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ボク的セカイの歩き方  作者: 三毛猫
閑話「ぬこたちの戦い」
179/228

「とある人斬りゲーマーの憂鬱」

 ――人を斬りたい。


 そんな願いを胸に抱えながら悶々と過ごす日々。

 まあ、自分が少しばかり現代社会で生きにくい趣味嗜好をしていることは理解していたし、胸に抱えた物を実際の行動に移したらまずいこともよくわかっていたから、願いはますます胸の奥にしまいこむことになっていたのだけれど。

 ……叶えられない願いをいつまでも抱え続けるというのは、非常にストレスがたまるものだった。諦められたら、叶えられない願いなど、すっぱりと捨ててしまえればよかったのだけれど。常識とか倫理とか、罪の意識とか。そっちの方を捨ててしまえれば、叶わない願いじゃないんだよなぁとか思ってしまえば、なかなかそう簡単に願いを捨ててしまう気にはなれず、ストレスはたまり続けた。


 ……なんで自分は戦国時代とかに生まれなかったんだろう。


 鉛の芯を入れて本物と同じ重さにした木刀を振り回しながらため息を吐く。

 生まれる時代を間違ったんだろうな、という気は常々しているが、かといって今さら戦国時代に放り出されても文明的な生活が出来ないのにはきっと耐えられないだろうと思う。なんだかんだ言ったってあたしも現代っ子なのだから。スマホがない場所で生きていける気がしない。

 人を斬りたいが、あたしは別に人を殺したいわけじゃあない。サイコパスなわけではないし、現代社会ではそれが罪になると知っているから。もっとも真剣での試合の結果、相手が死んでしまってもそれはしょうがないよね、とか、罪にならなかったら斬っちゃってもいいんじゃないかなとか考えることがたまにあるあたり、サイコパスと言われても仕方がないのかもしれないけれど。まあ、バレないなら平気だろう、という考えに至らないだけ、まだなんとか踏みとどまっている方なのだろうとは思う。薄紙一枚の差だけれど。まあトイレットペーパーよりはたぶんマシな厚さだとだと思うけど。このところはその厚みにあまり自信がなかったりした。汗か血か、涙の一滴であっさり破れちゃいそうだったから。


 正確に言うならば、あたしの願いは「人を斬りたい」というよりは「命を懸けた真剣勝負」がしたいということなのかもしれない。血を見なきゃ斬った気がしないとか考えてる辺り、本当にそうなのだろうか?と多少疑問の余地がないではないけれど。無抵抗な人間を斬殺したいわけじゃあなくって、お互いに生きるか死ぬかという状況で、相手より強くありたい。相手を叩き斬りたい。そう思う。

 まあ、何にしても兄にも父にも祖父にも一本も取れない身で「命を懸けた真剣勝負」がしたいだなんて、我ながら何をアホなこと言ってんだ、という気がしないでもない。おそらくこれまでにもずっと手加減されている家族との手合せで、もし真剣勝負なぞしていたらなら。あたしの命は何千個あったとしても、とっくに尽きていただろうと思うから。

 ……人を斬りたいだなんていっても、所詮あたしはその程度の腕だ。本当の真剣勝負なんてやろうものなら、きっと。下手をするとひとりも斬れないうちに命を失う羽目になるだろう。相手を斬ることに戸惑うことだけは無いと断言できるけど、相手があたしを斬らない理由は当然ながら全くないのだから。人を斬りたい、という以上、相手に斬られる覚悟だってあるつもりだけれど、強くなる前に死にたくはなかった。

 どうせなら、死力を尽くした戦いの果てに死にたい。いや、もちろん勝って生き残るに越したことはないけれど。どうせなら真っ二つにした死体の上で勝ったどー!と勝ち誇りたい方だけれど。当然ながら、勝つ保証なんて、どこにもない。強くなるために真剣勝負を行うと死ぬかもしれないというジレンマなのだった。

 一人の侍が一人前になるためには30人の犠牲が必要とかなんとか聞いたことがあるけれど。いや30人斬り殺してようやく一人前だったかな。何にしても犠牲となる30人の内には入りたくないと思うのは、まあ、あたしのわがままだなのだろう。


 まあそんな、微妙で複雑でかなり困った願いを抱えていたあたしだから、通信対戦できる格闘ゲームには一時期、割とはまっていた。なにしろ相手も自分も死なないのだから、ゲームというのは本当に都合がいい。それでいて、かなり熱くなれた。実際に身体を動かすわけではないけれど、画面の向こう側に人間が透けて見える通信対戦というのは、あたしの願いが叶わぬまでも、多少なりの慰めにはなってくれた。

 格闘ゲームといっても、あたしは格闘家ではない。あたし程度の腕で剣客を名乗るのはおこがましいけれど、あたしは刀を持って戦う人間だ。だから、ゲームであっても、主に武器で戦うものを好んだ。侍の名を冠するタイトルは特にお気に入りだった。あれは勝負が決すると、負けた相手の身体が真っ二つになる演出とかあって、ほんとに斬った気になれたから。

 設定は常に1本勝負。自分が現実で実際に使えない技は使用しない。そんなルールを勝手に決めて、対戦をしまくった。まあ、相手は必殺技とか飛び道具とか連続技とか多用してくるわけで、それに通常技と投げだけで相手するというのはかなりの舐めプというヤツだったのだろう。それでも。ランクが必ずしも相手の強さを意味しないとはいえ常に格上の相手に挑み、そこそこの勝率を得られたのは密かに自信になった。

 相手を読み切ったときの快感は、性的な快楽よりもずっと気持ちがよかった。いや殿方とお付き合いしたことがあるわけで無し、そういった経験があるわけではないけれど。脳内麻薬がどばどば出ている感じがして、知覚が信じられないぐらいに広がって、何かが見える気がした。まるでイケナイオクスリでもやってるみたいだった。ああ、某ロボットアニメの新人類とかこんな感じなのかなって思うことがよくあった。ヤク中だらけかよあのアニメ。

 けれど。

 結局のところ格闘ゲームは決まった攻撃しかできないので、限界を感じて止めることになった。現実で、自分の身体を動かして戦うならば出来るはずのことが、あまりに出来なさすぎるし、逆にそんなのはゲームでしか出来ないだろうという動きをしなければならないことも多かったから。

 まあ、格闘ゲームにリアルを持ち出してどうこう言うのはバカげた話だろうとは思うけれど。結局のところ、格闘ゲームは少しの間、多少の慰めにはなったものの。やはりわたしの願いを完全には満たすものではなく。相変わらずの悶々とした日々を過ごすことになったのだった。

 同時期に巨大なモンスターを狩るゲームにも手を出していたけれど、こちらも同様の理由でやめることになった。モンスターの体力が見えなかったり、血の表現や部位破壊など、斬ってる感があってそういうところはかなり良かったけれど。やっぱり決まったパターンを繰り返すことしかできなかったし、人型のモンスターは居なかったのでやっぱり物足りなかったし。格闘ゲームと違って、画面の向うの相手は人間じゃあなかったから。燃えきれなかった。

 ……結局のところ、ただのゲームでは。あたしの願いの代償行為にはならなかったのだろう。

 むしろ、中途半端にかなえられたせいでますます渇望するようになったような気がする。


 ……なんかこのままじゃあたし、我慢しきれずに通り魔とかしちゃいそう。

 斬りたいなぁ、思いっきり刀振り回したいなぁ、でも無差別に襲いかかると犯罪者だしなぁ。それ以前に刀振り回してたらそれだけで銃刀法違反な気がするけれど。誰か斬られても、斬って問題ない人間とか居ないかなぁ、なんて。祖父からもらった本物の刀を前に、毎夜悶々と悩み続ける日々。そんな悩みを発散するように鉛の芯入りの木刀を振り続けていたのだけれど。

 木刀じゃあ、振り回してもあんまり気持ちよくなれないんだよね……。


 これはもう、覆面とかして「天誅!」とかいいながら社会の屑とか悪そうな人に因縁つけてヤるしかないだろうかなんて思い詰め始めていたそんな時に。とあるゲームの存在を知った。

 そのゲームは、何の略だか知らないけれどLROという名前で。VRMMO?だとかいう、本当にゲームの中に入ったような感じのゲームがなのだという話だった。

 それが本当なら、人を斬る疑似体験ができるかもしれない。だってゲームなんだから、斬ったって相手は本当に死ぬわけじゃない。おまけにあたしが斬られても本当に死ぬわけじゃない。なら、いくらでも斬れるに違いない。それはあたしにとって、理想のゲームに違いなかった。

 さっそくやってみようと思ったのだけれど、あたしがその存在を知った時にはすでにβテストというのが終わっていて、正式サービスが始まる直前だった。正式サービスは、抽選で1万人ということだったので、当選確率を上げるために父や兄や祖父の名まで使って応募したのだけれど。

 ……なぜかあたしだけ落選したのだった。

 そして、祖父に父に兄は「あン? 俺の名前で当ったんだろ?」とあたしに権利を譲ってはくれなかった。そうして毎日のように聞かされる冒険の数々。すっげー修行になるぜーという兄たちの言葉にあたしは、うがー、と叫んで悔しさにのたうちまわることになった。困ったことに、このLROというやつは本人専用で他人のゲーム機は使えないらしく、あたしはちょっと世界を垣間見ることすらできなかった。兄のをこっそり使ってみたのだけれど起動すら出来なかったのだ。普通のご家庭用ゲームなら、テレビの画面を横から見ることくらい出来るのに。VRなんちゃらは不便すぎだった。くそぅ。


 それからさらに数か月が過ぎて、正式サービスの2回目の募集が始まった。

 今度こそと祈る様に応募したところ、前回の5分の1の2千人だったにもかかわらずあっさり当たってしまった。あるいは、もしかしたら。ここで一生分の運を使い果たしたのかもしれなかった。


 ――これで斬れる。


 ゲーム開始初日。膝丈のスパッツに、袖なしの道着を着て、帯には祖父からもらった刀を差してゴーグルを被った。二月にしてはかなり薄着だけれど、身体を動かす以上は着ぶくれるわけにもいかない。空調は寒くない程度にかけているので、風邪を引くことはないだろう。


 いざゆかん、あたしの理想のセカイへ!


「――LROへようこそ、キリュウ・キリコ様」


 目を開けると、真っ白な部屋の中に羽の生えた小さな女の子がふわふわと浮かんでいて。

 昔遊んでいたゲームの白饅頭のことをふと思い出した。

「……ふむ」

 兄たちに聞いていた通り、ゲームの中では本当にあたし自身の身体を動かす感覚でプレイできるみたいだった。拳を握ったり、開いたり。軽く腕や足を動かして感覚を確かめると、まったく違和感がなかった。素晴らしい。いやマジですんばらしい。

「……あー。八つ当たりだというのはわかってるんだけど、あなたのこと斬ってもいいかな?」

 腰に差していた刀を抜き放ち、部屋の中央に浮かぶ少女に切っ先を向ける。

「……は? ちょ、え? なんで刀とか、それ本物?? どうやって持ち込んだのっ!? ここ危険物持ち込み禁止なんだけどっ!?」

「本物だよ。毎日お手入れは欠かしてないから切れ味も抜群! 持ち込み方法はとあるブログの記述かな。服にくっつけてボタンや装飾扱いにすれば、服を脱がすわけにもいかないから持ち込めるんだってー」

 あたしはプレイするゲームは、事前に徹底的に調べられることは調べてからプレイする方だ。

 LROについても、個人ブログから攻略wiki、掲示板の過去ログに至るまで徹底的に調べて来たから事前知識はばっちりなのだ。

「そんな穴があったの!? ああでも、ある程度判定に曖昧さがないとベルトひとつとっても絞殺用の凶器とみなされちゃうかもしれないし、どうしようもないかも……」

 ぶつぶつつぶやき始めた少女を、刀の先で軽くつつく。服の上からならまあ、まだ大丈夫。ちょっとくらい穴が空くかもしれないけど。

「……きゃあっ!?」

「ねえ、斬って、いい? 返答無しは肯定とみなしてやっちゃうけど」

 無抵抗の相手をただ斬るのは、あたしの「人斬り」の願いとは少し違うけれど。これは単なる八つ当たりなのでしょうがないのだ。

「昔やったゲームにさ、あなたみたいに部屋の中にふわふわ浮いてる白饅頭がいたのよ。それがめっちゃ腹立つやつでさぁ。……何が枯れちゃってカリカリくぽぉだ」

 思い出したら余計に腹立ってきた。

 イベントのたびに無理難題を言ってくるし、たまたま見つけた効率のいい地形ハメできる場所に現れて規約違反でアカバンするぞとか脅してくるし。

 かといってシステム上、敵キャラクターじゃあないのでどんなことをしても殴れなかったのだ。

 だから、いつか殴れるようになったら。斬れるようになったなら。ぜったいあの白豚は刀のサビにしてやろうと思っていた。結局、それが可能になる前にあたしはそのゲームを止めてしまったけれど。

「……八つ当たりだってわかってるけど。斬れそうだし斬っていいかな? というか斬る」

 白くてふわふわ浮いてるところがそっくりだし。アレの代わりに斬ってしまいたい。

 まあこれも代償行為に過ぎないとわかっているけれど。感情というのはどうしようもない。

「ぼ、暴力反対~っ!」

 あたしが本気だとようやく気がついたらしく。

 ふわふわ少女はものすごい速さで壁のモニタに飛び込んで消えてしまった。

「あー……逃げられたかァ。残念」

 まあいいや。何度も自分で言ったように、単なる八つ当たりだしね。ふわふわ少女に罪はない。

 なんにしてもあたしの部屋に白豚的な存在は不要だ。ふわふわ少女を白豚よばわりは少しかわいそうかな。まあいいや。

 ん? そういやスロットとかカードとかいうのがあるんじゃなかったっけ。

 まあ、どうせ使わないからいいよね。あたしの身体ひとつでできることをしないと意味がない。カードとかいらない。アーティファクトとかには少し興味があるけれど、現実で使えないならやっぱりいらないかな。

「……あたしにはこの刀1本あれば十分」

 ええと、そこのドア開ければ外に出られるんだっけ。

 ふむ。

 意を決してドアを開けると。いつの間にか砂漠に立っていた。

 強い日差しのわりに、空気はカラカラであまり暑さは感じない。

 しまったな。こんな場所だと袖なしの服はよくなかったかもしれない。日焼けじゃすまないかも。ゲームだし大丈夫かな?

 それにしても。密林とかだと斬るモノがいっぱい居そうでよかったんだけど。

 ここが砂漠ってことは、さっきのふわふわ少女は砂漠エリアのグレイスだったのかもしれない。今となってはどうでもいいけれど。

 ぐるり、と周りを見回すと。

「……こ、こんにちわ」

 大きな黒い岩の影に。対照的に真っ白で、とても小さな女の子がちょこんと立っていた。上から下までびっくりするくらいに真っ白だった。ただ目と、頭の上の大きなリボンだけが赤い。頭からからはうさぎのような長い耳がのびていて、とてもかわいかった。抱き枕に欲しい感じ。

「ん、こんにちは。あなたはプレイヤー、なのかな?」

 今日が第二陣の初日だし、これまでの情報からするとプレイヤー同士でパーティを組んで街を目指すのが最初のクエストのはずだ。最初に降り立った場所に居る誰かというのは、システム的にマッチングされた初期メンバーで在る可能性が高いだろうと思う。

 しかし、R15のLROであるのに。プレイヤーであるとしたら目の前の少女はあまりにも幼かった。まだ10にもなってないのではないだろうか。そうすると、NPCというやつなのだろうか。NPCの人は切ったら本当に死んじゃうとか聞いたし。斬ったらマズイかな。斬ってもいいのかな。真っ白だし、血が赤かったら映えそうなんだけど。

 そう思いながらじろじろ見つめていると。

「はい、プレイヤーです。えっと、僕はシロウサギといいます。あなたは?」

「あー、プレイヤーかぁ。なら斬っても大丈夫だよね。死なないし」

 刀を向けると、シロウサギちゃんはぎょっとした顔で数歩、後ずさった。

「あたしは……斬る子、キルコって呼んで。あと、殺し合い、やろう」

 本名がキリコだから、キルコ。安直だったかな。

「きゃーっ!?」

 文字通り脱兎のように逃げ出すシロウサギちゃんを追いかけて刀を振り回す。

 まあ、単なる挨拶のようなものだよ。

 向かってこない相手を斬るのは……つまらないからね。

新人さん二人を加えて、次回から第五話予定です。

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