19、「彼が会わない理由」
――土曜日。今日は、MK2との約束の日だ。
「じゃあ、そろそろ行くね」
「……ピ」
いろいろ準備があって、シェラちゃんにはやってもらうことがあるのでお留守番をお願いした。
本当は一緒に来てもらった方が安心なんだけどね。
心配そうなシェラちゃんに、大丈夫だよとうなずいて。用意してくれた帽子を頭に乗せる。
いつもはアバターの髪を三つ編みにしているのだけれど、今日はお団子っぽくしてまとめている。その上に、帽子を被ったら、元が男の子っぽい顔つきなだけに、まんま男の子みたいになる。ジーパンを穿いて、ジャンバーを羽織るとイタズラ小僧の出来上がり。えへへ。
変装、というわけでもないし、むしろおしゃれ?な気がしないでもないけれど意図的に男の子に見えるような格好をするのはボクにしては珍しいことだった。
最後にシェラちゃんが、ぐるっとボクの格好を確認して、おっけーとばかりに頷いた。
「ん、ありがと。じゃあ、行ってくるね」
「ピ」
シェラちゃんに見送られて、まずはひとりで島に向かう。
ドアに浮かぶ画像から、島を選択してドアを開けと、とたんにガヤガヤとした賑わいが聞こえてきた。
「こんな朝早くから、ひとがいっぱいだー」
ポータルの周りにはプレーヤーがたくさん。次から次に人がやって来ては、ギルドの建物の方に向かう。逆にギルドの方からポータルに来る人もいっぱいいる。
「おう、誰かともったら、ギルドマスターのお出ましか」
「ん? アンジー?」
声をかけられて、ポータルの石台の上から見回すと、見覚えのあるハゲ頭がきらりと朝日を反射して輝いていた。
「……アンジーって、ボクがいつ島に来てもいる気がするんだけど。暇なの? それともボクのストーカーだったりする?」
「アホなことゆーな。お前のケツなんざ追っかけてどーすんだ。オレァ、男色の気はねーぞ?」
「ボク、女の子なんですけどー」
「今日はもろに男の格好してっだろ。誰だか一瞬わかんなかったぞ?」
「ふむー。あんまり変装にはなってないってことかなー」
まあ、全然知らない人には目くらまし程度にはなるよねきっと。
「で、ストーカーじゃないってことは暇人の方なんだ?」
「ん? おう、オレァ割と時間に融通のきく仕事してるんでな。今は島のあれこれが楽しいんでかなり入り浸ってる感じだ。ほんとは暇なのはあんま良くねーんだがな、はは」
ハゲ頭にペタリと手を当てて乾いた笑いを浮かべるアンジー。
天候とかで左右されるお仕事なのかな? 木工に強いって言ってたし、実際ログハウス立てたりもしてるし、本職の大工さんなのかも。
「んでお前さんは、今日はギルドか?」
「ん、いちおう顔出すけど、すぐにちょっとよそに行くよ」
「そっか、意外にちゃんとお前も仕事してるみたいでちょっとびっくりだ、はは」
「もー。ボク学生なんだからねー。ろーどきじゅんほー違反だよ」
実際ボク働き過ぎだと思う……。
「そういうアンジーも、村長さん頑張ってるんでしょ?」
一応、ギルドマスターのお仕事として島掲示板にも目を通していたので、アンジーが平日も精力的に島で色々とりまとめのお仕事をしているのは知っていた。
冒険者ギルドだけのボクと違って、木工ギルドのマスターをしながら島全体の取りまとめ役みたいなことしてるんだよね、アンジー。
「ああ。お前にこの島の領主やらないかって言われたときには、まさかこんなことになるとは思いもしなかったけどな」
「……人も増えたねー」
ぐるりとまわりをもう一度見回す。
朝早くだっていうのに、ひっきりなしに人が行き来している。
「あー、そりゃシス子が全員勢ぞろいってのもあるかもな。βプレイヤー連中が、オリジナルのシス子に会いたいってな」
「あ、そう言えばNo0のβの時のシス子ちゃんって担当エリアが無いんだっけ?」
「それにな、デマだと思われてたNo13のシス子が実在しててだな。そっちもウワサになってる」
「……え、そうなんだ?」
掲示板でたまに暴れてる”魂の解放者”さんだけが主張してた、誰も知らない13番目のエリア。ほんとにあるってこと?
「おう。仮設の教会に居るから時間があったら見に行けばいいぜ。っと、いけねェ、引き留めて悪かった。オレも行くとこあるから、またな!」
アンジーは小さく手を振ると、足早に森の方へ行ってしまった。
ボクも、まずは冒険者ギルドに顔を出さなきゃね。
「おかえりアユムー」
冒険者ギルドの建物に入ったボクを出迎えてくれたのは、受付カウンターに座ったグレちゃんだった。ギルドの中は、たくさんの人でごったがえしてるけど。流石はグレちゃん。ボクに気付いてくれたみたい。
グレちゃんがいると、プライベートルームみたいだよね。
「ん、グレちゃんもおつかれさまー」
ひらひらと手を振って奥の部屋へ向かう。一応、冒険者ギルドのギルドマスターだから、専用のお部屋が用意されてるんだよね。
チクチクと視線が突き刺さって来るけど、知らん顔。変装してきたけどグレちゃんが名前呼んじゃったからね。一発でばれちゃったみたい。
ドアを開けると、ナィアさんが待っていた。その背中には、紐で縛りつけられたネーアちゃんがぐったりしている。不安でいっぱいなのか、青い顔でガタガタ震えていた。
ナィアさんは魔法のカギで移動できることをあまり知られたくないので、最近はボク専用のこのお部屋を転移場所に使用している。
「来たか、アユム」
「ナィアさん、こんにちわー。ネーアちゃんも……今日は、大丈夫?」
「……」
ネーアちゃんからの返答は無し。まあ、ここまで来られた時点でだいぶ進歩してるし。
「……準備は出来ている。ネーアも、まあ、大丈夫だろう」
「ん、今日はお願いねー」
ナィアさんと軽く打ち合わせを済ませ、部屋を出る。
そのままギルドを出ようとしたら、グレちゃんに止められた。
「アユム、ちょっとまってー」
人が多い中、スカートで飛び回るのが憚られたのだろうか。いつもは白いドレスなのに、制服っぽい上着の下にはズボンを穿いていた。残念。スカートがひらひらってするだけでかわいいのに。
「んー、なあに?」
「はい、これー。アユムは”怪獣殺し”の称号を得た~!」
ぽん、とカードを渡された。
「なんで今頃? 先週の話じゃない。それに、今の担当はハーマイオニーちゃんなのに」
「……現段階でクリアされることを想定してなくって、称号の設定が後回しになってたんだってー」
「そうなんだー?」
「そんなんだよー」
……そういや、仕掛け人の自称神様がカード手で配ってたりしたのもその関係なのかなー。
「ま、いいや。ありがとね」
とりあえず、もらえるものはもらって。ギルドを出た。
この一週間で、どんどん島は開発された。もう仮に誰もログインしていなくたってポータルは、閉じることは無い。積み重ねた資産がいっぺんに無くなっちゃうような大災害とか起きない限りは。けど、プライベートルームから直接よそのエリアには行けないので、こうして一度島のポータルを使わないと他のエリアに行けないのだ。
面倒な仕組みだよね……。
厳密に言うと、陸地がつながってない場所にはエリアをまたがってプライベートルームから行けない、ということらしいので、エリアをまたがっていける場所もあるらしいんだけどね。
ちなみに、砂漠エリアはβエリアとは丁度世界の裏側あたりにある別の大陸にあるので、プライベートルームから直接行き来は出来ない。
待ち合わせの時間より、かなり早めに砂漠エリアのポータルに飛ぶと。
「……」
フードを深く被った怪しい人物が、待ち構えるように立っていた。
「……もしかして、MK2?」
「悪い。何も聞かずについて来てくれ」
口まで布で覆ってるせいか、声もはっきりしない。すっごく怪しい。
怪しい人物は、ボクの問いに答えることなく、ポータルの上に飛び乗って来てボクの腕をつかんだ。
「え、ちょっと?」
こっちにも、思惑とか段取りとか、いろいろあるんですけどっ!?
って、それを見越して?
やられたー!?
MK2らしき人物がウィンドウを操作して。
――気が付いたら、全然知らない場所に居た。
神殿の中だろうか、さっきまでとは明らかに違う壁。煉瓦とかじゃなくて、切り出した氷を積み上げたような、ってすっごく寒いんですけどっ!?
「安心しろ。今ので料金取ろうとか言わない」
「って、ここどこさ?」
さっきまで砂漠に居たから、日よけに長袖着ていたとはとはいえ、風通しのいい素材だからじんじんと冷気が全身に染込んでくる。
「ポータル開通するなら今のうちにな。すぐ移動するから」
「ちょっとー! さっきから一方的すぎない?」
しかし、知らないエリアのポータル開通できちゃうのはおいしい。ぺたんと床に手を付けてポータルを開通する。それにしてもどこだろここ。
「よし、来てくれ」
「もー」
一方的なのは気に入らないけれど、話をしたかったのは確かだからとりあえずぶつぶつ言いながらもMK2の後に続く。ガタガタ震えているボクを見かねてか、どこからともなく毛皮を取り出して渡してくれたのでありがたく毛皮にくるまる。
どこから出したんだろ。影収納みたいな能力のあるカードとかあるのかな。
MK2には何とも謎が多い。
「こっちだ」
「……わー? ここどこ?」
氷のドームの様なポータルの部屋を出ると、周りは見事な氷の大地だった。南極とか北極みたいな?
ほんと、いったいどこなんだろここ。
「掲示板とかじゃあんま話題になってないが、ここは極寒エリアだ」
「極寒エリア? だからこんなに寒いの?」
そういや確かにあんまり聞いたことないね?
「釣りをやる連中には人気のエリアだが、環境に適応した装備やカードを手に入れないと歩くことさえままならない秘境だな」
「……こ、こんな誰もいないところに連れて来て、ボクにナニする気なのさー」
どきどき。えっちなことされそうになったらどうしよう。
ボクにはファナちゃんとシェラちゃんてゆー恋人がいるんだからね!
「……はぁ」
なんかかわいそうな人を見る目で見られて、ため息吐かれたよ! ひどいね!
周りをきょろきょろ辺りを見回しながらついていくと、MK2は何の目印もない氷の大地を歩いてゆき、氷山の一角にぽっかりと開いた洞窟に入り込んだ。
洞窟の奥は居住空間が整えられていて、囲炉裏みたいになった地面に焚火が燃えている。ベッドとかタンスとかあって、勧められるまま椅子に腰かける。
「……これでようやく落ち着いて話が出来るな」
「話くらい、どこでもできるでしょう? こんなとこに連れ込んで……。まさか、ボクに変なことしようとかいう腹じゃないでしょうねっ!? ベッドとかあるしっ!」
「……あのなァ」
またかわいそうな人を見る目で見つめられたよ! ちょっとゾクゾクして変な性癖に目覚めそうになるからやめてほしー。
……まあ、普通にそゆことは考えてなさそうだけど。こんな寒いとこで裸になったら男の子のアレとか凍傷で腐り堕ちちゃいそうだし。それ以前にボク全然女の子らしさってないもんね……。さらにゆーと今日は男の子っぽい恰好で来たし。
はっ!? まさか、男の子同士のアレだったりするっ!? ボク、そっちの趣味も無いんだけどっ!
馬鹿なことを考えながら悶えていたら。
「お前が、無理やり俺とネーアを合わせようと画策してるんじゃないかって。それを警戒してた」
「あー……」
一応、そのつもりだった。待ち合わせ場所が砂漠エリアになった時点で、ナィアさんに砂漠エリアのポータル付近に出口作ってもらったんだよね。ナィアさんにネーアちゃんを連れて来てもらって隠れててもらおうと思ったんだけど。
時間よりだいぶ早く来ていたMK2に拉致されて思いっきり思惑外されちゃったー。
「キミさぁ、どうしてそこまでして、ネーアちゃんと会いたくないわけ? まあ、合わせる顔が無いってゆーのはわからなくもないけど……」
置いてきぼりにしてしまったという罪悪感とか、勘違いだったとはいえ、ゴッド・ジーラを解き放ってしまったこととか。
今でも……LROにログインしてるってことの方が実は信じがたいくらい、ではあるのだけれど。
「……散々、俺が何とかするって言っといて、結局間に合わず、って会わせる顔がねーだろがよ」
「そんなこと気にせずに、ネーアちゃん迎えに行った方がいいじゃない。ネーアちゃんがどんな気持ちでMK2を待ってると思うのさ。あんたに捨てられたんじゃないかって、取り乱して、ちょっとおかしくなっちゃってるんだけど。キミも、噂くらいは聞いてるんでしょう? ネーアちゃんのこと」
「……」
「今はボクが無理矢理にだけど保護してるし、島が活性化したから、忘れられかけてるけど。ネーアちゃんが島に怪獣を呼び寄せたとか、島に無理矢理飛ばされたって、MK2の代りにたくさんの人に石投げられたり、殴られたり、ひどいことをされたのは事実なんだよ。そんなネーアちゃんをほおっておいて、男のプライドか何か知らないけど、会わせる顔がないって知らん顔なのはひどくくないかな?」
「……そう言えば、礼を言ってなかったな。島を救ってくれてありがとう」
言いながら、ごろんと床に転がしたのはどこかで見たような剣。
これ、ガチ勢リーダーが使った、あのでっかくなる剣?
もしかしてMK2は、この剣でゴッド・ジーラを倒す方法を模索してた?
「……あんたには恨み言を言いたいんだけどな。俺の準備が整ってないうちに、勝手に始めてあっさり終わらせちまうとか、俺、何やってんだって感じになんだろーが。……いや、恨み言を言うのは筋違いだな。島の状況を救ってくれたことには感謝する。ネーアの足の、仇を討ってくれてありがとう」
MK2は深く頭を下げて、土下座するように、冷たい氷の床に額を付けた。
「まあ、何もしなかったわけじゃないっていうのは、結局のところただの言い訳だよな」
「顔をあげなよ。……ボクやファナちゃんをあの島に送り込んだのは、キミだよ」
「倒したのはお前らで、俺が何かしたわけじゃない」
「……」
なんか、もう、どうしようもないね。
気持ちがわかるだけに、何をどうすれば結局のところいいのかさっぱりわからないや。
ため息を吐こうとして。
ふと、聞きたかったことをひとつ思い出した。
「……全然関係ない話になるんだけど、ひとつ聞いていい?」
「なんだ?」
「キミとネーアちゃんが向かおうとしてた、海底の遺跡ってどの辺りにあったの?」
海中も移動したから島の周りも結構MAPが出来ている。システブに島の地図を表示させて、解放されたダンジョンの位置を指で差す。
「この辺り?」
「……いや、違う。そこじゃない。待て、じゃあ、あの変な女が言っていたのは」
「変な女?」
「神託だとか、わけのわからないこと言って。海底を探せって」
それ、もしかして自称神様?
フォローするとか言ってたけど、MK2にも声かけてたんだ。
「そこに……行ってみる?」
そこに解決の手がかりが、あるかもしれない。それが、MK2自身の手によるものなら。改めてネーアちゃんに協力できるなら。MK2もネーアちゃんの前に出る勇気が得られるかもしれない。
「……」
しばらく黙って考え込んでいた様子だったけれど。
最終的に、MK2は黙って頷いた。
「……頼む。あと、厚かましいようだが、ひとつだけお願いがあるんだ」
「ん、まかしといてー」
このまま放置は、後味が悪すぎるからね。




