10、「このセカイの裏側」
「……またキミが関わってるわけだ?」
グレちゃんから事情を聞いた女神ティア様は、深いため息と共にそうぼやいた。
「えーっと、まさかこんなことになるとは思ってなかったし、不可抗力ってやつだと思うんだけど」
「そうだねー、そうかもしれないけど」
また、はあ、と深いため息を吐いて女神ティア様がボクとシェラちゃんを交互に見つめた。
「……こう、昔の自分見てるみたいで、なーんかね、ちょーっとね、客観的に見るといわゆる主人公体質ってこんなはた迷惑なものだったとは思わなかったわー」
三度目のため息。
女神様にもいろいろ事情がおありらしい。
「ティアお姉ちゃん、ようやくきゃっかんてきに自分をかえりみられるようになったのー」
「その点はアユムちゃんに感謝なのー」
双子の女神様がかわいらしく両手をバンザイして、ボクににっこり微笑んでくる。
良くわからないけど、以前はティア様がなんかやらかして双子女神のルラレラちゃんが尻拭いする感じだったってことなのかな。
現在、三人の女神様はボクが壊してしまったプライベートルームの復旧中。
それだけでなく。
ボクがやらかしてしまったせいで、LROの一部機能に障害が出てしまっているらしい。具体的にはプライベートルームでのプラクティスモードが使用不可、あと室内のレイアウトがリセットされたり、他人のレイアウトになってしまったりなど細々した不具合が起きているそうだ。
「……えーっと。ごめんなさい」
とりあえず、悪意は無くてもやってしまったのはボクなので頭を下げる。
「んー、ぜいじゃくなシステムを組んだわたしたちにももんだいがあるのー」
「こんどはアユムごときの魔法でふっとばないようにがんじょうにするのー」
双子の女神様も、以前あった時に開発に関わってると言ったのは嘘でも冗談でもなかったらしく、グレちゃんたちのように光るウィンドウを操作して、ものすごいスピードで何か作業をしている。
「あー、ただ、今回プライベートルームだったからまだ大丈夫だったけど、ルラレラティアではやめてね? あのレベルで空間破壊されたらちょーっと修復無理だから。バックアップから戻すと大規模な巻き戻しが発生しちゃうからやりたくないんだわ」
作業をしながらティア様が釘を刺してきた。
「……むー。ゴッド・ジーラを倒すとっておきの手段だったんだけどー」
「ごっどじーら?」
きょとん、と首を傾げる女神様。ちょっとかわいい。
「無人島エリアにでて来る某怪獣そっくりなレイドボスですよ。ハーマイオニーちゃんから連絡来てないですか?」
そういや、ファナちゃんたちのことも気になるね。
ボクたちより先に消えてたし大丈夫だとはおもうけれど。
「んー? そんなのいたかな? ルラレラは知ってる?」
「しらないのー」
「しらないけど、たぶんそういうイタズラしそうなのはママなのー」
「あー、寧子さんならやりそう」
何やら女神三人で頷きあっている。
寧子さんていう人。こないだシェラちゃんを助けてくれた人だっけ? 女神様と違うのかな。
そういや女神じゃなくて神様だとか名乗ってたっけ……。
まあ、今は誰があんなふざけたものを用意したか、が問題なんじゃなくてアレをどうするかが問題なので。
「あ、こんな状況でなんですけど。直接運営の人に意見を言えるせっかくの機会なので……」
手短に無人島エリアの現状を話すと。
「んー、そんなことになってるの? 流石に全エリアには目が届いてないからなー」
ティア様は少し作業の手を止めて、腕組みしてうなり始めた。
「プレイヤーに協力するのは自己責任で、って通達してタブレット配ってるから問題ないと思うわ」
「ただ、構造的にNPCが不利益を被る状況にあるというのは問題と考えるの」
さっきまでなんかひらがな交じりっぽい子供っぽい口調で話していた双子女神ちゃんたちも、急に真面目な顔になって別のウィンドウを開いて何かやり取りを始める。
「……だから、シェラちゃんとゴッド・ジーラを倒すのを許してください。あれさえいなくなれば、きっと、あの島のシステムをうまく回せるだけの下地は出来るはずなんです」
頭を下げる。
「……でも、キミ、制御できてないでしょ?」
ティア様にじと目で見つめられて、言葉に詰まる。
「でもまあ、わたしらに何とかしろ、って言わないで自分で何とかしようっていうのは感心したかな。まあ、待ちなさい」
「……はい」
うなずく。
ネーアちゃんはナィアさんに預けたし、とりあえず差し迫った危険はないはず。ボクの準備もまだ足りないし、焦って失敗する方が怖いよね。
……ところで、ボク、いつまでここに居ていいんだろう? ってゆーか、プライベートルームぶっ壊れちゃってるんだけど、どうやってログアウトすればいいのかな。
ぼんやり考えながら女神様たちの作業を見つめていると。
ばん、と突き破るように部屋のドアが開かれて。
「アユム! 大丈夫だった!?」
飛び込んできたのは、どこか見覚えのある姿の小さな女の子。
「……え、もしかして」
髪の色は違うし、瞳の色も違う。普通に黒髪黒目の日本人だけれど。
「ファナちゃん?」
「よかった、無事で!」
ぎゅう、とボクの腰に抱きついてくるファナちゃん。
その後ろから、デイジーちゃんとハーマイオニーちゃんがふよふよと空中を漂うように入ってくる。
思わず、自分の頬に手を当てる。そのまま首の後ろに手を回して、ボクのアバターの通りに長髪であることを確認する。色だって、濃い藍色のままだ。メガネだってかけていないのに、ちゃんと周りは良く見えている。
なのに、ファナちゃん、もしかしてこれ、リアルの姿?
「……え? ここ、どこ?」
システム的な、女神様たち用のプライベートルームみたいなものかと思っていたけれど。
もしかして、ここって。
「あれ、気が付いてなかった? ここわたしんちだよー」
ティア様が、ちょっと苦笑してひらひらと手を振った。
「でもってハナちゃんのお家でもあるね」
「……それって、ここ、リアルってことですか?」
ボクはLROのアバターの姿なのに。グレちゃんや、デイジーちゃんや、ハーマイオニーちゃんだって居るのに。シェラちゃんだって。
「ピ?」
思わず近くに立っていたシェラちゃんに手を伸ばして、確かにそこに居ることを確認してしまう。
「そうなるねー。でも、キミなら薄々気が付いてたんじゃない? グレイスから色々情報開示されたでしょ? 見込みのある人には、教えちゃっていいって言ってあるし」
「教えるって、何をですか? いったい、どういうことなんですか……?」
「ん? LROが本当に異世界に行くための道具だってこと」
「……え?」
頭の中が、真っ白になった。
――気が付いたら、別の部屋に居た。
女の子らしい、ぬいぐるみなんかがいっぱい配置された、かわいらしいファンシーなお部屋。
ボクはベッドの端に腰かけていて、なぜか腕の中にはリアルファナちゃんが居た。
「……幻滅した?」
ボクの腕をしっかりと抱きかかえて。
まるで、逃げられないように拘束するかのように。
背を向けたまま、リアルファナちゃんがつぶやく。
「……何に?」
問い返すと、首をそらして見上げるようにボクの顔を見つめてきた。
「すべてに」
ぎゅ、とボクの腕をつかむ手に、力が込められた。
「そんなことは、ないけど。ショックではあったかな」
こころの中でため息を吐く。
「現実から逃げて、架空の世界ではっちゃけてたつもりだったのに。そこももうひとつの現実だったって知っちゃったから」
良く考えてみれば、本当に架空の世界だったとしても。リアルの人間が集まって遊んでいる以上、もうひとつの現実にならざるを得ないのだろうけれど。
「え、そっちー?」
なんだか拍子抜けしたような顔で、ファナちゃんはくるん、とボクの腕の中で半回転して、正面から抱き合うように、ボクの顔に近づいてくる。
「わたしが関係者だって隠してたこと、責められるかと思ってたのに」
「え、ファナちゃんアレでばれてないつもりだったの? 初めて会った時から、ファナちゃん関係者っぽいなーってバレバレだったけど」
「うー!」
じたばた暴れるファナちゃんかわいい。
「改めて自己紹介。鈴里華香です。LROのテストプレイヤーです」
「ん、城之崎歩です」
そういえば、グレちゃんたちシス子シリーズとか、ちびねこちゃんとか、みんなファナちゃんのことをハナちゃん、って呼んでる気がしたのは気のせいじゃなかったんだねー。本名がハナカだからハナちゃんだったのかー。
「……今は震えてないんだね?」
「ハナちゃんかわいいから」
「リアルの女の子が、怖いんでしょう?」
ずい、っとキスでもするかのように顔を近づけてくるハナちゃん。
「正確には違うかな。ボクは……」
ハナちゃんを抱きしめるようにして、そのままベッドに押し倒す。
「……」
黙って、されるがままに、ボクを見つめてくるハナちゃん。
「ボクは……自分をさらけ出して、拒絶されるのが怖い」
逃げられないように、上から肩を押さえつけて。足をからめて。でも体重をかけないように優しく覆いかぶさる。
「……今なら、誰も見てないから、いいよ」
目をつむったハナちゃんに、そっと口づけをする。
「中学のとき、すごく仲のいい女の子がいたんだ。彼女も、ボクを受け入れようとしてくれた。
けど……」
名残を惜しむように、ハナちゃんから離れる。
「ボクの気持ちと、彼女の気持ちは、同じものじゃあなかった。だから、最後の最後で拒絶されちゃった。けど、ボクは自分の気持ちを抑え切れなくて……結局のところ彼女を傷付けた」
いたたまれなくって、だから高校は地元からずいぶん離れたとこになった。
「うわー、アユムのえっちー」
「うん。ボク、とってもえっちだよ。ハナちゃんにしたいこと、もしハナちゃんが知ったら、ドン引きすること請け合い」
「シェラちゃんにはしたんでしょー?」
「うん」
「じゃあ、わたしにも……」
ドンドン、とドアが叩かれる音が、せっかくの雰囲気をぶち壊しにした。
「もー」
ハナちゃんがぷう、と頬を膨らませて。
とてて、と小走りに部屋のドアを開けた。
「あー、うん。兄ちゃんな、お前にまだそういうのは早いと思うんだがー」
「盗み聞きしてたの? にーちゃんひどいよっ!」
ドアの向こう側に立っていたのは、なんだか冴えない感じの男の人。
二十代の半ばくらいだろうか。ハナちゃんのお兄さんらしいけれど、だいぶ歳が離れてるみたい。その手のお盆の上にお菓子とお茶が乗せられていて。ファナちゃんはさ、っとお盆だけ奪い取ると、こっちに戻ってきた。
「うー。紹介しとくね、わたしのにーちゃんで、LROの開発してる、太郎にーちゃん」
「あー、ども。鈴里太郎です」
ぺこりと頭を下げる冴えない男の人。
なんだろう。何が、とも、どこが、とも言えないけれど。女神ティア様に雰囲気が似ている気がする。兄妹なのかな。
「えっと、城之崎歩です。突然お邪魔してしまって、申し訳ありません」
「あ、いやティアとグレイスから話は聞いてるよ。あとうちのちびねこからも君の話は何度か聞いた」
ちびねこちゃんって、あのちびねこちゃん? ファナちゃんと仲がいいと思ってたけど、あの子も何か関係者だったんだ。
「あー、その、だなー」
ごほん、と咳払いをして。ずいっとボクに詰め寄ってくる太郎さん。
「恋愛は自由だ。しかし、学生のうちは節度ある交際を心掛けてほしいものだと思う」
「はぁ」
「……妹を、ハナを傷付けたら許さないからな?」
「それにーちゃんが言っていいセリフじゃないでしょー!」
ハナちゃんが、えいえい、と太郎さんを部屋の外に押し出そうとした。
「あら、ハナさん。太郎さま」
そこにさらにお盆を持った女の子が。
「お茶の用意は私がしますと言いましたのに」
ハナちゃんと大して変わらないような、中学生くらいのその女の子は。
お盆と、それに。腕に小さな赤ん坊を抱えていて。
「ハナさんの義理の姉で、太郎さまの妻の、リアと申します」
ぺこりと頭を下げた。
「……た、太郎さん、アウトーっ!? こ、こんな小さな少女を孕ませてっ!?」
「人聞きの悪いことを言わないでくれっ!? りあちゃんは見た目ちんまいけどちゃんと成人してるんだよっ!?」
「まさかの合法ロリっ!?」
ますます変態だー!
「ほらー。だからにーちゃんには言う資格がないってー」
「ぐぬぬ」
ハナちゃんが勝ち誇ったようにそう言って、太郎さんを部屋の外に押し出した。
「どうぞごゆっくり」
リアさんはお盆を置いて、赤ん坊をあやしながら太郎さんと一緒に行ってしまった。
……しっかしこのおうち、もしかしてさっきの太郎さんのハーレムなのかにゃー?
ボクも逃げないと、魔の手に落ちる可能性がっ!? ううー身の危険を感じるかもー。




