26、「泡沫の夢」
さて。
神様に公認されてしまったボクのチート能力【夢幻泡影】だけれど。
自称神様はなんでも思い通りに出来る文字通りチートだと思ってるみたいだけれど、実はいくつかルールらしきものはあったりする。
例えば、意思ある者の意思そのものを変えることはことは出来ない。つまり、絶対に外に出ないぞと思っているらしきイェーラちゃんを、お外に出たい!という風に考えを変えさせることはできない。
もっとも、認識はいろいろごまかすことができるので「いつの間にか外に出てしまっていた」と思わせることは出来たりするし、だまくらかして自分から外に出るように仕向けることも不可能じゃあないと思う。
自称神様がボクに求めているのはそういうことなんだろうけれど。
まあ、それ以前に。
一時的に、という限定つきだけれど。意思のない無生物だったら割とどうにでもなったりするのだった。
とりあえず、まずは渡されたシスタブをぐるぐる巻きにしている封印っぽいものを、引っぺがすことにする。
「ピ」
「ありがとシェラちゃん」
手渡されたハサミでちょきちょき。
中から出て来たシスタブは何の変哲もない、一般的なシロモノで。ただし、ロックがかかっているのか画面には鍵のマークが表示されていた。
ふむ。これが自称神様でも数万年かかるカギなのかなぁ。
つついてみると、パスワード入力画面が出て来た。なるほど、自称神様なら力技でありとあらゆる入力パターンを試せるのかもね。
でもボクは面倒だからそんなことはしない。
「で、アユム、どうやるの? 何か考えあるの?」
「ん。だいじょうーぶだからみててハナちゃん。【夢幻泡影】っと」
シスタブを中心としたこの部屋を範囲に指定。万が一が起きないようにキューちゃんの幼女保護結界みたいな、単純に一切のダメージを無効化する結界を張っておく。
「で、どんな感じにだまっくらかすのかなっ!?」
自称神様がなんだかワクワク顔で寄って来たけれど。
「……別に騙したりはしませんよ? ええっと、こんな感じですかね」
シスタブをひっくり返して、裏側からぽん、と叩くと。
ぽろん、という感じでシスタブの画面からシス子ちゃんサイズの女の子が転げ落ちてくる。
「……は?」
「……えっ」
自称神様のびっくりした顔とか、なかなか見られる物じゃないね。あんまり見たいとも思わないけどさ。
あと、何が起こってるのか理解できなくって茫然としているイェーラちゃんかわいい。
「ピ」
シェラちゃんが、イェーラちゃんを抱き上げてこちらに差し出してくる。
「わーかわいい! 妖精さんだー!」
目を輝かせてるハナちゃんも可愛いデス。
「こんにちわ、イェーラちゃん。ご機嫌いかが?」
ご挨拶は丁寧に。にっこり微笑んで顔を近づけると、イェーラちゃんは混乱したように周りを見回して、かみつくように叫びだした。
「一体、何がっ。ここはどこっ。なんでわたしが外に」
「とりあえず、お望みの機人種の身体あげてみたけど、どうかな?」
森の事件で出回った妖精さん写真にはまった、ユキノジョウのお師匠様、ディアネイラさんが一時期作っていた妖精さん人形。シェラちゃんの話では、新規作成の機人種のボディのデザインにも流用してるらしいので今回特別にご用意してみました。
全部ボクの妄想だけどね!
「……そういうこと。つまり、”わたし”に会ったのね?」
少し落ち着いたのか、イェーラちゃんがじろりとボクを睨み付けてくる。
「うん。で、イェーラちゃんがシェラちゃんと仲直りしてくれたら嬉しいなーって」
「プ?」
喧嘩なんかしてませんよ、とシェラちゃんが訴えてくるけれど。それならそれで。仲良くしてくれたら嬉しいかな、と目で返す。
「……頭おかしいのかしら、あなた」
「イェーラちゃんが要求してたこと、今全部満たされてる気がするけどご不満?」
身体よこせっていうのと、封じられた灼熱エリアから外に出せっていうのと、両方満たされてるはず。ついでに言うと、イェーラちゃん以外は零族として全員身体を得てるし。
正直、今となってはイェーラちゃんてばひとりでだだこねて引きこもってるだけ、みたいな感じなんだよね。
「……」
イェーラちゃんは黙って答えない。
というか、こっそりボクにわからない何かをしてるのかもしれないけれど。実はこの空間でボクにわからないことはないのだった。えっへん。
レイちゃんたち零族にアクセスしようとしてたみたいだけど。こっち現実世界だし、それ以前に零族になっちゃってみんな身体を得ちゃってるし。前みたいに操るみたいなことは出来ないと思うんだよね。
「そっか、ずっと閉じこもってたからイェーラちゃんは事情がわからないんだよね。簡単にいうと、イェーラちゃん以外の黒いモヤモヤはみんな身体を得て零族っていう種族になりました。そんでもって、零族の協力を得て、かつて零族に取り込まれた機人種のひとたちのサルベージ作業が始まってます。でも、もうひとりのイェーラちゃんは脱出に成功してて、黒幕さんの所でまだ何かもう一騒ぎ起こそうと企んでるみたい」
「……黒幕?」
ちょっと眉をひそめて、一瞬首を斜めにしたイェーラちゃんが、すぐにごまかすように首を左右に振った。
「ふん。わたしに聞いたって無駄よ? もうひとりのわたしが何をしようとしてるかなんてわからないし。知ってても教えるわけがないでしょう?」
「ボク、シェラちゃんと仲良くしてねとしかお願いしてないけど?」
本人が言ったように、黒幕さんの所に居るイェーラちゃんが何をたくらんでるのかなんて、こっちのイェーラちゃんには知りようがないし。そもそもそんなことは聞いてないのだった。
「あー。あたしとしてはソレ知りたいところだったんですがっ!?」
「いや、自称神様って意外とおバカさん? こっちのイェーラちゃんが知ってるわけないし、そもそもこっちのイェーラちゃんは黒幕さんとの面識すらないみたいだし」
「……え? サラちゃんにそそのかされて灼熱エリアに攻め込んで来たんじゃないのっ!?」
自称神様が驚いた顔をするけれど。ほんとに気付いてなかったのかな。
「灼熱エリアを封じてたのって、自称神様じゃなかったら黒幕さんしかいないでしょう? つまり、少なくともあの時はルラレラティア全域でアレが起きないように、黒幕さんが制限してたと考えられるわけですよ。でもってエリア解放を要求してたイェーラちゃんがそのことを知らなかったってことはー」
「なるほど、サラちゃんと直接的に会ったのはあの後ってことかーっ」
納得したように自称神様が頷いた。
「じゃあ、解放したのって意味なしっ?」
「シェラちゃんと仲良くして欲しいから無意味じゃないよ?」
「ピ」
シェラちゃんがぎゅーってイェーラちゃんを胸に抱いた。
イェーラちゃんがちょっと苦しそうにもがいて、それから少しばかり苦笑しながら。
「……なんともあなた達は気が抜けるわね」
ぼそりとつぶやいた。
シェラちゃんが用意してくれたお茶を飲みながら、改めてテーブルに着いてイェーラちゃんとお話をする。
「ふーん。つまり、イェーラちゃんにとっても予想外だったんだ?」
「そりゃ流石に動力源も無しに星系外に飛ばされたら、二度と戻って来られないと思ってたわね」
「じゃあ、そこに黒幕さんが介入したんだね、たぶん」
どこから黒幕さんが介入してたのかは謎のままだけれど。
500年前、大きな災害が発生して、地上も宇宙も大混乱。そんな時期に偶然、レイちゃんたち零族がルラレラティアに零れ落ちて来て。色々あって、大きな戦争になってしまった。
イェーラちゃんは早い時期に取り込まれて、しかし野井さん特製の機人種であったせいか、逆に相手を解析して、理解してしまった。あるいは、混ざってしまった。だから、積極的に機人種の身体を奪う方向に走ってしまった。
そうして争ううちに、イェーラさんの身体は汚染されたコロニーごと太陽に落とされて失われ。かろうじて自身のコピーを逃がすことに成功。しかし、どこかにたどり着くだけの動力がなく、太陽の重力場から逃れるだけで精一杯。重力場を振り切った勢いでそのまま宇宙の果てに流されていくところで、零族たちの残存勢力である岩の船に合流。それから500年近くをかけてようやく戻ってきた、ということらしい。
あまりにも偶然が重なり過ぎているし、このあたり黒幕さんが関わってるのは確かだろうね。
「……やっぱり、身体があると、感じ方も考え方も変わって来るわね」
美味しそうに、紅茶をすすりながら。イェーラちゃんが微笑んだ。
「何より、紅茶なんて500年ぶりに味わったわ」
「シェラちゃんの淹れる紅茶はすっごくおいしいでしょ?」
「ええ。そうね……。メモリの片隅でずっと演算し続けていた自分が馬鹿みたいに思えるわね。ほんとうに……」
「どうかした?」
「……お父様とも、仲直りできるかしら」
「野井さん? 宇宙にもどっちゃったみたいだけど。たぶんナィアさんなら連絡手段あるんじゃないかな」
「ピ」
大丈夫っぽいね。
「あ。そろそろ……【夢幻泡影】解けるかも」
「そういえば、どうやってわたしを外に出したのかすっごく気になってたんだけど。そのムゲンホウヨウとかいうののせいなの?」
「簡単に説明すると、本当のイェーラちゃんはまだ閉じこもったままなんだよ。これはボクが見せている泡沫の夢。だから、出て来てくれたら、この風景が現実になるよ」
「……そうなの?」
「じゃあ。自分の意思で出て来てくれると嬉しいな」
「……紅茶が美味しかったから」
「シェラちゃんはお料理だって得意なんだよ?」
「……期待してるわね」
というわけで。
イェーラちゃんが引きこもりをやめて出て来ました。




