14、「冒険への誘い」
さっそくグレちゃんにプラクティスモードを起動してもらって、スキルを試してみようとしたけれど。
「双剣術って、ナイフみたいな短い刃物が二つないとだめなんだね……」
ナィアさんにもらった液体金属剣は普通のロングソードサイズだし、木の棒は……そもそも刃物じゃないし?
双剣術の詳細を見ようと指でつついてみたら、出てきたのはスラッシュの文字。
「あれ、結局のところこれってスラッシュが使えるだけ?」
まあ、影族のカードに含まれてるからお得ではあるんだけど。スラッシュのカードなら木の棒でも使えるのに、なんか条件厳しくなってる気がする。
「アユム、でもそれ双剣だからダブルスキルっていってね、一回のスキルで二連撃するやつだよ。短剣限定だからだからあんまり強力な武器は持てないけどね」
「おー、にとーりゅーだ!」
「ちなみに、通常武器でダブルスラッシュみたいなことしたかったら、同じレベルのスラッシュのカードを二枚セットするといいよ。魔法なんかでも似たようなことができるね。同時に発動しなくても、右と左で時間差で発動させてクールタイムを短く、みたいな使い方もあり」
「おー? なるほど、クールタイムはカードごとに発生するんだね」
「ちなみに同じスキルのカードは3枚までセットできます」
「トリプルスラッシュとかできるんだー……って、ボク手は三本もないんだけど」
あれかな、口でくわえて三刀流とか? 魔法ならトリプル魔法の矢とかいけそうだけど。
「あと補足すると、種族カードやジョブカードに含まれる攻撃スキルや魔法より、単独のスキルカードや魔法カードの方が最大レベルでは強くなるよ。同じレベル10だと単独カードの方が1.8倍くらい強い感じ」
「ほえー」
「だから、最終的には種族カード・ジョブカードをセットした上で、主力となる単独カードをいくつかと、状況に合わせた耐性カードや特殊カードっていうのが基本的なカード構成……」
「ねえ、グレちゃん。ボクすろっと一個しかないんですけどー? 将来的に増える可能性とっても低いらしいんですけどー?」
そんなスロット10個そろえた構成の話されるといやんな感じなんですけどー。
じとーっと見つめると、説明途中のグレちゃんが小さく咳をしてごまかした。
「ん、まあ、知識はあっても無駄にはならないでしょ」
「そうかも」
スロット増える可能性はゼロじゃないみたいだしね。
格闘術の方は素手で使えたのでダミー相手にちょっといろいろやってみた。影族の格闘術は主に打撃と投げ技主体らしい。蹴り技が全然ないけれど、当身投げというか、拳を当ててそのままぶん投げるとか、絞め技からの固めたままの投げ技とか。受け身が取れない状態にして床にたたきつけるとかマジ殺人技。合気道とかとは違ってなんか力押しっぽいけど、攻撃手段としては頼もしい限り?
スキルを使おうと思うと自然に体が動く感じで、格闘技の経験がないボクでもそれなりに様にはなってると思う。ただ、格闘ゲームなんかと一緒で、技が出るからって相手に当るとは限らないし、また格闘ゲームとは違って技の発動モーションに入ったからって必ず決まるものでもない。やっぱりいろいろ練習する必要はありそう。
「……この絞め技とかえっちぃよね。お胸とお股をがっちり」
ダミーをぎゅうと締め上げながら思う。
男のひとには使いたくないよねー。密着することになるし。変なの触りたくないし、自分のお胸押し付ける様な形になるのもイヤだ。
他にも顔面をボクの両脚で挟んで投げる技とかもあって、自分の股間を押し付けるとか変態だーとか思う。この格闘術考えた人は、たぶん頭おかしいと思う。
「って……今気が付いた。この格闘術って、相手が人型じゃないと意味なくない?」
たぶん相手が服着てないと絞め技とか投げ技とか難しくない? 打撃ならいけそうだけど。この格闘術の打撃技って、打撃でダメージを与えるっていうより投げるために組みつくための手段っぽいからなー。
「いえーす、ざっつらいと!」
「なんで英語なのさグレちゃん」
「なんとなく?」
「あと人型に近い魔物って、だいたいは話の通じるのが多いって聞いたんだけど」
「そうだねー。よっぽどのことがない限り、いきなり襲い掛かってくる人型の魔物っていないと思う」
「じゃあ、だめじゃーん」
……まあ、こないだのバーンとかレッドみたいな輩が居たら。ぶん投げてやれるよね。密着するのはヤだから、絞め技はパス。他にも盗賊とかもいるのかもしれないし、全く役に立たないってことは多分ないよね。
うん、なんか小手とか欲しいね。指ぬきグローブとかも。
ボクの拳が真っ赤に燃える! なんてね。炎系のエンチャントとかあれば魔法拳とかできるのかなー。
さてそろそろ砂の街に行こうかな、というところでもういっこグレちゃんに聞くことがあったのを思い出した。
「あのさグレちゃん、ちょっと聞きたいんだけど」
「なあに? アユム」
近寄ってきたグレちゃんに、自分の足元を指さして尋ねる。
「靴とかってどういう理屈で再現してるの?」
ちなみにプライベートにいる今はリアルそのまんまが反映されていて、今日はいてきたニーハイソックスで靴は履いていない。
「むぐ。……企業秘密でーす」
一瞬口ごもって、グレちゃんがそっぽを向いた。
「……まぁ、フルダイブ型のVRMMOって時点でそもそも無茶苦茶だから、細かいことは気にしないけどね」
ちょっと気になったけれど、今さら靴ごときって感じでもある。
「んー。んー。ちょっとまって、アユムっては女神様たちと関わりあるし、ちょっと聞いてみる」
グレちゃんがウィンドウを広げてどこかとやり取りを始めたようだ。
すぐに何か答えが出たらしく。
「……許可が出たから教えてあげるけど、これ企業秘密だから掲示板に書き込んだり誰かに話して回ったりしちゃだめだよ?」
「うん、ダメって言われたことはボクしないよ」
「言われなかったら非常識なことでもやっちゃうけどね、アユムは」
「えへへー」
「褒めてないから。じゃ、ちょっと待ってね」
言いながらグレちゃんがウィンドウを操作すると。
真っ白だったプライベートルームの様子が、突然切り替わった。
「……え? ここって」
ボクの部屋だった。ベッドの位置も、テーブルの位置も。部屋干しした洗濯物まで今朝出かけた時のまま再現されている。
「ほんとはナイショなんだけどね。プレイヤーのスキャンだけじゃなくって、実は部屋ごと取り込んでるんだよ。だから玄関にある靴とかだってちゃんと再現できちゃうの」
ぱちん、とグレちゃんが指を鳴らすと、また真っ白なプライベートルームに戻った。
「現在は許可していないけど、仕様的には部屋に置いてあるものならリアルの道具を向こうに持ってくこととかも出来るんだよ」
「ほえー」
なんて無駄に超技術なんだろー。
とりあえず聞くことは聞いたし。時間もそろそろいい感じ。
ドアの前で行先を選択しようとしたら、”始まりの砂漠”が消えていて、代わりに”冒険者の街グレイブホール”と”前回中断した場所”の表示が増えていた。
グレイブホールの方は昨日お祈りした、さびれた祠の方なものが画面に表示されていて、前回中断した場所は昨日の宿屋の部屋が表示されている。
どうやらリアルタイムで現在の状況が画面に表示されているらしく、祠の前を歩く人なんかが映し出されていた。
って、あれ? 宿の方、ベッドに寝てるのでファナちゃん? もう来てるみたい。それとも昨日はあのまま宿で寝ちゃったんだろうか。
「じゃ、グレちゃん、いってくるね!」
「いってらっしゃい、よい冒険を!」
前回中断した場所、を選択してドアを開く。
次の瞬間、薄暗い宿の部屋に現れていた。画面に映っていた通り、ベッドにはファナちゃんが横になっていた。昨日はいろいろあってあんまり周りを見ていなかったけれど、ベッドはレンガを積み上げた台の上に毛皮を敷いたもので、すごく固そうだった。寝心地はあまりよくなさそう。
「ファナちゃんお待たせ。早かったんだね」
声をかけてみるものの、返事はない。どうやら眠っているようだった。
ベッドの脇にはサンダルがそろえて置いてあった。ファナちゃんは昨日と同じ白いワンピースのままで、健康的な白いあんよがとってもおいしそう。昨日はあんまり気にしてなかったけど、裸足にサンダル履きであの砂漠歩いてきたとか、ファナちゃんもけっこうすごいよね。
ベッドの脇に座って寝顔を見つめる。
やっぱり、びっくりするほどかわいいよね。ファナちゃん。
そっと手を伸ばして髪に触れる。さらさら。
なんとなく、頭をなでなでしていたら。
「……んー」
寝返りをうったファナちゃんが、ぱちりと目を開けた。
「あ、起こしちゃた? おはよ、ファナちゃん」
「……あ」
ファナちゃんの真っ白な肌が、みるみるうちに真っ赤になっていって。
「きゃー!」
小さな悲鳴を上げてファナちゃんがとび起きた。
「も、もう! アユムってば! 乙女の寝顔を見るなんて失礼なんだから!」
慌ててぱたぱたと身だしなみを整えて、ちょこんとベッドの上に女の子座り。
「んー、かわいかったよ?」
「それに……昨日は……し」
なんだかぷう、と頬を膨らませて何かつぶやいたけどよく聞こえなかった。
「よくわからないけど、ごめんね」
ごまかすようにファナちゃんの頭を撫でた。
「それよりなんで、ベッドで寝てたの? もしかして昨日あのまま泊まっちゃったの?」
「え、いや、あのね。朝早かったから、ちょっと横になろうかなって思ってたら眠っちゃったみたい」
「そうなんだー」
「んー、スカートシワになってないかな」
ファナちゃんがパタパタとスカートを確認する。その様子に、ちょっとだけ気になった。
「あ、そういえばさ、ファナちゃんって飛沫族なんだよね?」
「そうだよ?」
「飛沫族って、足がおさかなのしっぽになるからぱんつ穿かないって聞いたけど、ファナちゃんてもしかしてぱんつ穿いてない?」
「アユムのえっちー。ちゃんと穿いてます」
ファナちゃんが、ちょっと悪戯っぽく笑った。
「……見たい?」
「興味はあるかな」
「もちろん見せないけどね?」
「ファナちゃんいじわるだー」
「横のとこがね、紐になっててスカートの上からでも、うまく引っ張るとすぐ脱げるようになってるんだよ」
このあたりだよ、とファナちゃんがベッドの上で膝立ちして腰のあたりを指差したので。
「へー」
思わず手を伸ばしてちょんと触ったら、なんかするって解けた感じがして。
「……アユムのばかー! でてけー!」
ファナちゃんに怒られて、部屋を追い出されちゃった。
まだちょっとふくれっ面のファナちゃんをなだめながら、宿をチェックアウトして昨日ナィアさんの獲物を預けた商人の元を訪ねた。
毛皮はそうでもなかったけれど、こんな場所だけにお肉は結構な値段で売れたらしい。
新鮮なお肉の供給手段って、やっぱり限られてるみたい。家畜飼うのも大変そうだしね。
「……あとあの蛇女に伝えてほしい。アイツはくたばったってな」
商人はそれだけ言うと、さっさと出てけとばかりに小さく手を振った。
「え、はい」
なんとなく詳しく尋ねるのがはばかられる雰囲気だったけど。
アイツって、いつもナィアさんが獲物の換金を頼んでたって人のことだろうか。
少しだけ気が重くなった。
昨日は日が暮れかけていたこともあり、あんまり周りを見る余裕もなかったけれど、昼前のこの時間帯はいろんな人が歩いていた。ツノの生えたひと、羽の生えたひと、ねこみみの生えたひと。人種も性別もいろいろだった。
リアルの服を着ていると目立つかなと思っていたけれど、意外に服装もいろいろでそれほど浮いているというわけでもないみたいだった。
……なぜかセーラー服みたいな学校の制服っぽいのとか、革ジャンみたいなののとか普通に歩いてるんだよね。
最初はボクたちと同じプレイヤーなのかと思ってたんだけど、あまりに普通に街を歩いてて、どうやらここではそういう格好も普通なんだと分かった。中にはプレイヤーも交じってたかもしれないけどね。
ナィアさんとの待ち合わせにはまだ時間がある。せっかくなので冒険のタネでも見つけようと、あちこち歩いていろんな人と話をしながら歩いた。
掲示板で言われたように、この街の人はかなり排他的なようだった。
露店の商人さんとかはある程度話をしてくれるものの、冒険者風のなんだか荒くれ者っぽい人たちは、ふんと鼻を鳴らしてこちらを無視するか、ファナちゃんにイヤラシイ視線を向けてくるようなヤツばかりだった。
それでもなんとかこの街の遺跡、通称”墓穴”のことを聞けた。
その管理事務所?みたいなところを尋ねたら。
探索者としての登録に金貨百枚、入場するたびに金貨一枚。中で手に入れたものの3割は強制徴収とかふざけたことを言われた。
そんなお金はないというと、ひげ面のおやじに鼻で笑われた。
「……ちなみに盗掘は死罪だからな? まあ、その器量ならケツをだせばその辺の荒くれ共が金貨の1枚くらい恵んでくれるんじゃねーか? それとも彼女をうっぱらうかい、はは、金貨五百枚くらいの値はつくだろうよ」
馬鹿にするような口調に腹が立ったので、無言で出た。
幸いにも、周りにいたいかにも冒険者って感じの武装した荒くれ者たちは、ゲラゲラ馬鹿にするように笑うだけでこちらに絡んではこなかった。
掲示板で聞いた、迷宮に入るのにもお金がかかるって本当だったらしい。
ボクの腕にぎゅっと抱きついてくるファナちゃんの肩をそっと抱いて、これからどうするかを考えた。
これは、他の街を目指すのも手かな……。
調べたところ、他の街に行くには巨大なバスのようなもの運行されているらしい。
ただやっぱり料金がとんでもない。ふたりで金貨四十枚くらいになるそうだ。しかもボクらはログアウトする必要がある。ファナちゃんの話によると、たぶんログアウト時に記録されるのは座標で乗り物自体じゃないから、何日か移動にかかるようだと砂漠の途中で置き去りにされる可能性があった。
「……ちょっときついぽいね」
「そうだね……」
ファナちゃんと顔を見合わせてつぶやく。
結局いい考えが出ないうちに、ナィアさんとの待ち合わせのお昼が近くなったので、シスタブに地図を表示させながら移動する。
ナィアさんに狩りを教えてもらって、稼ぐのも手かなー。
そんなことを考えながら待ち合わせ場所に近づくと。
急に砂が盛り上がって。
「……アユムとファナか」
砂の中から、蛇女ナィアーツェさんが顔を出した。
「……冒険のネタ、か。ではナィアーツェと一緒に遺跡に潜らないか? あんな墓穴のような死んだ遺跡ではない。とっておきの、秘密の、まだ生きた遺跡をナィアーツェは知っている」
ナィアさんはそう言って、口端を吊り上げて笑った。
――クエスト発生ってやつ、かな?




