21、「眠りから目覚める」
……あれ? おやー?
海中の洞窟の金属製のドアを開けて中に入ると、すぐにまた金属製のドアが道を塞いでいた。
しょうがないね。
『ネーアちゃん、もっかい歌ってくれる?』
≪わかった≫
お願いしようとしたら。背後でぶしゅう、ごぼぼという空気音。
『む』
『え?』
振り返ると、先ほど開けたはずのドアがぴったりと閉じられていた。
……えー、閉じ込められた?
『むう』
ナィアさんがドアを叩くがびくともしない。
不意に、ブーっという警報のような音が響いてきた。見ると、ドアの上に赤いランプが点滅していた。
『え、なんかヤバそうなの!?』
マキちゃんが反対のドアを叩くが、どちらのドアも反応はない。
そのうちに。
ぶしゅう、とものすごい音がして、床から泡が噴き出してきた。
『……まさか、毒ガスとかっ!?』
『いや、まて。アユム、落ち着くがよい。これはただの空気の様だ』
ナィアさんが泡を捕まえて手で握りつぶしながら言った。
『……ってことはもしかして、ここ。エアロックとかってゆーやつ?』
床から噴き出した空気の泡はどんどん天井にたまっていき、同時に排水されているようだった。
数分そのまま待っていると、水が完全になくなって、同時に警報が止まり、赤ランプが緑色に変わった。
そして。
ぶしゅ、という軽い空気音がして、目の前のドアが左右に開いた。
「ふむ、なるほど。いったん小部屋を挟むことにより、海中から空気のある中へと切り替える仕組みなのだな」
ナィアさんがふむふむとうなずきながら、明かりの魔法を先行させる。
ドアの向こうは、細い通路になっているようだった。暗めだけど、非常灯のような赤い明かりが壁に埋め込まれている。エアロック?が自動で起動したことといい、生きてる遺跡っぽいね。
「大丈夫っぽいねー」
「うむ……特に空気が澱んでいるいるということもないようだ」
鼻をひくつかせていたナィアさんが頷き、ボク達は通路に入った。
な」
同時に、またドアがぶしゅ、っと閉じる。
「……やっぱり閉じ込められた?」
うーん。リターンを使えばプラベートルームに戻れるし、最悪でもナィアさんの鍵で帰れるはずだから大丈夫だとは思うけど。
「いや、アユム。ここは海底だ。おそらく外の水を内部に入れないために、すぐに閉じるようになっているのだろう」
「あー、そうかもね」
まあ、結構な海の底なのでかなりの水圧がかかってるはず。それをあんな金属の扉程度で支えていること自体が無茶な気はするけど。ドアの隙間から水漏れてきたりして無いから大丈夫なんだよね。
「ここが、約束の場所、なのだろうか? ずいぶんと奇妙な場所だが」
ネーアちゃんが、周りを見回して首を傾げる。
確かにこんな金属製の通路とかこっちの人には見慣れないだろうと思う。
しかし。
遺跡の中が空気あるんだったら、カードの構成とかもう少し考えるべきだったかなぁ。
んしょ。
お魚のしっぽでは中を歩けないので、二本足に変身。
足をパカパカ。開いたり閉じたり、曲げたり伸ばしたりして、お魚しっぽくねくねから二足歩行に意識を切り替える。
……って、まだぱんつ穿いてなかったよー。てへ。
(こらー。アユムってばもー。マキちゃんだって居るのにー)
えへへ。
とりあえず影収納から水着のボトムを取り出して、片側を結んだまま足を通して、反対側を結ぶ。
「……こら、マキちゃん。なにじっとこっちをみてるのさ。乙女の着替えを見つめるもんじゃないぞー」
まあ、ちゃんとスカート部分で隠れてるから見えないけどね。
ファナちゃんの身体だし。あんまりいい気はしないのだ。
「……いや、私は遺跡の中まで水だと思ってたから、そんな用意していないの」
下半身お魚状態のまま、床にぺたんと座ったままのMK2。お胸の方は雑に布を巻いてるだけだし、下半身の方もなんかふんどしっぽい短い前垂れみたいなのを付けてるだけだ。
その前垂れも、ナィアさんの踊り子さんみたいな前後のヒラヒラとは違って、マキちゃんのはエプロンみたいな感じで前の方だけ。
ファナちゃんと影憑依するようになって初めて知ったんだけど、飛沫族ってお魚状態の時には身体の前の方に総排出口っぽいのがあるので、たぶんこれを隠すためにマキちゃんはエプロンっぽいのつけてたみたいだけど。
……これだと足を戻したら、裸エプロン状態だよね。おしり丸出しー?
「あー。つまり、ぱんつがないってこと?」
「……すまないの。何か穿くものの予備があったら貸してほしいの」
「なんだ。マキは飛沫族なのに下着を穿くのか?」
ネーアちゃんがきょとんとしているけれど。そういやネーアちゃんずっとノーパン・ノーブラだったね!
「なんなら、わたしのワンピースを着るか?」
「いや、さすがにそれはマズイの!?」
マキちゃんがぶるんぶるんと首を横に振る。
確かに全裸幼女はいろいろアウトっぽい。
「んー」
何かあったかなー。
少なくとも自分の分しか用意した覚えはない。
「この場には女の子しかいないし、別にいいんじゃない? おしり丸出しでも」
「いや、さすがにこれじゃおちつかないのっ!?」
「もー、わがままだなー」
不意に、意図せずに自分の右手が動いて。
「……ん? なんでこんなの影収納にはいってたんだろ」
シェラちゃんだろうか。三位一体で影憑依すると、ボクの影収納とシェラちゃんの影収納ってくっついてひとつの影収納になっちゃうんだよね。
「……それを私に穿け、と、いうの?」
「んー。のーぱんよりはましなんじゃない?」
ちなみに、腰のところが紐になってる紐ぱんじゃなくって。お尻からお股にかけての部分がほぼ紐になってるタイプの、穿いても穿かなくてもおなじじゃね?って感じの紐ぱんなのだった。ってゆーか、これたぶん、お尻の穴さえ隠れないと思うんだけど、下着の役割果たすのかな。
……なんでシェラちゃんこんなの持ってるんだろ? ボク、シェラちゃんにこんなの穿かせた覚えないんだけど。まさか、シェラちゃんこういう趣味なのかな。
「……ごめんなの。贅沢を言える立場じゃなかったの」
受け取ったマキちゃんが。紐ぱんを前に困惑中。
「……これ、どっちが前なの?」
「前も後ろも紐なんだし、どっちでもいいんじゃない?」
「ぐふっ、なの!?」
あははー。ご愁傷様。
「……さて、どうしよっか。ネーアちゃん、遺跡の中に関して何か話とか聞いてない?」
「いや、伝わっているのは遺跡の場所と、眠りから覚ます歌だけだ。その他のことは知らない」
「そっかー」
「うぐぅ、みえちゃう、なの」
まだもじもじしているマキちゃんがウザかわいいけど、とりあえず無視しよう。
「どうやらこの遺跡は、ナィアーツェのねぐらに近い時代のものらしいな。ある程度は大丈夫と思う」
「ん、じゃあとりあえずマッピングしちゃうね。みんな、耳ふさいでてー」
んー、と額に集中して”反響定位”。
(解析しちゃうよー)
ん、お願いねー。
脳裏に、処理された大体の構造が浮かび上がる。
……うん、今さらだけど、飛沫族ってすっごいよね。
ゴッド・ジーラを探した時みたいな、レーダーっぽい使い方だけじゃなくって、本来の意味での反響定位、コウモリが超音波だして周囲の状況を把握したりするみたいなことができるのだ。反射してくる微妙な音の違いを聞きわけて、建物の構造を把握するなんてお手の物。
……影族のサブに盗賊カードとか差して来たけど。ファナちゃんのがよっほど探索向けだよね。
”アユム様、シスタブを”
ん、了解。
言われるままにシスタブに触れると、今脳裏に浮かんだ三次元構造図がそのままシスタブに表示された。指でうごかすとくるくる方向とか変わる優れものだ。
(魔法的なトラップとかあったらわからないけど、とりあえず機械的な罠っぽいのはなさそう)
まあ、遺跡だしね。
(あと、動体反応がいくつかあったから、中を徘徊してる何かがいるみたい)
了解。
シスタブを操作して、MK2とナィアさんにも三次元MAPを見られるようにする。
「……アユム、なんかすごいの。いったい何者なの? 実はこっそり潜り込んでる運営側の人間なの、なの?」
マキちゃんが呆れた顔でMAPをつつくけど、答えようがないから無視。
ってゆーか、いいかげんMK2のぶりっ子ぶりにイラついてきたかも。微妙にかわいらしくってきゅん、ってくるところがまた腹立たしい。
「……うむ。探索ルートとしては、こんな感じでどうだろうか」
ナィアさんが三次元MAPに赤線で書き込みを入れてくれた。
「構造上、この辺りが重要な地点と思われる。まずはここを目指すのがよいだろう」
「ん、わかった」
ナィアさんにうなずいて、武器を取り出して腰に差す。
ファナちゃんの体格だと、近接戦はリーチが短くて微妙かな。三位一体を解除するのも手だと思うんだけど。人数増えても、通路せまいからなー。
武器など陸上用に準備を整え直して、遺跡の中を歩き始めた。
先頭はボク。真ん中にネーアちゃんを背負ったナィアさん。殿がマキちゃんの順番。マキちゃんが殿ってゆーのもちょっと心配なんだけど、ネーアちゃんを守るために仕方なくこんな感じに。
壁の赤い非常灯だけでは明かりが心もとないので、ナィアさんの魔法の明かりが照らしている。
「……なんかさ、よくSFアニメで見る、未来都市みたいだよね」
金属で出来た壁。不思議なラインが幾何学的な模様を刻んでいる。
「未来都市っていうより、なんかだかよくあるロボットアニメに出て来る宇宙戦艦とかの船内の雰囲気に似ているの」
「え?」
そう言われてみると、壁の妙なラインって、正式名称は知らないけど無重力空間ですい―って移動するための取っ手とかが動くためのものに見えてくる。
「壁にあるパネルとかも、今は電源来てない感じだけどなんかそれっぽい感じなの」
マキちゃんが小部屋の入り口についている小さなパネルを指さした。
電源が来てないっぽくて小部屋自体は開けられなかったけど、普通の施設と比べて出入り口は小さく、ドアも壁もかなり厚い作りになっているようだった。
……最悪、部屋ごと切り離せるような構造になっている。
「確かに、船のようではあるな。とすると、目指すは艦橋か」
ナィアさんのつぶやきにMAPに目を落とす。と、確かに全体の構造からして船だと考えると、先ほどナィアさんが書いた目的地は艦橋っぽい位置だ。
「ほぼ待機状態にあるとはいえ、まだ生きている施設だ。ナィアーツェのように、遺跡を管理している者がおるのかもしれぬ」
「そっかー」
願わくば、敵対的な相手でありませんように。
両手を合わせてナムナムとお祈り。
「ん、その角にあるATMみたいな端末って生きてるみたいなの」
「そーかも」
マキちゃんに指摘されて、少し先の方にある壁に埋め込まれた端末から光が漏れているのに気が付いた。
注意しながら近づく。
そこには光るウィンドウのようなものが端末から浮かび上がっていて、メニューっぽいものが表示されていた。
文字は書かれているのだけれど、読めない。この世界って、基本日本語仕様だけどたまに外国語っぽく読めない言葉が混じってるんだよね……。
「……ナィアさん、使い方わかる?」
「懐かしいな。軍用の通信機の様だ。艦橋は……これか」
ナィアさんがメニューをいくつか指で操作すると。
テレビくらいの大きさのウィンドウが空中に開いた。
『――第一艦橋、当直のエネアです。何か問題でも……あなた達は誰ですか?』
画面に映し出されたのは、若い女の子。
たぶん、シェラちゃんと同じ、機人種。
「ん、ちょっとお話したいんだけど、これからそっちに向かってもいいですかー?」
『――』
無表情のまま、固まったように動かない画面の向こうのエネアさん。
フリーズでもしちゃったのかなー、って心配になってきた頃。
『――命令を受諾。通路に誘導灯を用意するので、従われたし』
「あいあい。すぐにいくねー」
小さく手を振って、通信終了。
とたんに、周りの赤い非常灯が消えて、天井から通常の明かりが点いた。
さらには誘導するように緑色の矢印が、こっちに向かえとばかりに点滅している。
「……ん、話が早くて助かるねー」
「ここ、遺跡じゃないの?」
マキちゃんがぽかんと口を開ける。
「生きてる、動いてる施設ってことは、誰かが管理してるってことでしょ?」
「……これは、私たちを歓迎してくれているという認識でよいのだろうか?」
ネーアちゃんが、ちょっとワクワクしたように微笑む。
「うん、きっとそうだよね」
そうだといいよねー。
今のところ、お客さんとして扱ってくれるみたいだし。
楽でいいよね?




