23、「夜明けのコーヒー」
とりあえず、だいぶ遅い時間になりつつあったので。
ルイちゃんには新人歓迎会の出欠だけ確認して、ボクは帰ることにした。
「じゃあね、ルイちゃん。また週末に。新人歓迎会は出られる? メッセージに応答なかったけど」
「あ、しばらくLROにはログインしてなくって。気付かなくってごめんなさい。はい、出席でお願いします」
ルイちゃんはすっかりセカイツクールに夢中の様だった。
え、そんなこともできるの、とか、おもったよりかんたんそう!とか楽しそうな独り言が聞こえてくる。
横から画面を覗き込んでみると、シスタブみたいになんだかちびキャラが表示されていて。
「……なんでボクそっくりなの?」
「あ。これ、ゲーム作成用のナビゲーターなんです。最初に300の質問があって、それで私に合った容姿や性格のAIが生成されるんですって」
「へー」
ってゆーか、その話本当だとしたらルイちゃんボクのこと好きすぎでしょう。はずかしー。
「んー。そのセカイツクールって、ちょっとアレだからあんまりルイちゃんには触って欲しくないんだけど。扱いは、慎重にね? 出来ればハナちゃんのお兄さんの太郎さんとかに相談してからの方が」
「あ、以前、打ち上げで会った、LROの開発の人でしたっけ。ハナちゃん経由で連絡取れるなら、ぜひお話聞きたいです」
キラキラ笑顔のルイちゃん。涙目でなくってもかわいいね。
「うん、今日この後ファナちゃんと約束してるから、話しておくね」
「お願いします!」
ルイちゃんと別れて、【影渡り】でシェラちゃんへ移動することで帰宅。
「ただいまー」
「ピ……ピ?」
「あ、うん。遅くなってごめんね。ちょっといろいろあったんだよ」
そういやシェラちゃんに遅くなるって連絡いれるの忘れてたかも。
シェラちゃんごはんを食べながら、事情を簡単に説明。
「ピピピ!」
「うん。野井さんはうちうに帰っちゃったけど、連絡着くなら連絡入れといた方がいいよね」
あとハナちゃんにもメールしてっと。
連絡すっかり遅くなっちゃったけど、待ってたみたいですぐに返信があった。この後すぐで大丈夫みたい。
「じゃあ、LROにログイ~ン」
ベッドでシェラちゃんと抱き合う様にして、ルラレラティアに。
「あれ、アユムちゃんいらっしゃーい。あんまり平日の遅い時間に遊んじゃだめよー?」
「こんばんわ、ハーマイオニーちゃん。この後いろいろするから席外してくれると助かるかな」
人魚なハーマイオニーちゃんに挨拶すると、ちょっと顔を赤くした。
「……あのね、プライベートルームをラブホ代わりにするのはちょっと問題があると思うんだけど。LROっていちおう、R15なんだから。アユムちゃんだってまだ16歳でしょ?」
「ハーマイオニーちゃんのえっち。そうじゃなくってー」
……いや、場合によってはそうなるのかな。
「ピ」
「うん、シェラちゃんはナィアさんとか野井さんに連絡お願いできる?」
まだ何が起こるかはわからないけど。イェーラちゃんが何かを起こす気マンマンなのは確かだしね。
自称神様の方にはこの後ファナちゃん経由で連絡すれば良いよね。
「ハナちゃんから入室申請よ」
「うん、入ってもらったらハーマイオニーちゃんは、離席お願いね?」
「もー。ほどほどにね?」
ちょっとため息を吐いて、ハーマイオニーちゃんは壁のコンソールの向こうに消えて行った。
入れ替わりに。
「アユム! 来たよ!」
相変わらず、ボクの姿をしたファナちゃんがやって来た。
「ファナちゃんいらっしゃーい」
とりあえず、抱きしめてぎゅー。
やっぱりボクの姿してるとちょっと微妙な感じするけれど。これボクのせいだからしょうがないよね。
「で、このアバター何とかなる方法わかったの?」
「うん。あとちょっと連絡事項がいっぱいあって……」
黒幕さんの正体と、自称神様への伝言。
イェーラちゃんがまた何かしでかしそうなこと。
オサちゃんがリアルの方に居たこと。
ルイちゃんがセカイツクール入手したことと、太郎さんに連絡取りたいこと。
あと何かあったかな。ゆーりちゃんのことはとりあえず置いといていいし。
「……放課後にいっぺんに起きすぎじゃない?」
ファナちゃんがちょっと呆れ顔。
「うん。偶然というか……」
あるいは。
ボクが神様に片足踏み込んだことを自覚したせいで、何かが一気に動き始めたのか。
というか、今にも自称神様が踏み込んできそうでちょっと怖いんだけどね。
いつもだったら、もう、とっくに自称神様がやって来てる状況な気がするけど、たぶん、ボクのことを自称神様が見通せなくなっているのと、黒幕さんの影響が多少はある気がする。
「……まあ、今言ったことは後で伝えてくれればいいかな。今日の目的はファナちゃんのアバターを元に戻すことだし」
「うーん。アユムの姿もすこし、名残惜しいけど。バグった状態のままなのもアレだし。で、結局、何が原因だったの? 寧子さんにはアユムが原因だからアユムなら直せるとしか聞いてないんだけど」
「うん。あのね、それなんだけど。ボクがファナちゃんと何度も何度も【影憑依】して、その状態で過ごし続けてたせいで、ボクが無意識的にファナちゃんのアバターを自分だと認識して浸食というか同化というか、そんな感じのことをしちゃってたみたい。ほら、ファナちゃんとの【影憑依】って、アバターはファナちゃんで中身の主体はボクになるでしょう?」
「ふむー? わたしのアバター、アユムに乗っ取られてるってこと?」
「それが近いかなぁ……」
イベントのたびに【影憑依】でファナちゃんボディ使ってたしね。
「……ん。いや、でもそれたぶん。アユムだけのせいじゃないよね、きっと」
「え、どゆこと?」
「たぶん、アユムがわたしのアバターを自分の身体だと認識してるのが原因なら、アユムのアバターがわたしの姿になる方が正しいんじゃない?」
「……そうかも?」
ぬこぴーとかでちみっこボディにも慣れてるし。
いやでも自己認識が外見に反映されるジュ・トゥ・ヴーはアユムとしての姿だったし。ボク自身の自己認識は変わってないのかな。
「だから、わたしの方がアユムとひとつになり過ぎて。無意識に、自分をアユムと認識している、のかもしれない」
「まさかぬこぴーのガトリングガンが消えなかったのって、ファナちゃんの自己認識のせい!?」
「……かも? 両肩にガトリングってかっこいいよねっ!?」
「ノーコメントで」
ファナちゃん、アレ気に入ってたのか……。
「じゃあ、どうすれば戻るのかな? アユムもわたしも、無意識にって、それ解除できるものなの?」
「それなんだけど、えっと、たぶん。ファナちゃんとボクが別々じゃないと出来ないことをすれば、切り替えられるんじゃないかなーって思うんだよね……?」
少し、ためらいがちに。だいぶオブラートに包んだ表現で口を濁す。
いや、まあ、これまでにも、でぃーぷなキスとかおさわりとか、そういうことは割といっぱいして来たとは思うんだけど。結局のところ、最終的な一線はまだ超えたことがなくって。
そしてそれはたぶん、ファナちゃんより【影憑依】の相性のいい、シェラちゃんが影響を受けていない理由でもあると思う。
「え。もしかして」
察しのよいファナちゃんが、気が付いたよだうで。急に顔を真っ赤にした。
「うん。その。憑依して、ひとつになった状態じゃあできないこと。二人じゃないと、出来ないこと。ファナちゃんのアバターがボクの一部なんじゃなくて、ファナちゃんだって思えること。そういうことをふたりでしたら、ちゃんとしたファナちゃんに戻るんじゃないかなーって」
ひとりで致したら自慰でも。ふたりでするのはえっちなのだった。
「……アユムのえっちー」
ファナちゃんが、恥ずかしそうにさらに頬を染めた。
「うん、ごめん。ファナちゃんがそうゆうことをあんまりボクに求めてないことは知ってるけど」
「それは違うよ? わたしだって、その。アユムとそうゆうことをしたい気持ちはあるし。けど、ほらアユムって以前の失敗が、まだ。でしょう? だから、わたしの方からは踏み込まないようにしてた」
「……そうなんだ」
何度も【影憑依】をして。
お互いに全部わかり合った仲だと思っていたけれど。それでもやっぱり、別の人間なのだからわかってないところもあって。
だからこそ、わかり合いたいと思う。
とはいえ。そういう自分の欲望を思いっきりぶつけてしまうには。ファナちゃんは普通すぎる。ただボクに合わせて、付き合わせてしまうのは本意じゃない。
「あのね、たぶん。ちゃんとそう意識してやるなら。いつもみたいに、いちゃいちゃするだけでも大丈夫だと思うんだけど」
いつものも、結構でぃーぷだしね! いつものいちゃちゃだって、ひとりじゃ出来ないことだから。
「むー。なんでそこで日和るかなー」
なぜかファナちゃんは唇をとがらせた。
「やっぱり、まだ、怖い? わたしが、アユムのこと、受け入れられないと、そう思ってる?」
「……いや。ボクの意気地がないだけ、だと思う」
「だったらさ、”や・ら・な・い・か?”でも、”お前が欲しいっ!”でもいいからさ。アユムの口から、わたしを求めて欲しいな?」
わ。おねだりされちゃった。
「大丈夫だよ? あのね、アユムが、わたしを求めるのなら。もちろん、答えはいつだっておーけーなんだから」
「えっと。……じゃあ」
こほん、と咳払い。
お互いに、好きっだって。両想いだって認識もあって。キスだってお触りだっていっぱいして来たけど。そこから先に、もう一歩進むには。
「ファナちゃんのこと、いっぱい愛させてください」
「……初めてだから、やさしくしてね?」
「……えっと、あのこちらこそ、よろしくお願いします」
その夜、ボクとファナちゃんは、一線を越えました。えへへ。
「……朝だし。学校どうしよう」
「……」
「ファナちゃん?」
「……恥ずかしすぎてアユムの顔を見られない」
「かわいすぎるから、ぎゅーってしちゃう」
えへへ。
やっぱり、ちみっこいファナちゃんはすっぽり腕の中に納まっていいかんじ。
「ピ」
「ああ、うん。コーヒーありがとシェラちゃん、もう起きるね、って」
ちなみに。
ずっとシェラちゃんがそばに控えていたことに、ボクもファナちゃんも気付いてなかったよ。
……うわーはずかしい。




