自由の代償
記号が浮かぶ。四つの記号。右手と左手それぞれ異なる色と記号が浮かび上がる。
左手に浮かぶ記号のうち一つだけ明るく輝いているものがある。
それをつかむかのように握った。
ビスケットを割ったかのような音が鳴る。
ランクと表示される。数字は1から9まで表記されているだけでなにも光っても書いてもいない。
ただ、ひとつだけ光っているものがある。
ランク2と書かれたものだ。緑色に発光している。とてもきれいだ。
「これをこうするのか?」
特にイメージもなく、手に取るように手を伸ばすと鍵が出てきた。
形は独特で複製は無理だろうと思わせるような外見をしている。
鍵を手に取り、空にかざした。
「そうか、これが残してくれた力なんだね」
守護神に感謝を述べ、明日の試合のことを考え、早々寝た。
昨日の男が明朝に出迎え、出口のような場所に案内された。その先は、決闘場だった。
8メートルほどの高さの壁と、砂埃が舞う地面。壁の上には興味津々な者たちが見つめている光景だった。
「っく…金持ちの道楽か」
砂埃が演出のように舞う中、姿を現したのは昨日会ったエルフの少女だった。
「君は!?」
「申し訳ないですが、あなたはここで死んでもらいます」
腰に下げた細剣に手を付け、勢いよく貫く。刃に自身の顔が映し出され、剣先を相手に向けた。
「私の自由がかかっています。どうか、安らかに眠れ」
「ちょっ」
合図もなしに開始された。
躊躇もない鋭い一撃がジグの頬を一線の傷を描いた。
かわすのも一苦労なほどのジグ自身の衰えた身体、頭にしごかれた少女の身のこなし。この二つがぶつかれば、負けるのは俺自身だ。
魔法でも扱えれば、一矢報えるかもしれないが、この少女……もしかして。
「やあ、たあ、てぇや!」
必死な攻防が続き、少女の一方的な攻撃がやまない。
絶えず観客たちが立ち上がり、叫んでいる。
「戦いながらでいい、話しを聞いてくれないか?」
「喋る時間はないわ、それに振りでの戦いはダメ。看守が見守っている」
看守と耳をし、周囲を見渡す。
ジグが入ってきた門と少女が出てきた門、あと城壁の上にも数名の服装が明らかに違う男たちがたっている。あれが看守なのか。
「――そういうこと、だから手を抜けない」
それをわかっているうえで、話しを聞いてくれたんだ。
と思うと、看守の動きを封じ、観客の目を奪わなければならない。そうしなければ、無事に脱出は不可能だ。
「なら、俺の案に乗らないか?」
剣先による突撃体勢から一歩後退する。数メートルほど後退した。
というかジャンプ力おかしい。
「秘黄一線、鳥羽払い」
足に力を籠め、一気にダッシュする。ジグに近づき、剣を旋回する。
剣から数羽の白い鳥たちが羽ばたきながらジグを攻撃する。
武器も防具も持たないジグにとっては腕で耐え凌ぐしかない。
「ッ痛」
鳥の容赦ないくちばしで肉がはぎとられる。
鳥たちが去って言った後は、ジグの腕には皮膚がはがれ、血がにじみ出る。
「この技、耐え凌ぎましたか…では、次の攻撃でも耐えれますか?」
ダメだ。少女に何を言っても聞く耳がない。
きっと、前にも似たことがあったのだろう。
だまし討ち。そう思われても仕方がないかもしれない。
無防備な自身の姿を見れば、武器や道具を隠し持っている風には見えない。それに、もし手引きがあっても看守は絶対落ちないし、なによりもここは道楽の楽園だ。金で落ちる連中などいるはずもない。
それに、少女の目はもはや、勝つことしか頭にない。
狂いもない剣はかくじつに心臓、頭部を集中して攻撃している。
「なら仕方がない」
少女の剣を痛いながらも右手でつかみとる。刃が肉を喰い込み、血がにじみ出る。痛い。
「ッ…なにを」
あいた左手で少女の頬を殴る。少女は無防備のまま吹き飛ばされる。持っていた剣を放ち、背中から地面へ倒れた。握っていた刃を少女のそばに放り投げ、自身もまた一歩下がるジグ。
その光景を歓喜する観客たち。
そんな声は聞く耳もないと言わんばかりにジグは大声で怒鳴りつけた。
「背低くしてみておけよ」
危険であることを警告したつもりだった。
だが、事のは道楽たちは怒りをつぶし、看守たちにジグを取り押さえるように命令を下した。
看守が一斉に集まる。距離はそうない。
なら、この時がチャンス。
「新たな契約しせる者よ、呼び名は『Ψ』、ランクは2」
手にカギが出現する。
大きな衝撃波が周囲へ発した。看守たちが勢いよく吹き飛び、立っていた観客たちの何人かが吹き飛ばされそうになる。
それだけ暴風並の威力が会場内を発したのである。
「自由の代償」
ジグがそう口にした。
その者は牢屋であった植物だ。彼が対価に契約を結んだものだ。その力がいま、ジグの中に流れている。
植物の蔦で編んだようなドレス姿に風変りする。
花はないが、つぼみがいくつかある。
つぼみに手をかけ、優しく微笑んだ。
「な、なんなの?」
少女が驚いた表情を浮かべる。
剣をすぐにつかみ、攻撃の姿勢をとる。
爆風が猛烈に吹き荒れる。その中に地面に無事についているのは少女とジグだけ。
吹き飛ばされないように必死でこらえている。攻撃に出たらどこかへ吹き飛ばされるかもしれない。いや、吹き飛ばされて外に出られるかもしれない。
けど、きっと痛いだろうね。
そう考えながら躊躇する。
「自由への開放」
ジグが口にした途端。暴風は止み、代わりに地中から植物の根が飛び出してきた。
地下があったであろう石煉瓦や牢屋の跡が植物の根に連れあがっていく。植物の根が何重にも重なるかのように決闘場を大樹へと作り替えるのは時間の問題だと察した。
「貴様、俺の会場をなんてことをする!?」
植物の根を足に、少女を回収しようと向かっている最中に、お頭が登場した。ぶてぶてしい体系は明るいこの場所でもいっそう嫌気を指す。
「このお金は俺の金だ。貴様なんぞにやるものはない」
お頭についてきた手下のような連中が宝箱や宝石が入った袋などを運んでいた。お頭は鼻息が荒く、腐れ切ったどぶの臭いがするほど。
そんな頭なんて見たくも気にかけたくもなかったが、「おい、さっさとあの少女を回収しろ、奴隷だ、俺様の奴隷なんだよ」と息を荒くそう手下にけしかけた。
ジグは育つ植物の根から少し飛び降り、少女の近くまでより、少女を抱きかかえる。
「なにを?」
少女に問いかけを無視して、「復讐なら今がチャンスだぞ」と少女の耳元に叫んだ。
騒ぐ観客たちの中、ひとグループだけ思考を変えている連中がいる。
頭たちだ。崩れる決闘場から早々にお宝や資金を回収し、なおかつ奴隷は放っておけないから回収しろと言っている。
そんな連中が少女の回収のために近寄っているのだ。
こんな好機、そうそうにないだろう。
「ウィスピースピア」
木の根で作られた槍が手元に現れる。これもこの植物の力なのかもしれない。
ウィスピースピアを勢いよく、お頭のある部分を狙って投げた。
お頭は目をつぶり、両手で顔を防ぎにかかるが、ずぶりと刺さった時、お頭は悲鳴を上げた。その場に倒れ、下半身からみるみる血がにじみ出ていくのに慌てている光景だ。
「これで、君は自由だ。あとは、なにが望みだ?」
少女に問いかけることもなく、少女は勝手に足を進めていた。剣を振るい、手下どもを蹴散らし、お頭の目の前まで上り詰める。
お頭は安堵した様子で「おお、来てくれたのかい? さっそく帰ろう。その前に、あの男を殺せ、俺の大切な部分をつぶした罰だ」と指をさしていう。
が、お頭の頭が吹き飛ぶ。
一歩後退し何度も必殺技を頭部、腹にかけて突き破る。
その光景は今までのうっぷんを晴らすかのような迷いがない攻撃だった。
「よくも私を汚したな。あの日、故郷から連れ出し、家族を殺し、私を逃げられないように変な魔法をかけた。私は自分を捨て、お前に忠誠を誓った。何度も何度も心が壊れそうになった。きっと、みんなが助けてきてくれると信じていたからだ。けど、そう信じ込むさなか、何度も決闘場で騙され、私はお前を憎んだ。助け舟もないのだと悟った時、お前が脱出の案を持ち掛けた。私は再び騙されたのだと思ったよ。けど違う――お前は約束を守った。しかも、こんな大掛かりの魔法で。私はようやく正気に戻れたような気がしたよ」
少女はそう告げ、とどめに頭の下半身を蹴り飛ばした。
何度も何度も原型がとどまることもないほどに。
「植物の根がもうすぐ、城壁を壊してしまう。その前に脱出しよう」
問いかけに少女は頷いた。
見たこともない明るい顔で返事をし、ジグの手につかみ、一緒に空へ上る。
そのとき、一羽の鳥がなんらかの宝石が詰まった袋を持ってきてくれた。
「これって」
鳥に礼を言い、宝石が入った袋をジグに手渡し、「ありがとう」だけ告げた。
心臓が高鳴らいするかのように心臓が激しく揺さぶる。
吐き気とともにその場に崩れ落ちる。
「どうした?」
ジグの問いかけに少女が苦しそうに言った。
「呪い…か」
呪い。まさか、出られない呪いでも掛けられていたのか。術者が死んでもなお、この魔法が永続するのか。しかし、術者があの連中でないとしたら――。
嫌な予感がした。
少女が苦しそうにもがく。
見ていられない光景だ。
ジグは何とかしようと試みるが、植物の根は地上からすでに離れてしまっている。
どうしようかと植物に問いかけた。
「忘れておらぬか、お主の契約はもうじき終わる」
「そこをなんとか! あの子が苦しんでいるんだ。呪いを解く方法を教えてくれ!」
「……なら、あの魔法を授ける。これで最後の魔法だ」
そう言って、手渡されたのは鍵だった。
このカギはこの植物を発動したときの鍵。
鍵を少女の胸に当てるといいと植物が言う。その指示の通りにジグは少女に近づき、鍵の先端を押した。すると、少女の激しい表情からみるみる消えていき、汗だくだった体は普段通りに戻り、あれだけ痛がっていた部分はウソのように消えていった。
「こういう方法もあるんだな」
と思っていたとき、鍵がガラスが割れたかのように砕け散った。
「え…」
鍵が消滅したのだ。
力を少女に与えたからだろうか、それとも契約が完了したからだろうか。
あのときのランクをもう一度浮かべる。
ない。ランク2の表記が暗くなっている。
手に触れようとしても触れれない。
「契約は終了した」
植物から声がしたのはこれが最後だった。
城壁に囲まれていた決闘場はもう姿さえ何があったのかわからなくなるほど原型が失われていた。大きな大樹となり、人の血を吸い誕生したのだと後で世間に大きく伝わったが、そこから脱走者があったという報告はなかった。
「契約が終了したら、この力はもう使えなくなるのか…」
ドレス姿だったはずが、もう元のシャツとパンツ一着に変わっていた。あの植物の根は枯れてしまったのだろうか。近くにそのあとがあったが、もうそれが原型もとどめていないものだったから、確認は取れない。
「ねえ、お前はなんていうの」
少女が突然聞いてきた。
「お前はやめろって。俺の名はジグ・コスト」
「ジグね、わかったわ。私の名前はシルハっていうの。以後、よろしくね」
と互いに握手を交わした。
そのあと、天高くまで上った大樹から降りる羽目になったのはまた別の話。