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異世界の哲学  作者: 玄徳
運命の哲学
6/12

酒と共に生きる者達

読んでいただきありがとうございます。これからも「異世界の哲学」をよろしくお願いいたします。

 いくら睡眠が必要ない体といっても、騒げば疲れるのが世の定め。辺りには燃え尽きたような静寂が寝そべっていました。起きているのは少年、業欄(ごうらん)(とおる)と、今も村の周りを巡回しているであろうヴィスムだけでした。


 まだ興奮が冷めない少年は、夜風に髪を撫でられながら、大木の枝に腰掛け、空を眺めていました。昼にマタネから教わった木登りを実践してみたかったのと、単純に高い所へ登ってみたかった。ただそれだけのことでした。


 空には大小、明暗様々な星が散りばめられていました。一見乱雑にばらまかれたように見えますが、少年は全く違った印象を受けました。在るべくしてそこに在るかの如く、星一つ一つがその存在を主張し、それでいて調和のとれている様子は一個の芸術作品のようでした。


 澄んだ空気の中、物思いに更ける少年の頭もまた冴え渡っていました。


 ポクポクポク・・・


(この世界もまた宇宙と星の上に成り立っているのか。前の世界と本当に別の世界なのかな。もしかしたら地続きの世界に僕はいて、神様という超越者が僕を瞬間移動させたんじゃ? やっぱり目的が分からない。僕に何が求められているのかが分からない。何も求められていない、最初から全員に定められていた運命かもしれない。自動的に条件を満たした者をここへ連れてくる装置があるのかな。神様ならそれも創れるかもしれない。いや、そんなものを創る理由が分からないし、それならいっそ、今の僕は前の世界の僕とは違う、作られた存在かもしれない。前の世界の記憶を植えつけられただけの別人。神様ならそれくらい作れる・・・いや、この際神様が全知全能というのもおかしい。もしそうなら、人に出来ることなんて神様にも出来るはずだ。神様でも知らない何かを人間に求めているのか? でもそのためには神様が知らないことを知ることができる人間を創る必要があるわけで、でもそのためにはその人間が神様でも知らないことを知るように設計しなきゃいけなく、そうすると神様でも知らないことを神様が知っていなくては・・・あれ?)


 どうやら思考回路にもつれが生じてきているようです。いつの間にか少年は考える人の姿勢になっていました。


(神様が全知全能だと仮定すると、神様でも知らないことを知ることができる人間を創ることができるけど、神様の知らないことを知ることができる人間が知っていることを知ることも、全知全能の神様ならできる。そうすると、結局神様でも知らないことはなくなってしまうわけで・・・)


 ポクポクポク・・・


 このままでは少年は答えを見いだすことなく朝日を拝むことになります。はて、この出口のない迷宮に終止符を打つ者は現れるのでしょうか。


 現れました。


「・・・おい、おいトール!」

「・・・はい?」


 眉間の皺が谷を形成していた少年を揺さぶり、孤独の世界から引き戻したのは、頬に十字傷を持つ男、ジャーナでした。少年の正気を確かめるように顔を覗きこむジャーナでしたが、少年の記憶によれば彼はエルフの方々に縛られて森の外へ放り出されたはずです。神理(トゥルース)を使って抜け出したかエルフの方々の一欠片の情が縛る縄を緩めたかだろうと当たりをつけますが、少年としては後者であってほしいところです。


「大丈夫か? 意識が朦朧としてないか? 最後に会ったやつの顔覚えてるか?」

「あ、いえ、ちょっと考え事してただけですので問題ありません。僕は正常です。」

「そ、そうか?」

「はい。それより、ジャーナさんこそどうやってここまで? その・・・今朝は・・・」

「ああ。あいつらひでぇよな! 情け容赦なんざ土に埋めたんじゃねぇかってくらいがんじがらめに縛りやがって・・・俺が縄抜けの術を習得してなかったらどうなってたか。」


 拍子抜けな答えに少年はかくんと肩を落としました。どうやらこの男が村でお尋ね者なのは変わらないようです。ジャーナは口で言うほどエルフの方々を悪く思っていないようで、実にあっけらかんとした様子でした。


「でもよかったぜ。お前いくら呼んでも枝に擬態してるみたいにぴくりとも動かなかったし、誰かに嵌められたのかと・・・。本当に正常なんだよな?」

「・・・」


 少年はまたも氷のように固まってしまいました。立て続けに固まられてしまっては、ジャーナも今度こそ危機感を覚えざるをえないでしょう。


「なあ、やっぱ・・・」

「ジャーナさん、自分が正常でないかどうかってどうやったら分かるんでしょう?」

「へ? ・・・そりゃやっぱ・・・周りと比べて、だろ? 後は今までの自分と比べて、とか。」


 それは冗談でもなんでもない、真剣そのものの顔でした。予想外の質問に動揺を隠せないジャーナでしたが、それでもなんとか答えを絞り出せたところを見ると、普段何も考えず生きているわけではないようです。


「では、周りが皆異常だったらどうでしょう? 今までの自分が異常であると考えたら、今の自分が正常だと、胸を張っていられますか?」

「・・・なんか小難しい話だな。その話って「正常」の定義とかでまた話がややこしくなるだろ? 俺はそういうの頭が痛くなるからパスで。」


 早くも匙を投げたジャーナでしたが、少年も無理に話を続けるつもりもありません。こんなことをしている自分が異常だと知っていたからです。


 集団に溶け込めず、集団のやり方に異を唱え、集団から外される。思い起こされるのは、少年の前の世界での記憶。一人で考え込むことに慣れてしまった少年には、今更自分を「正常」に直す術など持ち合わせようがありませんでした。


「・・・すいません、変な話しちゃって。それで、なんのご用でしょう? このままではヴィス・・・門番の人に見つかりますよ?」

「ヴィスムだろ? 知ってるよ。幼馴染だからな。まあ用ってほどでもねえさ。ただ、そっちで何か問題が起こってないかって思ってよ。それに、こっちで手に入った情報も知らせたくてな。」


 ジャーナの話によると、ドワーフの方で普段と変わった精霊がいたという目撃証言がいくつか上がっているそうです。今も森の東側にいる可能性が高い、と推測していて、闇雲に探していても埒があかないと言います。それよりも重要なのは精霊を狙う悪党が森に入り込んでいることだと。なんと、ジャーナは既に森に入る時、精霊を狙うならず者達と戦闘になり、リーダー格の男を取り逃がしたそうなのです。つまりこの場合、その男よりも先に精霊を見つけ出し、封印する必要があるのです。


「封印ってどうするんですか?」

「ま、まぁそういう道具があるんだわな。文明の力ってやつだ。」


 このジャーナ、視線を微かに揺らめかせはぐらかしますが、少年に不信感を抱かれるのは免れなかったようです。精霊は実態を持たないんじゃないのか、と言及したい少年でしたが、余計な詮索はするべきでないと、判断しての無言でした。


 しかし、無言は時にどんな言葉よりも鮮明に思いを伝えるものです。ジャーナは息が詰まるような苦しさに耐えかねたようでした。


「そ、そうだ! 今からドワーフの村に来ねぇか?」

「ドワーフの?」

「ああ、どうせ今頃はオッスが帰ってきた祝いで呑んだくれてるだろうし、混ざろうぜ」


 にかっと笑うジャーナは、今にも渋ろうと口を開きかけた少年の腰に手を回すと、米俵のように担ぎ込んですたこらさっさとエルフの村を後にしたのです。枝と枝の間を風のように飛び移り、ひゅーひゃらひゅーひゃら駆け抜けます。


「あの、僕お酒飲めませんけど?」

「大丈夫だって! あいつらがどういうやつらなのか知るだけでいいからさ!」

「なんでそんなこと・・・」

「お前もどうせ村のやつらから、ドワーフについて聞かされただろ? 本当のことを知ってほしくてな。」


 微かな自虐に彩られた笑みを浮かべ、ジャーナは森を駆けます。随分前に出ていったとはいえ、それは一族の恥を背負う者の顔でした。


「エルフもドワーフも・・・変わらねぇのによ・・・」


 ジャーナがこんな感傷的になることを予想していなかった少年は、しばらく呆気にとられていましたが、やがて緩んだ紐をきつく結び直すような心持ちでドワーフの村へと臨みました。








 ドワーフの村から赤く揺らめく松明の灯火がはっきりと見える頃には、少年は耳を塞ぎたくなっていました。ジャーナの肩元を離れていた少年が見たのは、わいわいと騒ぐエルフの宴とは乱れ具合が一回りも二回りも異なる、無礼講の極みでした。


 ぶわははは、どんどんどこどん、がしゃんがしゃん。


 前の世界なら騒音被害になること間違いなしのどんちゃん騒ぎが、夜の静けさなどどこ吹く風とばかりに繰り広げられていました。エルフの村とドワーフの村が遠く離れていたのは、互いの不仲だけが原因ではないみたいですね。


 やぁ、酒を寄越せ、そら、銅鐸を鳴らせ。


 特徴的なのは、銅や鉄といった金属製の道具が多く見受けられていたことでしょう。エルフの村では武具の刃程度にしか使われていなかったのです。もう何時間か続けられていたであろう酒泳(しゅえい)にも関わらず全く顔を朱に染めていないあたり、ドワーフは酒豪揃いなのでしょう。その内の一人がジャーナと少年に気がついたようでした。


「お、ジャーナじゃねぇか! おい、オッス! ジャーナが来たぞぉ!」

「何!? ジャーナてめぇ生きてやがったか!」


 オッスと呼ばれたそのドワーフ、厳つい無精髭をわさわさと揺らし、祭り囃子の奥よりどっしどっしと歩を進めて来ました。その足取りがふらついているのは、酒のせいではなく、寝転がるドワーフや酒や料理の器が散乱して足の踏み場が危ういからでした。


 酒樽と比べても遜色ないほどのっしりとした体格のオッスは、図太い眉を八の字に曲げ、それだけで少年を射殺せそうな睨みをきかせました。


「おい、なんだジャーナこのひょろいのは。てめぇそっちの気か? もう食ったのか?」

「ふざけんな神の連れ子だ。俺は巨乳のねーちゃん好きだと何度言ったら分かる」

「だはははは!! そうだったそうだった! おうひょろいの。てめぇなんて名だ?」

「・・・トール・ゴーランです。」


 耳鳴りを伴う声に少年は不快さを極力表に出さないようにしながら素っ気なく答えました。恋や愛を神聖視しがちなこの少年、下ネタに対する忌諱は人一倍でございます。


「トールだと!? いい名前じゃねぇか! にしても神の連れ子たぁね。よく来やがったな! ちっとばかしうるせぇが、賑やかな方がいいだろ! てめぇも一杯やりやがれ!」

「オッス、こいつはまだガキなんだ。ほどほどにな。」

「ったりめぇよ! だが、まずは一杯だ。見ず知らずの野郎とは一杯呑んでから互いを知る。うちのしきたりだからな。」


 豪快に笑うドワーフに、少年は文化の差を思い知りました。ドワーフという種族において、酒がもつ役割の大きさを垣間見たのでございます。


 どこからともなく運ばれた金属製のジョッキに酒がなみなみと注がれる様子を見て、少年は急性アルコール中毒という症状がこの世界でも起こり得るだろうか、と自分の行く先を案じていました。


「景気よくぐいっといきやがれ! 語ることはたんまりあるからな!」












 少年が吐き気をこらえながら酒をあおって10分くらいのことでした。少年が、そもそもドワーフとはどういう種族で、どんな因果からエルフと対立することになったのか、と訪ねたところから始まりました。


「そもそもドワーフってのは山に住む種族でよ。鉄鉱石やらなんやらの加工・製鉄が得意だったわけだ。酒造りは主に山の麓でやっててよ、俺らの先祖もそのクチだったんだが、北の山からこの森に移って来たんだわ。」

「なんでも、そん時山で流行り病があったらしくてな。そん時は薬なんかなくてよ、よく食って酒呑んで1発ヤッて寝りゃ治るって思ってたんだが、このままじゃ皆死んじまうってところまで追い詰められたらしくてよ。そんで、森の王がどんな病も治せるって言い伝えがあったから、こぞって森に移ったっつー訳だ。」

「森の王?」

「あぁ、当時は主様(ぬしさま)って呼ばれてたんだが、今は森の王ラムダって名前が正式につけられてる。世界で23体確認されている高等精霊の一体だ。」


 疑問符を浮かべる少年に返したのはジャーナでした。


「国というものが生まれ交流ができ、高等精霊っていう存在が定義されたとき、国同士でそれぞれに名前をつけることにしたんだ。なるべく早く発見された順からな。」


 空の王アルファ、海の王ベータ、大地の王ガンマと続き、山の王、砂漠の王、谷の王、沼の王、洞窟の王、島の王、遺跡の王・・・


 その内の1体が森の王ラムダ、その名前がつけられる前は主様と呼ばれていたそうです。


「そんで、その森の王に病を治してもらった先祖達は、その時森の王となんかの契約を交わして森に移住することになったわけで・・・」

「契約って? その精霊と契約したんですか?」

「いや、そういう契約じゃなくて、約束みてえなもんだ。どんな契約だったかは伝わってねぇんだが・・・」

「まぁそんなこんなで森に住み始めた先祖達は・・・」









「大体なんでも気に入らねぇんだけどよ、特に気に入らねぇのはあの根暗共と俺らが敵対しているって思われてることだよな! 俺らはな、あんな枯れ木陰ポ共なんざはなから相手にしちゃいねぇんだよ!! 分かったかひょろいの!」

「は、はぁ・・・」


 ドワーフがどんな種族なのかという話を聞いていたはずがいつの間にかエルフへの愚痴の言い合いになっていたことに少年は辟易していました。騒がしいことが作法なのかと思えるような話し方に、二言三言に一度は飛び交う下ネタ。


(合わないな・・・)


 という感想を少年が抱くのも無理はないでしょう。


「大体あんなアモナイヤ共滅ぼそうと思えばいつだって滅ぼせるっつーの! あいつらの武器だって俺らが作り方と材料を教えてやったんだぜ? 遠いご先祖様の時代にな!」

「そうだそうだ! ドワーフの歴史の中で一番の失敗はエルフと交流をもったことだよな! だから俺達は金輪際あいつらとは関わらねぇんだ。ジャーナみてぇな話の分かる野郎は別だけどな。」


 エルフであるジャーナの目の前でそんな会話が堂々と行われていることに少年はこめかみにひりつくものを感じましたが、当の本人があまり気にしていないようなので強く咎める真似もできません。


 ちなみにアモナイヤとは、森に生息する樹木の一種です。木の枝に咲いた白い花から真白くひょろ長いおしべを垂らすこと、また、寿命が約600年とエルフの寿命に近いことから、エルフの別称、それも「アモナイヤのおしべのような貧弱な体(特に陰茎)」という蔑称として使われています。エルフには勿論肌の白い者に対してもこれを言えば、殴られてもおかしくないほどの侮辱表現なんです。このことを少年が知れば、どうしてジャーナが眉ひとつ動かさずドワーフ達と酒を酌み交わしているのかますます疑問に思ったでしょうね。


「全くだぜ! 自分達は俺らの武器を使ってるくせに俺達があいつらの薬を真似したらいちゃもんつけてくるんだぜ? 信じられねぇよな!」


 同意を求めるドワーフに、少年は愛想笑いを返すばかりでした。その後、ドワーフ達の愚痴こぼしは3時間に渡り延々と垂れ流され続けられましたとさ。

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