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異世界の哲学  作者: 玄徳
運命の哲学
7/12

優劣をつけられるか

 その夜、そろそろエルフの村へ戻らないといけないというジャーナの忠告によりドワーフの村を出た少年、業欄(ごうらん)(とおる)とジャーナは、帰りの道を走っていました。


「担いでいけばすぐなのによ。」

「僕もっ、体力をつけないとっ、はぁ、いけないのでっ」


 ドワーフの村を抜けてから5分、ジャーナとしては軽いジョギングに付き合っていただけかと思われましたが、少年にとってはそうではなかったようでした。今にも白目を剥いて倒れそうなほどへろへろに、気力だけで足を上げ、地面を蹴る姿は、錆び付いたからくり人形を彷彿とさせます。


「もういい、あんま無理するな。」


 まさかここまで少年に体力がないとは思わなかったジャーナは、流石にいたたまれなくなって少年の肩に手を乗せました。なんとか足を動かそうとした少年も、肩にのしかかる手に込められた力にバランスを崩し、軋む心臓を抑えながら数歩歩いて立ち止まりました。膝に手を当て、浅い息を繰り返しました。


「はぁ、はぁ、、、はぁ、はぁ・・・」

「ったく、いきなり激しく動いたってどうしようもねぇっての。」

「そうはいっても・・・周りは皆筋肉ありますし・・・」


 汗をぬぐいながら、少年は出会ってきたエルフやドワーフの面々を思い浮かべました。子供と女性も含めて、自分より貧相な体格には出会ったことがない少年は、自分のごぼうのような細腕に嫌悪感を抱くのです。さらにいえば、服装も基本的に肩から先が露出しているので、自身の貧相さが際まっていたのでした。


 哀れ少年、もやしっ子仲間を見つけることはこの先できるのでしょうか・・・。


「そんでよ、どうだった。ドワーフのやつらは。」


 少年がいくらか息が整えたところを見計らって、ジャーナは問いかけてきました。どうでもよさそうに、されど沈黙は許さず。細かく震えるような緊張感はジャーナの無意識から伝わってきたものでしょう。


「第一印象は・・・まぁ、騒がしい方達でした。」

「あぁ、そうだろうな。うちも祭りとなりゃ騒ぐには騒ぐが、あいつらの騒ぎようとは比べ物にならねぇ。」


 うち、というのはエルフのことでしょう。ジャーナは十字傷の辺りを爪でぽりぽりと掻きながら、ゆっくりと少年の前を歩きます。少年もまた先程の談笑で感じ取ったことをぽつりぽつりともらします。


「酒に強い方が多かったのが印象的でした。・・・後は、下の話が少々・・・」

「少々じゃなくて、かなり、だろ? 俺も慣れるのに時間かかったわ~。あいつらは性に対してオープン過ぎるからなぁ。酒もすげぇよな。あいつら酒樽一杯飲み下してもけろりとしてやがんだぜ?」


 愚痴なのか自慢話なのか分からないような口振りで、ジャーナは熱弁します。そして、これまたなんてことのないことのように、ジャーナは問いかけました。


「んで、どっちがいいと思った?」

「いい、とは?」

「だから・・・どっちの種族が、優れているかってことだよ。なんとなくでいいから。」


 少年は首をかしげました。ジャーナは頑なにどうでもよさそうな態度を崩しませんが、やはりというべきか、緊張の波が伝わってきます。


 少年は考えているままを答えることにしました。


「どちらが優れているとも思いませんでした。ただ、ドワーフのあの雰囲気は自分とは合わないと思いましたが。」

「っ!・・・そっか。」


 頭の後ろで手を組み、ジャーナは少年の前を歩き続けます。後ろにいる少年からはジャーナの顔は見えませんでした。


「まぁ、合う合わないは心体それぞれだしな。でも、あいつらもすげーところいっぱいあるんだぜ?」

「・・・はい。」

「あいつらは鉄や火の扱いにかけちゃ世界一の種族なんだ。それに他の種族の文化を抵抗なく取り込む貪欲さがある。がさつで品がない印象を持たれそうだが、付き合ってみるとそんなこともない。」

「目の前で自分の種族をバカにされてもですか?」 


 一瞬、ジャーナの肩がびくりと小さく跳ねました。


「・・・エルフに対しては、特別なんだよ。森を出れば少しは違っただろうが、同じ森で何年も何年も縄張り争いしてきた歴史がある。それに・・・俺はもう、村を捨てた身だからな。」


 嘘だ・・・


 喉から出そうになる言葉を飲み込み、少年は前を歩く男の、広くて狭い背中を眺めました。


「相手を嫌うのはお互い様だ。エルフもドワーフをバカにして、ドワーフもエルフをバカにしてる。俺にしてみりゃそれこそバカな話だ。それぞれに得意なことがあって、それぞれに苦手なことがある。ただ、それだけなのに・・・」

「・・・」


 振り返ったジャーナの顔を、少年は見上げました。悲しみがにじみ出た顔を星の光が優しく照らします。


「どっちが優れている、なんてことはないんだ。」

「それを伝えるために僕を・・・?」

「あぁ。神の連れ子のあんたなら、違う答えを出してくれるんじゃないかって思った。そんで、その通りだった。」


 口の端をほんのりと緩ませながらジャーナは少年を見据えました。そこには確かな敬意が感じられました。


「その言葉、忘れないようにしろよ。」

「ええ、誓いましょう。」


 少年もまた緩むような笑みを返しました。


 天上の星は、二人を黙して照らすばかり。









 翌朝。少年は甲高い鳥の鳴き声と共に目を覚ましました。睡眠は体に必要ではないのですが、少年は前の世界での生活習慣に従うことにしたのです。


 少年が寝泊まりする場所ですが、マタネと同室で添い寝をすることには・・・なりませんでした。少年が拒否したのでございます。いや、そうヘタレ等とは言わないで下さい。このくらいの男にはよくあることなのですよ。特に少年のような貞操観念の強い男には・・・。少年は一階の、おそらくは以前ジャーナの寝台が置かれていたであろう不自然に空いた空間に座敷を敷き、毛布一枚と共に夜をあかしたのです。


 寝ぼけ眼を欠伸混じりにこすった少年は、ふと、自分を見つめる誰かの存在に気がつきました。私やあなたではありません。マタネ・グッバイでございます。


「あ、起きた? おはよう。」


 にっこりと、花が開くように穏やかにはにかむ彼女に、少年は血潮が浮き立つような熱さを覚えました。


「おはようございます。マタネさん・・・」

「あはは、マタネでいいって。それかお姉さんでもいいよ。」

「何を言ってるのかね、この娘は。」


 呆れたように椅子に腰かけているのは、絹のような白髪を肩まで伸ばした、どこか気品を感じさせる老婆でした。


「アタシが起こしてやろうって言ってるのにちっとも聞かずに、朝から坊の寝顔舐めるように見つめて。全くはしたない娘だよ。」

「な、なんで言っちゃうのサヨばあちゃん!」

「マタネさん・・・何やってるんですか。」


 どうやらこの少年、マタネにえらく気に入られたようで、すっかり弟のように接してくるのです。それが少年にとっては嬉しくもあり、残念でもあるのが本音でした。


「ち、違うのよトール君、これは・・・」

「はいはい。次から早起きするようにします。」


 あたふたと言い訳を募ろうとするマタネを少年はドキリとした胸中を誤魔化すように適当にあしらいました。


(それにしても、僕が寝坊するなんてなぁ)


 少年自体早起きをする体質なのですが、エルフの方々はまさに日ノ出と共に起きているので、相対的に少年の起床が遅く感じられるのでございます。


 三人で軽く朝食をとった後、少年は村のエルフ達と交流を深めることに時間を費やしました。会うたびに挨拶を交わし、仕事を手伝ったり、普段何をやっているのかを聞いたり、といった感じです。


 長老のミナーガからは、いずれ仕事を割り振られるとは思うが、今は仕事がどんなものか見ておきながら、村の皆と交流することに専念してほしいと言われていたのです。


 ある老人達は固まった体をほぐそうと体操し、ある女は箒のようなもので枯れ葉などを掃除し、ある男は武器庫の槍を一本一本磨いており、ある子供達は朝から追いかけっこをして遊んでいました。


 昨日のこともあってか、少年は会話の端々でエルフとドワーフの関係について情報を集めることにしていました。別に両者の関係を自分の力でどうこうしよう、といった自惚れはありません。そう簡単に片付く問題なら、とうの昔にそうされていたはずでしょうから。


 エルフの村の住民から見たドワーフは曰く・・・


「元々この森は我らがご先祖様が住まい、森の一部として暮らしてきたんじゃ。・・・それなのにあの髭共がぁ・・・(杖が折れる音)神聖なる森を土足で踏み荒らし祭りでもないのに毎日毎日火を起こしおってからに・・・。今に火事でも起こしたらラムダ様の名の元に成敗してくれるわ!!」


 また、さらに若い者曰く・・・


「じいちゃんがいつかドワーフをぶちのめす時のためにって体鍛えさせてんだがよ・・・ぶっちゃけ俺らドワーフが普段何やってるか知らないんだよな。ガキの頃からドワーフの村には近づくなって言われてたし。だがまぁ、ろくでもねぇ連中なんだろうよ、ドワーフってのは。」


 また、さらにさらに若い者曰く・・・


「ドワーフってのはねぇ、わるいやつらなんだよ! じいちゃんもばあちゃんもいってたもん! えっとね・・・わるいこにしてるとね、ドワーフになっちゃうんだって! それにね、よるむらのそとにでちゃうと、ドワーフにつれてかれるんだよ!」


(妖怪みたいな立ち位置なんだな・・・)


 といった感じです。ドワーフを嫌っているといっても、多くはお爺さんやお婆さんから聞いた話でしかドワーフを知らないエルフばかりということが、少年が出した結論なのでした。


 お互いがお互いを侮蔑し、その度にお互いの溝が深まり、また侮蔑を繰り返す。そんな連鎖の始まりに何があったのかを、少年は推測しかねていました。もしかしたら、最初は単純なことだったのかもしれません。


 ドワーフの誰それがエルフの誰それを殴った。


 エルフの誰それがドワーフの誰それに悪口を言った。


 そんな些細なことが発端となって、「これだから余所者のドワーフは」「これだから引きこもりのエルフは」と繋がっていったのかもしれません。


 だとしたら、今この状況で正しくないのはどちらなのでしょうか。


 (一番正しいのは、どちらかが「今までそちらを悪く言ってごめんなさい」と言い、それに「こちらこそごめんなさい」と返されることだ。それができないのは、どこかに間違いが生じているからだろう)


 少年は双方が歩み寄る未来について悶々と考え増したが、答えはついぞ出ることはありませんでした。










 さて、場所は変わって森から西へ行ったところ。8000万もの人口を抱えるアトリス王国の中の一区。鐃街(どらまち)区のある屋敷でのことです。


 少年がマタネとその祖母とで朝食をとっていた頃、その屋敷でも、ある一家が仲睦まじく朝食をとっていました。その豪勢さたるや、少年の食事とは遥か次元が違う芸術品とも思える色とりどりの料理が、純白の皿の上に盛り付けられていたのです。


 それらを囲むのは、この鐃街区を実質的に仕切る大貴族、スピルムベック家の面々でした。彼らの傍らには執事とおぼしき初老の男性が恭しく佇み、壁際にはメイド達が装飾品の一部となって控えていました。


「あぁ、ロミオ。今日は何時に帰ってくるのかしら。あなたとの時間を疎む悪魔は、いつあなたの手を離すというのかしら。」


 陶器のように白い頬をほんのりと染め、純金にも劣らぬ輝く金髪を揺らしながら妻は夫へと問いかけました。どこか芝居がかった話し方に、スピルムベック家の当主であり夫のロミオもまた掲げるグラスを静かに下ろし、妻に応えました。


「おぉ、ジュリエット。出来ることならこの身に許された時間全てを、お前達と共に過ごしたい。しかし、私は悪魔の寵愛を受けた呪われし身。その手からは逃れられぬ運命にあるのだ。どうか待っていておくれ、夕刻の鐘が鳴るその時まで! かの性悪も、お前と私との晩餐を妨げることは叶うまい!」


 意訳すると、夕飯までには帰るよ、との事ですが、夫婦揃って単照明(スポットライト)に照らされているかの如く大仰な仕草で会話する様子は不気味なものがあります。


「これこれ、食事中だよ、ロミオ。ジュリエット。シェイアも迷惑そうじゃないか。」


 熱烈な二人を静かに戒めるのは、彫刻のような深いシワを顔に刻んだ白髪の老人です。威厳あるその声に二人の三文芝居は幕を下ろされました。


「大丈夫よ、ウィリーお爺ちゃん。いつものことだもの。むしろパパとママが仲良くしてると私も嬉しいわ。」


 老人とは対照的に二人の芝居を微笑ましく見つめていたのは、ロミオとジュリエットの一人娘、シェイアであります。親譲りの美しき金髪と端整な顔立ちは、仏人形(フランスにんぎょう)を彷彿とさせます。年は12といったところでしょうか、彼女の傍らの椅子には、赤い甲冑を着た、ウサギによく似た(モードルというのですね)可愛らしい縫いぐるみがちょこんと腰かけていました。


「おぉ、分かってくれるかい愛しきシェイア。私の愛は火よりも熱く海よりも深いということを!」

「だとしても限度があるだろう。お前はもう少し当主としての自覚を持ちなさい。」

「ご心配には及びません、父上。妻と娘より天使の祝福を賜ったこのロミオ、家に恥をかかせる真似は決して致さないと誓いましょう。」

「まぁ、なんと頼もしく勇ましいの! ロミオ!」

「ジュリエット!」

「悪魔の寵愛を受けたんじゃなかったの・・・」


 それは紛れもなく、平穏な幸せを築く一家の、なんてことのない日常の風景でした。


 この、愛と虚構に彩られた日常の舞台裏が暴かれるのは、もう少し先のお話。

ほのぼの日常モノも悪くないかなって(嘘)

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