「とあるβプレイヤーの週末」
とあるβプレイヤー視点のお話です。
――今日は待ちに待った、LROの正式サービス開始日だ。
朝早くから起きて準備を整え、すぐにゴーグルを被った。開始時間はお昼丁度なんだが、βテストを何度も経験した俺は、いろいろ抜け道というか裏ワザを知っていたからだ。
例えば、開始時間になるまではフィールドに入れないが、遅くても当日の朝6時にはプライベートルームに入れるようになっている。スタートダッシュを決めるなら、のんびりお昼の12時を待ってログインするなんてバカのやることだ。あまり知られていないことみたいだけど、ログインログアウトには結構なタイムラグもあるしな。
どうもゲームサーバーのある場所から離れるほど時差というか、時間がかかるようで、独自に調べた結果、最大で1時間近くも差があるらしい。余談だが、LROが海外展開を予定していないのはこのログインログアウトにかかるタイムラグが原因だという話だとか。
まあ、そんなヨタ話はともかく。早くプライベートルームに入って、シス子ちゃんから正式サービス開始に伴う変更点を確認しなくてはならない。
ログアウト予定時間の設定はぎりぎり最大にセット。今日はまる一日を費やす予定だ。
「うし、行くぜ!」
気合を入れて、ベッドに横になってスイッチを入れる。
しかし。
いつもならすぐに暗転してプライベートに現れるのだが。今日は少し時間がかかっていた。
……なんか事故か? だいぶ早い時間だから、一斉にログイン開始して回線がパンクしてるとかもないだろうし。ってゆーか、そもそもLROはネット回線つかわないし。
しばらく暗闇に光るチカチカとした星のような瞬きを見つめていると。
≪LROをご利用いただきありがとうございます≫
≪正式サービス開始に伴い、プレイ可能なエリアが増えています≫
≪βテストに参加されていた皆様は、βテストで使用されていたエリアか≫
≪それ以外のエリアでプレイするかを選択することが可能です≫
≪どちらでプレイするかを選択してください≫
≪なお、全てのエリアはつながっていますので、選択することで他のエリアに移動できないということはありません≫
長々とした、そんなメッセージが聞こえてきた。懐かしのシス子ちゃんの声だった。
「はッ、決まってんだろ。俺の選択はβテストのエリア一択だぜ!」
なんせ、リティが俺のことを待ってるからなっ!
≪……手続きを完了しました。では、よい冒険を。あなたに幸運があらんことを≫
「……おう、って。あれ、お別れみたいなセリフだな?」
奇妙に思ったのもつかの間。気が付くと俺はいつもの真っ白な部屋の中、プライベートルームの中に居た。よいしょ、とスライムっぽい緩衝剤の中から起き上がると、部屋の中央に居たのは見慣れたシス子ちゃんの姿ではなく。
「ようこそLROへ!」
でずにーアニメにでも出てきそうなエプロンドレスを着た金髪の小さな女の子だった。
アリスと名乗ったオペレーターに、いろいろ説明を受け、さらにフィールドに出られるようになるまではまだだいぶ時間があったので、プラクティスモードを起動して、カードという新機能を試した。βテストでは木の棒とお鍋のフタだけ渡されて、「ほら死んでこい」って感じだったのに、魔法の矢とか癒しの光だとかそこそこやれそうな感じだ。
……これならリティに余計な負担かけなくて済みそうだ、と俺はほっとした。
βテストは4か月、5回にわたって期間を分けて実施されたが、最後の1回を除いて毎回全部リセットされて最初からだったので最低限の攻撃力が確保されるのはありがたい。
「うし、時間だな。行ってくるぜアリス」
「はい、よい冒険を」
オペレーターに見送られて、ドアをくぐると、懐かしい草原が目の前に広がった。
渡されたシスタブという機械には、現在他のプレイヤーとマッチング中です、しばらくお待ちください、と表示されていたが、無視して歩き出す。
しっかりと準備してきた俺の格好は。鉄板の入ったごっつい軍用ブーツに、全身を覆うライダースーツ。これも裏ワザのひとつだ。
このゲーム、基本的にログイン時に身に着けていたものがそのまま取り込まれる仕様だ。だから、現代日本で手に入る防具を装備していけば、最初っからそれなりな状態で冒険に挑めることになる。防弾チョッキみたいのは少し値段が張るし、入手もちょっと手間なので比較的容易に手に入ってしかも全身を守れるライダースーツはかなり実用的だ。他にも理由はあるがそれは後で。
ヘルメットとかも持ち込めると最強だったんだが、流石にログインするのにゴーグルを被らなきゃいけないので無理だった。
鉄板入りの靴は足を守ると同時に強力な武器にもなる。装着したままログインしないといけないので多少面倒ではあるが、ろくな交通手段のないルラレラティアにおいてはとにかく足回りは重要だ。
あきらかに武器とみなせるナイフなどは取り込まれないのだが、これにも裏ワザがあって、例えば丈夫な紐を装飾品のように腕に巻きつけておき、現地で石を拾って両端に結び付ければポーラという武器になる。ここらに現れるウサギくらいなら生け捕りも可能だ。ほかにも、金属製品は持ち込むのが微妙に難しいのだが、LROのシステムでも流石にベルトのバックルや金属製のボタンといったものまで排除するわけじゃない。ポケットに入れておいた程度ではそのままでは持ち込めないものも、装飾品のよう服に縫い付けておくことで持ち込むことが可能だったりする。たとえば、このメリケンサックのように。
そして、最大の裏ワザは。
「シノブ、久しぶり!」
わずかな気配とともに、背後に現れたのは。
「……相変わらず早いな、リティ」
俺とおそろいの黒いライダースーツを身にまとった、なんとなくダークエルフっぽい感じの褐色の肌をしたスレンダーな女性。長い黒髪も相まって、まるで影の様だ。
俺の相棒にして契約者である、影族のリティス・ラティスだった。
「影渡りなら、どんな距離でも一瞬だからね」
すっと、身を寄せて来て、ついばむようなキス。相変わらず情熱的な女だ。
βテストをやっていた人間だけが使える最大の裏ワザは、現地の人々との絆。これに尽きる。
アイテムなんかはβ期間が終わるたびにリセットされていたが、ルラレラティアというこの世界はそんなことお構いなしにずっと継続されていた。
……1回目のβ終了の時には、思わず恥ずかしいこと言っちまったんだよな。
全部リセットされるものだと思って。「君は俺のことを忘れてしまうかもしれないけど、きっとまた君に出会うから。それが俺たちの運命だ」、なんてことを言っちまって。
2回目のβ開始時に、今日のように影渡りで俺の影に現れたリティスに。
「……運命なんでしょう?」
と熱烈な抱擁をうけたことは記憶に新しい。
まあ、それはさておき、だ。スタートダッシュを始めるとしよう。
「リティ、確認だ。アレはどうなった?」
「今日までに2割ほどが消えたけど……大半は残ったままだよ」
「よし、やっぱ最終βからだとそこまで修正は入んなかったか」
さらなる裏ワザ。
プレイヤーの持ち物は全てリセットされるが。現地のNPCはそのまま連続しているので、つまり彼ら彼女らの持ち物は基本的に消えたりしない。それを見越して、俺はβ時代に手に入れたアーティファクトの類は、終了前に全てリティに譲渡しておいたのだ。
おそらく消えたのは、プレイヤーにしか使えないタイプのアーティファクトだろう。かなりゲームっぽいメチャクチャな性能のやつだったから、カードというシステムが実装された関係で調整が入ったんだろう。
「まずは街まで移動だな」
「うん。シノブとの二人乗りも久しぶり」
言いながら、リティが自らの影に手を当て。そのまま影を持ちあげた。
ぐにゃり、と影がゆがんで大型のバイクのようになる。
初めて会った時はリティは影の馬に乗っていた。だが俺が二輪で走るバイクについて教えたらこんな感じになってしまった。最初は「こんな不安定なモノが走れるわけがない」と、倒れないか不安がっていたリティも、実際に乗ってみて今ではすっかりバイクの虜らしい。
なにより馬と違って制御が楽、らしい。四足をからまないように動かすよりは単純な回転運動の方が楽だろうしな。本物と違ってエンジンなんかを再現する必要もないのでタイヤが回りさえすればいいわけだし。
本来なら歩いて四日。β時代に知られた近道の川を下る、街道に出て馬車に乗せてもらう、よりももっと早く確実に、たったの数時間で俺は街に着けるのだった。
……相変わらず、いい腰してんなぁ。
影のバイクを操れるのはリティだけなので、俺は後ろに乗ることになる。しっかりと前に手を回して腰につかまると、ちょっとムラムラとしてくる。
「しっかりつかまってて」
その声に、ちょっとびくっとしながらうなずく。
「お、おう」
エンジンがあるわけでもないので、音もなく影のバイクが走り出す。
俺が運転できれば、リティの胸の感触とか確かめられたんだろうか。
まあ、結構いい仲なのでおっぱい揉んだこともあんだけどな。βの時には下着脱げなかったから、最後まではできんかったんだよな。
……まあ、十五禁のゲームだしな。NPCのおっぱい揉める時点でR18な気もするが。
それより今後のことだ。
「リティ、今度はカードってシステムが実装されたらしくてな。最近街の近くにダンジョンが出来たりとか、あとなんか変なカード見たりとかしなかったか」
アリスの話では、クエストや専用のダンジョンでカードは手に入るらしいが。
「あ、私はクエストNPCとやらに選ばれたので、カードもらった。あとでシノブに全部あげる」
「……は? マジでー?」
「マジです。全部で三十枚くらいある。何か困ったことがあればこれを報酬として異邦人にお願いしろといわれたけど、枚数は私の裁量にまかされているから。問題ないよ?」
「リティ愛してるっ!」
思わずリティの背中に頬ずり。
「はは、私も。愛してるよ、シノブ」
「よーし、これは幸先がいいな。まずは使えるアーティファクトを確認して、装備してダンジョン探しか」
「新しいダンジョンらしきものも情報をつかんでるよ。また、一緒に冒険だね!」
「おう、頼むぜパートナーっ!」
「まかせて」
馬にムチでも入れたように、影のバイクがスピードを上げた。
俺たちの冒険は、まだ始まったばかりだ。
このひとたちが本編に出てくるかは今のところ未定デス。アユム以外にも、こんな感じでいろいろ要領よくやってるひともいますよー、くらいの雰囲気を感じていただけたらと。




