7、「非情で残酷な現実」
「アユムちゃん、おかえりー」
能天気なハーマイオニーちゃんの声で目を覚ます。
「うー」
死んでプライベートルームで目を覚ます、というのは。悪夢を見て、夜中にハッ、と目が覚める感覚に良く似ていた。すごく気持ち悪くて、まだ心臓がドキドキしている。
システム的に戦闘不能によるペナルティ的な物はないらしいけれど、あの痛みと、強制的にぶつんと落ちる意識の「もう、これで終わり」感は何度も味わいたいものじゃない。
「あー」
ゾンビみたいに唸ることしかできないやー。
「アユムちゃんはβプレイヤーじゃないから、死んだの初めてかなー? 気分悪い時はログアウトした方がいいよ?」
ぺちぺちと頬を触られて、その小さな手の感触がくすぐったいと思う。
「いや、早く戻らなきゃ。ナィアさんたちが無事かわからないし」
よいしょ、とベッドから起き上がってドアに向かう。
しかし。
「……あれ? なんでドアが開かないの?」
無人島エリアしか選択できないのはそのままで、まあしょうがないんだけど。
ドアが開かないってどゆこと?
「LROではいわゆるデスペナルティってゆーやつは無いんだけど、戦闘不能になった場合、その戦闘が終了するまではフィールドに入れない仕様だよ? 具体的に言うと敵を全て倒すか、パーティメンバーが全滅するか、敵と一定距離以上に離れるか、って感じ」
「……まさか、ナィアさん達が戦闘中なのっ!?」
「パーティメンバーのシスタブが現地にないから、教えられませーん」
「む」
ハーマイオニーちゃんが微妙な言い方をした。グレちゃんはデフォルメバージョンがシスタブに入ってたけど、ハーマイオニーちゃんも入ってるんだろうか。
自分のシスタブを見ると。
2Dのグレちゃんとハーマイオニーちゃんが二人そろって踊っていた。
……なんてウマウマって腰ふって踊ってるんだか。
とすると、パーティメンバー以外のシスタブは現地に有ってハーマイオニーちゃんは現地の様子を確認できてる? 残ったアンジーとかだろうか。それとも他の人?
ナィアさんはボクのパーティメンバーのはずだけど。
「あ、ナィアさんは現地のタブレットだから、中にハーマイオニーちゃんとかいないのか」
連絡が取れないか試して見るが、逃げていて見る余裕がないのか、それとも戦闘中なのか。
……仮に戦闘中だとしたら。無事、なんだろうか。
「意地悪しないで、ここ開けてよっ!」
必死でドアを開こうとするが、反応は無い。
「ごめんね、仕様なのです」
無情に答える、ハーマイオニーちゃん。
――それから十五分後。ようやくドアが開いた。
「……」
リターンを使えなかったので、前回冒険を終了した場所、つまりボクが死んだ場所に直接戻ることは出来なかった。だから、ポータルに降りたんだけれど。
そこは、まさに、怪獣が暴れまわったとしか言えない状態になっていた。
「……っ」
システム的な保護が働いているらしく、ポータル自体やその近くにあった謎の像は無事だったものの、木々はなぎ倒され、地面はえぐれ、怪獣が歩いて行った後がはっきりとわかる。
「ナィアさん、シェラちゃんっ!」
アンジーの勧めに従って、島の中央の山の方に向かったはず。
慌てて駆け出そうとして、ふと気が付いた。
……確か、死んでプライベートルームに戻ると、手元にない武器とかもロックをかけていれば全部一緒に戻ってくるって仕様じゃなかったけ? 確か、βの時のwikiにはそんなことが書いてあった気がする。アイテムを無くした時に取り戻す最終手段のひとつとして紹介されてたと思うんだけど……。
――なら、なんでシェラちゃんはボクと一緒にプライベートルームに戻ってこなかったんだろう?
シェラちゃんは、ボクの装備として認識されてるはず、なんだけど。
まさか、とは思うけれど。
シェラちゃんが。
「ピ」
「え、わあ」
いきなり背後からシェラちゃんの肯定の音がして。振り返ると、ちょっと木の葉や泥で汚れてはいるものの、五体満足なシェラちゃんが立っていた。
「シェラちゃん! 無事だったんだ」
思わず抱きつき。そして、シェラちゃんに「プ」とおでこをつつかれた。
「え、それどころじゃないって?」
「ピ」
「それにしても、シェラちゃんなんでここに、あ」
そういやシェラちゃん、影族のカードセットされてるから影渡り使えるんだ。
「ピ」
ホウキを取り出してシェラちゃんがまたがり、乗れ、とばかりに後ろのシートをぽんと叩く。
「了解っ!」
ぎゅーとシェラちゃんの腰を抱きしめながら、ホウキにまたがると。
次の瞬間、ふわりと浮きあがって、森の木々を超えて突き進み始めた。
「どこに向かってるの? ナィアさんとこ? ナィアさんは大丈夫だった?」
「ピ」
舌噛みますよ?とばかりにちらりと一度こちらを見て、シェラちゃんがスピードを上げた。
「わー」
徒歩で歩くとそれなりに広い島だけれど、大型バイク並みの速度が出るホウキで空を飛べばあっという間だった。森の中に少し開けた場所があって、ログハウスのようなものが数件建っている。
そして。
ネーアちゃんを囲む、何人もの男たち。
ナィアさんが弓で牽制しているものの、殺気だった様子で今にも襲い掛かりそう。
「やめろー!」
「ピ」
シェラちゃんが、小さな魔法の矢をマシンガンのように撃ち放って、男たちの足を止める。
そのまま、地面をすりながらホウキで割って入った。
「何してるのさ!」
腰の剣を左右に抜いて、構えながら睨み付ける。
「アユム」
ナィアさんの声に、振り向かずに小さく手を振って応える。
薄汚れた格好をした男たち。いや、正確には女の子も混じっているけれど、みんな憎々しげにネーアちゃんを睨み付けている。
「……こいつのせいなんだろ。あんなバケモノが襲ってくるのは」
ぼそり、と狼のような風体の男が言った。
「さっさとあの化け物に食わせればいいんだッ!」
吐き捨てるように言って、棒切れを振り上げる。
もしかして。この人達、NPC? プレイヤーならプライベートルームに戻れば危険はないはずだし。ああ、そうか、βプレイヤーでこの島に仲良くなったNPCを連れてきたのがMK2だけなんてことはないだろうし、この人たちはこの島に取り残されたNPCなんだ。
もしかしてアンジーはこの人たちに逃げるように伝えるために、リターンを使わずに走って行ったのかもしれない。
「ふん、悪いが、わたしはあんなものに喰われてやる気はない」
ナィアさんの背にしがみついたネーアちゃんが強い眼差しで睨み返す。
「アレは、いずれわたしとエムケー・ツーが排除する。夢の邪魔だからな!」
「そのエムケーなんとかは、足が不自由になったお前を見捨てて逃げたんだろうが!」
「必ず帰ってくる。現にこうして、強力な味方を送ってくれたッ!」
ネーアちゃんがふん、と鼻を鳴らして狼男に言い返す。
「このっ!!」
挑発されたと感じたんだろう。狼男が拳を振り上げたところに割って入る。
「あのさ……。境遇に同情しないこともないけど。恨むならキミたちをここに連れてきたプレイヤーを恨むのが先じゃないの?」
「戻ってこないヤツに、どうやって恨みをぶつけられる?」
「……」
要するに。
プレイヤーの方だけ別のエリアに行ってしまったか、もしくはログインしなくなってしまったか。どっちかなんだろう。
「……この中に、嫌だったのに無理やり連れてこられた人は居る? そうじゃないのなら自己責任だと思う」
「閉じ込めれて、あんな怪物に襲われると知ってたら誰も来ねえよッ!」
「ボクたち異邦人だってそうなると知ってたら連れてこなかったと思うけど、まあ、結果論だね」
何にしても今はまともに話せそうにない。
「シェラちゃん、ナィアさん」
「ピ」
「うむ」
再びシェラちゃんが牽制のマジンガン魔法の矢を撃って。ネーアちゃんを抱えてホウキで飛び上がった。ナィアさんは地上を猛スピードでホウキの後に続く。
そうして、ポータルの所まで戻ってきた。
「……」
ネーアちゃんに暴力を振るったのって、騙されて連れてこられたプレイヤーだけじゃなくって。ああいう、こっちの人もなのかもしれない。
「……ふん。ふるえて隠れることしかできない犬っころの言葉なんか、しったことか」
シェラちゃんに背負われたネーアちゃんが、吐き捨てるように言った。
「ネーアちゃん、そういう自分からケンカ売るような態度もよくはないよ?」
「MK2は必ず、帰ってくる……。絶対に、なんだ」
泣きそうな顔で、悔しげに顔をゆがめるネーアちゃん。
狼男に、「MK2に捨てられた」と言われたことが、相当悔しかったらしい。
「ん、そうだね」
人を騙すような人間が、どこまで信じられるかということには少しばかり疑問も感じたけれど。
ネーアちゃんを、ぎゅーっと抱きしめる。
……ネーアちゃんは、拳を握りしめたまま小さく震えていた。
「わたしだって、責任は感じているんだ……。けど、しょうがないじゃないか」
たぶん、狼男には啖呵を切ったけれど、本当はあの怪物をこの島に呼びこんでしまったという負い目もあるんだと思う。ああして、いつかMK2と共に怪獣をやっつけると言い張ることで自分をごまかしてるのかもしれない。
「……ネーアちゃん。キミはたぶん、あの怪物を起こしてしまったのが自分だと思って自分を責めてるんだろうけれど。たぶん、違うと思う」
「……何を言っているんだ? アレは、わたしとエムケー・ツーが」
「んー、たぶん遅いか早いかの違いだけで、絶対アレはこの島を襲ってたと思う」
「……どういうことなんだ?」
ネーアちゃんが、顔を上げて首を傾げる。
島のゲージと、それからこの破壊された島の惨状から考えると。
それに、某怪獣にそっくりなアレ。
うん、たぶん。ボクの考えは間違ってないと思うんだよね。
「おい、それはどういうことだ!? あと、お前には色々聞きたいことがいっぱいあるんだが!」
突然の声に振り返ると、ポータルの石台からハゲ男アンジーが降りてくるところだった。
「あれ、アンジー?」
ポータルから戻ってくるって、もしかして死んだ?
「いいから教えろ。どういうことだ?」
詰め寄ってくるハゲ男。シリアスな表情なのに、きらんと反射する輝きが微妙に笑える。
「んー。島のゲージや資産や資源のゲージをみればわかるでしょう?」
ボクたちが登録したから資産のゲージは一気に増えていたはずだったけれど。
怪獣が暴れた後、地面に書いた線は消され、ぐちゃぐちゃに荒され、資産のゲージが減っていた。
「……アレはたぶん、文明の破壊者的な物だと思う。島のゲージが一定以上になるとか、条件を満たせば資産や資源のゲージを減らすために現れる。この島って戦闘要素少ないし、そのために用意された仕組みなんじゃないかな」
「……言われてみれば、思い当たる節はあるな」
アンジーが腕組みしてうなる。
ネーアちゃんは、島のシステムというのがよくわからないのかきょとんとした顔でボクとアンジーを交互に見つめている。
「だいたいアレ、ゴ○ラにそっくりすぎるし、こっちの生物じゃなくって絶対LROで用意された敵でしょ? ってことは島のシステムの一部だよあれ、絶対」
確かにな、とアンジーがうなずいた。
「ってこたぁ、最初にアレを何とかしないとどうしようもないってことかぁ? 詰んでやがるな……。LROの運営出て来いやオラァ!って感じだなチクショウ」
「話がよくわからないのだが、それは異邦人に関わる何かが原因ということでいいのだろうか」
「ん、そんな感じ」
首を斜めにしたままのネーアちゃんを、安心させるようにギュッとだきしめる。
大丈夫だよ、と背中をさすると、力が抜けたようにへなへなと崩れ落ちた。
「……そうか。そうだったのか」
何度もつぶやくネーアちゃん。
なんだかんだ言って、やっぱりかなり責任感じてたみたい。
「ところでアンジー。あのゴ○ラについて、もう少し詳しい話聞かせてくれる? なんか対策しなきゃだめっぽいし」
ネーアちゃんをなでなでしながら(役得だね!)アンジーに尋ねると、アンジーは腕組みしながら話し出した。
「アイツはな、最初に現れたときは、メガマウスにそっくりだったんだ。深海魚の口がでっけぇサメな。それから少しずつ進化っていうか、陸に上がって来るたびに姿が変わりやがる。ゴ○ラみてぇになったのは前回からだな。今回はだいぶ森の奥の方まできやがって、そっちの蛇女さんとメイドさんがいなけりゃやばかった」
「あれ、ナィアさんたち何かしたの?」
「うむ? ヤツの進行方向に先ほどの村があったのでな。少しばかり弓で足止めと攻撃をな」
「ピ」
なぜかそっぽを向くシェラちゃん。
「特にそっちのメイドはすごかったな。ホウキに乗ったまま7人に分裂して、それぞれが30本近い魔法の矢を一斉に発射とか、何もんだよおいって感じだ。おかげで何とか、アイツの侵攻を食い止めることが出来たんだが。そもそもその子、見た感じプレイヤーじゃねーんだろ? なんで魔法の矢とか使えるんだ?」
「分裂??」
そんなカード持ってないしセットした覚えもないけど……。
シスタブでシェラちゃんのステータスを確認する。
そういやそもそも魔法の矢もLv0と1のしか入れてないのに何十本も矢が出てたのも不思議だったんだよね。
「……EX、影分身?」
シェラちゃんに差した影族のカードに、Lv10のボクも知らないスキルが付いていた。