2、「もうひとりのボク」
説明会続き。
「んー、自分だけぱんつみられたのがいやなのかな? じゃあさ、ボクのぱんつも見せれば許してくれる?」
「何を見せる気ですかっ!?」
ズボンに手をかけて脱ごうとしたら、またパリパリって音がしたので手を止めた。
「――次はありませんよ? キノサキ・アユム様」
「えー、結構カワイイの穿いてきたんだよー」
グレイスちゃんの視線の温度が、また下がった気がした。
「――LROへようこそ、キノサキ・アユム様」
どうやら一番最初っからやり直すことにしたらしく、天使なグレイスちゃんは部屋の中央に戻ると、そう言って小さくお辞儀をした。
視線と口調はかなり冷たいけど。
「プレイヤー登録のために、確認を行います。会員登録された、キノサキ・アユム様でお間違いないでしょうか?」
「え、はいそうですけど……どうやってボクがボクだって確認してるんだろ」
こちらが名乗る前から、ボクの名前知ってたよね、グレイスちゃん。
LROMにはログアウト時刻設定以外に何も設定してないし、会員番号とかメールアドレスとかの入力もしていないのに。
「お客様にお送りしたLROには、通し番号が入っていましてログイン時にこちらに通知されます。この番号は会員登録されたときに紐づけられていまして、初回ログイン時にはこの番号でどの会員様かを判断しています」
「ふーん。あれ、じゃあなんでそのプレイヤー登録とかいうのをするのかな?」
「例えば未成年者の場合など、会員登録された利用料をお支払いをされる方と、実際にプレイされる方が異なる場合がありますので、そのためのプレイヤー登録です」
「へー、そうなんだ」
「また一度プレイヤー登録を行うと、以降はどのLROを利用しても同じアカウントとみなされます。つまり、アカウント削除された場合に別人の名前で再度会員登録されたとしても、プレイヤー登録で弾かれますので悪しからずご了承ください」
「……なんでアカ削除前提の話をするのかなー?」
「……ご自分の胸に聞かれてみては?(にっこり)」
グレイスちゃんの笑顔が怖かった。
「もうしないから、大丈夫だよー?」
「……では、あなたをキノサキ・アユム様としてプレイヤー登録を行います。よろしいですか?」
「問題ないよ」
「…………はい、キノサキ・アユム様のプレイヤー登録を完了しました。結婚等で会員様の氏名が変わった場合や、住所、メールアドレス等の変更はお手数ですがWEBの公式サイトから行ってください。ゲーム内における呼称の変更はこちらで承ります」
「ゲーム内の呼称って、プレイヤー名ってこと?」
「……いえ、ゲーム内におけるプレイヤー名は、ご自由に御名乗りください。ゲーム内の呼称とはわたしを含めたシステム関連のNPCからの呼び名となります。会員名はキノサキ・アユム様となりますが、例えば……マスター、お兄ちゃん、あるいはあだ名など」
「アツアツの新婚夫婦っぽく、あ・な・た(はあと)、とかがいいかなー。たっぷり情感をこめて、愛情いっぱいに」
「……」
グレイスちゃんの視線の温度がさらに下がった気がした。
「ごめんなさい、メイドっぽく愛しの旦那様 (はあと)でいいです」
「……承りました。以降、人間のクズと呼称いたします」
「最近のAIって冗談がうまいね!」
「さて。では、おい人間のクズ、プレイアバターの作製に移るからそこに立て」
「なんかゾクゾクしてきた!」
「……なんだか喜ばせているだけな気がしてきましたので呼称をアユムに変更いたします」
「それでいいよー」
なぜかグレイスちゃんがものすごく疲れた顔でため息を吐いた。
AI娘なのに疲れたりするんだろうか。まあいいけど。
「……じゃ、アユム。そこに立って」
「あれ、だいぶ砕けた感じ?」
とっても親近感があってイイネ! あ、もしかして呼称で口調とか性格が変わったりする仕様なのかな? 呼び捨てって親しい仲みたいでいいよね。じゃあボクももう少し親しみを込めてグレちゃんとか呼んじゃおうかな。
「もう、プレイアバター作成しないといつまでも冒険できないよ? ほら」
「わかった、ここでいいかな、グレちゃん」
「ん、そのまままっすぐ立っていてね」
グレちゃんが空中に光るウィンドウを広げて何か操作をする。
一瞬だけ変な顔をしてボクを見つめたけれど。
「わ」
まっすぐ立ったままのボクの目の前に、いきなりまるでコピーあんどペッタンされたようにもう一人のボクが現れてびっくりした。
「プレイアバターは、基本的にアユム自身と同じ姿になるよ。髪型、髪の色、肌の色、目の色くらいは変更可能。どこかいじる? まったく同じ姿っていうのはオススメしないよ」
「あ、その前にちょっと質問。基本的に、ってことはどこか違うところもあるの?」
目の前のもう一人のボクを間近で見つめてみるが、手のシワにいたるまでそっくり同じな感じ。どこか違うんだろうか。
「アユムの場合は、メガネをかけなくても視力が正常値になってる。冒険するのに不都合のある身体的欠陥欠損は補われる仕様なの。仮に全身マヒで現実世界では身動きできなくても、LROの中では自由に動けるかな。あと少し特殊な例だと、性同一性障害の場合、心の性に合わせたアバターでログインを許可する場合もあります」
「へー」
確か攻略wikiには性別変更できないって書いてた気がするけど。現実の身体の性と違う場合もあるんだね。
「話は戻るけど。アバターどういじる?」
「そうだなー」
髪の毛、短いし。ゲームの中くらい伸ばしてみようかな。アニメとかの影響かもだけど、なんか騎士様がふわさっ、て長髪なびかせてるのとかちょっとかっこいいよね。
「髪の毛って伸ばせる? 腰くらいまでのロングにしてほしいかな。色は……藍色っぽく」
「おっけーい」
グレちゃんはもう一人のボクの髪の毛をつかむと、ぐいーっと引っ張った。
面白いように髪の毛がのびて、腰のあたりまでの長さになる。
さらに何かウィンドウを操作すると髪の毛が藍色に変わった。
日本人顔で髪の毛がアニメっぽい藍色だと、なんかすっごい変。
「髪の毛長いと、お手入れ大変だけど大丈夫?」
「あ、その前に髪の色もう少し濃い目にしてもらえる? 黒に見えるけど光にすかすと藍色っぽい、くらいに」
「……このくらい?」
「イイネ!」
グレちゃんはどこからと来なく櫛とハサミを取り出すと、チョキチョキと毛先を整え始めた。
「髪の毛編んだり、くくったりする? 今ならリボンか髪紐サービスするけど」
「リボンはちょっと恥ずかしいかな……あ、でもポニテ見てみたい」
「……ふむー。こんなのでどう?」
なぜかグレちゃんはドヤ顔でもう一人のボクをツインテールにした。しかも真っ赤なリボンで結んでいる。
「遊ばないでよ。ってゆーかツインテとかマジハズカシイ」
「……アユムに恥ずかしいなんて感情、あったんだ?」
「しつれーな」
「でも恥は知らないよね?」
「そうかもー」
それは認めざるをえないよね。
最終的に瞳の色を紅、肌の色を色白っぽく。髪は濃い藍色で髪型は後ろで三つ編みにしてもらうことにした。そのままストレートにしているのは見栄えはともかくとして冒険には向いてないらしい。そりゃ、動くたんびに髪の毛ばらばらってなってたらすっごいじゃまだよね。
「アバターはこんな感じでいい? 三つ編みのやり方覚えた?」
「んー、多分何とかなる」
幼馴染の子のなら三つ編みにしてあげたことあるしね。自分で自分の髪結うのはちょっと難しそうだけど。
「……そういえば、なんで基本的に現実世界のままなの? せっかくのゲームなんだし、ボクねこみみとか生やしてみたかったんだけど。あともうちょっと背を高くしたりとか」
「技術的な問題です。元の姿から乖離していると、データのコンバートが大変なんです。リアルタイムに書き換えしなきゃなので」
「……よくわからないや」
ボクの思考をアバターの動きに変更するのが大変、ってことなのかな?
「まあいいや。これで冒険にでかけられるのかな」
「あ、そのまえにゲストアバターをプレイアバターに切り替えちゃおう。おでこごっちーんてして」
「え? うん」
言われるがままに、もうひとりのボクのおでこに、熱を測る様にして自分のおでこをくっつけると。
ぐにゃり、と視界がゆがんだ。
あー、視力が正常化してるっていってたし、これもしかしてメガネの度が合わなくなっちゃってるのか。
しょうがないのでメガネをはずす。あれ、なんとなく頭が重い。
あ、これ髪の毛のせいか。長髪にしたことなんてないから、こんなに重いとは思わなかった。
三つ編みを左肩から前に回して垂らす。あは、なんかボクの髪の毛長いのって変な感じー。
元のボクの姿はいつの間にかいなくなってしまっているようだった。
「んー。思った以上に同調率たかいかな。ケガとかするとすっごく痛いかもしれないから気を付けてね」
グレちゃんがひよひよと飛んできて、ボクの肩にふわりと腰かけた。
「……なんかグレちゃんに心配されるとか不気味ぃー」
冷たい目で見られるのがよかったのになぁ。
「アユムさ、名前もだし、見た目があれだから勘違いしてたけどあんた女の子だったんじゃない。そう気が付いたら、あんなに怒らなくてもよかったかなって、ちょっと反省した。ごめんね」
「別に謝らなくていいよ? ボク女の子好きだし。今もグレちゃんのお尻がイイネって内心ハァハァしてるー」
「変態なのっ!?」
「その通りでございます」
変態紳士ならぬ、変態淑女なのだー。あはは。
「……どこまで本気わからないね、アユムってば」
でもボクから距離は取るんですね、グレちゃん。
「あ、これでプレイアバターに切り替わったから冒険にでられるのかな」
「アユムは攻略ウィキとかで予習してきたのかな? ふふふ、ここからは新規機能だよ!」
グレちゃんは、にんまりとした笑みを浮かべてボクの目の前に小さなウィンドウを広げた。
「えーっと、これ、なに?」
五つの小さな「?」が横に並んでいた。そしてそれぞれの「?」の下にはSTOPの文字。
なんかスロットマシンっぽいかんじ? ジャックポットいえーい?
「初期スロットの設定だよ。今からスロットを回すから、好きなところでSTOPを押してね。準備はいい?」
「いつでもいいよー?」
ふふふ、目押しは得意技!じゃないけど。運はたぶん、悪くない方だと思うんだよね。
倍率高いはずのLROの抽選とか、あっさりあたっちゃったしー?
「じゃあ、すたーと」
グレちゃんの言葉とともに、リールが回転し始める。
「ふふふー。いいのがでますよう……あれ」
ボクがSTOPボタンを押す前に。リールが全て、カチン、と何かにはまったように止まってしまった。
出目は。
緑色をした10という数字がひとつ。あとは全てグレーで埋まっていた。
「グレちゃん、なにかしたー?」
尋ねるも首を横に振るグレちゃん。
そして、リールの止まったウィンドウを覗き込んで。
「……あっちゃー」
と頭を抱えてしまった。
この数字って、いいの? 悪いの? どっちなんだろう。
ちゃっちゃとフィールドに出た方がいいのかなぁ。もう少し説明会続きます。