「とある新人プレイヤーの週末」
とある新人プレイヤー視点です。
……どどど、どーしよー?
あたしは、頭の中が真っ白になって、パニック状態だった。
ダンジョン入ったら、いきなり天井から何か落ちて来て、息が出来ない。
なんとかしようともがくものの、柔らかい物体はあたしの顔に貼りついていて取れない。
あ、あ。
だんだんと意識が朦朧として来て。
――気が付いたらプライベートルームに居た。
「……だいじょうぶ?」
あたしの顔を覗き込むようにしている小さな人影は、システム・オペレーティング・コンパニオン、通称シス子ちゃんのNo13、ゼノヴィアちゃんだ。真っ黒なローブを着て、銀髪紅目。おっきな草刈り鎌を携えていて、なんか死神っぽいイメージの美人さんだ。
「ううー、大丈夫ばないかも。死ぬって、やっぱ苦しいんだね……」
窒息死は初めてだった。たぶん、スライムに取りつかれてそのまま息が出来ずに死んじゃったんだろうと思う。こういうとき、ソロプレイはきついと思う。仲間がいれば、口の部分を切り裂いてくれたり、あるいは松明のようなもので焼いてくれたりすれば助かる可能性もあったと思う。
「何度も言いましたけど、このエリアに飛ばされた方だけは、一度だけエリアの再選択ができます。無理をする必要はないのよ?」
「でも、だって、初期でランダムに飛ばされる以外に入れないエリアなんでしょ、ここ。ゲーマーとしては、あきらめるなんて選択肢ははなっから無いんだからっ!」
ゼノちゃん曰く、このエリアは非常に特殊なエリアで、「特定の条件を満たした方のみ」が、さらに「非常に低確率」で、「初期ログイン時のみ」に入れる可能性がある場所なんだという。
さらに言えば、クリアすると特別な報酬として、現実では不可能な、あたしの願いが叶う可能性がある。
これって、絶対にクリアしなきゃいけないよねっ!?
いくらきっついからって、簡単に投げ出すわけにはいかないよねっ!?
難易度は最強。狂気レベル。
レベル1の勇者が、いきなり裏ダンジョンに放り出された感じだけどっ! でも、そもそもLROってレベルという概念がないゲームだから、理論上はクリアできるようになってるはずなのだ。
……問題は、そんなすっごく特殊な条件でしか入れないエリアだから、プレイヤーがあたししかいないところなのだった。
ゼノちゃん曰く、あたし以外にも3人ほどこのエリアに来た人がいたみたいなんだけど、速攻で別のエリアを選択したらしい。なので、あたしはずーっとソロプレイなのだった。
掲示板とかwikiとかも覗いてみたんだけれど、だいぶあたしとは状況が違っているらしくて全然役に立たなかった。
wikiだとシス子ちゃんはNo0~No12の13人ってなってたけど、ゼノちゃんはNo13の14人目だし。あたしが居る「魂の煉獄エリア」についての情報も当然全くなし。こっちが情報求ムっていろいろわかってることを書いたんだけど、「デマ流すな」「ウソゆーな」と誰にも相手にされずにwikiの書き込みも消されてしまった。
仲間になってくれるNPCとかも普通のエリアにはいるらしいんだけど、このエリアのNPCは、普通のオフゲーのNPCと同じ感じで、同じ言葉を繰り返すばかりで全然話が通じない。
見た目が普通の人間なだけに不気味でしょうがない。
……でも、これだけの規模のゲームをあたし一人だけがプレイできる、というのは優越感を感じるところもある。なんとかクリアしたいところだよね。なにしろクリアすると……このエリアが他のエリアにつながるらしいから。そうしたら、誰でも入れるようになるらしいし。あたしが言ってたことが本当だって、みんなわかってくれる。
その時の反応がいまから楽しみでしょうがない。うふふ。
この魂の煉獄エリアは、大きな壁に囲まれた都市国家、といった風体の場所だ。門はしっかりと閉じられていて出入りは全くできない。つまり、いわゆるフィールドというものが無い。その代わりに街の中にダンジョンへの入り口がある。街の人たちに片っ端から話を聞いて情報を集めたところによると、どうやらこのダンジョンの最奥にある悪の魔導士を倒せばこの街は解放されるのだという。
だからあたしはまずは酒場で仲間を集めよう、と。
「誰かあたしと一緒にこの街のダンジョンをクリアしようよっ!」
と大声で叫んだんだけれど。
だーれも反応しなかった。
よくできたNPCだけれど、どうやら仲間にはなってくれないようだった。
だから一人でダンジョンに潜ってみたのだけれど、冒頭のごとくスライムにやられて帰って来たのだった。
「他のプレイヤーが来るまで頑張るしかないのかな……」
ため息ひとつ。
とりあえず、街をもう一度探索してみよう。
街は、朝でも昼でも真っ暗だ。ガス灯らしきものがあちこちに立っていてぼんやり辺りを照らしているが、大して明るくはない。さらには霧もふかくて見通しが効かない。
そんな中、NPCの人たちがまるで亡霊のように、のたのたと歩いている。
……まるでゾンビのようだ。
顔に生気はなく、話しかけても同じ言葉をぼんやり返してくるだけ。
wikiでLROについて前情報を仕入れたときには、こっちのNPCってとてもAIとは思えないほど普通に受け答えをするという話だったけれど、どうやらここはそうではないらしい。
ただ、いくつかのキーワードと思われる言葉を使って話しかけたときだけ、明らかに口調や表情が変わって別の言葉を返す。
あたしが手に入れたキーワードは「クエスト」「魂の煉獄」「この街から出るには?」といったもので、あまり変わった情報は仕入れられていない。
とりあえず、繰り返し可能っぽいクエストがあるのでそれをこなしておくことにした。
街の中で出来るクエストをこなして、カードが多少充実してきたので、合成してレベルを上げ、再びダンジョンに突入。
……今度の死因は、十匹を超える大きなネズミに全身をかじられるというものだった。
やっぱりソロはつらい。
最初は昔懐かしの3DダンジョンRPGみたいでわくわくしていたけれど、難易度が高すぎる。役割別に6人パーティが基本だよね、やっぱり。
もう何度プライベートルームと迷宮を繰り返したかわからない。
スロットのレベルも多少は上がって、レベルの高いカードも装着できるようになって少しは楽になってきた。とにかく大勢の敵に囲まれると速攻で終わるので、魔法の矢を3枚、さらにはカスタマイズして威力は低めだけど矢の数を増やして一斉射撃。この戦法を確立してからは、迷宮1階はなんとか歩けるようになった。たまにスライムに殺されるけど。
迷宮の1階ではカードの他に、武器や防具なんかも手に入ったけれど、皮の防具くらいならともかく武器のほとんどはそういった経験のない現代人の手には余るシロモノで、大概は重くて振り回せなかった。持って帰るのも大変だけれど、多少のお金にはなるのでなるだけ持って帰った。
一度だけ、光り輝く宝箱がでて、アーティファクトを手に入れた。
炎の力を持つ剣で、軽くてあたしでも振り回すことができた。もっとも、敵に近づくなんて怖いことはしたくないので、お守り代わりにただ腰にぶら下げているだけになった。
調子に乗って地下二階に下りたら火を噴く小さなコインに一斉に火を噴かれて死亡した。一斉射撃をあたし一人にやりかえしてくるとはひどすぎる。
「地下十階まであるって話だけど。この分だと数年かかりそうなレベルだよね……」
せめてあと二人。前衛を張れるひとと、回復役がいればもう少し楽になるんだけど。
ため息ひとつ。
お酒でも飲まなきゃやってられないよね。
ほんとは未成年なんだけど、LROの中では問題ないらしい。
最近は酒場で一杯やってからプライベートルームに戻るのが日課になっていた。
「……あれ?」
いつもまったく同じ場所に座ってるNPCのはずだったのに。今日に限っては見知らぬNPCがいた。頭にねこみみの生えた、ちいさな女の子が、カウンターに座ってミルクのようなものを飲んでいた。
「お嬢ちゃん、だれ?」
思わず声をかけると。ここのNPCだとは思えない、とてもかわいらしい笑顔で微笑んだ。
「スズは、スズなのです。おねーちゃんは誰なのです?」
「え、あたしは、イズミです」
「元気がないのです? 一緒に踊るのですっ!」
スズと名乗ったちびねこちゃんは、カウンター席から飛び降りて、あたしの手を引いた。
酒場の隅にある小さなステージに飛び乗ると。
「踊りたくなった時っ! そこがステージなのですっ!」
両手を上に上げて、腰を左右に振りながらうーうーうにゃうにゃと踊り出すちびねこちゃん。
「あはは……」
この子、プレイヤーなんだろうか。
一応、十五禁のゲームなので、こんな幼稚園くらいの子供がプレイできるとは思えないんだけど。
「いずみも踊るです」
手をひっぱられて、しょうがないなぁ、と拙くも腰を振りながら踊りはじめる。
身体を動かすと気持ちがよかった。
どうせ他のNPCは人形みたいに何をしたって気がつかないんだから。人目を気にする必要もない。
「ふぃー。いい汗かいたのです」
「あは、楽しかったね」
思わず頭をなでてしまう。
これが、特別なNPCのスズちゃんとの出会いだった。
この後スズちゃんと一緒にダンジョンに潜るようになり。たまにティアさんという、スズちゃんのお姉さんまで現れるようになって、一緒にダンジョンを攻略するようになった。
あたしは、絶対にこのダンジョンをクリアするんだからねっ!
ある意味アユムよりも特殊な状況に置かれた人の例。こっちの子はもしかしたらそのうち本編に出てくるかも? 少なくとも掲示板関係には顔出しそうです。
次回から第二話開始予定……。ですがまだ全然話が煮詰まってなかったり。
 




