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大逆転が起きていました!


 車輪の音が石畳を走るものに変わって、こっそりとカーテンの隙間から外を窺う。綺麗な青空とお城の白い壁のコントラストの中に、馬車寄せに向かう馬車が何台も見えて思わずため息を漏らす。


 城に出入りする人が多い昼中に呼び出されるなんて気が重い。


 溜息と共に背もたれに体を預けて目を閉じる。腕のいい職人が作ったこの馬車の振動も嫌いではないけど、十日前のデュリオ王子の腕の中の方が断然気持ちよい。

 温かくて、少しだけ心臓の音が重なって、余りの気持ちよさに闘技場を出る前に腕の中で眠ってしまった。


 馬車の速度が落ちるのを感じて、慌てて身支度を確認する。

 魔女から聖女へ。それを意識した訳ではないけど、今日のドレスは罪人の黒とは正反対の柔らかなミルクを思わせる白。ほんのりとしたパールに髪色と同じリボンがお気に入りの一着だ。

 レナート王子に時々捩じれていると指摘されたリボンを、念入りに確認してから背筋を伸ばす。


 ドアのノックの音に返事を返すと、付き添ってくれた家令がドアを開ける。

 深呼吸をしてから外に踏み出すと、馬車寄せに居た人々の目が一斉に自分に集まるのが分かった。


 魔女。聖女。婚約破棄令嬢。婚約令嬢。私に向けらえた眼差しは、どの色だろうか。

 分からないけど、糸でつられるような気持ちで背中を伸ばす。ゆっくりとした足取りで歩くと、驚くような嘆息聞こえた。決して侮る色はないから、悪い空気じゃない事にほっと胸を撫で下ろす。


 あと少しでホールにというところで、私を見つめて真っ直ぐに向かってくる人を見つける。

 遊びのある礼装を好むデュリオ王子には珍しい、落ち着いた旧来の紺の礼装にいきなり頬が熱くなる。

 いつも通りでも恥ずかしいのに、いつもと違う上に似合うなんて反則だ。


「ごきげよう、デュリオ王子。先日は寝てしまって、ごめんなさい」


 ドレスの両端を摘まんでゆっくりと一礼すると、楽し気に笑ってデュリオ王子が手を差し出す。


「俺の腕の中でなら構わん。それより、遅れてすまなかった」


 言葉に、浮かんだ熱に思わず俯く。

 どこか信じられなかった『攫う』という言葉が、真実味を帯びて戸惑う。

 デュリオ王子にとって、私はいつから『友』でなくなったのだろうか。

 差し出した手に指先を乗せて、ゆっくりと顔を上げる。


「政にお忙しいのは、よく存じております。今日は宜しくお願いします」


 あの処刑の日から十日が経って、国の政にも大きな変化があった。

 教会派は大物の失脚に後釜争いで大きく混乱し、旧国派は機会ととらえて一部に暗躍する者が出始めた。

 この状況に対応する為に、レナート王子が決断したのはデュリオ王子の限定的な政へ参加だ。

 教会派の再建にレナート王子が力を注ぎ、旧国派の急進的な動きをデュリオ王子が抑える。

 二人の王子が同時に政に参加する事に批判はあるけれど、『また、いつか』を約束した二人だから上手くいくと私は思っている。

 

 忙しくてずっと会えなかったデュリオ王子が微笑むと、私の手を持ち上げて指先に軽く唇を落とす。

 挨拶ぐらいなら赤くならない自信はあったのに、周囲から色めいた騒めきが聞こえた途端に急に恥ずかしくなってくる。

 

「やっぱり狡い」


 私の呟きに怪訝な顔をしたデュリオ王子に、慌てて何でもないと首を振る。

 デュリオ王子が私のペースに合わせて、ゆっくりと歩き出す。並んで歩くのはいつぶりだろう。遅くもなく早くもない。私の歩調をよく知っているペースはとても居心地がいい。


 中庭に向かうホールを歩みながら、整った彫刻のようなデュリオ王子の横顔を見上げる。


「カミッラ正妃様には、何を聞かれるのでしょうか?」


 デュリオ王子の婚約者であり聖女という肩書を得た私は、騎士団から護衛の騎士が派遣されるまで現在外出禁止を要請されている。

 なのに、昼中にお城に来る事になったのは、デュリオ王子の母であるミッラ正妃様からお呼びがかかったからだ。


 婚約の挨拶だってしなくてはいけないし、会うべきなのは分かっているけれど気が重い。

 私の気持ちの問題もあるけれど、カミッラ正妃が私を快く思っていないのが分かっているからだ。


 『旧国派』の支柱であるカミッラ様は、国王の右腕として中立的立場をとるお父様を以前から嫌っている。その所為で私にも冷ややかではあったけど、レナート王子との婚約からは存在を完全に無視されるようになった。

 

 その状況をよく知っているから、デュリオ王子も一瞬眉間にしわを寄せる。


「一応は祝いたいと言っている。だが、あの母だから、何を言い出すか分からん。側で一緒に対応するから安心しろ」

 

 デュリオ王子の手が指先をしっかりと包む。途端に何だかふわふわする気持ちになる。

 

 やっぱり、私は今もデュリオ王子に恋をしているのだろうか。

 レナート王子と婚約を決めた時に、デュリオ王子への初恋は終わりにすると決めた筈だった。婚約後は立場を慮って互いに距離を取っていたから、決意が揺り動かされる事はなかった。

 とっくに終わった恋だと思っていたのに、こうして近づいた途端に簡単に動かされてしまう。


 このまま攫われる。初恋が実る。幸せなのに、何故か素直に踏み出せない。


 自分の曖昧さを振り切るように指先に少しだけ力を込めると、包む手が答える様に強くなる。

 胸の鼓動が簡単に乱れる。小さな事すらやっぱり嬉しい。


 でも、好きかと問われたら、『好き』と素直に言葉に出来るだろうか。きっと躊躇う気がする。

 余りにも時間が空き過ぎてしまったからか。

 入れ替わりが二度と起きない確信がないからか。

 レナート王子に関わる言葉が気になるからか。

 変わらない気持ちを理解しているのに、初恋の続きに踏み込む事を私の心は躊躇っていた。


 鮮やかな花が咲き乱れる中庭に出ると、クリス様とラニエル子爵が私を待っていた。デュリオ王子が耳元に唇を寄せる。


「お前の事で尽力してくれた二人だ。会いたいといったから待たせておいた。お礼を」


 駆け寄ったラニエル子爵が、私の手を嬉しそうに握りしめる。


「リーリア、本当に無事で良かった。君に何かあったら、友人であるディルーカ伯爵に合わせる顔がなかったよ」


 我がことの様に喜んで瞳を潤ませる姿に、思わず私の瞳も潤んでそっと眦を拭う。


「ご心配をかけて、申し訳ありません。あの時の……いえ、本当に色々有難うございました」


 救済書類の事を口に出してしまいそうになったけど、あれはレナート王子として受け取ったものだ。筆跡で分かったけれど、名前も書いていなかった。だから口にする訳にはいかない。


 感謝の気持ちを込めて、握った手にゆっくり頭を下げる。顔を上げると、ラニエル子爵に並んだクリスが柔らかな笑顔で楽し気に体を揺らす。


「ねぇ、リーリア様。僕にはお礼を言ってくれないのかな?」


 愛らしく人差し指を頬を当てるクリスは、狡い大人だと分かっていてもやっぱり可愛らしい。

 幼子を見るような眼差しで、ラニエル子爵が譲る様に手を放す。


「クリス様も、色々とお世話になりました」

 

 今回も下心で動いていたみたいだけど、クリスが伝えてくれたお土産はとても役に立っている。

 アベッリ公爵とストラーダ枢機卿はだんまりを通しているけれど、ヴィントの丘の資料と旧国派のお土産の資料にはいくつか重なる事が見つかっているらしい。

 それが保釈を望む教会派の声を、押し押しとどめる一助になっている。

 

 一礼して顔を上げると、クリスが不満げに私を軽く睨む。


「あっ、えっと……何かご不満でもありましたか? もしかして、舞踏会で頼まれた事が叶わなくなって怒ってますか?」


 元々、クリスが私に近づいたのは、グリージャ皇国への遠征をレナート王子に求める為だ。頼んだその日に婚約破棄をされたのは大誤算に違いない。

 クリスなりにあちこちで利益は出ているけど、当の私からはまだ何も得ていない。


 慌てて伺った私に、クリスが大ききな溜息を吐いて両手を差し出す。


「ち、が、い、ま、す。僕とも手を繋いで喜びを分かち合いましょう。ラニエル子爵と違うなんて、少し寂しいですよ」


 そこまで親しくないという言葉を、無邪気な表情に飲み込む。少年を思わせる愛らしい手に両手を伸ばすと、クリスが素早く私の手を捕まえて祈るように一つにまとめる。


「勿論、今後お礼はして頂けますよね」

「お礼ですか?」


 天使のような笑顔から一歩身を引くと、握った手をやんわりと引き寄せられる。


「大丈夫。リーリア様は聖女なんでしょ。ちょっとしたお願い事を聞いてくれるだけでいいですよ?」


 思わず額に汗がにじむ。本物の聖女であるソフィアと私は違う。私の『奇跡』は種も仕掛けもある魔術だ。いくつか『奇跡』に近い事はできても、内容には限りがある。


「止めておけ、クリス。今日にでも、聖女への個人的な願いを禁じる通達が出る」


 横から伸ばされたデュリオ王子の手が、クリスの手を解いていく。


 個人的な願いを禁じる通達は有難い。聖女になってから、『奇跡』を望む書簡が私のところには大量に届いている。

 小さなものから大きなものまで、破り捨てたくなるものもあるし、どうにかしてあげたくて胸が痛むものもある。

 誰かの願いを背負う『聖女』の意味を痛感させらると同時に、一人は背負いきれないものをはっきりと感じていた。

 

 片手を解かれたクリスが、にっこりと私を上目遣いに見る。


「わかりました。無理は言いません。でも、通達が出ていない今は、せっかくの機会です。確かめるぐらいさせて下さい。今夜は雨になりますように、美しい王都の花々に恵みを」


 無害な願いをクリスが強引に口にする。おでこをデュリオ王子が弾いて、漸くクリスは私から手を離した。


 そっと息を吐いて空を見上げる。抜けるような青空には雲一つない。

 魔術で雨の真似事が出来ないわけではないけれど、私だけの魔力では絶対に無理だ。


「クリス様、申し訳ありませんが叶わないかもしれません。私には力が足りないと思います」

「そうなのですか。それは残念です」


 空色の瞳が真偽を確認するように私を見る。本当に奇跡が起こせるのならば、クリスはグリージャ皇国の未来を願いたいのだろう。

 俯きそうになった私の肩をデュリオ王子の大きな手が抱き寄せると、色めく様な嬌声が一斉に上がる。慌てて周囲を見渡すと、見つめる令嬢やご婦人の興味津々の眼差しとぶつかった。


 期待と夢見るような眼差し。そんな風に見えて思わず目を擦る。見直しても、やっぱりそう見える。

 悪意、陰口が通常通りだった社交界で、こんな眼差しを受けるのは初めてだ。


「何だか変です。みんなの視線が、温かいのですが……」


 なんだか怖い気持ちでデュリオ王子の肩口を引くと、期待するような明るいざわめきが周囲で起きる。


 やっぱり絶対に変だ。

 婚約破棄の話には、いつだって酷い噂が付きまとう。噂に耐えかねて、下火になるまで身を隠す婚約破棄令嬢もいるぐらいなのだ。

 私の場合は噂が冷めやらないどころか熱い時期に、第二王子のデュリオと婚約してしまった。当然、嵐のような悪評と敵意どころか殺意が向けられてもおかしくない思っていた。


 戸惑う私を見てラニエル子爵が、面白いものを見るような顔で笑う。


「君は囚われの身だから周囲の評価を知らないんだね。実は大逆転が起きたんだよ」

「大逆転ですか?」


 目を瞬いて聞き返すと、我が意を得たりという様にラニエル子爵が頷く。


「短くはない時間を日陰の婚約者……失礼。耐え忍んで捧げた君に対して、レナート王子は新しい婚約者を連れて公衆の面前で侮辱して婚約破棄を告げた。これは余りに酷すぎる。ご婦人方で、そんな意見が噴出していてね。舞踏会からレナート王子の評判は最悪。対して、君には同情の声が上がり続けている」


 令嬢全体に対する侮辱と言って足払いを掛けてきたジュリアを思い出す。レナート王子として立ち聞きした、教会派官吏も女子供は喧々囂々と言ってた気がした。


 クリスが得意げな顔で私とラニエル子爵の間に割って入る。


「それだけじゃないよ。リーリア様は、覚えてるかな? レナート王子は、君と何の関係もないから、君との過去は悪評と断言したよね。過去を噂として厭って、流布するなら出所を咎めると言った。お蔭で、貴族男性も派閥争いや政争に、君とレナート王子の過去を少しだって使えない」


 あの時、確かにレナート王子は私との過去をすべて否定して、真実として残すのを嫌がった。それがこんな形で私を庇う事になるなんて。

 唖然と口を開けた私に向かって、ラニエル子爵がお父様と同じ優しい父の眼差しを向ける。


「酷い王子様に傷つけられたお姫様が、別の王子様と恋をする。お姫様の良さが花開いて、酷い王子様は悔しがるが時すでに遅し。お姫様は別の王子様と手を取って去っていく。そんな溜飲の下がる物語が、巷で流行ってるんだ。皆は君にお姫様の影を見て、応援し夢見てる。物語よりもっと幸せになるんだよ、リーリア」


 父がいたら、同じ事をいっただろうか。姿を重ねて、笑って頷く。

 今、私には私を後押しする風が吹いている。

 その中で、優しい言葉を嬉しいと思う。向けられた周囲の眼差しを有難いと思う。

 でも、会心の笑顔を浮かべたラニエル子爵のように、心から笑う事は出来なかった。


 入れ替わる前の私だったら、きっと見たままに皆と同じ様に受け取れていただろう。

 だけど、入れ替わって本当なら見えなかった筈のものが見えてしまった。


 レナート王子は捕らえられた私を助けようとしてくれていた。

 僅かな交流に間には、私を棄てた筈なのに棄てる前と変わらない姿を垣間見せた。

 

 もう好きじゃないかもしれないけど、私の事を嫌ってなんかいない。


 レナート王子が自身の言葉で悪者になり、私が結果的に自由を得て幸せになる。

 思い返せば思い返すほど、この結末をレナート王子が望んでいた様な気がしてならなかった。


今日から二章が再開です。


1~2日程度で次回更新のペースで行こうと思っています。


残り半分、どうか最後までよろしくお願いいたします。

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