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はじめましてレナート王子!【過去】リーリア11歳

 今日は凄い日だ。これまで同じ年頃の子と全然会えなかったのに、一日のうちに二人も出会えた。

 見知らぬ少年が綺麗な眉毛を困ったように下げて、ゆっくりと私に近づいて来る。


 ジュリアは凄く可愛かったけど、この少年は見た事ないぐらいに綺麗。髪は真冬の月みたいに銀に近い金色で、賢そうな紫色の瞳は宝石みたいに輝いている。

 少年が私の前に立って、バラ色の薄い唇を開く。


「はじめまして。僕の名前は、レナート・セラフィン。お勉強の邪魔をして、ごめんね」


 小さく首を傾げて笑顔で名乗った名前に、私は空気を求める魚みたいに口をパクパクさせてしまう。

 私、一体なんて言えば良いのだろう? 勇気を振り絞って出した声が上ずる。  


「あ……、あの……、わた、私。リーリア・ディルーカとももも申します。父は伯爵を賜るリエト・ディルーカでで、です。王都には二十日前に参りました! そ、それで、貴方。まさか……レナート第一王子ですか?!」


 言った後になって、自分が礼も取らずに直立不動でいる事に気付く。慌ててドレスの端を摘まんで礼をすると、くすくすと男の子が楽し気に笑う。


「うん。僕が第一皇子のレナートで間違いないよ。畏まらなくても大丈夫だからね。君が色々な事を勉強中なのはリエトから聞いているし、ここはナディルと僕と僕の従者しかいないから」


 顔を上げると、紫の瞳はとても優しい弧を描いて私を見ていた。

 お父様が私の事を話してくれたことに、心の中で感謝の言葉を叫ぶ。例え雲の上の存在の王子様でも、同じ年頃の子と話せる機会が持てたのがすごく嬉しい。


 胸が期待でわくわくし始める。

 この子はどんな子なんだろう。普段は王都では何をして遊ぶのか。話したい事はたくさんある。だけど、マナーとかあれこれ考えてしまうと、本物の王子様に切りだす最初の言葉がなかなか見つからない。

 むずむずと言葉を探してレナート王子を見つめていたら、突然堪りかねたように吹き出されてしまう。


「ひゃあわわわわ! わ、私、何か変でしたか……。失礼な事をしてましたか?」


 悲鳴に近い声を上げると、レナート王子が首を振る。


「ううん。変じゃないよ。君は何も悪くないんだ。君の瞳がね。凄く楽しい気にくるくるして、僕まで楽しい気持ちになったのがおかしくて」

 

 お城で向けられた嫌な笑いと全然違う。レナート王子の笑顔は、温かくて優しい気持ちになれる笑顔だった。ほっとすると同時に、素直な自分の気持ちが言葉になる。


「同じ年頃の子と会うのが、凄く久しぶりなんです。話してみたい事はたくさんあるのに、何から話したらいいのか迷って言葉がでませんでした」

「話してみたいと思ってくれているのなら、君をお昼に招待してもいいかな?」


 お昼? お誘い? 王子様が私を誘うの?


「あっ、えっ? えっ? ええーーーー?」


 私は驚いてナディル先生を見る。すごく嬉しくて行きたいって思うけど、お昼にはお父様がここに来る。それに、偉い人の前で食事が出来る程、私はマナーに自信がない。


 ナディル先生が百面相みたいになってる私の背を、落ち着かせるように撫でる。


「レナート王子。発言をお許しください。正式なお昼ですと、リーリアには少し早いかと存じます」


 ナディル先生の言葉に、レナート王子が少し得意げに胸を張る。


「大丈夫。今日は外苑でピクニック形式の日だからね。彼女もそれなら大丈夫だろう?」


 ピクニック形式なら大歓迎。食器はスプーンとフォークだけ。料理は野菜や肉を挟んだパンとお菓子が中心で、手が込んでいてもスープが用意されるぐらいだ。

 気づくと私は両手を組んで、祈るようにナディル先生を見ていた。ナディル先生が小さく私に頷いてくれる。


「リーリアの気持ちは決まっているようですね。レナート王子、私はディルーカ伯爵に報告してから、同席させて頂きます。先にリーリアをお願いしても宜しいですか?」


 私と同じ様に、レナート王子も顔を輝かせて頷く。それから、私と変わらない小さな手を差し出す。


「外苑まで、僕がエスコートをさせてもらうね。リーリア、お手をどうぞ」


 王子様みたい。そっと手を乗せながら私は思う。本物の王子様相手に王子様みたいなんて、可笑しな感想なのだけど。


 レナート王子に手を引かれて、西棟の奥へと進んでいく。

 最初はお姫様みたいなエスコートだった手も、気づくと故郷で友達としていたような普通の結び方になっていた。繋いだ手を振りながら、私達はお城の話や私の故郷の話を途切れる事なく話し続ける。


 これまで私が出会った男の子と、レナート王子は全然違う。

 物腰が柔らかで礼儀正しく優しい。控えめで大人しいけど、大人みたいに落ち着いてる。王子様って言葉が本当に良く似合う。


 レナート王子が、綺麗な唇に人差し指を合てて少しだけ声を顰める。


「リーリア、お昼には僕の弟が一緒なんだけど、その事はできるだけ人に言わないで」


 弟と言われて、一人の名前を思い出す。デュリオ・セラフィン第二王子。レナート王子とは確かお母様が違っていて、弟と言っても同じ十歳なのだとナディル先生が前に教えてくれた。


「分かりました。秘密なんですね。絶対に、絶対に秘密にします。喋ったら、大好きな砂糖菓子を二度と食べないと誓います」


 秘密を抱える事にどきどきしながら、私は誓いを立てて唇を引き結ぶ。そんな私を見てレナート王子は、また噴き出す。


「ふふっ。リーリアはとっても素直なんだね。でも、そこまでは頑張らなくても大丈夫」

「むー。どうしてです? 秘密って言いました」

 

 少し頬を膨らまして問い質すと、さっきまで元気に揺れていた手が止まる。


「君はまだ知らないんだね。僕と弟の関係はとても難しいんだ。お父様……国王陛下は僕達が一緒なのを喜んでくれているけど、嫌がる人はたくさんいる。僕は少しでも長くデュリオと一緒にいたい。その為には、今一緒である事はできるだけ内緒にしたいんだ」


 兄弟が一緒にいるのは当たり前だと思うけど、このお城なら色々と煩わしい事もあるのかもしれない。私に向かって悪口を言う人たちが、レナート王子にも悪口を言う姿が頭を過ぎる。


「王子様も大変なんですね。わかりました」


 頷く私を見て、レナート王子が嬉しそうに笑う。その表情とさっきの言葉だけでも、レナート王子がデュリオ王子を大事にしているのが伝わってくる。


「ありがとう、リーリア。それから、デュリオ……弟は何でも思った事を口に出してしまう所があるんだ。失礼を言う事もあるけど、悪気はないから許してあげて欲しい」


 自分の事のように心配そうに尋ねたレナート王子に、私は精一杯明るく笑って答える。

 

「悪気がないなら、全然大丈夫です。見た目の事や出来ない事で色々を言われるのは、もう慣れっこなんです」


 レナート王子が私の手を握りしめる


「慣れるなんてないよ。無理はしないでね?」


 悲し気に言ってくれた手を、私もぎゅっと同じように握り返す。

 レナート王子は本当に優しくて、人の痛みが凄く分かる子なんだろう。


 建物の間を抜けると、ずっと向こう古い煉瓦のアーチと重くて頑丈そうなドアが見えた。

 あれが外苑に続く扉だと確信して、レナート王子の手を引いて走り出す。


 初めての場所、初めての出会い。『初めて』は魔法の言葉だと思う。

 『初めて』とつくだけで、簡単に気持ちをわくわくさせることが出来るからだ。


「わわっ、リーリア?」

「あの扉ですよね? 新しい場所があって、新しい出会いがあって。新しい事がいっぱいな今日も、何だか凄く楽しい!」


 私に引っ張られながら、レナート王子が後ろで不思議そうな声を上げる。


「今日もなの? 君は今、毎日楽しいの?」

「はい! 今日もです! お城は知らない場所が多くて、毎日たくさん新しい事が起きて楽しいです」


 息を弾ませて答えたら、僅かに腕が引かれた気がした。一瞬で気のせいの気がして、そのまま私は走り続ける。

 扉まであと少しの所で、再びレナート王子が問いかける。


「リーリア、新しい事にも嫌な事がたくさんあるだろう? ううん。きっと君には嫌な事の方がずっと多い。ねぇ、怖くなったりしないの?」


 扉の前まできて立ち止まると、息を整えながらレナート王子を振り返る。顔が少しだけ怒っていて、何が悪かったのだろうと不安になる。


 走るのに夢中で、目を見てお話しなかったせいだろうか。腕が引っ張られた気がした時に、立ち止まるべきだったのだろうか。

 とりあえず、今度はレナート王子の顔をしっかりと見つめて答える。


「怖くなったりします。でも、怖いからって言っても、何も待ってくれませんから。わくわくした方がいいんです」


 母を亡くした時、世界が真っ暗にみえるぐらい嫌だったけど、生き返ることはなかった。王都に来る途中に帰りたいと思っても、もう故郷には帰る家がなかった。初めて悪意にさらされた時も、私に出来る事は自分に胸をはるしかなかった。

 嫌な事はいつだって私の思うようにならないし、そんな時でも周りは一緒に待ってはくれない。


 レナート王子が私の手から手を離す。


「変だよ。君のいう事は分かる。正しい事だとも思う。だけど、そう簡単には割り切れない」


 怒った顔が怯えた顔になって、私の瞳に何かを探すように見る。

 どうやって説明したらいいのだろう。自分の考えた通りを話してもいいのだろうか。


「レナート王子は狩りをしますか? 私は故郷で狩りをしました。じゃないとお肉が食べられませんから」


 故郷では、お母様と私にお肉を分けてくれる人も多かった。でも、それでは食べたい時に食べられない。体調が悪いお母様に元気を出して欲しかったから、私は早い年から自分で狩りに参加するようになった。


「僕も少しだけなら」

 

 訝しみながらも促すように、レナート王子が私を見つめる。


「私にとっては、嫌な事は狩りと一緒なんです。獲物も嫌な事も、私の思い通りにはなりません。立ち止っても待っても意味がない。欲しいものが手に入らなくなる。だから、絶対に自分で動くしかないんです」


 レナート王子が困ったように首を傾げる。説明って難しい。

 私とレナート王子は同じじゃないから、私が思う事とレナート王子が考える事は上手く重ならないかもしれない。

 でも、最後まで言い切ろうと思って、再び口を開く。


「怖いと足が竦んで動けません。一番動けるのは、わくわくしてる時です。動くしかないなら、たくさん動けたほうがいいから、いつでも私はわくわくを詰め込むようにしてます」


 言い終わった途端、何だか急に恥ずかしくなった。自分の心を人に話すのは、なんだかすごく照れくさい。

 大きく深呼吸を一つしてから、私はくるりと身を翻して木戸を思いっきり押す。


「でも、頑張って詰めるわくわくよりも、本当のわくわくの方がやっぱりずっと楽しいです。今は本当に心からわくわくしてます。この扉の向うはどんなでしょうか?レナート王子と一緒に早く見たいです」


 足を踏ん張って扉を押す。顔を真っ赤にしても、全くびくともしない。

 流石に外へと続く扉だから、簡単に開かないのだろうか。

 

「あのね、リーリア。……その扉は鍵が閉まっているよ」


 レナート王子に告げられて、扉から一歩身を引くと小さくなって肩を落とす。

 優しいお兄さん風の従者の人が笑い声を噛み殺しながら、高い場所に着いた鍵を二つと、横に着いた別の種類の留め金を外す。

 これだけ、鍵がかかっていたら開かなくて当然だ。


 ああ、恥ずかしい。これは大失態。というか、その前の行動も走ったりして大失態だと気づく。恐る恐るレナート王子を窺うと、背けた顔の肩を振るわせて笑っていた。

 

 さっきまでは怒ったり、怯えたり、困ったり、悲しい顔ばかりをしてたから、今は笑ってくれている事に少し安心する。


「レナート王子。今のとその前の私の行動を全て忘れて下さい」


 真面目な顔で私はレナート王子に懇願する。

 切実な願いは、声を抑えるのが出来なくなったレナート王子の大笑いで砕け散る。忘れてと言っても、とても無理そうだ。


「リーリア。君って、全然よく分からない。でも、面白いね。すごく、すごく分からないけど面白い」


 ひとしきり笑って、苦しそうだけど楽しそうな顔でレナート王子が眦の涙を拭いながら言う。


「ありがとうございます。面白いなら光栄です。忘れて貰うのは諦めますから、秘密にしておいてくださいね」


 丁寧に礼をして見せた私に、また小さく噴き出してレナート王子が扉に手を伸ばす。


「うん。忘れるのは嫌だけど、秘密にはするよ。ねぇ、リーリア。このドアは凄く重いんだよ。僕は一人で開けた事がまだないんだ。君と一緒に開けてみたい。僕もわくわく出来るかな?」


 何度も何度も首を縦に振って、私も同じ様にドアに手を当てる。小さな二人分の手が大きな扉に二つ並ぶと、心が楽しく踊りだす。


「一緒の初めては、もっともっとわくわくするんですよ」

「リーリアといると、僕までわくわく出来るかも。同じ景色が全然違って見える気がしてきた」


 そう言ってレナート王子が笑う。その笑顔がとても綺麗で、思わず見とれてしまいそうになる。


「リーリア! じゃあ、押すよ!」

「「せーの」」


 ぐっと力を入れて扉を押すと、ぎぎぃっと耳障りな音を立ててゆっくりと開いていく。


 ドアが開くと、花の香りではなく木の清々しい香りが吹き込んできた。

 たくさんの白樺が立ち並ぶ林の中に、無造作に踏み固められた道が曲がりくねって延びる。故郷を思わせる景色に私は飛び跳ねる。


「ここ好きです! 凄く好き! 大好き! レナート王子!」


 笑って振り返ると、力を入れていたせいなのかレナート王子が真っ赤な顔をしていた。心配そうに覗き込むと、再びレナート王子が私の手を握る。


「本当に景色が違う。リーリア、君って……」

「何ですか?」

「うん。あのね。………」


 小さくなった言葉は、一斉に吹いた風に騒めく葉の音に掻き消されて聞き取れなかった。


「今、なんて言ったんですか?」


 困っている様に眉毛を下げて、レナート王子が首を振る。


「やっぱり、なんでもない。このわくわくは、もう少し先まで大事にしておく事にするよ。さぁ、デュリオが待っているから行こう」


 駆けだしたレナート王子に、今度は私が手を引かれて走り出す。

 暫く走ると木々が途切れて開けた場所が見えてきた。続く道がずっと遠くで途切れているから、更に先には崖か何かがあるのだろう。


 林が終わり大きく開けた草原にピックニックセットと、太陽みたいな金の髪をした背の高い少年の背中が見えた。少年が振り返って木々の緑よりも鮮やかな翠の瞳で睨んで叫ぶ。


「遅い!! 俺をどれだけ待たせるんだ!」

明日のデュリオ王子との出会いで、過去11才は終了します。

進行する物語に挟む形で、それぞれの転機の過去が今後も出てきます。


過去の関係性や言葉の裏に抱えたものが、物語に関わってくる。

……ように書いているつもりですので、色々分かった時に成程って思って貰えたら嬉しいです。


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