18、「安らかに眠れ」
――眉間を貫かれたゾンビメイドロボは、一瞬ぐらりとのけぞったものの。
『…………マァァァイ、マァスタァァぁ、どこですかぁ~』
何事もなかったかのようにフラフラと歩き続けた。
「む。見た目は通常業務型だが、護衛用に改修されたタイプか」
「あ、待ってナィアさん」
ナィアさんが二射目をつがえようとしたのを止める。
「なんだアユム」
「今のところ向こうに攻撃の意思はないみたいだし。ロボットなんでしょ、あの子? 修理とか出来ないの?」
「それが出来る技術者も資材もないな。何より、仮に身体を直せたとしても心までは無理だ。ナィアーツェに出来ることは、ただ安らかに眠らせてやることだけだ」
「……うーんでも」
やっぱり、異形になってしまっていても。主人を慕うメイドさんをボコボコにするのとか気が引ける。
「優しいのだな。しかし……忠告しておこう、アユム。傷つけないことだけが優しさではない。そして、壊れた人形はまともではない。処理せねばアユム達の身の安全が保障できぬ」
そう言って、ナィアさんがまた矢をつがえようとしたので手で止める。
「だったら、ボクにやらせてほしい」
幸いボクには、その手段がある。何本も矢を突き立てて、矢メイドとかカワイソすぎるし。
「まあ、全てナイアーツェが片づけるのもな。……気を付けるのだ、アユム。頭部を貫かれて動いているということは、戦闘用に胸部や腰部にサブの制御装置があるはずだ。例え首を落としたとしても安心はするな」
「りょーかい」
ふらふら歩いているゾンビメイドロボに、歩み寄る。
んじゃやっちゃおう。何するかわからないから取り押さえようってことでいいんだよね。
「ほい、”影縛り”っと」
しゃがみこんで、手にした短剣サイズの古の剣をゾンビメイドの影に突き立てた。
試せなかったダブルスラッシュとかもやってみたかったけど。やっぱり人の姿を刃物で傷つけるのはちょっと抵抗あるし。
ダミーは散々いたぶったじゃーん、ってアレはボクの姿だからいいんだよー。
『……ああ』
ゾンビメイドの動きが止まる。動けないというより、何かで拘束されているような、力を込めても動かないという状態のようだ。神経とかに働きかけて、動けなくするスキルではないみたい。よくある、影が動けないから本体も動かせない、といった理屈らしい。てきとーだけど。
「ふー。プラクティスモードで試さなかったからよくやり方わからなかったけど。うまくいったみたい」
よくある影縛りの技って、短剣とかを相手の影に突き立てるヤツだしね。
「ナィアさん、お部屋にぶら下がってたロボ子ちゃんみたいに、この子作動停止させたいんだけど、どこかスイッチでもあるの?」
えっちなところがスイッチだったらどうしよう。左右のポッチを同時に三連打とかっ。
馬鹿なことを考えながらナィアさんの方を振り返ろうとしたら。
「アユムっ!?」
ファナちゃんの叫び声。
「え?」
どうしたんだろー?
「伏せろアユムっ!」
ナィアさんが矢をつがえて。
「にゃっはー!」
ちびねこちゃんがとびだしてきた。
「え?」
もう動きを止めたから、大丈夫なはずなんだけど。
んー?
再度振り返って、ゾンビメイドを見ると。
『……どうして、じゃまを、するのよぉオォ~~ッ!?』
ゾンビメイドの、真っ暗だった眼窩が異常に光っていて。
「……ちょ、まさかの目からびーむっ!?」
いやお約束だけどさっ!? ボクどうせならおっぱいミサイルとかの方がよかったっ!?
混乱して動けないボクの足元を、するりとすりぬける小さな影。
「やー、なのでーす!」
ちびねこちゃんが丸めた新聞紙を横に構えて、ゾンビメイドの顎の下から飛び上がるようにして斬り上げる。
『……アァあっが』
顎の下を打たれて、がくんと首が上を向くゾンビメイド。その両目の空洞から放たれた光が天井を焦がす。
オゾンの独特な匂いがして。
「呆けている場合ではないぞアユム」
ナィアの叱責に我に返る。
「ナィアさん、任せてって言ったのにごめん、油断してた。あとちびねこちゃん、助けてくれてありがとね」
「にゃーなのです!」
よいしょ、影移動っと。自分の影に潜り込む。
その瞬間、何かパンと弾けたような感覚があった。
……これ、影縛りが解けた? のかも。
白黒反転した世界では、ボクを探しているのかゾンビメイドがあたりを見回している。
急いで駆け寄って背後から表の世界に戻る。
「よいしょぉー!」
背中から組みついて裸締め。頸動脈とかないだろうから落としたりはできないだろうけど、顔を壁の方に向けて首を締め上げる。足もしっかり絡めて動けないようにして床に倒れこんでしっかりと固める。影族の格闘技ってなんか寝技も多くてえっちぃ。いやん。
ロボだから異常に力が強い可能性もあったけれど、目からビームはともかくとして身体能力はそこまで人間離れしているようでもないようだ。しっかり組みついているとジタバタするものの押さえきれないということもない。
……でもさ、ロボって聞いてたから固いと思ってたんだけど。この子すっごく柔らかくってほんとの女の子みたいだ。どういう素材で出来てるんだろう。肩口から機械っぽいの見えてるから少なくとも骨格は金属っぽいんだけど、体重も人間とそんなに変わらないっポイし。
ちなみにお胸もふかふかです。腕が触れたのはわざとじゃないよ? ほんとだよ。
これでゾンビじゃなかったらなぁ。
「よし、アユム。出来るならそのまま首を折れ」
「無理~。それよりナィアさん、この子の止め方教えて」
「その体勢では無理だな。うつ伏せにして顔を床に向けられるか?」
えーっと、アメリカの警官なんかが、後ろ手に腕を押さえて床に押さえつける、あんな感じかな。うつ伏せってことは背中になんかあるんだろう。よし。
転がって、上から押さえつける状態になる。手早く相手の腕を取って腰の後ろでつかんで押さえつける。
さらに。
「もっぺん”影縛り”っと」
顔を床に向けさせて、ボロボロのスカートを貫くようにして剣を刺す。
また破られるかもしれないから、念のため”闇影牢”をいつでも使えるように手を振れたままにしておく。
「よし。背中をめくれ」
「はーい」
メイドさんのメイド服。ワンピースタイプの背中チャックだったのでぺろんと開ける。ブラはつけてないみたい。
「この遺跡以外で機人種にあうことはあまりなかろうが、大体の機人種の構造は同じだ」
言いながらナィアさんが、アイスピックみたいな金属の針っぽいのを腰のポーチから取り出した。
「まずはここ。人間でいうと心臓の裏あたりだな」
言いながらブスリと突き立てる。びくん、とゾンビメイドの身体がはねて、静かになった。
……作動停止って、なんかタコの締め方みたいな? ってゆーか、作動停止方法って、もしかして殺し方!?
「後頭部のこの辺りにも人間でいう脊髄のようなものがある。単に動きを止めたいだけならここを狙うのもよい」
淡々と言いながら次々と針を突き刺してゆくナィアさん。
……これ本当に作動停止方法なんだよね?
「……そんな顔をするな。造られし者であっても、見ての通り外見は人と同じで、何か外から操るための仕組みがあるわけでもないのだ。まともに意思疎通できる者であるなら言葉で何とでもしようが、このように狂った者はこうして直接中の機構を壊すしか止める方法はない」
「うー。ナィアさんのお部屋のロボ子ちゃんも、こうやって殺したの……?」
「いや、アレは罠にはまって動けなくなり、バッテリ切れでスリープ状態になっているだけだ。あとでナィアーツェの部屋から離れた場所で開放する」
「そっか」
まるで、死体みたいだったけど。
「何度も言ったが、こいつはそういうわけにもいかぬ。放せばまた主を探して彷徨うだけだ。眠らせてやれ」
「……うん」
まあ、しょうがないよね。
その後も、ナィアさんに機人種の構造と弱点のレクチャーは続いた。
完全な戦闘型の場合はこうして組み伏せることなど無理だろうが、と言いながら通常とは異なる特別な型の場合の説明までしてくれた。
そんなところにまで。そおんなものが仕込まれているのですかー。勉強になります……。
お胸には夢と希望じゃなくて防弾素材が詰まっているだなんて。だから背中からなんだね。
「……一番重要なことだが、モノによっては欠損以外の場合、時間が経てばある程度までなら体内のナノマシンが修復してしまうタイプがいるので、ここまでやってもまだ油断してはいけない、ということだ」
「締め方の次は解体の仕方を説明しだすかと思った……」
「む? 知りたければ教えるが?」
「遠慮しますー」
裸に剥く方法なら知りたいけどねー。
すまんが先にこいつを眠らせる、そう言ってナィアさんは来た道を戻り。
そうしてボクたちは666階層に移動した。
「……もしかしてここって、墓地?」
そこは見渡す限りの土の地面。所々に大きな石が置いてある。かなりの数だった。
「ああ。元は品種改良用の農場プラントだった場所でな。都合がいいので墓地として利用している」
「これ、全部ロボ子ちゃんのお墓?」
「いや、人の墓もある」
「ここって、みんな出て行ったわけじゃないんですか!?」
ファナちゃんが、石の数を見て驚きの声を上げた
百や二百じゃない。万まで行くかははわからないけど、少なくとも数千はありそうだった。
「うむ。元々ここで働いていた全員が生活するのは無理だったが、少人数なら死ぬまで生きていけるだけ蓄えや施設はあったからな。どうしても研究を続けたいものなどがいくらかは残った。このメイドロボも、そうしてここに残り、そして死に別れたのだろう。災害後、五十年もすればほとんどはこの墓の下に埋まったからな。そばに居ればナィアーツェが主人と一緒に埋めてやるなり、別の場所に配置すなりしてやったのだが。主人の死を認めず彷徨うようになったものだろう」
「……悲しいね」
「うん」
ファナちゃんと顔を見合わせて目を伏せる。
「埋めるので手伝ってくれ」
「うん」
「はい」
ナィアさんを手伝って、三人で穴を掘る。ちびねこちゃんは流石に小さすぎて力仕事を任せにくかった。戦闘能力は結構あるみたいなので大丈夫だったかもだけど、まあ、見た目的にね?
その意味ではファナちゃんも危なかったけど。
一仕事終えて、額の汗をぬぐいながら手を合わせる。
安らかに眠ってください。
一度、ナィアさんの部屋まで戻って、軽く手足の泥を落としてから。
再び訪れた777階層。
その後は特に危ないこともなく。警備のきりりとしたメイドロボさんにセクハラかまして追いかけられたりとかしなかった。本当だよ? ちょっとした好奇心と出来心で死ぬかと思ったりして無いよ? 不思議な装甲メイド服の構造を知りたいとか思って、ちょっと触ったらぽろりするなんて思わなかったし。
そうしてようやくたどり着いたのは少し変わったドアの前。
「……む? カードが効かぬ。情報が変わったのか」
「そうなの?」
「コードを書き換えられるようなものなど、もう残っていはいないはずだが。もしや、ノイが帰って来たのか?」
腕組みしてうなるナィアさん。
「野井さんって誰? それに帰って来たのかってどゆこと?」
「この部屋は、ノイの研究室でな。ヤツが全ての機人種の大元を作り上げたのだ。ノイは冥族で寿命というものがないので、今でもたまに戻ってくることがあるのだ。十数年に一度、くらいだが」
「へー」
「むぅ。しかしどうしたものか」
悩むナィアさん。
カード使えないって言ってたけど、物理的に開かないわけじゃないと思うしー?
いっちょためしてみますかねー?
古の剣を用意して、初ダブルスラッシュ、いってみようかなっ!?
そう思って剣を構えたとき。
『……おやナィアーツェ。久しぶりだな』
そんな声がして。
研究室のドアが、がーっと開いた。




