19、「神機(オーバード・フレーム)」
研究室という割にはひどくすっきりとした部屋だった。
部屋の中央に大きな円筒形のガラスの筒が三つあるだけで、デスクっぽいものとかもない。
そんな部屋の中でボクたちを出迎えてくれたのは、白衣を着た若い男の人?だった。綺麗な顔をした美人さんだ。髪は黒くて腰まで届く様なロングヘア。そこだけみると女性っぽいんだけど、声は低めだし体格はなんとなく男性っぽいがっちりした感じだった。
『おや、珍しいな。ナイアーツェ以外がここを訪れるとは。紹介してくれるかね?』
――そして。その男性は、向こう側が透けて見えていた。
冥族って、たしか吸血鬼みたいな感じってwikiで見た気がするけど。
……もしかして、幽霊のまちがい?
「えっと、」
何か答えようとしたら、ファナちゃんがぎゅっとボクの腕に抱きついてきたので言葉を飲む。
「ゆ、ゆ、ゆ、幽霊っ!?」
ファナちゃんはお化けが怖いのだろうか。ガタガタ震えている。見た目だけならさっきのゾンビメイドの方が怖かったと思うんだけどな。
「うむ、久しぶりだノイ。十五年ぶりだったか。地上を離れていたノイは最近の事情を知らないかもしれんが。最近異邦人がこの地を訪れるようになってな。こっちがアユム、こっちがファナトリーアという。そこの小さいのがティア・ローだ」
「ども、キノサキ・アユムです」
ナィアさんに紹介されて、軽く頭を下げる。ファナちゃんは一緒に小さく頭を下げただけですぐボクの後ろに隠れてしまった。
「にゃーなのです!」
ちびねこちゃんは元気に両手を上げてごあいさつした。相変わらず物怖じしない子だよね。
『ほぉ。オラクルネットワークも闇星までは通じてないからねぇ。異邦人襲来とかそんな面白いことが始まっているなら、私も戻ってこようかな。うん? ああ、ということはもしかして私の人形と契約しに来たのかな? いや、タイミングが悪かったね』
ノイさんはちょっと肩をすくめて後ろの巨大なガラスの円筒を見た。
『先日、テッラがちょっと大きなケガをしてね。代わりにヴェラを連れてゆくことにしたんだ。いやすまない。ここに残した人形はナィアーツェに任せると言ったが、五百年も誰もまともに契約できなかったんだから、持って行ってもかまわないだろうと思ってね。いちおう、ナィアーツェの部屋も訪ねたのだがあいにく留守だったようでね。だからこうして言伝用に影を残したわけなんだが』
ノイさんがすまなさそうに言うが、知らない固有名詞っぽいのがいっぱいでさっぱり話がよくわからない。なんか目の前に居るのに、別の場所に何かを連れて行ったってことみたいだけど。
「ふむ。すると残るはシェラだけか」
ナィアさんが腕組みしてなぜかボクとファナちゃんを見つめてくる。
「すまんな、アユムとファナに一人づつ紹介してやろうと思っていたが、メイドロボは一人しか残っておらんようだ。二人残っていたのだが、一人はどうやらノイが連れて行ってしまったらしい」
「連れて行ったって、そこに幽霊さんいるんじゃないの?」
「む? あれはエコーといって、ノイの使う影だ。本人より別れた影のようなもので、本体ではない。まあ、本人とつながっているので本人と思っても間違いはないが」
「そうなんだ?」
「……え、幽霊じゃないの?」
ファナちゃんが復活した。軽くなった腕がちょっと寂しい。
「この世界にはゆーれいとかいないのです。ハナはこわがりんぼなのです」
ちびねこちゃんがにゃは、と笑う。
「そういえば、そのノイさんの本体ってどこにいるの? なんか地上にいないとかネメシスがどうとかって言ってたけど」
『闇星というのはこの星系の第十番惑星だよ。五百年前の災害では惑星間のネットワークインフラもズタボロになってだね、未だに完全復旧とはいかない。あちこちに取り残された人々が生きていけるように、あれこれしてるのさ。魔法で惑星間を転移できるような人間はそんなにいないからね、まあ、出来るものの義務というやつだね』
ちょっと得意気にノイさんが胸を張った。そのお胸が、ちょっと膨らんでるように見えた。
……あれ、もしかしてノイさんって女の人? 大胸筋ってわけでもなさそうだし。
ボクも人のこと言えないけど。男だか女だかよくわかんない人だよね。
ってゆーか、なんかとってもSFな感じ。そのうち月に行くようなシナリオとかでもあるんだろうか。そういや昔の最終幻想ってRPGだと終盤では月に行くのがお約束だった気がする。
『しかし、君達もすまないね。せっかく来てもらって悪いけど、シェラはたぶん君らの手には負えないと思うよ。なにせ創造主の私の言うことすら聞いてくれないんだからね。まあ、試すだけ試してみるといい』
ノイさんが真ん中の大きなガラスの筒をこん、と軽く叩いた。
すると、真っ暗だったガラスの中が光で満たされ、膝を抱いて丸くなった裸の女の子の姿が浮かび上がった。銀色の長い髪が筒の中でふわふわと漂っている。その目はしっかりと閉じられていて眠っているようだ。
「わ、かわいい」
丸くなってるのでわかりにくいけれど、中学生くらいだろうか。手足は細く、すらりとしている。
「むー」
じっと円筒の中の女の子を見つめていたら、なぜかファナちゃんに脇腹をつねられた。
『ふふ、私の処女作にして最高傑作だよ。全ての機人種の原型にして最終形。神機の初号機シェラさ。このコンパクトなボディにすべてを詰め込むのは苦労したよ』
「ほえー」
コンパクトボディってゆーけど、ぶっちゃけロリボディだよね。
あと最初に作られたのが最強とか、あまりに強力すぎて封印されてたり主人公機複数の全能力もってたりする、スーパーロボット系でありがちなパターンだよね。そんなのあるなら最初っから使えばいいのにね、て感じの。
『女神様と比べるのもおこがましいが、光神ミラ様の神機に匹敵、いや女神としての力はともかく、機体性能としてはこちらの方が全てにおいて上だと自負しているよ』
「……ノイさんって、マッドな人? 頭だいじょうーぶ?」
光神ミラって確か、こないだシスタブをこっちの世界のネットにつながるようにしてくれた女神様だよね。女神ティア様とか、ルラちゃん、レラちゃんとはちょっと違った感じの女神様だったけど、あのアニメ映像みたいなディフォルメ姿だけじゃなくて、ちゃんとしたボディもどこかにあるってことなのかな。
『ははは、科学者にそれは褒め言葉だね! 狂ってなくちゃこんなものは作れやしないよ。なにせ、女神様を研究して、”それすら超えるもの”として作った超越機だからね。だけど……完成したとたん、彼女は見ての通り引きこもってしまってね。それ以来、誰も起こすことが出来なかった』
ノイさんが肩をすくめて小さく笑う。
『ヴェラの方ならきっと君達のどちらかをマスターとして認めただろうけど、シェラはすごく人見知りでヒキコモリだよ。親としてはそろそろ起きてもらいたいんだがね。異邦人だという君達に期待させてもらえるかな?』
「んー、ご奉仕してくれるメイドロボがいたらなー、って軽い気持ちだったんだけど。面白そうだね。ぜひ、ボクたちの冒険の旅の仲間になってほしいかな」
『お、やる気だね。じゃあ、少し待ちたまえ』
ノイさんはそう言って床を軽くかかとでコツンと打った。幽霊な見た目なのにどうやら実体みたいなものもあるらしい。床がうにょん、と盛り上がってデスクのようになる。
やっぱりこの遺跡って、どこかプライベートルームに似てるよね。
まあ、同じ世界観だからなんだろうけど。
「あ、ファナちゃんどうする? ボクは試して見るけど。先にやりたい?」
「んーん、わたしはいい」
ファナちゃんは首を横に振って、少し不満げにまたボクの脇腹をつねった。
「……いいけど、アユムってさ、わたしに会ってすぐに結婚してっていったくせにさ、いろんな女の子に目移りし過ぎ!」
「え、ごめん」
わー、嫉妬されちゃった。なんか嬉しい。
ぎゅう、って思わずファナちゃんを抱きしめちゃう。
「ボクの嫁はファナちゃんだけだから」
「も、もう、アユムってば。こんなところで……」
「こらこら、仲がいいのはよいことだが、イチャツクのは後にしろ」
ナィアさんが呆れたような声を上げた。けど、ボクはしばらくファナちゃんを抱きしめたままだった。やっぱりファナちゃんかわいい。
『さて、準備は出来たが誰から試すかな?』
「はーい、ボクやります」
手をあげるとノイさんは床から生み出されたカプセルのようなモノに入るように言った。
『このカプセルから、シェラの心にログインできる。そこでは君は、自分の思うものを見せることが出来る。あとは自分の言葉を尽くすといい。なんとかシェラの気を引いて、起きる気にさせてくれたまえ。君があきらめるか、シェラに完全に拒絶されるまでは何度でも挑戦可能だよ。ただし、一度あきらめてここから出たら、二度目は無いと思う』
「わー、一回勝負?」
『いや、先に言ったように君があきらめて自分から出て来るか、シェラに嫌われて追い出されるまでは何度でも説得可能だよ。そして夢が一瞬で何年もの時を超えるように、この中で過ごす時間は外ではほんの一瞬に過ぎない。時間のことは気にせず、いくらでも試したまえ』
「りょーかい」
「がんばってね、アユム」
「がんばるのです!」
ファナちゃんとちびねこちゃんが応援してくれた。ナィアさんは黙ってひとつ頷いた。
「ん、がんばるよー」
ん? ってゆーか、今ボク、すでにLROにログインしてるわけだけれどさらにどこか別のとこにログインするんだろうか。ゲーム内ゲーム? LROは時間の流れは現実世界と一緒だから、また別のシステムなんだろうか。カプセルベッドとかなんか大がかりだし。
『靴は脱いで中に横になりたまえ。うん、それでいい』
言われるままにカプセルの中に横になると、フタが被せられた。
わー、とじこめられたー。
カプセルの中はなんか橙色のランプが灯っていて、こたつに潜り込んだみたい。
『落ち着いたら自分で中のスイッチを入れるといい。右手のそばにあるはずだ』
「はーい」
迷うことなくスイッチオン。とたんにカプセルの中のランプがチカチカと瞬き始めて。
あれ、これってLROでログインするときと似た感じ。
真夏の夜の、星の瞬きのような。
ボー、っという汽笛のような低い音が聞こえてきて。
――ボクの意識は、暗転した。




