悲哀に暮れることなかれ
さて、今回も投稿遅れましたこと、お詫び申し上げますm(__)m
鐃街区。
近年急速な発展を遂げているアトリス王国の一角を成す芸術と娯楽の町。世界でも5本の指に入る美しい景観が特徴で、娯楽施設の多くを抱える貴族街と、画家や役者の卵が多く住む平民街を、一本の大通りが二分しています。
そんな鐃街区の平民街のあるところ、鐃街区自警団なる組織の看板を口伝いに見つけ、息を切らせながら駆け込んだ少年、業欄透は、自分が置かれている状況に困惑していました。
「待機中の二等団員以下は全員駆り出せッ! 一等団員三人は宿を回れ! 非番のやつも呼ぶんだよ! クエストの発行を一時中断し、ゲリラクエストとして張り出せ、報酬は300・・・いや、400モナドだ。分かったかッ!!」
「団長! 一等団員のユーシュは安定区自警団との合同調査でいません!」
「何? あぁ、そういえばそうだった。だったらシャチックとメンドインだ! 至急連絡を・・・」
「団長! 同じく一等団員のシャチックは昨日過労で倒れて入院中です!」
「団長! 同じく一等団員のメンドインが面倒事を察知して脱走しました!」
「呼び戻せぇっ!!」
少年がぽかんと口を開け呆けているのも納得がいくでしょう? 少年の目の前で繰り広げられているのは、魑魅魍魎の軍勢から襲撃を受けたのかと錯覚しかねない指令と報告の交戦でした。
・・・いえ、別に少年が類いまれなる才気を解き放ち、口八丁手八丁で自警団の面々をやりこめたわけではございません。少年は飽くまで成績優秀な中学生程度の知恵と度胸しか持ち合わせていないのです。少年はただ、「森から煙が上がっている、もしかしたら火事かもしれない」という旨の報告をしただけでございます。
それなのに、なぜ自警団の人達は・・・いえ、自警団と騎士の人達は慌てているのでしょう?
「一班は関所に問い合わせ、街道を封鎖!」
「二班は出陣準備! 森に入ってからの精霊行使は副班長の裁量に委ねる! いいな!」
「「「ハピネス!!」」」
大分年季の入った古・・・歴史を感じる建物の隅の方で、妙に光沢のある白銀の西洋甲冑に全身を包んだいかにもな騎士達が整列し、班長と思わしき二人の壮年の男性から指示を受けています。その様子は慌てている、というより迅速といった方がいいでしょう。統率力の差が垣間見える光景でした。
「騎士様、このようなたかが火事一つ、騎士様方の手を煩わせることなどありますまい。ここは我ら鐃街区自警団にお任せを・・・」
「そうは言っても、ハミットの森は国の外。どんな脅威が潜んでいるか分かりませんからな。」
「左様、敵国の狼煙やもしれぬ故、ここは我ら精霊騎士団に任せ、貴君らは町の警備に専念するのがよろしいでしょう。」
「いや、ここは自警団が・・・」
「いやいや、ここは騎士団が・・・」
いやいやいや・・・
いやいやいやいや・・・
やいやい、やいやいやい・・・
何が何やら分からないままの少年でしたが、とりあえずなんとかなりそうだ、という至極曖昧な安心感を胸に、森に向かった一行を案じました。
(マタネさん達、大丈夫かな・・・)
◇◇◇
「マ、マタネ・・・」
なんだ、なんだこりゃ・・・何が起こっていやがる・・・
いや、そんなのはこの状況を見れば一発で分かる。俺が分かろうとしてないだけだ。バカか俺は! 現実逃避なんざしてられる場合じゃねぇだろ!!
もう一度、目線を変えないままマタネを視る。白い柔肌に添えられた、ジュリアスと同じ宝剣。どんな間抜けでも分かることだ。マタネは今、人質にとられている。
銀の鎧・・・精霊騎士団のとは明らかに違う造りの、肩から先が露出したやつだ。騎士道の欠片も感じられねぇ蛇みてぇな嫌らしい笑み。ジュリアスの野郎もそうだが、服装と雰囲気がどうにも噛み合わない。
「くっくっくっ、飲み込みが早くて助かるな。汝は我の右腕を吹き飛ばし、宝剣を砕き、同胞を殺した。我は汝らの戦力を知り、上等な戦利品を得た。ここらで手打ちといこうじゃないか。グローリー・・・」
「ざけんじゃねぇッ!! 何が戦利品だぶっ殺してやるッ!!」
怒りに目が眩む俺の腕を、ゴツゴツとした手が掴む。万力のように力強いこの手に、俺は覚えがある。今まで何度もこの手に助けられてきた。
「落ち着け。」
「オッス・・・」
「あのあんちきしょうをぶん殴るのは賛成だけどな、その前にあいつの首が飛ぶ。あの別嬪さん、大事な妹なんだろ。」
「ッ・・・」
オッスの目を見る。ガキの頃から随分変わった。ガキの頃の、キラキラと浮き立った輝きはない。腰を据えた、ギラリとした光が灯っていた。
俺はずっと変われないまま過ちを繰り返し、こいつばかりが貫禄と頼もしさを積み重ねてきた。今だって、俺は神理の効果も切れたのに無謀にも飛び出そうとして、こいつに諭されている。
まただ。またこうなった。結局俺は守れない。
俺の後ろで一本の木が軋み、ついには倒れた。全部、必要な犠牲と思ってやったことだ。かつて愛した森だって、皆を守るためだと思って・・・・・・なのに・・・・・・
「お嬢さんは我々が預かっておこう。聞きたいこともあるのでな。汝も同胞の血は見たくないだろう?」
「・・・そいつは何も知らねぇ。」
「それは聞いてみなければ分からぬことだ。」
くそっ! 我だの汝だの、言い慣れてなさそうな感じが頭に来る。なんなんだこいつらは!
「てめぇら、何が目的だ。」
オッスがドスの入った声を漏らした。俺でも震えそうになるその声に、俺は我に帰ったように冷静になる。
何が目的か、オッスも知っているはずだ。知っているから、なんとしてでも止めなければならなかった。斧についた血は、その表れじゃないのか。
「おや、そういえばまだ言っていなかったな。てっきり分かっているものかと思っていたが。だからこそ前に来た者も汝らが拒んだのだろう?」
「・・・精霊か。」
「あぁ、それもただの精霊ではない。神理を宿した精霊だ。我が主はそれをお望みなのだよ。」
「主・・・」
そうだ、こいつには裏で指示を出しているやつがいる。こいつらをどうにかしたところで裏で精霊に手を出そうとしているやつを倒さなければ根本的な解決には至らない。
ますます自分の無力さが骨に染みる。なんだ、このザマは。なんのための神理だ。
「とにかく、我々はこれで失礼するよ。次の演目はそう遠くない未来に訪れるだろう。」
ジュリアスが背を向け、それに続いて周りの男達も立ち去ろうとする。いつの間にかジュリアスの部下はジュリアスの周りに集まっていた。
行ってしまう。このままじゃ、マタネが・・・!
マタネは目に涙を貯めながら俺を見る。目ですがり付いている。助けてくれ、と。お前を森に残していった、裏切り者の俺をなお兄と呼ぶ。それがどれほど嬉しくて、その想いに応えられない自分がどれほど恨めしいか。
『英雄時間』。発動と同時に体を癒し、その後は素早さと攻撃力と防御力を兼ね備えた、傷ひとつ付かない無敵の存在になれる。ただし、一度使えば半日は使えなくなり、しかも効果は5分だけ。最初は数十秒だったのに比べれば、大分延びた方だろう。だが、まだ、まだ足りない。これじゃ大切なものを守れない。
頼む! もう少しだけ力をくれッ・・・!!
何度祈っても光は現れない。神の奇跡すら現実の前には無力なのだと、絶望が告げている。
立ち去ってしまう。やつらが、行ってしまう。マタネを拐って。
ジュリアスは笑う。
タイタスも笑う。
周りの男達はただただ無表情に。ジュリアスと、タイタス以外、一言も喋らない。統率がとれている、とも少し違う。
指先が白くなるほど拳を握りしめ、奥歯を噛み砕く寸前の事だった。
・・・それは突然に姿を表した。
「何をしてるの?」
そこにいたのは、一体の精霊。幼い頃、何度も精霊を見てきたが、そいつは他とは一線を画する存在だと、瞬時に察した。青のような、緑のような、淡い半透明の体を宙に浮かせ、幼子のようにキョトンと首を傾げている。そこからは、何もかもがスローモーションだった。
ジュリアスとタイタスが振り向き、その目を驚愕に歪めた。
オッスの目が冷たく光り、バトルアックスに手をかけた。
ジュリアスが言葉にならない何かを叫んだ。
タイタスがマタネを手放し、滑るように精霊へと駆け走った。
マタネが何が起こったのかわからないまま尻餅をついた。
タイタスがその精霊に向かって、何かを言い放った。
「『上等なる黒に染まる』!!」
タイタスの手から黒いモヤが染みだし、雲のように塊を形作って精霊へと飛んでいった。だが、それが精霊に何かを及ぼすことはなかった。俺には、それら全てがストロボのように映し出され、指一本、眉ひとつ、動かすこと叶わなかった。
「『無知の知』」
その精霊が、女性のように丸みを帯びたその精霊が漏らしたその一言がきっかけだったのだろう。無色透明の光が体を中心に円のように広がり、それに触れた黒いモヤをかき消した。如何なる不浄をも寄せ付けない、凛と響いたその声が耳に残る。
「なっ・・・! ばッッ・・・!!」
タイタスが口を開き、懸命に何かを言おうとするが、喉で塞き止められたように言葉が出てこない。後ろのジュリアスもまた然りだ。
表情をぴくりとも動かさなかったのは、終始一言も喋らない部下の男達と、驚く余裕すら持ち合わせていなかった俺だけだった。
「・・・あっ」
ようやく絞りだしたかすれ声に、精霊の透き通った瞳が差した。精霊といえば、なにも考えず能天気に生きているものと決まっているはずだが、この精霊からは確かな叡知を感じる。
「あなた、森を荒らした人ね? この森は大事なところなの。止めて頂戴?」
「え。あぁ、それは悪かった。だが・・・」
「だが?」
「これは、そこにいる・・・」
「おいジャーナ!! 何してやがる!!」
オッスの怒号にはっと我に帰る。そうだ、俺は何をやっている。マタネは今タイタスの手を離れている。あいつらが精霊に気をとられている今がチャンスじゃねえか!
「マタネ!」
「っ!」
咄嗟の呼び掛けにマタネが突き動かされたように立ち上がり、土を踏み出す。俺もまた、身体中の力を足に込め、一秒でも早くマタネに手が届くように、走る、走る───
「ジャーナ! くそッ!!」
後ろでオッスのバトルアックスが何かと打ち合う音が聞こえた。頼むぜ、オッス。
「小癪な真似を・・・!!」
「邪魔すんじゃねぇよ・・・!!」
タイタスと、オッスの剣戟を背に、俺はマタネに手を伸ばす。もう少しだ。もう少しで、
「させん!『賽は投げられた』!!」
そんな刹那の駆け引きを、やつの・・・ジュリアス・シーザーの能力は容易く制する。マタネのすぐ背後に、呪縛霊の如く現れる金の鎧の変態。その顔はやはり笑顔だった。
こんなときに、なんと絶望的な・・・と、普通なら思うだろう。だが、俺は知っている。森に帰ったその日の夜に、村のやつらと一緒に薄情にも実の兄をシバいたマタネの力を、俺は知っている。
恐れることはない。俺の妹は強いのだ。
「左からだ! やっちまえ!!」
マタネに向かって叫んだ。さぁ、見せてやれ。今のお前はか弱い乙女なんかじゃねぇ。乙女の皮を被った狼なんだってことをなぁ!!
「───! オッケェ・・・」
マタネの目が狩る者のそれへと変わっていく。なんてことはない。足をブレーキのように土に突き刺し、左に小さく体を捻り、降り下ろされるジュリアスの左腕を掴み、背負い投げた。ただそれだけのことなのだ。右腕を失い、焦りのあまり動きが単調になったジュリアスなど、ものの敵ではないのだ。やつがマタネを多少侮っていたことも勝利の要因の1つだろう。
「んぐぅ!!」
ジュリアスが引き潰されたゲッコロのような呻き声を上げた。一瞬苦しんだ顔も、数瞬後には薄ら笑みに変わる。やはり気持ち悪い。
「よし!」
「縛れ縛れ!」
マタネがポケットからロープを取りだし、即座にジュリアスを縛っていく。中々の手際に感嘆すら覚えるが、マタネが大丈夫そうで一安心・・・という風にもいかないだろう。
「オッス!」
タイタスは、他のやつらはどうなった! オッスの方へと目を向け、そして安堵した。向こうも勝負はつきかけていた。
オッスのバトルアックスがタイタスの剣を弾くのが見えた。周りには肉片となったやつの部下が数人。どうやらタイタスは部下を囮に使ったようだが、そんなものお構いなしにオッスは立ち塞がるもの全て切り棄ててタイタスを追い詰めたらしかった。
これで一件落着、そう思っていたその時だった。