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異世界の哲学  作者: 玄徳
運命の哲学
8/12

争乱の予兆

評価してくれた人、ブックマークつけてくれた人、ありがとうございます!

拙い文章ですが、これからも頑張って書いていきます!

 少年、業欄(ごうらん)(とおる)がエルフの村の住民になってから、ちょうど一週間が過ぎたある日のことです。


 え? いきなり時間飛ばすな、ですって? いやいやあなた、少年が誰と採集して誰と会話して誰と遊んだか、なんてことを事細かく述べたとして、なんの意味があるのです? 正直に言って、特筆すべきことなどありませんでしたよ。強いて言うのでしたら、少年に多少筋肉がつき、森に関する見識が深まり、エルフの住人との仲が深まった、といったところです。


 あぁ、いえ、一つだけ。少年がマタネから弓の使い方を教わった、ということは伝えておきましょう。これは大事なことですからね。とはいっても、まだ矢の握りかたを練習して、弦を引く練習をしている、くらいのもので、今のところ少年が精一杯矢を引いても、弦は多少たわむ程度でございます。矢を放てるようになるには、まだまだ時間がかかりそうですね。


 さて、それまで特筆すべきことなどないということは、この一週間目の日には、特筆することがある、ということです。


 この日は月に一度、町へ売りに出かける日でした。コツコツと作り続けた薬やら干し肉やら衣服やら、さらには果物やらを籠に敷き詰め、マタネと少年、そして数人の商売のプロ達が仲間に見送られながら町へとくりだすのでした。


「トール君、町は初めてだもんね。結構賑わってるからはぐれないように手繋いどこっか。」

「そんなに子供じゃないです。」

「またまた~、背伸びしちゃって~」

「むぅ・・・」


 不満を(あらわ)にする少年を見かねた人物が一人。


「おいおいマタネ、そうからかってやるなよ。」

「何よチェケラッチョ、いいじゃない、かわいいんだから。」

「お前なぁ・・・」


 そう、覚えているでしょうか。祭りの夜、少年に力比べを持ちかけた男性です。やんちゃ坊主がそのまま成長したような男で、少年が村に来てからは度々筋トレや模擬対戦に付き合っていたのです。今回は、一同の護衛として駆り出された次第でございます。ちなみにヴィスムは村の番人として外に出ることはありません。


「そうよそうよ、あんたは黙ってな!」

「トール君を筋肉ダルマにしたら承知しないからね!」

「トール君、このロッキアの実食べる?」

「いえ・・・それ売り物ですよね?」


 周りの女性陣から罵声が飛びます。少年のこの一週間の交流の成果が窺えますが、女性からの受けがいいのは少年の、幼さが残った風貌が母性をくすぐるからでしょうね。果たして少年の体が筋肉質なものになっても、同じことが起きるでしょうか。


 ハミットの森から籠を背負って歩くこと小一時間で森を抜け、ある程度舗装された街道を歩いて十数分後、少年はとうとうその町を視界に収めました。アトリス王国の娯楽と芸術が集う町、鐃街(どらまち)区です。


「ここが・・・」

「そう、綺麗な町並みでしょ。ここら辺は鐃街(どらまち)区って言ってね。娯楽と芸術の町だなんて呼ばれてるんだ。」

「そうそう。カジノに演劇、美術館に地下オークションまで何でもござれってね。貴族連中が多いんだわ。」


 そこは石畳のよく舗装された地面の上に、赤い屋根の建物が建ち並ぶ町でした。壁は黄色や水色など、鮮やかに彩られていました。その建物の多くが住宅でしたが、一際大きな建物は美術館や劇場などで歴史を感じさせるものがあり、町の至るところにシンガポールのマーライオンの如く様々な石像が建てられ、彫刻技術の高さが推察できます。


 その美しき町の中でも、一番の大通りを少年達は歩いていました。路上に露店を開き絵画や小物を並べ売り込みをする人のなんと多いことでしょう。その中の一画に少年達はたどり着きました。そこには恰幅のよさそうな男と何やら怪しげな機械を持った調査員らしき男がおり、恰幅のよさそうな男は少年達に気がつくとにんまりとした笑みを顔に張り付けて話しかけてきました。


「おや、お待ちしていました。エルフ御一行様。今月もよろしくお願いしますよ。」

「こちらこそ毎度ありがとうございます。ではこれ、場所代です。」

「・・・はい、確かに。」


 もう何度も繰り返されたやり取りなのでしょう。慣れた様子でマタネは皮袋を渡し、対する男も慣れた手つきで皮袋の中の硬貨を数えていきます。銀貨や金貨がちらほらと見え、同じ銀貨や金貨でも大きいものと小さいものがあるようでした。その後、調査員らしき男が怪しげな機械に篭の中の薬品が入った瓶を通していましたが、少年の興味はそこではなく、皮袋から取り出された硬貨にありました。


 初めて見るこの国の通貨に少年が興味を抱いていると、それに気付いたチェケラッチョが自分の財布(皮袋)を取り出しながら教えてくれます。


「あれはモナド通貨っつってな。ここら一帯の国々が同盟組んで通貨統一したんだわ。銅貨と銀貨と金貨があって、一モナド銅貨一枚で一モナドと言われる。銅貨でも一モナド銅貨と十モナド銅貨があってな、一モナド銀貨が十モナド銅貨2枚分で、一モナド金貨は十モナド銀貨2枚分だ。」


 後々商店を見て回ったところ、一モナドは日本円にして5円程の価値でしたので、おおよそ、


一モナド銅貨=5円

十モナド銅貨=50円

一モナド銀貨=100円

十モナド銀貨=1000円

一モナド金貨=2000円

十モナド金貨=20000円


といった認識でございます。少年は物珍しそうにそれらの硬貨を眺めていました。


 するとそこに、やり取りを終えたマタネがやってきました。


「お待たせ~。さ、今週もじゃんじゃん売って、がっぽり稼ごう!」

「「「おーーーーーー!!」」」


 商売魂に火をつけたマタネ達につられて、少年も気合い充分といった心持ちで手を振り上げました。


 今回売ることになるのは、飲むことで疲労回復を促進させる黄緑色の薬(一本40モナド)と、傷口に塗り込むことで擦り傷などの軽い怪我を瞬時に治す緑色の薬(一本300モナド)などの薬品類、リンゴによく似たロッキアの実(一個37モナド)などの数々の果物と、サイズ、種類様々な衣類、そしてブロック状の干し肉(一ブロック120モナド)です。客層は貴族ではなく、庶民に絞られています。


 さて、これらの品は果たしてどれ程売れるのでしょうか。それは、マタネ達の手腕にかかっています。








 所変わって町のどこか。貴族御用達の服飾店に、赤い礼服(ドレス)に身を包んだうら若きご令嬢と、顔に深いシワを刻んだ老人が訪れていました。ご令嬢の手元には、赤い甲冑のウサギらしき縫いぐるみがしっかりと抱き抱えられています。


 店員は二人が来店したや否や、店の奥へと駆け込み、そのすぐ後には腹周りに腹巻き要らずの脂肪を蓄えたちょび髭の店長が息を切らせながら二人を出迎えてくる事態になっていました。


「これはこれはウィリー・スピルムベック様にシェイア・スピルムベック様ッ! ようこそお越しくださいましたッ!」

「うむ。そろそろシェイアに新しい服を身繕ってあげようと思ってな。ほれ、この金で十着程度頼む。」


 そう言って老人が差し出したのは、鈍器として機能するほど重みのある皮袋。その中に入っているのは、その全てが金貨、それも、十モナド金貨だったのです。


「は、はひ! 畏まりましたぁ!」

「うふふふ、おじ様相変わらず面白い顔をなさるのね。ねぇ、ハムレット。」


 ご令嬢は上品に手で口元を隠しくすくすと笑うと、手元の縫いぐるみに呼びかけました。そう、この赤い騎士ウサギ(モードル)は、名をハムレットというのです。


「それと主人。インチゴの刺繍が入ったハンカチはあるかね?」

「ッ! ・・・えぇ、ございます。こちらを・・・」


 店長はその言葉をどう受け取ったのか、恐る恐るといった様子で背広から一枚の折り畳まれた手拭(ハンカチ)を取りだし、老人へと両手で差し出しました。老人はそれを受けとり、手の内で手触りを確かめるような動作をしました。


「シェイア、爺は手洗いに行ってくるから、店員さん達に服を選んで貰いなさい。何かあったらハムレットの鼻をぎゅって押すんだよ。」

「はいお爺様。私に何かあっても、ハムレットが助けて下さいますわ。ねぇ、ハムレット。」


 ご令嬢はそう言うと、ハムレットをぎゅっと抱き締めました。甲冑が体に食い込むだろう、ですって? いいえ、その甲冑は本物ではございません。甲冑を模しただけの、綿と布地でございます。


「ふふふ。では、頼んだよ。」

「は、はい・・・。先方は既に到着しておりますので・・・」

「うむ。」


 老人は手拭(ハンカチ)を片手に店の手洗い場へと足を運びました。手入れが行き届いており、清潔感漂う手洗い場でしたが、老人は他に人が居ないことを確認し、手洗い場の奥の角、『使用禁止』の張り紙が張られた個室の中へとその姿を消したのです。


 老人はそこで先ほど店長から渡された手拭(ハンカチ)を広げました。その中には、きらりと金色に光る鍵が一つ。老人はその鍵の、持ち手の丸い部分を壁の窪みに差し込み、回しました。老人はカチャリと小さな音が聞こえるのを待つと、そっと、壁を押したのです。


 するとどうでしょう。壁は音をたてる事もなく扉のように内開きに開きました。さらにそこには、隠し階段があるではありませんか! 階段は奈落にでも繋がっているかのように下へ下へと続いています。


 老人は一歩一歩、階段を踏みしめていきました。一定の律動(リズム)で鳴らされる足音だけが、老人の耳を支配します。そして、その足音が止み、階段の終着点である扉を開くと、そこには・・・


「やぁ、集まってくれたみたいだね。」

「けっ、こんな湿気たとこに呼び出しやがって。待たせてくれるじゃねぇか、じいさんよぉ。俺らを舐めてっと痛い目見んぞ。」

「まぁそう言うなってランダル。せっかくうまい話が転がり込んできたんだから。」

「おいジジイ、本当に俺たちを匿ってくれんだろうな。衛兵にチクったりしたら只じゃおかねぇ。」


 そこにいたのは、間違ってもお天道様に顔向けできるような全うな人間達ではありませんでした。机と椅子があるだけの簡素な部屋の中には、血の匂い漂う盗賊稼業。その数十五、六人。ランダルと呼ばれた男はその盗賊団を率いる頭であり、片方の目を眼帯で覆い、今にも腰の錆び付いた剣を抜いて老人に飛びかかりそうなほど獰猛な目をぎらつかせていました。


「あぁ、安心してくれ。私にとっても君達の賞金首なんて小金を稼ぐためにこうまで危険を犯す必要なんてないからね。それに・・・担保は既に渡したはずだろう?」

「けっ、こいつのことかよ。」


 盗賊団の頭が机の上に無造作に置いたのは、深紅に鈍く光る宝石が埋め込まれた銀色の腕輪でした。


「本物なんだろうなぁ。」

「もちろん、本物さ。王都精霊騎士団から横流しされた契約の腕輪(コントラクター)だよ。」

「精霊側の同意なしに精霊と契約を結べるっつーあれか。てめぇ、これがバレたら・・・」

「極刑だろうね。それくらいこちらも切羽詰まっているということさ。なんとしてでも、君たちというプロの手が借りたかったんだよ。前に雇った連中は、ダメだったね。神理(トゥルース)が使えるというから好きにやらせたのに。」

「へぇ、神理(トゥルース)持ちでも失敗するような仕事を俺らに持ちかけたってわけ。そのお目当ての精霊とやらを腕輪に契約させるのが。」


 眼帯で覆われていない目がより一層鋭くなりました。しかし、老人は全く動揺することもなく深く頷きます。


「そうだよ。大事な大事な仕事だ。今度はもう少し慎重にいかないとね。」

「邪魔するやつはぶっ殺していいんだよな? くっくっく・・・」

「あの森にはエルフの村もあったよな。あそこの女共は顔がいいって評判だからなぁ。くぅ、楽しみだぜ。」


 各々が品のない笑みを浮かべている中、盗賊団の頭であるランダルも薄ら笑いで老人に向き直りました。


「まぁ、任せろや。久々の上客だ。きっちり仕事はするから安心しな。」

「あぁ、今回は大丈夫だ。君達はただ、与えられた役をこなせばいい。この時のために私も設定を練りに練ってきたからね。主要人物を二人も作ったんだ。一人考えるのにも力が要るんだよ?」

「は?」


 鋭い目付きが一転、きょとんとしたものに変わりました。盗賊団の頭は老人が突然発した意味の分からない台詞(セリフ)に目を丸めたのでございます。


 一体この老いぼれは何を言っているんだ?


 これがこのランダルという男の、いえ、その場にいた盗賊団全員が最後に思考したことであったのでした。


「さぁ、君達に役を与えよう。『世界は舞(ステージ・オブ)台である(・ザ・ホール)』」


 魂を燃やし尽くさんばかりの青白い神理(トゥルース)の光がその老人、ウィリー・スピルムベックから溢れ、盗賊達を包みました。







「あら、お爺様。お帰りなさい。どう、似合うかしら。」


 店の手洗い場から戻ってきた老人に、ご令嬢は破顔しました。その場でくるりと一回転し、白い礼服(ドレス)腰下(スカート)をふわりと舞わせます。その仕草が愛らしくて、老人はつい頬を緩ませました。とても、つい先ほど十六人の()()()()()()とは思えません。


「あぁ、よく似合っているよ。シェイア。」


 老人は店員達が身繕った服を下着や小物もまとめて買い取った後、店長に手拭(ハンカチ)を返すと共にさらに追加で金を握らせ、服飾店を後にしました。


 そこで本当は何が起こったのか。それは、老人と私達にしか分かりません。

さぁ、不穏な展開になってきました。

このご老人の思惑にご用心下さい。

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