強さを示す
三話目です。読んでいただきありがとうございます!
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ハミットの森の奥深く、エルフ族の村のすぐ近くで、二人のエルフ族が少年、|業欄透の一挙一動を見守っていました。少年と向かい合うは森の番犬、グーリアス。幼くもその眼には先祖より受け継がれし鋭い光が宿っています。対する少年は顔に汗をにじませながらも、その呼吸は穏やかなものでした。すぐに動けるように足を広げ、腰を落とし、神経を研ぎ澄ませます。
「どうしてこんなことに・・・」
そういって不安げに少年を見守るのは、最初に少年が出会った女性、マタネ・グッバイです。彼女はいまだに納得していませんでした。なぜ、少年がこのような試練を受けなければならないのか。村に入る者に試練を課す習慣などエルフ族の村にはありません。どうして素直に村に入れないのでしょう。彼女はちらりと、この状況を作った張本人を軽く睨みました。燃えるように赤い髪を持つ、えらくがたいのいい男でした。彼こそは、少年に試練を課したエルフ族の村の門番の男でした。
「面倒事を起こしたくなければ、お前のその拾い癖を何とかするんだな。一人でなんとかすると言っておいて、結局周りが手伝う羽目になる。」
「だからってこれはないんじゃない? なんの意味があるのよ。」
「お前にはただ守られるだけの男の気持ちが分からんのだ。少しは男の矛理を学べ。」
門番の男は低くそういい放つと、重い口を閉じて少年を見守ることに専念しました。マタネ・グッバイはやはり合点がいかない様子でした。
(俺に懇願してきたときのやつの目・・・あんな押し殺した目を向けられては見過ごすわけにいかないだろう)
門番の男は先程の動揺を思いだし、僅かに眉をひそめました。
◇◇◇
人の強さとは何処にあるのか。この答えを僕は何度考え、うやむやにしてきただろうか。
今僕の目の前には逃れられない選択の審判がその眼を開いている。この状況を受け入れたのは僕自身なのだから、逃げるつもりもさらさらない。
あのエルフの男性・・・僕の気持ちに気付いていたのかな。出来るだけ不服の意を表面に出さないように振る舞ったつもりなんだけど、見透かされたのかもしれない。あるいは、僕の目が口ほどにものを言ったのか。
「では・・・行きます。」
自分の神経を切り替えるように、僕は試練の始まりを二人に宣言した。
僕は最初から相手を傷つけるつもりなどなかった。この狼 (グーリアスというらしい)は「森の番犬」と言われていると、エルフの男性が言っていた。恐らく、僕の体から発せられる余所者の匂いを感じ取ったんだろう。対峙してみれば分かるが、このグーリアスは僕を試そうとしている。それだけの知性があると、今なら分かる。さっきだって、僕がマタネさんを説得するまで待ってくれた。鋭い光が灯ったその目は、お前の力を見せてみろと、言っているような気がした。
とにかく、体格で勝っているのだから、牙と爪に注意して抱き込めば問題あるまい・・・と思って動こうとしたのだが、先に動いたのは先方のグーリアスだった。
「グオオオオオオオオオオオオオオ!!」
滑るように距離を詰める姿に気圧されそうになるが、抱き込めば勝ちだと自分に言い聞かせ、姿勢を低くして手を伸ばす。最悪手を噛まれても千切れなければ治してもらえるだろうと、楽観視しての行動だったが、グーリアスのとった行動は予想の斜め上をいくものだった。
「グルアア!」
「!?」
僕の手を払ったのはグーリアスの尻尾に当たる部分・・・のはずだが、あれほど素早く伸縮し、力強く手を払う筋肉質な尻尾など見たことがない。見た目に騙されて頭の中の狼と目の前のグーリアスを同一視した僕の手落ちだった。
思えば、モードルを見かけたときも同じような失態を犯していた。全く、学習しない自分に腹が立つ。
グーリアスの牙が僕に迫るが、命の危機に瀕した時の人間の反射神経は我ながら目を見張るものがあり、咄嗟に体をねじり回避する。耳のすぐ横で、ガチンと牙と牙がかち合う音がした。
(まずい。早く体勢を整えないと・・・!)
震えそうになる足腰を叱咤し、距離をとろうとする。この調子で攻撃を避けつつ、グーリアスの動きを観察して対策を練ろうかと考えたが、どうやらそれは悠長すぎたようだ。こちらを振り返るグーリアスの尻尾が再び伸びた。
(来る・・・!)
さっき見た感じ、尻尾の全長は1m50cmといったところか。間合いから外れるには遅すぎる。だが、先ほどのような大振りの一撃なら二回目ならば避けられる・・・はず。
そう思ったのも束の間、グーリアスの尻尾は自由自在と言っていい器用さで僕の足に巻き付いた。僕はたちまち体勢を崩し、苦悶の声を洩らして尻餅をついた。グーリアスと同じ目線になる。体格の有利はどこへいったのか。
目の前に牙剥く獣が迫ることの、なんと恐怖心を掻き立てるものだろう。僕はわき出る感情の代わりに理性が抜けていくのを感じ、無意識に歯を食い縛った。
だが、ふとグーリアスと目があった。冷たく、だが、確かな熱を持った視線だった。その目は僕の中の何かを確実に射ぬいたのだ。頭に理性が戻ってくる。
そうだ。これは試練なんだ。これが仕組まれたものなのかは分からない。ただ、このグーリアスは確かに僕を試していて、僕はそれに応えなければならない。
僕は自分の真価を今この瞬間に示さなければならないと確信した。
強さとは何か、僕は自分に問いかけた。
本当に強い人間とは・・・
・・・・・・・
・・・・・
・・・
「グガルルルルルルルルルル・・・」
「トール君!」
「よせ!」
唸り声を上げるグーリアスの後ろで、僕を助けようとするマタネさんとそれを止めるエルフの男性の声が聞こえる。確かヴィスムと呼ばれてたっけ。ありがとうございます。ここで助けられる訳にはいきませんからね。マタネさん、どうかもうしばらく、僕を見守って下さい。
「グオウ!」
「うっ!・・・」
飛びかかるグーリアスを転げ回りながら回避した僕は、樹の幹に体を打ち付けた。体が土でまみれるが、これでいい。
グーリアスの尻尾はいつの間にか僕の足を離れていた。先程僕の足を絡めとったのは目線を同じにするためだったか。確かに、自分を認めてもらおうというのに見下ろしていては失礼だったな。それに、目線を同じにしないと見えないものもあった。本当に賢い番犬だこと。
周りに何がある? よく見てみろ。草がある。土がある。木があり、枝が落ちていて、葉っぱが散らばっている。そして、若干地面がぬかるんでいる所があった。ならば・・・
グーリアスが再び距離を詰める。僕は転げ回った時の体勢で手を地面についていたが、触れていた土を握ると、一斉にグーリアスに向かってばらまいた。。初歩的な目潰しだ。大した隙など出来ない。だが、その大したことのない隙が、僕の命運を繋いだ。グーリアスが放った力強い尻尾の突きが、僅かに軌道をそらし、風切り音と共に僕の横の空間をえぐる。
応用力のある尻尾の一撃をかわしたと安心したのも束の間、グーリアスの爪が襲い掛かる。僕は左腕でガードしたが、鋭い爪は僕のぼろ布を容易く引き裂き、その下の皮膚から鮮血が散った。土が口に入ることを嫌ったのか噛まれることはなかったのが不幸中の幸いだ。切れ味がよすぎて激痛に悶えることはなかったが、飛び散る自分の血を見て文字通り血の気が引いたのは言うまでもない。
このまま出血多量で死ぬんじゃないだろうか。
最悪の状況が真っ先に頭に浮かぶ。あり得るわけないのに、血が僕の理性を再び奪おうとしている。僕は戦闘というものが、己の激情との戦いであることをこの時学んだ。
(落ち着け。僕が今やるべきことは、自分の傷に屈することじゃない。)
血の出た左腕を右手で握り圧迫しながら、僕はある一か所を目指して走り出した。
「グルオオオ!」
グーリアスが後ろから迫る。分かっていたことだ。逃げ切れるはずもない。瞬く間に追い付かれてしまった。グーリアスの強靭な尻尾が横から僕の足を捕らえ、僕はまた地面に倒れる。だが、今度は地面の感触が違った。
(間に合ったか・・・)
泥だらけになりながらも、僕はひんやりと体を包む自然の感覚に笑みをこぼした。そう、僕が今倒れているのは地面がぬかるんでいる場所だ。こんな状況になっても笑っていられる僕を、グーリアスは不思議そうに見る。
足に尻尾が巻き付いているということは、グーリアスもまた僕の足に尻尾を巻き付かれているということだ。僕は力の限りを尽くし、グーリアスの尻尾に巻き付かれている足を引いた。本体は小柄なグーリアスの体が、それに引っ張られてこちらへ飛ぶ。まさかグーリアスも、僕が自分から距離を詰めようとするとは思わなかっただろう。
「ガウ!!」
「うっ!ぐううぅぅ・・・!」
だが、グーリアスが呆気にとられたのはほんの一瞬で、すぐにその牙を僕の肩に突き立てた。焼けるような痛みが身体中を駆けめぐる。だが、折れるわけにはいかない。ここで助けを求めれば、僕は永遠に弱者だろう。
僕はここで、自分の強さを示さなければならないのだ。
◇◇◇
少年はここで、自分の強さを示さなければなりませんでした。
少年は、左腕を握る右手を放した後、両腕でグーリアスを抱き締めたのです。そのときの少年の意図を、一体誰が理解できたというのでしょう。泥だらけの少年が、泥だらけの腕でグーリアスを抱き締め、泥の中を転がります。少年が傷だらけで、グーリアスに噛みつかれてさえなければ、それは泥遊びをするペットと飼い主のようにも見えたかもしれません。
グーリアスは不思議でした。戦えば相手のことは大体分かるといいますが、グーリアスは時間が経つほどに目の前の存在が分からなくなってきました。確か自分は余所者がこの森に住むにふさわしいか試すために決闘を挑んだはず。
それなのに、今はどうでしょう。少年からは、慣れない環境への敵対心や警戒心が一切感じられません。そればかりか、森と一体化するように森の土を、泥を、その身に被り、敵対しているはずの自分を抱き締めています。もしこの場で他のグーリアスがここを通った時に、果たして少年を余所者と認識するでしょうか。
グーリアスはこのまま噛みつくのを忘れて少年とじゃれていようかとも思っていましたが、これは試練。先祖より受け継がれた「森の番犬」としての使命を全うしなければいけません。それに少年の体力も限界を迎えようとしています。
一撃でも、たった一撃、どんなに弱い一撃でも、少年がグーリアスに対し闘志を示したなら、それを強さと認めよう。グーリアスはそう重いながら、牙を抜き、自分を抱き締める少年を細心の注意を払いながら尻尾で突き放しました。泥が少年を受け止めます。
少年は膝をつきながらも、何とか腕を立てて頭を持ち上げました。目線は再びグーリアスと並び、目と目が合います。グーリアスは目で訴えました。早く攻撃してこいと。さっきだって、抱き締める余裕があったのなら、首をしめるなり顔を殴るなりいくらでも攻撃の手段はあっただろう、なぜ攻撃してこない。お前の強さを早く見せろ、と。
しかし、少年に敵意が宿ることはありませんでした。グーリアスの意思が少年に伝わってもなお、少年はグーリアスを倒すどころか、傷つける算段すらたてようとはしませんでした。それは、決して試練を放棄したのではありません。グーリアスの困惑を知ってか知らずか、少年は口を開きます。
「僕は・・・あなたを傷つけません。」
グーリアスに言葉が通じると冷静に判断しての行動ではありません。でも、少年は語らずにはいられませんでした。一人と一匹の間には、理屈を越えた何かが架けられているとでもいうように、その声色はグーリアスの耳によく通りました。むしろ、その意味を理解しかねたのは見守っていたエルフ族の二人の方でしょう。
「強いということは・・・正しいと、いうことです。僕は・・・この森も、エルフ族も・・・あなたも、恨んでいません。ただ、認めて・・・ほしい。それだけです。・・・傷つける理由など、ありません。それは、間違っている。」
その言葉に、どれほどの意味があったというのでしょう。それは少年自身にも分からないことです。ただ、自分の中にある善を司る何かが、少年に傷をつけさせることを拒んだ。それだけのことなのでございます。
「あなたが・・・僕に、強さを見せろと・・・いうのでしたら・・・これが、僕の強さです。」
どんなに自分が傷つけられても、力でやり返すことを良しとしない。それがどんなに難しいことでしょうか。しかし、それを他人が素直に理解するには、もう少しの時間が必要でしょう。
「・・・傷つけないことが強さだと? そんなもので森を生き抜くつもりか。」
少年の真意を問いただそうとしたのは、試練を課した門番の男でした。試練を邪魔することよりも、このときの少年の真意を知らないまま試練を終わらせることの方が、自分を後悔させるだろうと、門番の男は確信したのです。口には出さずとも、隣にいるマタネ・グッバイも同じ心境でした。
「・・・僕は、ここに来る前にモードルの群れに会いました。」
それに返された少年の言葉は門番の男の想像からはかけ離れたものでした。ようやく呼吸が整ってきたのでしょうか。声はますます鮮明になっていきます。
「彼らは強敵と対峙した時に、倒すのではなく逃げることに念頭を置きました。一匹が敵を引き付け、その間に他が逃げる。僕は彼らが間違っているとは思いません。肉体的な力だけが強さの証明になるとは、僕は思いません。」
「・・・」
「僕は考えます。逃げます。話し合います。血を流さず、許し許されることで問題が解決されるように全力を尽くします。それが正しい道であり、それが、僕の強さです。」
少年の声は決して大きくはありませんでした。演説のように語気を強めてもいなければ身振り手振りで大きく表現してもいません。それでも、少年の想いは、一人の人間が悩みの末に導き出した答えは、何に阻まれることもなく森へと溶け込みました。
辺りに静寂が訪れました。
グーリアスは少年を見定めるように眺め目を細めましたが、しばらくすると森の奥より、草木を踏みしめる音が聞こえてきました。重く、ゆったりとしたその足音の主は、少年と対峙していたグーリアスとは一回りも二回りも体格の異なる大人のグーリアスでした。神秘的とすら思える銀色の毛をなびかせる大人のグーリアスは、傷だらけの少年やエルフ族の二人を一瞥したのち、こちらへ駆け寄る我が子へ視線を移しました。泥遊びでもしたのかと、その目には呆れが混じっていました。
「グルルル・・・グルオ?」
「クウウウウウ・・・オン!」
グーリアス同士の短いやり取りを交わしたように思えましたが、不意に大人のグーリアスが再び少年を見つめました。自分を見通しているようなその視線に、少年はドキリと胸をざわつかせました。
「・・・」
やがて、グーリアスは用は済んだといわんばかりに少年達に背を向けると、親子そろって深い森の奥へと姿を消していきました。
さて、これにて一件落着といきたいところでございますが、まだ解決していないことがあります。結局少年は試練を通ったのか、ということです。門番の男はなんとか冷静を保とうと顔をこわばらせながらも、その顔は汗にまみれていました。
(ど、どうしたものか・・・)
隣をちらりと見れば、マタネ・グッバイがこちらもまた何とも言えない微妙な表情でした。門番の男が迷っていることに気付くと、いいんじゃない? といったように口の端をつりあげました。少年も二人の様子に気付くと、どうでしょう? と愛想笑いをこぼしました。なんとも間抜けな光景でございます。
「こ、この場合は・・・」
「この者を村の一員とする!!!」
若干震えた門番の男の声をかき消すように張り上げられた声が、エルフ族の二人の後方から発せられ、辺りに響きました。二人と少年は驚いて声の主へ顔を合わせました。その者は、ひび割れたようなシワだらけの顔を凛とさせ、これでもかと伸びた白髭を手でさすっていました。
「ち、長老!」
「長老様!」
二人の声が重なり、少年は事態が好転していることを察し、安堵のため息をこぼしました。試練による疲労もたまったのでしょう。少年は糸が切れたようにその場に倒れ、呆気なく意識を手放したのでございます。
強さは肉体的な力から来るのではない。それは不屈の意志から生まれる。 by ガンジー




