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壊してしまいました!

 全てが真実だった際は身柄を戻すと伝えて、シストを再び牢に戻す。

 騎士に引きずられながら、不安げな表情で何度も振り返る姿は、ほんの少し可哀そうだった。


 全ての供述が書かれた紙を前にグレゴーリ公爵が腕を組む。

 シストの供述から、今回の事のみならず過去にもアベッリ公爵は国王陛下の退陣を狙っていた事が分かった。


 幾つもの頓挫した計画。それが一度も表ざたにならないのは、アベッリ公爵の老獪さと権勢の強さが秘密を守らせた。大きな壁の存在にため息を吐いた私を、真っすぐ見つめてグレゴーリ公爵が口を開く。

 

「レナート王子が恫喝なさるとは思いませんでした。ところで、貴方は何処まで関わっていたのですか? 過去はともかく、今回は知らなかった訳ではないでしょう。次第によっては、私は貴方を捕らえなくてはならない」


 何処までレナート王子は知っていたのだろうか。

 少なくとも今回の件に関しては、私の処刑までは確実に知っていた。

 でも、私が知っていたと答えて良いのだろうか。何かが胸の中に引っかかって、はっきりと肯定する事が出来ない。


「リーリアの処刑、ディルーカ伯爵の失脚の流れは理解していました。その後は……薄々気づいていたのかもしれません」

「かもしれない、なのですか?」


 曖昧な私の言葉にグレゴーリ公爵が厳しい眼差しを向ける。

 騎士団は国王陛下の剣であり盾。レナート王子がアベッリ公爵側なら、国王陛下の敵だ。当然の事だろう。


「今の私には、そうとしか言えないのです。これまでの考えも行動も、今の私には答える事が出来ない。ただ、止めると決断している事だけは、はっきりと申し上げられます。国王陛下が戻られた時に、過ちについてはご判断いただきます。だから、今は共に進んでいただけませんか?」


 息苦しい程に重い沈黙が落ちる。何故か目を逸らしたら負けるような気がして、只ひたすらにグレゴーリ公爵の眼差しを見つめ続ける。

 突然、グレゴーリ公爵が僅かに唇の端を上げた。


「レナート王子は変わられましたな。以前の貴方なら、声を上げなかったのが分かる。でも、今の貴方なら、声を上げる事が信じられる。私は強いばかりの者より、弱さから成長する者の方が好ましい。レナート王子、アベッリ公爵をどのように致しますか? ご命令ください」


 緊張の糸が突然切れて、数秒の間は何を言われたのか意味が分からなかった。目を瞬いた私に、グレゴーリ公爵が苦笑いを浮かべる。


「国王陛下の代行であり、止めると決断した貴方が我々の指揮官です。今後の方針をお決めください」

「良いんですか? 私がこのままでいても?」


 グレゴーリ公爵が肩を竦めてから、力強く頷く。


「シストを連れてきた騎士は、私の次男です。口外する心配はありません。今は貴方が決断した事を成す為に、国王陛下代理として指揮をお取りください。ただ、国王陛下がお戻りになったら、必ずご自身で全てをお話しください」


 舞台を降ろされずに済んだことに安堵しながら、私は大きく首を縦に振る。

 そして、シストの供述が書かれた紙に目を落とす。


「では、愛妾の屋敷があるヴィントの丘へ、罪を暴くために兵を向けます。どのくらいかかりますか?」

「相応の反抗があると予想し、最低人数での小隊を用意します。準備ができるのは今夜、精鋭を集めても、到着には六時間はかかるでしょう」

「屋敷に踏み込んだ後に、『教会派』に情報が漏れないよう対策が必要ですよね?」

「ヴィントの丘は林の中に屋敷が点在します。細心の注意をして、家人を一人も逃さなければ問題ありません」


 到着は夜更けから夜明け前。そこから、家人を制圧し、隠し場所の捜索。状況によっては、資料の精査も必要になる。多分、ぎりぎりだ。


「騎士の手配と出発は、グレゴーリ公爵に全てお任せします。厳しいですが、処刑当日に、日が変わるまでに間に合わせて下さい」

「畏まりました」


 長い髪を一度指で巻き取ってから、供述書を叩く。


「アベッリ公爵の罪の証拠があれば、捕縛を騎士団に命じられます。『教会派』の勢いが、大きく削げるでしょう。そこから、処刑の延期か、中止まで持ち込みたいと思っています……」


 ストラーダ枢機卿の眼差しが頭をよぎる。補佐役の彼もまた、重要な位置に居る事は間違いない。

 促すようなグレゴーリ公爵の眼差しに頷いて、不安を口にする。


「ストラーダ枢機卿の存在が不安です。アベッリ公爵のような権勢は表に出ていませんが、『教会派』の重臣を軒並み抑えている様子があります。できれば、こちらも抑える何かが欲しい所です」


 グレゴーリ公爵が複雑な表情で顎を一撫でする。


「騎士団で探ってみますが、ストラーダ枢機卿は、清廉で公平な人物でした。ヴィントの丘へ人が割かれた状況では、少々難しいかもしれません」


 ノックの音が響いて、グレゴーリ公爵の次男が戻って来た。稲穂色の瞳は父親譲りだけど、面差しは母親似なのかあまり似ていない。

 グレゴーリ公爵が指示をすると、部屋に入る事なくまた駆けだしていく。


「指揮は事情を知る息子がとります。『旧国派』のみで編成し、名目は虚鬼の討伐とします。全ては不安に駆られたレナート王子のご指示で如何でしょうか?」


 グレゴーリ公爵が、彼には似合わない人の悪い笑みを浮かべる。私もとびきり悪い顔で応じる。


「結構です。私は処刑に反対する『旧国派』の優秀な騎士を恐れた。不安にかられて、王都の外に出す事にした。補佐役のストラーダ枢機卿には、そう告げましょう」


 その後も細かい調整を幾つか重ねて、今後の流れを決める。

 辞去を伝えて部屋を出ると、ジャンが私を待っていた。


「お疲れ様でございます。件の方は書斎に閉じ込めてまいりました。珍しい本を見つけたようで、案外素直に籠ってくれました」


 馬車寄せに向かいながら、グレイの様子のジャンが報告する。

 レナート王子の書斎には、古くて珍しい物語もある。軽い足取りで、本を探す姿が簡単に思い描けた。


「それから、城を発つ前に巫女の方から『祭祀』の連絡をうけました。レナート王子はご存知でしたか?」

「はい。先ほどグレゴーリ公爵より依頼を受けました。ただ、少し不安です」


 何が不安かは明言せずに答えると、ジャンが我が意を得たりというように嬉しそうに頷く。


「『祭祀』の経験はまだかと記憶しておりましたので、お困りと思っておりました。巫女の方に資料を借りておいたので、馬車の中でお読みください」


 ジャンに後光が差して見える。絶対にレナート王子はシストよりもジャンを側に置いておくべきだ。


 外にでるともうすっかり日が暮れていた。

 馬車に乗り込むと、王家の紋が入った『祭祀』の資料を手に取る。

 最初に、編纂や改変の歴を確認する為に背表紙を開ける。古い資料は歴を知って読むのと、知らずに読むのでは大違いとお父様が言っていた。


 僅かに茶が混じる昔のインクで、編纂は百年前と記されている。以降、3回程の改変が30年刻みである。今に近づく程、インクが改良されて黒になるのが歴史を感じさせた。


 簒奪した年を指でなぞって息を吐く。百年前は、丁度セラフィン王国が奇跡的な勝利をおさめ始めた時期と一致する。

 

 最初のページは、かすれた茶色い文字で、私が名前を知らない遠い昔の王様の名が書かれていた。新しいインクで『守護の王』と二つ名が追加されている。

 この王様が遠い大地で氷の魔女と戦った事。剣が『宝剣』に変わった事。次の時代の礎として『宝剣』には百年の封印が施された事が物語のように描かれていた。


 気づかないうちには顰めていた顔を片手で解す。

 ここにも『魔女』が出てくる。『魔女』とは、一体何なのだろう?

 物語には良く出て来るけど、いつだって『魔女』以上の説明はない。

 虚鬼を生むとか、人を超える魔力をもつとか。色々言われている。でも、本物の『虚鬼』は年に数人の報告があるのに、本物の『魔女』が出たという話は聞かない。


 次の頁を捲る。

 今度は少し見やすい文字に変わって、主人公は百年前の『進軍の王』。私でも知っている『奇跡』の始まりの王様だ。

 『守護の王』が枕元に現れて『宝剣』を与える物語が綴られる。こちらは『宝剣』を持つ者の志など、訓戒の強い内容になっていた。


 物語の中で『宝剣』は国王の求めに応じて、魔法の元である天地の力を生み出すと書かれている。グレゴーリ公爵も、『祭祀』と天地の恩恵が関係していると言っていた。

 本当だろうか? 

 天地を操るなんて、グレゴーリ公爵も信じていなかったと言ったけど、私も正直信じられない。


 更に先の頁には、『宝剣』の置き場所や知る事が出来る者の範囲が事細かに記されていた。


 『宝剣』があるのは、国王の居室の奥にある専用の祠。日常の管理は専任の巫女が行う。王の許可があれば祠には、誰でも入る事が出来る。

 管理が比較的緩いのは、宝剣が求めに応じるのは国王陛下のみだからだ。


 存在を知る人は、爵位ではなく役によって定められている。王族と騎士団の大隊長以上、教会の枢機卿以上。ジャンが知っていた事から側仕えも知っているのだろう。厳しいようでいて、規律は案外ゆるい。


 全てに目を通し終えて、ぱらぱらと資料の頁を遊ぶ。

 『宝剣』にまつわる話は、何処から見ても脚色された物語だ。しかも、神話の中に散見される事を繋ぎ合わせたような、ありきたりの物語。

 でも、『宝剣』は実物があって、『奇跡』のような事実が確かに付随している。


 何故なのだろう?


 流れるように頁をかえていく資料を見つめる。

 何かが気になるのに、気になる何かが見つからない。目の前にあるのに、見えないような感覚にもどかしさを覚える。


 馬車がスピードを緩めて止まる。ノックの後に扉が開いてジャンが顔を出す。


「失礼します。レナート王子、巫女様がお待ちのようです。このまま国王の陛下の居室に向かって頂けますか?」


 頷いて馬車から降りると、ジャンと一緒に南棟を目指す。

 途中の門でストラーダ枢機卿と鉢合わせてしまう。一礼すると同時に、不審げに私を見て尋ねる。


「何処にいらっしゃったのですか?」


 出来るだけ情けなく見えるように私は眉を下げる。


「アベッリ公爵からの要望に応える為に、シストの解放を騎士団にお願いしに行ったのです。しかし、グレゴーリ公爵が私を襲った犯人が見つかるまでは無理だと仰って適いませんでした」

「まぁ、当然でしょう。グレゴーリ公爵は、職務熱心だが融通の利かない方ですからな」


 シストの件にはこだわっていないのか、ストラーダ枢機卿があっさり納得する。

 もしかしたら、ストラーダ枢機卿はアベッリ公爵と全てを共有している訳ではないのかもしれない。


 良い機会と思って、一度ジャンに離れるように命じる。そっとストラーダ枢機卿に身を寄せて、心から安堵したような声で、グレゴーリ公爵と決めた建前を囁く。


「騎士団の『旧国派』の存在が不安でしたので、追い出す事に致しました。丁度ソフィアの襲撃の件で虚鬼が出た所ですし、嘘の情報をもって討伐に向かわせる事が出来たんです」

「貴方から動かれるなんて珍しいですね」


 やや驚いたような声には、不安げな声で応じる。


「私は不安で仕方ないのです。何かをしていないと落ち着かないんです」


 うな垂れた私に、得心したように頷いてストラーダ枢機卿が去っていく。その背を見送ってほっと一息つく。

 私も随分と演技上手になった。


 東棟の奥へと進むと、国王の居室の前に質素な生成りのドレスに繊細なレースのケープを被った巫女姿の人物が二人見えた。

 足音に気づいて振り返った姿に、思わず体が強張る。一人はもう高齢の老婆で、一人は聖女ソフィアだった。


 二人が私に向かって一礼する。小さく頷くと、老婆が矍鑠とした様子で口を開く。


「本日はソフィアを立ち会わせたいと思います。もう、私目は高齢で老い先が長くないのです。次は王子の妻になる彼女に託そうと考えております」


 老い先が長くないというが、枯れていても声には張りもあるし、背筋もしゃんとしている。

 本来は国王が決める事で答えを迷っているうちに、老婆が背を向けて歩き出す。慌ててその背を追うと、自然とソフィアと並ぶ形になった。

 一瞬、隣に目をやると私を見上げていたソフィアの眼差しと重なって、柔らかな微笑みを向けられる。


「すまないね。ソフィアにまで手伝わせて」


 何かを言わなくてはいけないと、焦って口にした言葉にソフィアが首を振る。

 

「いいえ。こうしてお側に寄れる機会が持てて、私は幸せです」


 次の言葉を焦っていたら、老婆が口を開く。


「ソフィアが巫女を兼ねれば、レナート王子も祠に少しは足をお運びになるでしょう。小さい頃は、レナート王子もデュリオ王子も、度々『宝剣』を見にいらっしゃった。なのに、年を追うごとに足は遠のくばかりで、私目は悲しくて仕方ありません! 最後は何時だか覚えておりますか?」


 分かるわけがない。『宝剣』がある事を知ったのは今日だし、レナート王子とデュリオ王子が来ていた事は今知った。

 曖昧に苦笑いを浮かべると、カッと目を見開いて老婆が私を見る。


「もう、一年以上いらっしゃておりません!! 老い先短い老婆の事もお忘れかと、毎日私目は嘆いておりました」


 その後も、懇々と老婆によるレナート王子へお説教が続いた。ソフィアとの会話が苦しいから、このお説教は私としては大変有難い。


 祠の前まで来ると、老婆が扉に魔術を応用したものを書く。禁忌の魔術が残っているのは、ここが魔法の始まりより古い場所だからなのかもしれない。


 扉が開くと、祭壇のある小さな部屋に出た。老婆が私を促して、中央に立たせる。


「これより身を清めさせて頂きます。ソフィア、修道院の儀式とあまり変わらないが、よく見ておきなさい」


 そう告げると、祭壇に捧げられた枝を手にして、水の様なものを振りかける。それから、教会でよく聞く神話の一節を口ずさみながら、まだ水の下たる枝で老婆が私を叩き始める。

 

 レナート王子とデュリオ王子の足が遠のいたのが分かる気がした。

 神聖な儀式なのだけど、老婆の巫女は背が低いから頭を叩こうとすると顔を叩く形になる。これが中々、くすぐったいのに痛い。

 一通り体を打った後に、一礼して老婆が枝を祭壇に戻す。


「では、レナート王子。奥へとお入りただいて結構です。今回は国王の『祭祀』を模したものですから、私目は同伴いたしません。扉を閉めたら、習い通り『宝剣』にご挨拶の上でお祈りくださいませ」


 老婆とソフィアの一礼に送り出されて、祭壇の裏側に回る。資料通りなら、奥の部屋に続く扉がある筈だった。


「あった……」


 小声でつぶやいて近づく。扉はとても小さくて、大人だと屈まないと入れない。そっと押すと、軋むような音を立てたけど難なく開いた。


 体を屈めて中へ入る。真っ白な中程度の部屋の中央に、仰々しい台座に古い剣が飾れていた。

 近づくと古い剣は騎士が持つ品よりもずっと大きいものだと分かる。


 確か、ここでは国王陛下に礼するのと同じ事を、剣に向かってしなくてはいけない筈だ。

 膝をついて最も丁寧な礼を取る。古い剣に向かってというのは、何だかとてもおかしい。


 問題はこの後になる。資料には、祈りが具体的に何をするのか書かれていなかった。きっと、特別な方法は口伝えなどで継承してきたのだろう。


 仕方ないので、教会で祈るように目を閉じて心の中で願いを唱える。


 国王陛下とお父様が一日も早く無事にお戻りになりますように。


 祈りが終わると、立ち上がってまじまじと『宝剣』を眺める。

 このまま出てしまってもいいのだけれど、何だかそれは勿体ない。迷った末に、『宝剣』に触れるぐらい近づく。


 これが『宝剣』? 思わず首をひねってしまう。

 宝石のついた美しいものを想像していたから、何だか拍子抜けしてしまった。


 飾られた宝剣は無骨という印象が強い。

 飾りと言えば、柄つけられた籠細工の銀の玉飾りだけ。昔の国王様の剣だから、顔を寄せれば薄っすらと美しい細工は見て取れる。だけど、磨き上げられていても古い品だから、鈍い鉄色の所々が黒く劣化していた。正直、歴史は感じるけれど、あまり強烈な印象はない。

 

 国王陛下しか使う事が出来ない。だから、触るなとは書いていない。

 一度、自分を納得させるように頷いて、そっと手を伸ばして触れる。冷たい感触が返ってくるだけで何もない。


 少し大胆な気がしたが、剣を掴んで持ち上げて見る。

 瞬間、柄についた飾りが外れて落ちる。冷たい石の床の上で、大きな音を立てて玉飾りが二つに割れてしまう。


「わぁああああ! 拙いです!」


 体から血の気が引くのを感じながら、慌てて剣を台座に戻して飾りを拾う。

 拾ってみるて、安堵する。割れたのではなく、外れたのだけだった。


「良かった……。重ねて捩じれば噛み合って、中にものがしまえる構造なのね。宝石をいれれば、籠の隙間から輝きが除く。すごく素敵なつくり……」


 玉飾りについたチェーンを見ると、輪の一つが劣化によって破損している。

 私が壊したのだろうか……。思わずきょろきょろと周囲を見渡してから、そっと残った部分を引っかけて何とか体裁を取り繕う。


「こ、これでいいかな? いつか、ちゃんと謝る。でも、それは全部終わった後!」


 『宝剣』に向かって謝罪のつもりで一礼して身を翻す。

 障らなければ良かったと、後悔を抱えて部屋を出ると老婆は消えていてソフィアだけが残っていた。


「ソフィアだけですか?」


 私の言葉にソフィアが頷く。


「巫女様はランプが消えそうだったので、新しいものに替えに参りました」


 どちらともなく沈黙が落ちて、私は何かを言わなくてはとまた焦る。


「あの、ソフィ――」

「あの、レナ――」


 互いに一斉に口を開いて、また一斉に黙り込む。なんだかとても気まずい空気が流れて、ソフィアが俯く。

 複雑な気持ちはあるけれど、今は私は男の子でレナート王子だ。ソフィアに対してだって、きちんとしなくてはいけない。


「ソフィア、貴方から話して下さい」


 にっこり微笑んでそう告げると、ソフィアが少しだけ表情を緩める。


「は、はい。あの……随分と長く籠られていたので、何かあったのかと思っておりました」


 まさか、宝剣に触った上に壊したなんて言えな。とりあえず、レナート王子風に優雅な微笑みを浮かべて穏やかに頷いてみせる。


「何もしておりません。ただ、祈っていただけです」

「祈っていた? ……何を祈られたのです」


 ソフィアが不安そうに大きな瞳を揺らして尋ねる。


「国王陛下たちの安全を願っていました。意味がないのですけれど」


 少しお道化るように伝えたのに、ソフィアが悲しそうに首を振る。


「意味がないなんてことはありません。やはり国王陛下の事はご心配ですか」

「ええ。勿論です。あぁ、でも内緒にしておいて下さい。色々事情があるので……」


 ソフィアの手が私の手を取る。そっと引き寄せて両手で包むと、うるんだ眼差しで見上げてくる。


「お望みならば、私が祈ります」


 ソフィアも数々の『奇跡』を起こした聖女。見た事が無かったから、そういう発想が私には無かった。

 頼めば、彼女は『奇跡』を起こしてくれるのだろうか?


「頼んでもいいですか?」


 頷いたソフィアが瞳を閉じて、私の手を引き寄せる。

 小声で修道女の祈りの言葉を暗唱し始めると、自然と厳粛な気持ちが込み上げてくる。

 

 ソフィアの無垢な姿の所為か、本物の聖女だからなのか。『宝剣』よりもよっぽど、『奇跡』が起こりそうな気がしてきた。

 最後にソフィアが願いの言葉を口にする。


「どうか、国王陛下たちの行く手を阻む、天と地の災難が取り除かれますように」


 祈りを終えたソフィアが瞳を開ける。私の手を離すと、不安そうに顔を覗き込む。

 何をするべきなのか、どう対応していいのか。迷っていたら、私を褒めるレナート王子を思い出した。


 一大決心の後に、ソフィアの髪にそっと手を伸ばす。 


「ありがとうございます」


 柔らかな金の髪を撫でるように梳くと、ソフィアがそっと瞳を閉じた。


次回、過去編になります


本日(10月30日)、急な仕事の為、

更新をお休みさせて頂きます。


次回は明日、10月31日更新です。

また、宜しくお願い致します。

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