20、「海底に隠された物」
――さて。
本当はMK2をもにゃもにゃするためにいろいろと策を練っていたのだけれど、先に待ち構えていたMK2がボクを強引に連れだすという手段で全部ボツになってしまったわけで。
まずは、ナィアさんたちに連絡しておかないといけない。
シスタブを使って、中央都市へ移動中なはずのナィアさんに連絡。
「ごめん、ナィアさん。状況が変わっちゃった」
『む? 何があったのだ』
「実はね……」
手短に事情をかくかくしかじか。
海底探検に出かけることを告げる。
「そのまま、ちょっと待ってて。ちびねこちゃんに回収お願いできないか聞いてみるから」
『うむ、了解した』
ナィアさんとの通信を切上げて、ファナちゃんにつなぐ。
今日はMK2らしき人物と会う予定があるから一緒に遊べないかもって言ったら、今日はちびねこちゃんと島で遊んでるって話だったんだよね。ほんとうはファナちゃんも同席したがったんだけど、向こうの面会依頼はボクあてで、ぞろぞろ人数引き連れて行ったら出てこないで帰っちゃう可能性があると説得したらあきらめてくれたんだよね。
「ファナちゃんごめん、事情が変わっちゃった」
『んー? どうなったのー?』
なんかもごもごと何か食べているような音が聞こえる。今の時間からして、朝ごはん中?
「えっとね、かくかくしかじか~」
『ナニそれ、魔法の呪文?』
「ってわけで、ちびねこちゃんそこにいる? お願いできるようならナィアさんを回収していったんこっちに来てほしいんだけど」
『にゃは-! おさかなうまうまなのです』
「あ、ちびねこちゃん、ごめんね、島を満喫してるとこ悪いけど」
『にゃー。協力するのはやぶさかではないのです。なのですが、わたしは……安くないのですよ?』
ああ、そうだよね。あんまり便利に使い過ぎちゃっても悪いし。
ちびねこちゃんは何がいいのかなー。
「埋め合わせに、シェラちゃんに何かおいしーもの作ってもらうから。お願いできない?」
「了解なのですっ!」
というその声は、シスタブからでなくって目の前に突然現れたドアの向こうから聞こえた。
ガチャリと開いたドアから、ちびねこちゃんとナィアさん、ファナちゃんが雪崩出てくる。
ファナちゃんとちびねこちゃんは水着姿で、海で遊んでたっポイ。
「にゃにゃにゃにゃーん!」
「わ、すっごく寒いんだけどここどこ!?」
「な、く、ナィアーツェは、寒い所は苦手なのだが」
「……無茶苦茶だな、お前たち」
MK2がぼやいた。
まあ、うん、割とめちゃくちゃだと思います。
いつの間にかシェラちゃんもやって来ていて、みんなにお茶を出してくれた。
「そういえば、MK2に会うって話じゃなかった? なんで海底探検なんて話になったの?」
ファナちゃんがきょとんと首を傾げる。
「そのローブの子がMK2?」
「……あー、えっとね」
そこでボクはみんなにローブ姿のMK2を紹介した。
「この子は、マキちゃん。MK2にお願いされて、ネーアちゃんの海底遺跡探索を手伝ってくれる飛沫族の子だよ」
「……マキなのです。よろしくお願いなの」
ローブを脱いで顔を見せたMK2の顔は。元々女の子に見えるくらいかわいい顔だったけれど、顔がMK2と全然違った。MK2はもともと普通の顔で、女顔ってわけじゃなかったけど。もう、全然違う、普通の美少女顔になっている。
緑色の、細くて長い髪。
先ほどMK2にお願いされたのは、”ネーアが来るなら別人として皆の前に出ることだった”。理屈は知らないけど、種族カードの中には完全に姿が変わってしまうものがあるらしく、それを使ってMK2は完全に別人の、女の子になってしまったんだとか。
下の方、どうなってるんだろう。すっごく興味があるんだけどー。
でもまあ、その「なの」口調はなんだーとか、立ち居振る舞いがすっかり幼女になってるとことか、いろいろ言いたいことは有るけど、自分の手でネーアちゃんのことを何とかしたいという、その意気やよし。
「ふーん? 結局MK2本人は来なかったんだ? マキちゃんよろしくねー」
「ピ」
ファナちゃんとシェラちゃんが、MK2改めマキちゃんと握手。
「ふむ……よろしく頼む」
ナィアさんは少し怪訝そうな顔をしていたけれど、黙って握手をした。
そして。
「……エムケー・ツーは、わたしの夢をまだ覚えていてくれたのだな」
複雑な顔で、涙をこぼして、ネーアちゃんがマキちゃんを見つめる。
「何か、伝言は……?」
すがる様にマキちゃんを見つめるネーアちゃんに。
「ネーアに会わせる顔がない、すまない、と。代わりに私が力になるの!」
きゃぴるん、と星を飛ばしてマキちゃんが微笑んだ。
うん、MK2。あんた役者になれると思うー。
「さて、じゃあ、作戦会議ねー」
少し精神的に持ち直したネーアちゃんを交えて、改めて情報を整理する。
ボク、それにMK2が自称神様から海の底を探すように言われたこと。そしてネーアちゃん自身が以前から探索したがっていた海底遺跡というのがどうもそのことではないかという推測。
何があるのかは知らないが、行き過ぎた部分はフォローする、という自称神様の言葉から、ネーアちゃんに関する何らかの救済処置があるのではないかという期待。
「ところでなんでネーアちゃんって、その遺跡を探索したがってるの?」
ファナちゃんが質問した。
「……約束、なのだ。代々伝わる。いつか必ずそこを訪れる、という。わたしは曾祖母から話を聞いたが、一族の誰もそんな話は信じていなかった。何せ、正確な場所すらわかっていない、あまりに遠く、深い場所だったから。そんな場所で、何が待っているというのか。だが、わたしは、この話を聞いていつか必ずそこを訪れると誓った。果たされない約束ほど悲しいものは無いから」
「……」
ネーアちゃんの言葉に、マキちゃんが無言で息を飲んだ。
正体をばらす覚悟はしておくといいよ。ボクは約束だから言ったりはしないけれど。正体を隠してでも会う覚悟を決めたMK2の気持ちは尊重する。けど、ネーアちゃんの気持ちもわかってほしい。
「MK2に誘われて訪れたあの島は、歌に伝わる約束の場所と星の位置が同じだった。だから、きっと、あの海に違いないんだ」
ボクのシスタブに島エリアの周辺マップを表示させる。ネーアちゃんとMK2の話によると、彼らが目指していたダンジョンは、だいぶ沖の方にあるらしい。
「おそらく、この辺りだろう。わたしにはこの地図?とやらの見方がよくわからないが」
「MK2から聞いたダンジョンの位置は、このあたりなの」
ネーアちゃんとマキちゃんがボクの左右からシスタブを覗き込んで指を差してくる。
「ふむふむー」
左右から幼女サンドされるのはなんか役得! マキちゃんは中身男だけどね。
ちょっとファナちゃんの目が怖いけどー。
作戦会議はあっさり終わった。まあ、やることは海に潜って遺跡探検なんだから出来ることは限られてるしね。
基本方針は、ボクとシェラちゃん、ファナちゃんが三位一体の影憑依をして、ナィアさんと一緒に潜るだけ。ネーアちゃんはナィアさんが背負っていく。
マキちゃんは大丈夫なのかと思っていたら、なんと驚きの種族カード2枚差し。姿を変えるカードと飛沫族のカードを差すことで下半身お魚モードになれるらしい。
「そういえば……島に出来たダンジョンから種族カード出るって話も聞いたの。早く探検しないと、他のプレイヤーに荒されるかもしれないの」
ちょっと焦った顔のマキちゃんカワイイ。
「うん、ボクはまだ入ったことないけど、島のダンジョンは当たりが★3のカードで種族カード出るみたいだよ」
島を訪れる人も増えてきたし、これからは種族カード持ちもだんだん増えて来るかもしれない。
「やっぱり、あの島って段階的に出来ることが増えるようになってるのかもね。もっとも★2までのカードだけであの怪獣を倒すのはちょっと無理だろうけど」
ファナちゃんがバランス崩壊のクソゲーだよねー、と苦笑しながら言う。
「あははー、そうかもね」
海に潜れるように、種族カードが出るようになったのだとすれば。
目指す遺跡は、先の段階に関係する可能性はある。
「でも、ネーアちゃんたちが探してるのって、遺跡であってダンジョンじゃないんでしょ?」
ファナちゃんが首を斜めにした。
「都合よく遺跡が転がってる方が変じゃない? そこまで見据えて、最初っから遺跡のある場所を無人島エリアにしたのかもしれないけど」
あの自称神様は、あっははとか笑いながらいろいろ仕込んでそうな気がする。
ともあれ。
いったん準備をするためにリターンで戻ってから、集合ということになった。
――海の底。海の底、なのだった。
「どこへでもどあー! なのです」
ってちびねこちゃんが開いたドアの先は、もう海の底だった。
情緒もへったくれもありゃしない。冒険すらまったくない。
いきなり目的地とか、ねぇ。
……不思議なことに、ドアの向こうから水は流れ込んでこず、垂直に水面が揺れているのはなんともファンタジーな光景ではあった。
ん? むしろSFちっく? とんでも科学かもだけどー。
「んじゃ、いくよー」
「ピ」
「はーい」
だいぶ慣れてきた、三位一体の影憑依。
(……ええーっ!?)
ボクの心と解け合って、マキちゃんの秘密を知ってしまったファナちゃんが叫んだけれど。
ナイショにしてね、とお願いする。
(びっくりだけど。うん、わかった)
さすがはファナちゃん、ボクの嫁。わかってくれて嬉しい。
今回は水中戦主体のため、魔法の矢は減らして近接攻撃系を充実させてきた。まあ、メインはファナちゃんの衝撃波になりそうだけど。
「こちらも用意は出来ている」
ナィアさんは水中用に槍というか銛みたいなのをいくつか用意して来ていた。流石に水中で弓矢はまともに使えないだろうしね。
「準備完了なの」
全身を覆い隠していたローブを脱いだマキちゃんの姿がすごく色っぽい。
元が男性のはずなのに、それとわかるだけのお胸があって、申し訳程度に布を巻いている。
下半身おさかなになった腰もなんだか色っぽくて、ちょっと生唾ごくり。
「マキは、綺麗だな……」
ネーアちゃんが、マキちゃんを見て少し悲しげな表情を浮かべる。
「わたしなんかより、マキの方が、エムケー・ツーにふさわしいのかもしれない」
「いやそんなことないからー」
(中身MK2だしねー)
「私より、ネーアちゃんの方がずっと綺麗なの!」
Mk2の緑の髪が、わさわさとうねるように動いてひとりでに三つ編みの形になる。
「あれ、マキちゃんなんかすごい」
「樹人族のカードなの」
「ほえー?」
(あーなるほど。それで姿変えたんだー)
ん? ファナちゃんどゆこと?
(樹人族ってね、自己クローンで増える種族で、みんな同じ顔の女の子なんだー)
あ、だからそのカードを使うとその顔になっちゃうんだー。
そりゃまたなんとも。
……ん?
ところでその場合、下の方ってどうなってるの? 下半身は飛沫族だけどちゃんと女の子になってるのかな?
(こほん、興味津々なアユムに飛沫族のヒミツを教えちゃうよ!)
なぜか脳裏のファナちゃんが得意気に胸を張った。
(飛沫族は、男性でもお胸があります! これは心臓や肺の周りの脂肪を厚くすることで水中でも重要な部位の体温を維持できるように発達したらしいです!)
な、なんだってー!?
(さらに! お魚状態の時には、イルカとかみたいに、男の子の部分ってにゅるって体内に収納されてるんだって!)
なんとー!
(だからね、わたしが推測するに、MK2はあんなかわいい顔しながら……ついてるんだよ、きっと。男の娘ってやつだよね!)
ファナちゃん、もしかして。
そっち方面に造詣あり……?
”……種族カードにはスロットの番号順により優先順があります。先に差した種族カードがベースになって、主に身体的な要素が決まります。あとから差した方は多少の種族的特徴と能力的な追加となります。ハーフのような扱いで、能力に制限を受けます。つまり、同じカードの組み合わせでも、差す順番によって変わってくるということですね。飛沫族の場合、ハーフだといくつかの能力が使えないようです。樹人族の場合、基本的に自分のコピーを作って増える種族なのでハーフという概念自体が無く、このような複数種族の特徴をまぜこぜにできるのはプレイヤーだけなせいか、制限がつかないようです”
ほえー、ってシェラちゃんなんでこんなにLROのシステムについて詳しいんだろ?
って、なんか長々した説明でちょっと混乱しちゃったけど。
樹人族としての特徴が前面にでて、顔まで変わってるってことは。最初に樹人族のカード差してるってことで。
つまり、ついてないってことですかーっ!?
まあ、それは置いとくとして。
「……あの、アユムさん、さっきから私のことをじっと見つめて、へんなの??」
きょとんとした顔のマキちゃん。
く、やるな! こやつ。
思わすぎゅーってしてprprしたくなっちゃったじゃないかー。
(アユム……?)
ごめんなさい。反省してます。
(もー……)
「……準備が出来たなら、いつまでも駄弁ってないで出発せぬか?」
少しあきれたようなナィアさんに促されて、開かれたドアから海中に潜った。
飛沫族の特性からか、水圧なんかも全然感じない。
「じゃー、がんばってくるのですー」
振り返ると、ちびねこちゃんが手を振っていた。
あ、ちびねこちゃんは水中潜る手段ないしね。
「濡れるのはきらいなのです。終わったらまた呼ぶのです」
バタン、とドアが閉じられて掻き消えた。とたんに真っ暗になる。
ボコボコ。話そうとして、言葉が泡になって消えた。
シスタブを出す。
って、……しまった。マキちゃんとパーティ登録してなかった!?
慌てると、いろいろ失敗するね……。
≪アユム、マキ、聞こえるだろうか。共振は、使える?≫
ピン、と脳裏に響くようにネーアちゃんの声が響く。
あ、飛沫族の共振って、海の中の会話に使うんだ。
とりあえず、受信は大丈夫みたいだけど本職の飛沫族じゃないボクには発信は難しいみたい。
マキちゃんも樹人族がメインなせいかダメっぽい?
不意に周りが明るく照らされて。見るとナィアさんの周りに光の玉がいくつも浮かんでいた。明かりの魔法なんだろうか。
マキちゃんが近寄ってきたので、シスタブを出してごっつんこ。パーティ登録を行う。
メンバー表示は、マキちゃんになってる。プレイヤーネームって自分で決めていいって話だ
ったし、割と自由なんだね……。
『んじゃ、いくよー?』
『おkなの』
『問題ない』
≪わたしだけダブレットもってない……≫
ネーアちゃんががっかり。今度もらいに行こうねー。
『ネーアちゃんは、ナィアさんのタブレット見てね。ナィアさんはネーアちゃんの共振ってわかる?』
『ナィアーツェに飛沫族の能力はないが、こうして背中に触れていれば骨を伝ってなんとか言いたいことはわかる』
さすがナィアさん。ほんと何でもできるね……。
ナィアさんが明かりで誘導しながら先導、背中のネーアちゃんが時折、反響定位を使って進行方向を決めてるみたい。その後ろをマキちゃんと二人並んでついてゆく。
水中でながーく伸びたナィアさんの蛇しっぽはすごくきれいだった。砂の上を走るときと同じように、するすると身体をくねらせて、泳ぐというより滑るみたいだ。
≪ん。前方に、何かある≫
『ん、確かに洞窟が見えるな』
『たぶん、あれなの』
マキちゃんが指差した方向に大きな岩山があって、その中腹にぽっかりと穴が開いていた。
シスタブに表示されている島MAPの座標は、事前にマキちゃんとネーアちゃんが指差した場所とほぼ同じ。
『私は衝撃波は撃てるけど、反響定位はほとんど出来ないの』
『らじゃー』
ハーフ扱いだとだと能力制限されるって、カードレベルが下がって使えないスキルが出てくる感じなのかな?
くねくねとお魚のしっぽをくねらせて、海中洞窟へ向かう。
≪ここが、遺跡なの、か? ずいぶんと奇妙な形をしているが≫
『……これが、遺跡?』
思わず首を傾げてしまった。
そこは、どことなくナィアさんの遺跡に似ていた。洞窟、と見えたのは堆積物や表面に貼りついた様々のモノのせいで、実際には金属っぽい何かで出来た通路のようだった。
そして奥には金属の扉。
なんでこんな海中に、いきなり金属の扉なんかあるんだ。
『マキちゃん、どうやって開けるのさ、これ』
『……私は知らないの』
『うわー、無責任な』
遺跡の場所だけ知ってて、中に入れないとか。
≪試して見たいことがある、皆、耳を塞いでいて欲しい≫
『え、了解』
≪――――~~~♪≫
突然、海中だというのにネーアちゃんが歌い始めた。
これ、衝撃波に近いかもっ!?
とたんに。
ごごご、と音を立てて金属製のドアが開き始めた。
『……どういうこと?』
≪やはり、ここが約束の場所で間違いないらしい。今のは曾祖母から聞いた、遺跡の眠りを覚ます歌なのだ≫
『そうなんだ……?』
なんかアルファベットと数字の組み合わせっぽかったけど。
『……いよいよ、遺跡なの』
マキちゃんが、ゆっくり開く扉を見ながらつぶやいて。
『ん、がんばろうね!』
ぱちん、とウィンクしてやったら。
いやそうにマキちゃんが身をかわした。
……しつれーなー。




