5、「もっと色々試してみよう」
さて、魔法の矢は試してみたから、あとはスラッシュと癒しの光かな?
スラッシュは赤の物理だし、たぶん名前の通り武器で”斬る”技だよね。
癒しの光っていうのは名前からして回復系の魔法っぽい。HPって概念がないって話だけど回復魔法ってどういう扱いになるんだろ。ケガとか治るのかな?
武器持ってないし、素手でスラッシュってつかえるのかな? 癒しの光ってケガとかしてないと効果がわからないかな?
んー、と考え込んでいると。
「初期カードの説明は、もうそのくらいでいいんじゃなあい?」
ちょっと退屈していたようで、デイジーちゃんがちいさくあくびをしながら空中を滑るようにしてボクのそばにやってきた。
「あ、ごめんねデイジーちゃん。わざわざ来てもらったのにほったらかしで」
謝ると、デイジーちゃんは小さく首を横に振ってボクの肩にちょこんと腰かけた。
「気にしないで、でもスキルとか魔法って組み合わせが結構重要だからさ、この先はわたしが教えたげるね」
ばとんたーっち、とばかりにグレちゃんがデイジーちゃんとハイタッチするようにして、簡易メニューのウィンドウを譲り渡す。
「あ、うん。わかったー」
「じゃあ、まずは影族にとって重要な契約の話をするよ?」
「契約?」
「うん、契約。これはカードの説明とかには書いていないかなり重要なことだからしっかり覚えておいてね。影族ってゆーのは、元々は魔法使いが自らの影から創り出した魔法生物が種の起源になっていて、基本的には誰かと契約することによって力をふるうものなんだ」
契約ってゆーのをしなきゃ能力使えないとか、それ欠陥種族じゃないですかやだー。
ってゆーかなんか悪魔っぽい。契約とか。
「羊皮紙の契約書に血でサイン……とか」
「アユムは悪趣味だなー。契約の種類は二つあって、仮契約と本契約。どっちも影族が、契約者に口づけすることで結ばれるよ。唇なら本契約。それ以外の場所なら仮契約ね」
「キスするんだ……?」
どうしよう。リアルではファーストキスもまだなのに。LROでのキスはカウントしちゃうのだろうか。
「まあ、契約なしでもカードに書かれたスキルは使えるんだけどね、大幅に効果がダウンするから早めに契約者を決めた方がいいよー?」
「うーん」
ずっとペアを組むことになるわけだから、すぐすぐには決められないよね、そういうの。
「まあ、とりあえずわたしとグレイスでやって見せるから」
「え?」
言うなり、デイジーちゃんがすっと音も立てずに消えて、グレちゃんの背後に現れた。
瞬間移動っぽい? 影渡りか、影移動の能力だろうか。
「んもう」
グレちゃんが、ちょっと頬をふくらませながらもデイジーちゃんに頬を突き出す。
「……ん」
その頬に、デイジーちゃんが軽く口づけをした。
ちっちゃな女の子が仲良くキスしてるってイイネ!
その瞬間、なんか魔法陣っぽいのが二人の間に浮き上がり、ぴかっと一瞬光を放って消えた。
「仮契約は時間制限ありの契約だよ。今くらいのだと十分くらいかな」
「その言い方だと、本契約は時間制限なし?」
「うん。本来の場合はどちらかが死ぬまで有効。プレイヤーの場合はゲームのサービス提供終了までって感じ?」
「死が二人をわかつまでーって、なんか結婚でもするみたい」
「唇にキスする時点で、そういう関係じゃないと厳しいかもね。特に影憑依とかは心の中お互いにだだ漏れになっちゃうし。だから契約っていうと、普通は男女のペアで結婚してることが多いかな」
「……へー」
ボクは男の人よりも、女の子の方が好きなんだけどな。
「時間も限られてるし、順番にいくよ。まずは影移動から」
いままで宙に浮いていたけれど、わかりやすいようにだろうか。デイジーちゃんが床に足を付ける。
「え」
足をつけた、と思ったら、そのままデイジーちゃんが自らの影に潜るようにしてそのまま床に沈んでしまった。
残っているのは、小さな影だけだ。
見ていると、その影がすーっと動いてグレちゃんの真下に移動した。
「……とまあ、こんな感じ。基本は自分の影に潜って移動するスキルだね。姿を隠して移動して、敵の背後に回って後ろからばっさりとか。近接系のスキルと相性がいいよ」
床から体を半分出して、デイジーちゃんが手を振った。
「すごいねー。ぱんつ覗き放題だね」
「……」
「……」
ボクの言葉に、空中のグレちゃんと床のデイジーちゃんが顔を見合わせた。そそ、とグレちゃんがスカートを押さえて後ずさる。
「……でもって、この影移動には、契約者なら一緒に影の中に潜ることができる」
一瞬で、空中に飛び上がったデイジーちゃんが、「きゃあ」と悲鳴を上げるグレちゃんを抱きかかえるようにしてふたたび影の中に潜り込む。
「ほえー」
一瞬の早業だった。影の中、なんて普通の人は入れないだろうから……ふたりっきりでいちゃいちゃしほうだい? わお。イイネ!
「……次は影渡りかな」
というデイジーちゃんの声がいきなりボクの背後から聞こえた。
「あれいつの間に」
デイジーちゃんの潜った影は目の前にあったのに、一瞬で消えていた。さっきの影移動と似てるけど、違う感じなんだろうか。
「ある程度以上の知り合いなら、一瞬でその影に移動できる、そういうスキルだよ。敵の背後には回れないけど、味方に合流するのにはうってつけだね。特に契約者の影なら、世界の裏側にいたって一瞬で移動できる。それ以外ならせいぜい数メートルってところだけど割と使い勝手のいいスキルだよ」
「ああ、ボクの影に移動したんだ?」
「そゆこと。次は影収納かな」
言いながらデイジーちゃんが両手を床についた。
「影収納は自分の影に色々な物をしまえるスキル。契約者なしだと自分の体積と同じくらいまでしか収納できないけど、契約者がいると契約者の能力によって何十倍にも大きくなる」
床から刀を一振り引き出して、デイジーちゃんが肩に担いだ。
「これが契約者を早めに決めた方がいい最大の理由かな。仮契約だと、切れる度に容量を超えた分が出てきちゃうからねー」
「あー、それはそうかも」
自分の体積分っていったら、ちょっとした道具とかそんなに大きくない武器くらいしか入れられないし。
「まあ、予備の武器をしまっておくとか、暗器の類を隠し持つ程度なら契約者なしでも大丈夫だよ。LROにはいわゆるアイテムボックスとかストレージとか呼ばれるような便利機能はないから、これだけでも十分なメリットだね」
「おー」
なんかいい感じ!
「操影術はその名の通り、影を操る術だよ」
デイジーちゃんがにやりと笑う。その足元から黒い影がボクの方にうにょーんと伸びてくる。
「直接的な攻撃手段としては使うには少し厳しいけれど、想像力しだいで結構いろいろできるよ。契約者次第では物理的な実体を持った影を操ることができるようになるかも」
「でもさ、影が動くだけだと、脅かすくらいにしか使えなさそうだよね」
視界の端で動かして、敵の気を引くとかくらいにしか使えそうにないかも?
「んー、そうでもないよ」
不意に視界が遮られた。まるでいきなり夜になったみたい。
まさか、これ、デイジーちゃんの影?
「んむっ!?」
さらには口元を何かに押さえられて、声が出せなくなる。
「んもっ!?」
最後には足を払われて、尻餅をついてしまった。
「グレイスとの仮契約だとこの程度かなー。人によっては影の鎧を作って身にまとったりとか、影で使い魔みたいなのを作って操る人とかもいるみたいだよ。精進あるのみっ!」
「んもー」
はやく拘束を解いて欲しい……。
「……そして最後、影憑依。これは注意が必要だよ」
デイジーちゃんが、ちょっと顔を強張らせているグレちゃんの背後に回る。
「……契約者以外に使用する場合、ただ相手の影に潜む程度で、それほど大したことは出来ない。諜報活動には少し便利かな、程度。だけど、契約者に対して使う影憑依は全然意味が違う」
いいながらデイジーちゃんが、グレちゃんを背中から抱きしめた。
「……羽が黒くなってく?」
溶ける様に、デイジーちゃんがグレちゃんに吸い込まれていった。同時に、グレちゃんの白い翼が黒く染まってゆく。真っ白なドレスも、漆黒に染まってゆく。
「影憑依っていうのは、契約者とひとつになる技だ」
グレちゃんの口で、声で、デイジーちゃんが語る。
「身体だけじゃなくて、こころまでも混ざり合う。だから考えていることも気持ちも全てお互いに筒抜けになってしまう。まあ、グレイスとわたしは本質的に同じ存在だから、見かけ的な変化くらいしか影響はないけど」
にやり、と微笑んでグレイジーちゃんが両手を上に向けた。
「影憑依は、足し算だ。笑えるくらいに理不尽な足し算だよ。力も能力も全て二人分になる。単純に数値で表せないようなものも、全て二人分になる。そして相性次第では、二倍どころか二乗にもなる。100足す100が200どころか1万を超える。本来人間一人では不可能な、強力な魔法やスキルを使用可能になる」
その笑みに、ぞくり、と背中が震えた気がした。
「これは、本来なら数十人規模で行う合体魔法だよ……。――千雷の魔法」
グレイジーちゃんの両手が振り下ろされて。
その言葉通り、千の雷が轟音と共に降り注いだ。見渡す限り、雷だらけ。
ぞわり、と全身の毛が逆立つように感じられる。空気がオゾン化して、特有のツンとする匂いがする。
「わー」
グレちゃんのパリパリだけでもすごかったのに。こんな魔法を、個人で行使できるって、それすごすぎる。
「……ただまあ、単純に手数が必要な場合は二人のままの方がいい場合もあるよ」
ふたつに分裂するように、グレイジーちゃんがグレちゃんとデイジーちゃんに分かれた。
「影族のスキルの説明はこんなとこかな。次は実践だね」
「……キスしていいの?」
んー、と唇を突き出すと、グレちゃんとデイジーちゃんがそろってため息を吐いた。
「……本当はそこまで付き合いたかったけど。あんまり長いこと説明してるのもね」
なぜか、そそくさと帰り支度を始めるデイジーちゃん。
「ってゆーかアユムはなんかいきなり唇奪ってきそうで近寄りたくない」
ボクから距離をとるグレちゃん。
「しつれーな」
グレちゃんとなら契約してもいいかなーって思ったのは確かだけどね。