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異世界の哲学  作者: 玄徳
運命の哲学
9/12

森を守る者、彼の名は

今回も読んでいただきありがとうございます。

次回からは三日に一話のペースで上げるつもりです。

 あなた、一つ気になっていることがありますね?


 ええ、分かります。このようなエルフやらドワーフやらが闊歩するファンタジー世界に魔物だとか魔王だとかいった存在はないのか、ということなのでしょう?


 え、違う? まぁいいでしょう。語らせていただきたい。


 結論からいえば、魔物は居ませんし魔王もいません。当然勇者も、冒険者も。


 がっかりしましたか? まぁそう落ち込まず。これでも飽きさせないよう工夫は凝らしたつもりです。確かに魔物はいませんが、それは決して脅威となるような存在がいないわけではございません。一度国を出れば危険な猛獣はいますし、寄生虫や毒をもった害虫も存在します。


 故に正式に「冒険者」と言われるような職業は存在しませんが、護衛や害虫駆除、さらには世界のどこかにある迷宮や洞窟の探索依頼を受け付けてくれる便利屋の存在はございます。現にジャーナは森に帰る前はそうやって過ごして・・・おっと、これ以上は本人の口から語らせませんとね。


 ではここで、危険な害虫の例を一つ。


 キノンヤッパという毒を持った虫がございまして。人々からはヤッパと呼ばれているのですが、これがまぁ厄介な虫なのですよ。あなたの世界でしたらハエが毒を持ったものと思っていただいて構いません。主にタカシという木の樹液を吸って生きているこの虫は街道を挟んで森と隣接している鐃街(どらまち)区ではしばしば問題になっている害虫なのです。なぜ樹液を吸って生きているヤッパが人に害を及ぼすのか。それは、ヤッパの吸う樹液の性質に関係があるのです。


 タカシの木から出る樹液には、なんと人間の血液と似た成分が含まれているのです。血漿と同質、そして同じ割合の糖分、タンパク質、水分を含むこの樹液を主食としているヤッパは、人間の血液に対しても同じような行動をとるのです。


 もちろん、人間の血液の成分は樹液とは異なるため、町に住むヤッパは森に住むヤッパと違って体が赤く変色するのです。赤いヤッパが空を飛ぶ様子が火の粉が舞う様子に似ていることから、人々の間では火遊びのことをヤッパと呼ぶこともあるんだとか。


 さらにヤッパは樹液を飲む際、木の成長を促す液体を打ち込むのですが、これが人間にとっては毒となるのです。その症状としては、軽ければ蚊に刺されたような痒みで済みますが、重いときは赤黒く腫れて後遺症ができてしまうこともあるのです。


 さて、そろそろあなたも痺れを切らしてきた頃でしょう。この害虫が少年、業欄(ごうらん)(とおる)の物語にどう関係するのか。それは、少年が必死に売り込んでいる薬品の一つにあります。


「えぇ、本当です。この薬にはキノンヤッパの毒を解毒する作用の他にも、肌に塗ればヤッパ避けの効果があるんですよ。これから暑くなるとキノンヤッパの活動も活発になってくる(らしい)ので、是非買って下さい! 一々治療院に行く手間も省けますよ。」


 マタネから教わった売り込みの定型文を再生(リピート)し続ける少年に、買い物中の家族はどうしようかと相談します。


「ねぇあなた。この前ヤッパに刺されたのに治療院に行くのが面倒だからってそのまま放置して危うく後遺症になりかけたじゃないですか。エーミユ(彼女らの娘)だっていつヤッパに刺されるか・・・」

「うーん、そうだなぁ。でもこれって効能は確かなのか? エルフの薬は評判いいけど、これが絶対に効くって決まった訳じゃ・・・」

「大丈夫です! 国からのお墨付きですので!」


 悩む家族の会話に横槍を入れたのは少年ではなくマタネでした。


「ちゃんと国から派遣された調査員の検査機をパスしてきたんですよ。ほらこれ、承認のシールが貼ってあるでしょ?」

「ん? あ、本当だ。」


 そう、最初ここへ来たときに瓶を機械にかけていた調査員、彼が使用した機械には、過去に効能が認められた薬品の成分情報(データ)が入っており、これと照合してこの薬品に治療効果があるかどうか確かめていたのです。国の象徴(シンボル)である獅子の絵と、「効能承認済み」の文字が印刷された強制(シール)が、この薬品の品質を保証してくれるのです。


「そっか。ちなみにこれいつまで()つの?」

「大体三ヶ月くらいです。」

「じゃあ、一本買おうかな。」

「毎度あり! ついでにこの傷薬もどうです? 傷口って放置しておくと雑菌が入りますからね、これと合わせて500モナドにしときますよ。」

「傷薬か・・・」

「お子さん、よく怪我とかされるんじゃないですか?」

「あなた、買っておきましょう。衛生面には気を使わないと。」

「だがなぁ、もし何もなかったら・・・」

「傷薬もお願いしますね。」

「毎度あり!」


 とんとん拍子に話が進んでいき、あれよあれよと商品が売れていく様には、少年も唖然とするばかりでした。


「そろそろ客足も止んでくる時間帯だから、ここらで休憩挟もうと思ってるんだけど。」

「いいんじゃない? そんじゃ皆休憩! 昼御飯買いにいこう。」

「へーい。」

「あ、チェケラッチョは店番よろしく。」

「なんでだよ!」

「当然でしょ、そのための護衛でもあるんだから。代わりになんか買ってきてあげるよ。」

「・・・じゃ、カントリーロー堂の肉まん三つ。」

「おっけー。トール君、一緒に行こっか。ついでに色々見て回ろ。」

「はい。分かりました。」

「早く買ってこいよ。腹減ってんだから。」


 ぶつくさ言いつつも店番はちゃんと引き受けてくれるチェケラッチョを残し、少年はマタネと賑やかな町中を歩いていきました。


 鐃街(どらまち)区という町、娯楽と芸術の町というだけあって目を惹くものには事欠かないようで、少年の視線はあっちへいったりこっちへいったりと大忙しでした。ある時は赤や黄色の絵の具で汚れた野暮ったい服を着こんだ絵描きが開いている露店を覗きこみ、


「すいません、これなんの絵ですか?」

「キューソが天敵のネコに噛みついてる絵だね。『キューソ、ネコを噛む』って名付けたんだ。」

「なるほど、迫力があります。売れるといいですね。」

「なんなら買ってくかい? 今ならなんと一枚・・・」

「お邪魔しました。」


 またある時は劇場から伸びている長蛇の列に並んでいるご婦人に話しかけ、


「すいません、ここってなんの列ですか?」

「あのテンプティ・ランキオ様が主演の演劇のチケットよ。」

「へぇ、沢山人が並んでいますが、それほど有名なんですか?」

「それはもう、わたくしもかれこれ一時間は並び続けていますのよ。でもこのままではお昼食をとる時間が・・・。もし、そこのボク。お小遣いをあげるから代わりに並んでは・・・」

「お邪魔しました。」


 また、さらにある時は店から叩き出された下着姿の男に出くわし、


「くそっ!! あそこで5番に賭けてれば巻き返せたんだ!!」

「・・・」

「あ、おい坊主。俺に投資してみないか? 倍にして返してやるから・・・」

「お邪魔しました。」


 こうしてふらふらと彷徨く少年とそれを見守るマタネでしたが、そうこうしている間にチェケラッチョご所望の店、カントリーロー堂へとたどり着いたのでございます。庶民向けの定食屋のようで、外観からは素朴な雰囲気が醸し出されており、店内からは食器の音や笑い声が漏れ、その賑わいぶりが窺えます。


「ここがカントリーロー堂ですか。繁盛してるみたいですね。」

「うん。お手頃な値段とお袋の味が売りなんだ。それにしてもトール君、はしゃぐ時は結構はしゃぐんだね。」

「えっ、あ、すいません。僕ばっかりはしゃいじゃって・・・」

「いやいや、私も初めてここ来たときは同じような感じだったし。それに、はしゃいでるときのトール君、目がキラキラしてて可愛かったから、見てて楽しかったよ?」

「か、勘弁して下さいよ・・・中に入りましょうか。」

「うん!」


 マタネに可愛いと言われ照れ臭いような悔しいようななんとも言えない気持ちにさせられた少年は、誤魔化すように店の扉を開けようとした、その時でした。


 パァンッ!


 遠く、森の方角から、爆竹が破裂したかのような乾いた音が鳴り響きました。扉に手をかけた少年の手は止まり、少年は何事かと音の鳴った方向へ顔を向けました。それは少年だけではありません。マタネも、いえ、破裂音を聞いた殆どの人が反射的に顔を向けたのです。


 少年の目が捉えたのは、森の比較的町に近い位置から蛇のように細く伸びる、黒い煙でした。それは昼の青空に、墨汁で力強く筆を書き走らせたかのようでした。


 そんなか細い煙の筋が、なぜ、少年の危機意識を鷲掴みにするのかが、少年には理解できないままでした。どうでもいいと切り捨てればいい。そう自分に言い聞かせても、体に出所不明の電気がひた走り、片時も煙から目を離すこと叶わぬまま少年の体は硬直します。


「なんだなんだ、なんの音だ?」

「誰か森のなかで昼間ッからヤッパやってんのか?」

「ドワーフの仕業なんじゃねぇの?」

「あれって火事じゃない? ヤバくない?」


 周りから疑問と憶測が飛び交いますが、少年は自分こそそんな野次馬の一人になれればいいと思いながら、ざわつく心の内を確かめることに神経を費やしていました。やがて、思い出したかのように体が動いたかと思うと、


「マタネさん・・・」

「トール君。火事かもしれないし、念のため衛兵呼んだ方がいいかも・・・」

「いえ、すぐ戻りましょう。胸騒ぎがします。」

「え・・・?」

「なんだが分からないんですけど、とても・・・嫌な予感がするんです。」

「ちょっと、どうしたの? トール君。」


 普段と違って少年の方から手を繋ぎ走り出そうとする姿に、マタネは異常を感じざるをえませんでした。マタネ自身、実のところこの煙が誰かの火遊びの結果のようにはどうしても思えず、どちらかと言えば合図、目印のように捉えていたからです。


(ドワーフの村は森のもっと奥の方にある。あいつらの仕業とも考えづらいし、そもそもこんな濃い煙、今まで見たことない。あれは、何かの合図・・・いや、警告・・・?)


 ただ、だとしても、このまま丸腰で向かったとして、万が一が起きたらどうするつもりなのでしょう。少年の行動は、考えるより先に体を動かそうとする軽率なものであると言わざるをえません。


「落ち着いて、トール君。戻るならせめて皆にその事を伝えて、どうせならチェケラッチョも一緒に戻りましょう。あいつは筋肉バカだけど、有事の時は頼りになるわ。」

「はい・・・」

「あと、弓と矢も持ってった方がいいだろうし。」

「はい・・・」

「あと、トール君はここに残ること。」

「ッ! ・・・頼りにならないからですか。」


 悲壮に歯を食い縛りながらも、少年は自身がなんの役にも立てないことを理解していました。少なくとも、非日常的な事態に陥ったことなど、前の世界では皆無といっていいほどでした。


「トール君は強い子よ。初めて会ったときよりも逞しくなったし、弓の扱い方もどんどん上手くなってきてる。あと一月もすれば、私が守られる側になるかもね。」

「はい・・・今に、子供扱いできなくしてやります。」

「楽しみにしてる。・・・まぁ、安心しなって! 本当にただのヤッパかもしれないし。」


 からっと笑うその姿が頼もしくて、それに守られている自分が悔しくて・・・


 少年がこの世界に転成してから幾度となく味わった、無力感と屈辱感の強化合成(ハイブリッド)が、その翼を広げます。


「マタネさん!」


 少年に背を向け走り出そうとするマタネに、少年は叫びました。


「役割分担ですッ!! 僕はここで、衛兵を説得させます! 一刻も早く向かわせますから、その時に状況を説明できるよう情報収集に努めて下さい!」

「・・・うん! じゃ、またね。」


 それは、少年の精一杯の意地だったのでしょう。振り返ったマタネの眼差しは、少年の惨めな心を晴らすに足るものだったのでしょうか。マタネは再び前を向くと、背中は預けたとでも言うように、迷いなく走り去っていきました。


「大丈夫だ・・・何も起こらない何も起こらない何も起こらない何も起こらない・・・これは、念のためだ。骨折り損のくたびれ儲けだ、全く・・・」


 少年は騒ぐ胸中を懸命に抑え、走り出しました。流れ落ちる汗を置き去りに、走って走って・・・ふと、何かが頭によぎって立ち止まった少年は、ぽつりと漏らしました。


「・・・詰所ってどこだ?」










 さて、この少年の胸騒ぎが杞憂に終わればどんなによかったでしょう。しかしね、これはそう簡単に終わる話ではないのですよ。今も森のあるところ、先程煙が上がった場所では、迫り来る白銀の刃と幾度目かもわからぬ剣戟を交わすジャーナ・グッバイの姿があるのですから。


「くっくっく。中々のお手並みだ。汚ならしい蛮族の首かと思っていたが、その首。功名に値するだろう。グローリー。」

「嬉しくないねぇ、バッキャーロ。てめぇら、何もんだ。」


 余裕綽々といった表情を装うジャーナですが、その頬にうっすらと汗が滲んでいます。今もジャーナの周りでは、盗賊らしき男達が、光の籠っていない目で各々の得物を手に、ジャーナにじりじりと近づいてきているのですから。しかし、ジャーナが警戒していたのは周りの十把一絡げの盗賊ではありません。目の前にいる二人の男。隠密に動く気がまるで感じられない金の鎧と赤の背布(マント)の男と、その傍らに控える銀の鎧の男。その異様な雰囲気に、思わずジャーナは唾を飲み込みました。


 今、片目が眼帯によって覆われた金の鎧の男が、どこか芝居がかった口調で名乗りを上げました。


「おぉ! 誉れ高き武人に名乗りをあげていないとは無礼であったな! 我はジュリアス・シーザー! さる御方より命を賜り、この森に覇を唱える者なり!」

次回は本格的にバトル回です。あぁ、続きが待ち遠しいなぁ!


少年「役割分担だぁ! 衛兵を説得させっとくれぇ!」

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