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短編

足先の波

作者: 功刀攸

 見上げた先には雲一つない青空。……ではなく、灰色に染まった曇り空だ。


「せっかく海まで来たのに、曇りで降水確率60%ってむなしくね?」

「雨が降っていないだけマシなんじゃないか? まあ、太陽が隠れているせいで海面はぼんやりした色をしているから、少し残念だな」

「あー、昨日まで晴天続きだったのによー」


 ざざあん、ざざあん。――浜辺に打ち付ける波は荒く、徐々に勢いを増しているような気がする。あと数時間もすれば満潮で、この浜辺は海水に飲まれてしまうだろう。

 どうせならば浜辺に下りてシーグラスでも拾おうかと考えていたのだが、これでは大半が海水の中だろう。それに、うっかり波に近寄りすぎたら最後。足を取られてびしょ濡れになってしまうかもしれない。海に来たはいいが、思いつきだったため着替えなどなく、俺もトウヤも傘を持っていないため、ここで帰ったほうが安全だろう。


「ま、雨降ってないし浜辺に下りても大丈夫だろ」

「却下」

「なんでっ!?」

「雨が降っている降っていないの問題じゃないだろう。あの波を見て言ってるのか」


 俺が浜辺に打ち付ける力強い波を指さすと、トウヤは少し考えたような表情をしたが、すぐに笑顔を見せた。


「なんとかなるって!」

「そうか。なら、俺は先に帰らせてもらう」

「おう、それは酷いじゃねーか。サキちゃん」

「サキちゃん言うな。俺は海水で服を濡らしたくないし、買ったものを放置して行きたくない。っていうか、浜に下りるの面倒」

「本音が出たな」


 目の前に浜辺があると言っても、俺たちが立っているのは防波堤の上。ここから浜辺に下りるには、50mほど離れた場所にある階段を使うか、防波堤のすぐそこにあるテトラポットをつたう2つのルートがある。

 安全のために階段を使ったほうがいいとは思うが、残念ながら階段は現在修復中のため使用することができない。まあ、階段はそこだけではないのだが、他の階段を使った下りた先にある浜辺は目の前にある浜辺よりは幾分小さい。満潮に向かって海面が上昇してきている今は、他の浜辺はもうほとんど海の中だろう。

 トウヤの思いつきによって海で遊ぶことになった俺たちだが、この状態で遊ぶことは危険だ。他に人がいないわけではないが、その人たちはこの防波堤で普段から釣りを楽しむ人たちばかり。俺たちのように浜辺に下りて遊ぶような人はいないだろう。まあ、俺も下りて遊ぶ気はないんだが……。


「別に海で遊ぶのは今日じゃなくてもいいだろうが」

「だーめーでーすー! 今日じゃなきゃ意味がないのっ!」

「ああ、今日はミツの死んだ日にそっくりだもんな」

「…………」

「あれは事故だ。そう言ったのは、お前だよトウヤ。ミツが溺れて死んだのは、俺のせいでもお前のせいでも、他の奴らのせいでもない。ミツが勝手に海の中に入って、波に飲まれたんだ」


 あの日は今日のようなすっきりしない天気で、波はもう少し荒かったような気がする。俺とトウヤ、友人のミツにクラスメイトの奴ら数人で浜辺に下りて遊んでいると、ミツの姿が見えなくなり、近くにいた釣り人にも手伝ってもらいミツを探した。数分と経たず、ミツが沖で足を攣ったのかもがく姿を見つけたのだが、すぐに沈んでしまい、助ける暇もなくミツは死んだ。

 釣り人で泳ぎの得意な人たちがミツを助けに行こうとしたが、波が荒くミツの二の舞になるかもしれないと駆け付けた消防隊の人に止められ、悔しそうに悲しそうにしていた様子は今も忘れられない。

 ミツの両親は一緒に遊んでいた俺たちを怒ると思っていたのだが、俺たちが誰一人として海の中に入っていないにも関わらずミツだけが海に足を踏み入れて溺れ死んだため、俺たちは気にしなくていいと言っていた。そして、ミツの葬式のあとに遠くに引っ越してしまったため、俺たちはミツの仏壇に手を合わせることもできない。墓も引っ越し先に作ったと聞いており、俺たちは墓参りに行くこともできないのだ。


「ミツが死んで、ミツの両親が引っ越してから、俺たちは毎年ここで線香をあげた。それでいいじゃねえか」

「……ミツが呼んでたんだよ。向こうにいいものがあるって」

「でも、お前は行かなかった。だから、お前はここにいる。だから、ミツはここにいない。そうだろう?」


 トウヤは難しい顔をしているが、今年はこれで大丈夫だろう。

 ミツが死んでから、俺とトウヤ以外で浜辺に遊びに来ていたクラスメイトの奴らは毎年1人ずつ、この海で死んでいった。皆、ミツと同じように溺れて死んでいってしまい、残るは俺とトウヤの2人だけ。

 クラスメイトの奴らと一緒にいた人の話によると、皆一様にミツと同じく「向こうにいいものがある」と言って、海の中に消えていったと言う。

 いいもの。――それがなにかは知らないが、それは俺たちが見てはいけないもので、手にしてはいけないものなのだろう。


「お、晴れてきたぞ」

「本当だ。でも、潮も満ちてきているし帰るか」

「そうだな、帰ろう。次来る時は、ミツの命日だ」

「おう! じゃーなー、ミツ!」

「またね、ミツ」


 ――盆に海に入ってはいけないという約束を破ったお前が、悪いんだよ?

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