対立があれこれ!
胸をつかむ力が一段と強くなる。怒鳴らない分、怒りを抑えたデュリオの声は低く鋭い。
「何でもない? ふざけるな。リーリアの事は、俺にどう説明する?」
こんなに怒ったデュリオ王子を見るのは初めてだった。震えるぐらい怖いのに、その唇が私の名を呼んだ途端に恐怖がどこかへ消えていく。
私の事を心配してくれている。大丈夫。デュリオ王子は、本当は誰よりも優しい人。
小さく息を吸い込む。心を落ち着かせるために、一度白金の髪を指に絡めると、デュリオ王子が空いた手で私の手を止める。
「やめろ。あいつの真似を見たい気分じゃない」
真似……? なんの事だか分からなくて目を瞬いた私に、デュリオ王子が苦し気に顔を歪める。
「何なんだ? そうやって、あいつの仕草が移るほど側にいて何故なんだ?」
デュリオの言葉の意味が、何を告げようとしているのか私には分からない。
ただ、傷ついた少年のような表情を浮かべたデュリオ王子を、大丈夫と抱き締めたい衝動を必死に押さえる。
「デュリオ王――」
「『また、いつか』三人で揃おうと、お前は約束した筈だ。だから……。なのに、何故だ?」
『また、いつか』との約束が、デュリオ王子の中にも残っていた。それが嬉しい。希望は、私達の中に残っている。
ゆっくりと落ち着いた声で、私は私の言葉を囁く。
「『また、いつか』。そう思うなら、今はまだです」
続けて、ストラーダ枢機卿を意識したレナート王子の言葉を繋ぐ。
「リーリアは、罪を犯しました。処罰されるのは当然です。第二王子であっても、口出しはできません」
囁かれた言葉と張り上げられた言葉。二つの言葉の意味を計るように、デュリオ王子が私を見つめる。
レナート王子の意志に関わらず、私は馬鹿々々しい事態を止めるつもりだ。今はデュリオ王子に助けを求める事は出来ないけれど、どこかできっと力を借りる事になる。
その意志が伝わる事を願って、まっすぐに深碧の瞳を見つめ返す。
レナート王子とデュリオ王子。二人の絆がまだ続いていますように。
押さえられていたレナート王子の手でデュリオ王子の手を包む。デュリオ王子が驚いた表情に変わって何かを問おうとした時、高い女性の悲鳴が謁見室に響いた。
「やめて!! 私のレナートにあの女の息子が!! 誰か、レナートを助けて!」
声の方を見れば、レナート王子の母であるシルヴィアニ妃が真っ青な顔でこちらを見つめていた。
小さな舌打ちと共に、デュリオが私から手を離す。踵を返した一瞬、痛みを堪える表情で消え入りそうな声で呟く。
「譲った事を後悔させるなら、今度こそ俺が攫う」
譲った? 今度こそ攫う?
何時の事の話なのか。尋ねられない言葉を胸に答えを求めて踏み出すと、シルヴィアニ妃が胸の中に飛び込んできた。
「レナート! 何かされませんでしたか? あの毒婦の息子は貴方に何を……」
胸の中から薄紫の瞳を潤ませて、不安げにシルヴィアニ妃が私を見つめる。
昔からシルヴィアニ妃は、レナート王子がデュリオ王子といる事を極端に恐れていた。決して表立つ事のない一つの噂が理由な事は、誰もが声に出さずとも知っている。
レナート王子が何と呼んでいたかを思い出してから、優しい声でシルヴィア二妃に話しかける。
「大丈夫です。母上様。少し行き違いがあっただけで、何もされていません」
二妃が弱々しく頭を振って、縋るように私の胸を掴む。
「これから、何かされるかもしれないわ。あの子の母であるカミッラ正妃は、私に毒を盛ったの。お腹の中にいた貴方まで死ぬところだった。お願いよ。どうかあの子に……カミッラ正妃に関わる者には近づかないで」
レナート王子とデュリオ王子の生まれはたった十日しか違わない。
先に懐妊を公表したのはカミッラ正妃、一月遅れてシルヴィア二妃も懐妊を公表した。
旧国の中でも最大のバルダード王家の血筋のカミッラ様は、自らセラフィン王国の王妃の座を望んで輿入れした。デュリオ王子と同じ深碧の瞳を持ち、性格は強いというより苛烈という言葉が合う。急増した『旧国派』の大きな支柱になった強い女性だ。
私に縋りついて肩を震わせるシルヴィア二妃の薄い水色の髪をそっと撫でる。
シルヴィア二妃は、カミッラ正妃とは正反対。カミッラ正妃の輿入れが決まった後に、強引にアベッリ公爵が輿入れを取り纏めたという。とても美しい人なのに、大人しく表に出る事は少ない。城に籠って『教会派』の夫人たちと、刺繍をしたりお茶会をして穏やかな日々を過ごしている。
「本当に大丈夫ですから」
そう告げても、納得がいかないというように縋りつく姿に小さくため息を落とす。
苛烈な王妃と大人しい二妃。競うような輿入れだけでも対立はあったのに、次の国王の懐妊の発表まで近ければ争いが起きない訳がない。
ひどい嫌がらせが続いた後に、臨月が過ぎても兆候がなかったカミッラ正妃が、臨月間際のシルヴィア二妃に毒を盛った。
事が事だけに、表ざたになっていない噂。噂に触れる度に、レナート王子は困った顔で否定して、デュリオ王子はふてくされて肯定してた。どうやら、真実なのが本当みたいだ。
漸く体を離したシルヴィア二妃が、ストラーダ枢機卿を拗ねたように睨む。
「ストラーダ枢機卿。貴方が側にいたのに、どうしてレナートを守ってくださらなかったの?」
ストラーダ枢機卿が、シルヴィア二妃に向かって深く礼をする。
「お心を煩わせて、大変申し訳ありません。今後はこのような事がないように、この身に変えてもレナート殿下をお守りします」
守るも何もレナート王子はもう立派な青年で、この程度で守られていては笑い種だ。
「母上様。本当に大丈夫です。子供ではないのですから、自分の事は自分で守れます」
私の言葉に驚いた様に目を見開いた二妃が、眩暈に襲われたように体を崩す。慌ててストラーダ枢機卿がその体を支える。
「大丈夫ですか? シルヴィア二妃様」
「あぁ、ストラーダ枢機卿。自分で身を守るなんて、恐ろしい事をレナートが言うのです。またこの子を失ったらと思ったら、とても不安で……」
私たちが子供の頃から、シルヴィア二妃はずっとそうだった。毒殺されかけた記憶があるせいか、とにかくレナート王子の事について心配しすぎる傾向がある。
ストラーダ枢機卿が落ち着かせるように、抱きとめた二妃の背中を軽く叩く。
「レナート殿下、ご理解ください。貴方の母君は、心から子である貴方を愛している。その気持ちに報いる為に、言葉も振る舞いも全て寄り添ってさしあげて下さい」
お母様がいたら……。もしも生きていたならば、シルヴィア二妃のように今の『私』を心配しただろうか。
シルヴィア二妃の手を取って、その甲にレナート王子らしく唇を落とす。
「母上様。不安にさせた事はお詫びします。危ない事は致しませんから、どうか笑ってください」
小首を傾げて願うと、シルヴィア二妃が少しだけ口元を綻ばせる。
簡単に壊れてしまいそうな弱い人。でも、その眼差しには、心からの強い愛がある。少しだけ亡くしたお母様を思い出して胸が痛む。
「本当に危ない事はしないで下さいね。先日も倒れたのでしょう?」
「はい。でも、もうとても元気になりました」
安心させるように手を広げて見せると、シルヴィア二妃が再び胸に飛び込んでくる。
「駄目ですよ。母を心配させて。それに、元気になっても会いに来てくれないなんて酷い。ソフィアが話し相手になってくれたけど、我慢が出来ずに会いに来てしまったわ」
「ソフィアがですか?」
シルヴィア二妃が小さく手を叩いて、嬉しそうに顔を綻ばせる。
「ソフィアはとても良い子ね。私の所に毎日顔を出してくれるの。貴方が倒れた時は、たくさん慰めてくれたわ。控えめで物静かで、一緒にいると落ち着く」
ソフィアはやっぱり優しい子だと思うと同時に、複雑な気持ちが込み上げてくる。
『私』と会う時のシルヴィア二妃は、何時だって緊張して顔が強張っていた。『旧国派』だった所為とわかっていても、明らかに違うのは目の当たりにしたいものじゃない。
でも、顔に出すわけにはいかないから、精一杯嬉しそうな表情を作って微笑む。
「それは良かったです。仲良くしてくださいね。ところで、母上様。私には国王陛下の代わりにすべき仕事があります。そろそろお戻りになってはいかがでしょうか?」
名残惜しそうなシルヴィア二妃の手をストラーダ枢機卿がとる。
「シルヴィア二妃様、宜しければ、私がエスコートさせて頂きます」
小さくシルヴィア二妃が息を吐いて頷く。
「わかりましたわ。ストラーダ枢機卿に送って頂いて戻る事にします。レナート、外に出るのは余り好きではないの。だから、次は貴方から顔を見せて下さいね」
「勿論です。次は必ず私から参ります」
一礼して、ストラーダ枢機卿とシルヴィア二妃の背中を見送る。
入れ替わりに入ってきたジャンが疲れた私の顔を見て眉を下げると、執務室でお茶を入れると言った。
執務室に戻ると、ジャンが入れたお茶と共に昼食用の軽食を口に運ぶ。
分かった事はたくさん増えた。でも、打てた手はまだ何一つない。
『教会派』は国王陛下やお父様が戻る前に、私を処刑して流れを作りたがっている。
『旧国派』は当然反発を強めているが、抑え込まれてしまっている。でも、異国の使者であるクリスを使ってレナート王子への突破口を開いてきた。これで、私はいつでも『旧国派』と繋がりだけは持てる。
胸元から書類を取り出して、机の上に広げる。
ナディル先生の手紙はもう一度読みたいけれど、今はそれよりも別の書類の方が重要だ。
見知らぬ筆跡で書かれた、幾つかの終わった事業の名前。多分、精査すれば『教会派』の不正が見つかるのだろう。レナート王子へこれを提示したという事は、多分これは見られても構わないほんの一部。もっと大きなものも『旧国派』は隠し持っているだろう。
でも、それで『教会派』を止めることができるのかだ。ストラーダ枢機卿の強い決意を秘めた眼差しを思い出すと、掴まれた腕に傷みがよみがえって背筋が冷たくなる。
新しいお茶のカップをおいたジャンが心配そうに私を見る。
「リーリア様を助けるのは難しいですか?」
カップに口をつけて湯気を息で飛ばすと、まだ熱いぐらいのお茶を口に含む。
不正の証拠ぐらいでは、今の『教会派』を止めることが出来ない気がした。
主導する人物を捕らえてしまう。考えて、小さく首を振る。
アベッリ公爵の事を、お父様は老獪だと言っていた。ストラーダ枢機卿も公正だと周囲に見なされている。覚悟を決めて二人が動いているとしたら、捕らえられる尻尾なんてあるのだろうか。
「難しいです。正面からだとやっぱり『教会派』の……いえ、アベッリ公爵とストラーダ枢機卿の存在が大きすぎる気がします」
椅子に凭れてため息を吐くと、自分の手をまっすぐ掲げてみる。人差し指を一本だけ立てて、指で小さく円を描く。
出来る事は全部しておくべきなのかもしれない。
「ジャン、馬車を用意してください。そろそろグレゴーリ公爵の所に行きましょう! 」
午後の最初の用事は、シストの解放。
彼を味方につけて、短い時間でアベッリ公爵の隙を探らなくてはいけない。
騎士団の王都拠点は、城からほど近い場所にある。徒歩でも行けない場所ではないけれど、流石に先日襲われたばかりの王子様が悠長に出歩く事は出来ない。
馬車が城門を出た辺りで、外が見たくてそっと窓のカーテンを上げる。
残念だけど、まだ空は厚い雲に覆われていた。遠くで空が瞬くのが見えて、思わず身を竦める。カーテンを降ろそうとした時、過ぎる木々の間に探し人の姿を見た気がした。
「馬車を止めて下さい!!」
慌てて叫ぶ。馬車が止まるよりも早く、扉を開けて外へ出る。ほんの少し離れた雑木林には今は誰の影もない。
だけど、一瞬見えた人影の若草色の髪と神経質な細身の背中には確かに覚えがあった。
雑木林に向かって走りながら、私の無実を知る人の名を呼ぶ。
「グレイ! グレイ・ローランド! いるんですか?」
雑木林に辿り着くと、昼なのに薄暗い木々の間を見渡す。湿った風に攫われて、木々がざわざわと不安になるような音を立てる。
「グレイ! いるなら出てきてください。貴方に聞きたいことがあります! リーリアの件です! 私は貴方を探しています。それから、貴方の身を心配しています!」
そう叫んだ瞬間、近くの木の枝が揺れた。
「ごきげんよう。レナート殿下。次の相談をしたかったのに、中々会いに行けずに申し訳ありません」
木の上から、金の混じった紫の色の瞳が蠱惑的な弧を描いて私を見下ろす。
一瞬レナート王子である事を忘れていた私は、自分がレナート王子だと思い出す。今のグレイはレナート王子である私を見て、『次の相談』と言った意味を考える。
秘密めいた香りに、一つでも言葉を間違えてはいけない予感がした。
「心配しました。何があったのですか?」
当たり障りのない質問をすると同時に、私を追い掛けてきたジャンの足音が近づいてきた。
ジャンが近づく事で、グレイがどう動くか分からない。
「ジャン、そこで待っていて下さい」
訝しむような顔でジャンが立ち止まる。レナート王子の何かを知っているグレイと、私のこれまでの動きを知るジャンをあまり近づけない方がいいだろう。
再び枝を見上げると、枝の上に座ったグレイが微笑む。
「お待ちしてたのにお姫様は来ないし、デュリオ王子は私を探しているし、とっても困ってしまいました」
困ってしまったのは私の方だ。グレイが言った『待っていたお姫様』が何の事だか分からない。
ただ、デュリオ王子がグレイを探しているのは、私の無実の為だという事だけは分かる。
「デュリオが貴方を探しているのは、リーリアの件です」
それだけを告げると、グレイが気だるそうに若草の髪を掻き上げる。
「だと思いました。でも、なんでデュリオ王子なんですか? ストラーダ枢機卿かアベッリ公爵なら分かるんですが?」
「リーリアが、貴方との事をデュリオに告げたんです」
小さく首を傾げてから、グレイが私をじっと見る。何か間違えたのだろうか。
彼の立ち位置が分からないから、一言一言が薄氷を踏むようだ。
「幼馴染でしたっけ? 『旧国派』なのに会えたなんて、流石は第二であっても王子様ですね! さて、殿下。これから、私は何を致しましょうか?」
まるで遊びを探すかのような声音、思わず背筋がぞくりとする。
次回、処刑二日目が終了!
グレイとレナート王子との関係は?
反撃の手掛かりはみつかるのか?
と、煽りをいれてみました。
土日、どちらか片方は更新がお休みになるかもしれません。




