16、「あかるい未来と闇」
「――ハッ! ざまぁみろ! やってやったぞーっ! ゴボッ!?」
馬鹿笑いしながら、ガチ勢リーダーがドボンと海に落ちた。
全力でぶっ叩くことだけに集中してたから、その後のことは全然考えてなかったみたい。
しょーがないね。ふー。
ボクは細かく魔法の矢を吹かして海面に向かうと、鎧を着たままでおぼれかけていたガチ勢リーダーを拾い上げた。
ファナちゃんのロリボディだと、引っ張り上げるのにぎゅーって抱きつく必要があって、ちょーっと抵抗があったんだけど。まあ、この戦いのMVPがおぼれて死亡とか、ちょっとかわいそすぎるからね。
「おつかれさまー」
「ああ、子猫か? いや、何と呼ぶべきなのかな。すまない、助かった」
「ファナトリーア、アユム、シェラの三人合体してるから、ファユラって感じ?」
んーしょ、んーしょ、と引っ張り上げるが、全身を持ち上げるほどの浮力はないっぽくて、ガチ勢リーダーは下半身が海に浸かったままだった。
「では改めて礼をいう、ファユラ。流石にぶっ叩いた後のことまでは考えてなくてな」
「すごかったねー。スロットいくつ解放されてるの? あんな連続コンボとか」
武器を出すなんてカードは聞いたことないから、あれはアーティファクトの能力だとして。
ええと、【鋭角化】【両手持ち】【パワースラッシュ】【衝撃】の最低四つはカード差してるよね? 最初にブーストしてた魔法の矢ももしかしたらだし、たぶん種族か職業をベースにしてるだろうから6つ?
「……あの島から逃げ出した皆が、この一撃のために協力してくれた。俺は初期スロットが5つあったからな。優先的にカードをもらって、あの方法を考えた。あれは、みんなの力だ」
「そっかー」
(すごいねー)
ファナちゃんもちょっと感動中。
「アユム、その者はナィアーツェに任せよ」
「あ、ナィアさん。うんお願い」
ボクたちだけじゃ手に余ると、ナィアさんが手伝いに来てくれて。
「ぬわーっ!?」
ぐるりとへびの下半身でガチ勢リーダーを巻きあげて、空中に引っ張り上げた。
いいなー。
ナィアさんのヘビボディって、意外にさわりごこちいいんだよね。ウロコなのにごわごわしてなくってさ。
「……ついに、やったのだな」
ネーアちゃんも、感動に打ち震えているのだろうか。ナィアさんの背中で、小さく肩を震わせて。両手の拳を握りしめていた。最後まで歌いきった、ネーアちゃんはすごかった。
「……?」
不意に、ふと何かが気になって。未だに首なしで直立したままのゴッド・ジーラに目を向ける。
(どしたの、アユムー?)
いや、ちょっと気になってね?
ぐいーん、と上昇して、ゴッド・ジーラを上空から見下ろす。
「うわ、グロッ」
頭が完全に吹っ飛んで、赤黒い断面が見えている。どう見たって、死んでいる。はず、なんだけど。
シスタブを引っ張り出して確認してみる。が、特に変化なし。
「別に期待してたわけじゃないけど、ドロップ品とかも何もなし? 島のゲージとかにも影響ないみたいだし、ミッションクリアとかにもなってない」
んー?
えーっと。
いやー、まさか、と思うんだけど。
あの、ゴッド・ジーラってたまたま某怪獣にそっくりなだけの、ただの現地生物だったってこと? だからシステムで用意されたモンスターみたいに光の粒子になって消えたりしないし、何かドロップしたりもしないってことーっ!?
「……それはいくらなんでも、ひどい気がするー」
(んー、そろそろクールタイム終わってない? 腹いせに、どかーんてやっちゃう? やっちゃう?)
ファナちゃんは撃ってれば幸せなんだねー。
うん、まあ、あんなのがずっと居ても困るだろうし、腐って海が汚れるのもあれだしねー。
シスタブで、ぺぺん、と文字入力。
≪えーっと、総員耐衝撃よーい! でっかいの行くから気を付けてねー?≫
掲示板機能の流用で、全体に緊急通知送れる仕組みも作ってもらったんだよね。ゴッド・ジーラ警報とか送れるようにって。
「よっし、これでいいよね。地上だと結構広範囲に影響出そうだし」
両手を伸ばして、ゴッド・ジーラの死体に向ける。
「魔法、みさーいる!」
ガコン、ガコン、と両腕に巨大な魔法の矢が生み出される。
溜めが必要なので、ちょーっと時間がかかるけど。
(対象の周囲くりあー! 大丈夫、周りに誰もいないよー)
よーっし! さっきのバトルじゃ全然いいとこ見せられなかったから、口だけじゃなかったんだよってとこ、ちょっと見せつけなきゃね!
「撃、」
(待って―!? なんかゴッド・ジーラに動きありっ!?)
「え、なに?」
見ると、なんかゴッド・ジーラのお腹の辺りがなんかぼこぼこ動いてる。
「まさか、子供とか、分身とかまき散らすタイプっ!?」
パニック映画の最後の最後で、タマゴにピシってヒビが入る絵が写ったりとか、続編をにおわせる感じの、実は一体じゃなくて複数いましたとか、ああいう後出し感バリバリの。
ああ、島の発展を阻害する要因ってことなら、確かに一回撃退されただけで終わりになっちゃったら、大したことないし。
(あわわわ、どうするー?)
「どうするもこうするも、ないでしょー!?」
溜めきった魔法ミサイルも、撃たなきゃだしッ!?
――どばん、と音を立てて、ゴッド・ジーラの腹が弾けた。
とたんに、キラキラと光の粒子のようになって、その巨体が消えてゆく。そこから、逃げるように散らばる、小さな影。
(敵性体から、分離した敵影7ッ!? 別方向に、逃げるよッ!?)
「子供か何かわからないけど、ここで逃がしたら、こんどは七体のゴッド・ジーラが来ちゃうっ!?」
それはダメだ。
今日、ここで。
今、片をつけるッ!
「シェラちゃんっ!」
”わたしの全ては、アユム様のものです”
なら、出来るはずだよね。
「いくよ、【影分身】!」
既に、三人分の意識がまぜこぜになっているっていうのに。
そこからさらに七体に分身した。ファナちゃんの小さな身体が、七つに別れて一斉に敵に狙いをつける。
二十一の魂が、たったひとつの思いで。
「撃てーーーーッ!」
それぞれが狙いをつけた影を、魔法ミサイルが撃ちぬく。
頭が割れそう。
(着弾確認! ターゲット1ロスト!)
(着弾確認! ターゲット2ロスト!)
(着弾確認! ターゲット3ロスト!)
(着弾確認! ターゲット4ロスト!)
(着弾確認! ターゲット5ロスト!)
(着弾確認! ターゲット6ロスト!)
(着弾確認! ターゲット7……健在ッ! 浅かったみたいっ!)
「――直接、カタを、つける!」
七人が直列につながって、魔法の矢を吹かす。
パータッチは直列ツナギだと速さが増すんだっけ?
多段ロケットのように、一人切り離すたびにスピードが上がる。
腰から、古の剣を抜いて、両手に構える。
(ターゲット7、確認!)
「【操影術】」
逃げる敵の周りを、影で覆う。
「【影縛り】」
本来は対象の影をつなぎとめる技なんだけど。操影術で絡め取って動きを封じる。
「【影渡り】」
その背後に、瞬間移動して。
「【倍撃】【ダブルスラッシュ】!」
おっきなサメみたいな、ゴッド・ジーラの幼生体の首を。
ざっくりと、両手の短剣で切り飛ばす。
(敵、沈黙! やったね!)
「……つっかれ、たー」
スキルやカードの力を使ったとしても。
動いてるのはボクの、いやファナちゃんの身体なわけで。流石に、ちょっと、普通の人間が耐えるにはつらい加速度とか肉体の酷使だったわけでー?
ボチャン、と海に落ちて。
――そのまま、何もわからなくなった。
――気が付いたら、海の上で波に揺られていた。
「ん、気が付いた?」
「あれ、ファナちゃん?」
いつの間にか、影憑依も解けてしまったらしい。
ボクを背中から抱くようにして、ファナちゃんがお魚のしっぽでぱちゃぱちゃ水をかいている。
「ピ」
なぜかシェラちゃんは海面に二本の足で立っていて。ファナちゃんの周囲を警戒するように見回しながら小走りにしている。忍者みたいだね!
「だいぶ岸から離れちゃったから、もう少しかかるよー」
ボリューム控えめとはいえ、布一枚しか隔てていないと背中にダイレクトにそのむにむに感が伝わってくる。しあわせ。
「あー、ありがと。ボクも泳ぐよ」
「アユムが泳ぐより、わたしがぱしゃぱしゃした方が早いから、このまま。ね?」
「わーい、らくちーん」
というか、ファナちゃんちっこくて小学生みたいだけど。
これだけくっつくと普通にむにむにして気持ちいい。うふふ。
「……アユム、変なこと考えてる?」
「うん!」
「そんなアユムは、こうだー」
「ひゃあっ!?」
しゅるん、とファナちゃんの手が、ボクの脇腹から伸びて来て。
ボクの水着はホルスターネックのモノキニだから、横は防御力皆無ッ!?
「おへそ、かわいいー」
「いじめないでよ、ファナちゃーん」
「こっちはどうだー?」
「ひゃー」
そんな感じで、なんとなくイチャコラしながら島に帰り着いた。
「……おう、結局最後はお前に持ってかれたな」
ガチ勢リーダーが、シスタブを揺らしながらため息を吐いていた。
「え? みんなの力、なんでしょー?」
にっこり、笑って返してやる。
シスタブには、こんぐらちゅれいしょーん!とメッセージが出ていて。
≪特別ミッション:島を襲う怪獣を退治しよう! をクリアしました≫
≪文明レベルが一段階上がりました!≫
≪新たな施設が解放されました:工房≫
≪新たな施設が解放されました:農場≫
そんなメッセージがいくつも続いて。
≪新たな施設が解放されました:ダンジョン≫
ほえー。やっぱりダンジョンもあるんだねー。
そう思っていると、ガチ勢リーダーが海を指さした。
海岸から沖へ土地続く細い砂の道が出来ていて。その向こうに、ぽっかりと開く洞窟の入り口っぽいものが見えた。
もしかして、MK2とかネーアちゃんが目指した海の中のダンジョンって、アレのこと?
「気の早い奴は、もうダンジョンアタック開始してるぞ?」
「……今日はもう、疲れたからいいかなー」
「きょうはもう、あとは海で遊ぶのー!」
ファナちゃんが、ボクの腕にぎゅーってくっついてきた。
「そうだねー」
「お魚がたべたいのです!」
ちびねこちゃんが、なぜか両手にナイフとフォークを持ってバンザイしていた。
「ごちそう、つくるっすよー!」
ペポちゃんが包丁を片手に、祝勝会の準備を始めていた。
「あっしが釣りますぜ? 久しぶりに海釣りができまさぁ」
ツリキチさんが、さっそく海に竿を振って。
「かー、お前らすっげーなぁ!」
アンジーがハゲ頭を光らせながら、ボクの頭をガシガシと撫でまわして。
「それ、セクハラよ?」
りり子さんが水着を用意できなかったプレイヤーにタダで水着を配りながら。
「……うん、なんか、一仕事した―って感じ?」
ボクは、ファナちゃんとシェラちゃんをぎゅーってしながら、深く息を吐いた。
みんな、頑張って、この島を良くしていこうとしてくれている。
大きな障害を取り除いたんだし、今後はきっと、どんどん発展していくだろうと思う。
「……終わった、のだな」
ネーアちゃんがそうつぶやいて、どこか背後を見つめて。ため息を吐いた。
――だけど、この島に。
結局、MK2の姿は、なかったのだった。




