ねだる様な眼差しでクリスが微笑む。邪気のない姿には一瞬ほだされそうになる。でも、騙されてはいけない。

 丁度良かったと言うけれど、何が丁度良かったのか。これは、有無を言わさぬ同行宣言である。うっかり頷けば、なし崩しに同行決定だ。


「『聖女』の役割が残っていますから、私は、まだシャンデラには向かえません。それに、クリス様は、グリージャ皇国の大公でらっしゃる。その身をお預かりする連絡を、私達は受けていません」


 連れて行くつもりだけど、いきなり頷いては主導権を握られる。

 シャンデラには一緒に行かない。連絡も受けてないし、同行は許可できません。貴族の慇懃さで伝えて断る姿勢を見せる。


「大丈夫ですよ、リーリア。僕には時間がたっぷりとあります。むしろ、『聖女』の役割が残っているのは幸運です。貴方の『奇跡』をずっと見たいと思ってました。僕はとっても運がいい」


 そう言って、クリスが手の甲に唇を落とす。

 全く引く姿勢無し。そっとアラン達護衛を見ると、愛らしさを武器にしたクリスの強引さに全員が頬を引き攣らせるのが見えた。

 少しでもクリスの本性が見えたのならば幸いである。


「クリス様のお喜びは嬉しいです。でも、私と共にいる騎士は、私一人を守る為の編成なのです。他国の大公を守る用意はありません。万が一、何かあってお叱りを受けさせる事になっては心が痛みます」


 もう一度、お断りの姿勢を見せる。今度もクリスはにっこりと砂糖菓子のような笑顔を浮かべる。


「ご安心ください。カミッラ正妃に、同行の許可はここに取ってあります。私の身は私の責任と、一筆書かされておりますからお気遣いなく」


 優位を確信したような喜色が青い瞳に浮いて、一枚の紙が差し出された。

 クリスが責任を持つ事を条件に、王都以外の行動が許可される旨がカミッラ様の手で記されていた。


 アランを手招いて、クリスの書状を見せる。こういった扱いは滅多にない事なのだろう、アランの眉が驚いた様に僅かに上がる。


「……確かに、クリス様の行動で我々が責任を問われる事はないようです。しかし、クリス様は本当に宜しいのですか? 他国の大公に手を出す者など滅多にいないとは思いますが、危険が全くない訳ではありません」


 クリスを知る者は少ないから、襲う者も殆どない筈だ。でも、旅の途中に物取りに会うなどの、突発的な可能性までは排除できない。

 

「問題ありません。僕は大丈夫なんです。生死がかかる危険も、気にして頂く必要はないんです。さぁ、僕の事に責任はなく、カミッラ様の許可もある」


 話をまとめるように笑顔で軽く手を打って、上目遣いにクリスが見る。その瞳は無垢な眼差しではなく狡い大人のものだ。


「ねぇ、リーリア様。シャンデラ大修道院に行くなら、旧国派の貴方が一人で行くよりも、他国の大公を巻き込む方がずっと待遇が良くなると思いませんか?」


 修道院は教会派の場所。私には非協力的である可能性は高い。でも、他国の大公であるクリスが一緒なら、国益を傷つける半端な対応は封じる事ができる。


「わかりました。では、シャンデラまでご一緒しましょう」

「嬉しいです、リーリア様」


 嬉しいそうに笑う天使のような少年。……と見せかけた狡い大人のクリスは、やっぱり手強い。

 

 翌日、クリスを連れて最後の村に向かう。

 宿までは自分付きの者達と馬に乗ってきたクリスだけど、合流する以上は馬車に誘わない訳にはいかない。


「馬で行かれますよね?」


 控えめに馬へと誘導すると、「馬車で」と答えが返ってきた。結果、私とジュリアとクリスの三人で馬車に乗る事になったのだけど、はっきり言って空気は微妙だ。


「足の具合はいかがですか?」


 舞踏会の夜、私に絡んできたジュリアを撃退したのはクリスだ。


「傷一つありませんでしたわ。お心遣いは有難いですが、任務中です。どうか空気と思ってくださいませ」


 怪我がない事を知った上でのクリスの質問に、ジュリアが涼し気な笑顔で応じる。

 社交界のオブラートに包まずに単刀直入に訳せば、関係ないからほっといてだろうか。


「貴方が可愛い騎士だなんて知らなかった。しかも、リーリア様と仲良しだなんて驚きです」


 あの日と一転した様子に、クリスが私とジュリアの関係を尋ねる。

 昨日、クリスの強引さを目の前で見て、私の警護に集中する為にもクリスとは極力関りを持たないとジュリアは馬車に乗る前に言っていた。

 その言葉通りに、無言で軽く首を傾げるにとどめてジュリアが言葉を躱す。

 すげなくされたクリスが肩を竦めて、私とジュリアを不可解そうな眼差しで見比べた。


「うん。最近、リーリア様は不思議な方だと気付いたんです。貴方の周りで事態が変わっている」


 言われて見ると、確かに私の周囲は大きく色々な事が変わった。

 本当にとは、口に出さないけれども苦笑いが零れる。


「色々ありました」

「色々? 僕は色々が知りたいですね」

「女の子には秘密が多い方が良いらしいですから、内緒にしておきます」


 悪戯めかして躱すと、クリスが大人の顔に表情を変える。こういう顔をする時のクリスは、何だか底知れない迫力が一瞬立ち上って苦手だ。


「秘密が多いと男は暴きたくなるんですよ? 僕は貴方の秘密の一番は『奇跡』だと思います。どうでしょう?」


 偽りの『奇跡』だから、当然あまり話をしたくない。話題を変える為に、こんどはこちらから尋ねる。


「私を不思議と言うなら、私もクリス様が不思議です。ずっと年上なのに、少年みたいに愛らしい。グリージャ皇国は、皆そのように若々しいのですか? せっかく機会ですし、グリージャ皇国の話を聞かせてください」

「……できれば、僕ももう少し大人でありたかったのですがね。グリージャ皇国の民は、きちんと年齢相応の外見です。何時までたっても子供なのは、残念ながら僕だけです」


 話し出すとクリスは、やはり会話も上手く。話題も豊富で、あっという間に話に花が咲く。

 気付けば走り始めて二刻が経って、御者が最後の村の近づく合図をした。


 村は、入ったと思われるのにとても静かだった。これまでのような歓声はなく、囁き合う声が重なったざわめきだけが聞こえてくる。 


「なんだか、今度の村は落ち着いていますね?」

 

 カーテンの隙間から外の様子を窺っていたジュリアに尋ねる。何とも言えない表情で振り返ったジュリアが申し訳なさそうに眼差しを落とす。


「隠しても仕方ない事ですから、お知らせしておきますわ。多分、この町は今までの村と違います。教会派の影響が強く、あの『噂』も根深く残っているでしょう」


 ここはシャンデラの貴族が治める村で、大修道院に訪れる庶民向けの安宿を営む者が多いらしい。

 当然、教会あっての職業だから、修道院や教会との縁も強い。

 

「成程。私への疑いが拭い去れないから、村の皆さんはそっと私の様子を窺っている状態なんですね。ならば、望むところです! 影響が強い所を覆すのは、私の噂を払拭する良い機会です」


 にっこり笑って告げると、馬車が止まる。降りた先には、これまでの村とは違う景色が広がっていた。空には宿を示す旗が所々で翻り、宿の翻る建物はどれも石造りで立派なものばかりだ。

 あらには、私を囲むように見つめる村人もどこか清潔感があった。


 物珍し気に見渡す私の前に、中年の村長が立つ。

 明らかに庶民とは違う身形の良さと、裕福さを感じさせる手入れの行き届いた頭髪。間違いなく庶民ではない貴族の様に見える。


 アランが私とクリスを村長にそれぞれ紹介する。中年の村長は男爵を名乗ってクリスに歓迎を示した後、私をつま先から頭の先まで訝しむように見た。

 

「はぁああ、井戸に案内させて頂きます」


 溜息を吐きながら一礼はした男からは、歓迎の言葉もない。踵を返した背に護衛の騎士を中心とした騎士たちが、一様に不快そうな視線を向ける。

 でも、付き従うのが旧国の騎士と分かっているから、気にする様子はない。


 私の騎士を軽んずる態度に苛立ちを覚えたけれど、『聖女』の仕事の場だと胸の奥に広がっていく苛立ちを無理矢理抑え込む。


 笑顔を取り繕って井戸までの道を歩くと、村人達の囁きにも『魔女』と言う言葉が混じるのが聞こえてきた。 路地の一角に辿りつくと、一つの井戸を村長が指さす。


「九十五年前に作られた井戸なんだが、数か月前に減少に気づいた。気付いた時には随分と減っていて、すぐに王都に相談した。待つ間にも日々水の道が閉じられる様に悪化している。……本当に、元に戻して頂けるのか?」

「勿論です。その為に伺ったのです。ただ、『奇跡』を願う前にお話しておきたいことがあります」


 最初の村での失敗を生かして、二度目の村からは『奇跡』が続くとは限らないと先に説明をしている。『奇跡』を見る前に話すと、危機感が高いから水の検討する返事が引きだしやすかった。


 村長の面倒そうな眼差しに、話しても無駄と言う予感が頭をよぎる。でも、私が村の為に出来る事が見つからない今は、これが村にとって重要な一線になる。村長の為ではなく、村人の為に言わなければいけない。


「『奇跡』で、水源を一度は回復させる事はできます。でも、いつまで続くかは誰にもわかりません。回復した後も、いつかを見据えた対応を取って下さい」


 真っ直ぐに見つめて告げると、小さな舌打ちと共に村長が顔を顰める。


「続くか分からない? そんな話は聞いた事がない」

「でも、続くと言う話もありませんよ? 『奇跡』には、何一つ確かな情報はないんです。セラフィン王国は水利の悪い土地です。次に何かあった時の事を考えて、今から備えをした方が良いと思いませんか?」


 ずっと昔のセラフィン王国は水利が悪く農作には酷く苦労していた。今でこそ水源は足りているけど、新しいものを一から作る時はとても大変な事が多いと聞く。

 出来る限り誠意を込めて説明をするけれど、村長は苛立たし気になるばかりで耳を傾ける気配はない。


「そんな事を言って、本当に『聖女』様なのか? だから、私はソフィア様に来て頂きたかったんだ。なのに、悪い噂のあった『聖女』がやってきた。その上、奇跡は続かないだと? 出来ないから予防戦を張って手――」


 ジュリアとライモンドが腰の剣に手を掛けて、私を庇うように同時に前にでる。


「いい加減になさい」

「ふざけるな」


 重なった身の冷えるような二人の怒声に、小さな悲鳴を上げて村長が後ずさる。


「リーリア様は既に、聖女として三つの村を救っているぞ! その力を疑うのか?!」

「備えは、上に立つ者の義務ですわ! 怠らない様に助言されて不満とは、恥を知りなさい!」


 息を合わせた様に叱咤した二人の柄を握る手は、怒りに震えている。弾みがあれば剣を抜き去りそうな剣幕に、村長の顔が青ざめる。


 二人が私の為に怒ってくれた気持ちは本当に嬉しい。だけど、ここは教会派のお膝元。威圧では決して支持派得られない。


 強がって震えた唇で「教会派にさからうのか」と呟いた村長に、ライモンドが剣を抜こうとした腕を慌てて止める。


「ライモンド。ジュリア。私の為に怒って下さって、ありがとうございます。でも、大丈夫です」


 私を振り返った二人に微笑む。ジュリアが勝手を小さな声で謝って、ライモンドも申し訳なさげに目を伏せる。

 もう一度「ありがとう」と二人に告げて剣を掴もうとしていた手を叩くと、村長の前を通り過ぎて井戸へと近づく。

 井戸の前に立つと、村長と私を見る村人を振り返る。期待じゃないたくさんの眼差しが私を見る。


 全然、私は大丈夫。

 期待の視線は慣れないけれど、悪意のある視線に晒されるのは慣れている。

 一人一人見つめるつもりで見渡すと、ざわめきが治まって静寂が広がる。


 悪意を向ける集団の中にも、善意を隠し持っている人がある事を私はもう知っている。

 やるべき事をやって胸を張っていれば、そんな私を庇ってくれる人、応援してくれる人がいる事も知っている。


「神殿の要請で、これから井戸に水を戻します」


 そう告げてから、魔石をスカーフに隠して井戸の中でそっと落とす。

 微かな水音が響くと、人々がざわめく。

 

「今、何をしたんだ?」

「何を投げ入れた? 毒?」

「毒な訳ないだろう?」

「じゃあ何?」

 

 囁く声が聞こえて、村人を振り返る。ぎょっとしたように目を泳がせた何人かに、にっこりと自信を感じさせる笑顔を向ける。


「清めの石です。教会の祭りでも、場を清める為に願いや祈りを込めた清め石を使うのはご存知でしょう?」


 清めの石は神殿で売られている小指の先の大きさの石で、巫女が祈りをささげてあるから周囲を清めると言われている。実際に神殿の祭りや行事では、清める為にあちこちに積まれているのを目にする馴染み深い品だ。

 今までは私の作ったお守りの石と言ってきたが、この村は教会と縁が深いから清めの石と呼ぶ事にした。一応祈りというか魔力を私が捧げているから、拡大解釈すれば同じといってもいいはずだ。


 案の定、何人かが、受け容れやすい品の名に納得したように頷くのが見えた。


「では、『奇跡』と王都の民が認めたものを執り行います。井戸の状態を確認したい方はいらっしゃいますか?」


 もぞもぞと人垣のそこかしこで人が動く様子が見えた。でも、出てくるものは誰もいない。

 皆、興味があるが中々出てくる勇気がないのだろう。


「そちらの方と、そちらの方。代表して確認して頂けますか?」


 私が指示した村人は、驚いた様に目を瞬くとすぐに騎士の警備を通されて近づいてくる。断られない確信はあった。呼んだ二人は最前列でかなり興味深そうにずっとこちらを見ていたからだ。


「中の確認をして、知りたがっている皆さんに教えて差し上げて下さい」


 覗き込んだ二人の男は口々に、昨日までよりもさらに水がないと告げた。


「では、祈ります。お二方はそのまま、ここで『奇跡』をご覧になって結構ですよ。見届けて下さいね」


 両手を組んで魔力を術式に込めていく。


「天と地と私達に今日がある事に感謝いたします。慎み深く生きる我らに、安寧を。愛しいこの地に豊穣を。『水よ溢れて、泉を満たし続けて』下さい」


 教会に慣れた村人たちには馴染みないであろう言葉を口にすると、村長が懲りずに苛立ちを含んだ声で呟く。


「なんだ、その祈りは。そんな祈りで、神に届くなんてありえない」


 言葉が終わるか終わらないかのところで、井戸から微かな水音が聞こえだした。遠巻きに立つ村人に聞こえないその音も、村長には届いた。

 弾かれる様に駆け寄った村長が、確認の為に残った男たちを押しのけて、井戸の中を覗き込む。


「如何ですか? 『奇跡』は成せているでしょうか?」


 尋ねると、驚愕を貼りつかせた横顔で、村長が首を横に振る。


「あぁ、失敗でしたか? では、祈るのを止めて後日で直した方が良いでしょうか?」


 魔力を流し続けたまま組んだ手を解こうとすると、二人の男たちが慌てて叫ぶ。


「『奇跡』は成功している! 井戸の水が凄い勢いで増えている」

「村長は首を振ったけど、驚いて間違えただけだ。『奇跡』が起きている。そのまま祈り続けてくれ!」

 

 村人二人の叫びに、ざわめきの色合いが変わっていく。


 悪い事がいい事に変わる瞬間は、いつだって胸が高鳴る。

 いつかいい事があると思えば、嫌な事だってわくわくする気持ちに替えて我慢できた。

 あの時も、その時も、どんな時も、今も。

 私は私のすべき事をして、胸を張ってその瞬間を待つ。

 

 疑いの声が、驚嘆の言葉に変わり、ざわめきが歓声に変わりはじめる。

 まだ少ないけれど、確かに『聖女』と私を呼ぶ声を聞きながら、頃合いをみて魔力を止める。井戸に背を向けると、村人達が息をのんで静まる。


「今、井戸は回復しました。及ばぬ所もあるかと思いますが、私が出来る事は今後もして参りたいと思います。皆さまが健やかでありますように」


 ゆっくりと微笑んでから、騎士たちに頷くと井戸から離れる。 

 『聖女リーリア』と、あちこちから声が上がりはじめる。声に躊躇うような雰囲気があるのも、少ないのもここが教会派の膝元だからだろう。

 でも、二人の証言者の言葉で『奇跡』は事実として残る。時間は掛かるかもしれないけど、きっと『噂』も変わって来る筈だ。


 護衛の三人に頷いて、儀式の終わりを示した瞬間、村長が悔し気な顔で叫び出した。

 

「『魔女』だ! これは、奇跡ではなく『魔女』の力! 聖人を装って、我々をだますつもりなんだ。そうなんだろう?」


 傾きかけた空気が一瞬で凍り付いて、また怪しい気配を帯び始める。


 尚も『魔女』と呼ばれるのなら、今は何をしても信じてもらえる事はないだろう。

 諦めのため息を落とした瞬間、静かに見守っていたクリスが進み出て村人たちを見渡す。


「『魔女』? 皆さんは、彼女を『魔女』と呼ぶのですか? 面白いですね! 本物の『魔女』をどれだけご存知なのですか? 『魔女』は人の願いなんて聞きませんよ?」



次回 グリージャ皇国の魔女


活動報告にも書いておりますが、

先日報告した怪我で思った以上に、日常が苦戦しています。

怪我は全治一月程と聞いていますので、思い切って年末年始は休養します。

再開予定は1月の初旬から中旬予定です。


続きの状態で心苦しいのですが、少しだけお待ちいただけたら幸いです。



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