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ボク的セカイの歩き方  作者: 三毛猫
閑話「ぬこたちの戦い」
178/228

「とある二陣プレイヤーの初日」

 LROというなにやらすごいゲームがあるらしいと知ったのは、おおよそ半年前のことだった。その当時はまだβテストの最中だったらしいのだけれど、わずか2千人ほどしか参加していないにもかかわらず、ネットのあちこちで話題になっていた。

 僕がそのゲームを知ったのも、よく見るネットの掲示板にLRO関係のスレッドが乱立したのがきっかけだった。とにかく勢いがあった。大勢でわいわい騒いでいて、楽しそうだなと思ったことを覚えている。

 けれど。

 いくらなんでも今の時代にフルダイブ型のバーチャルリアリティなんて嘘くさいものが存在するなんて信じることは出来ず。実際、ゲーム画面のスクリーンショットなど一切なかったため、どれだけ言葉でLROの素晴らしさを説かれたところで、「ふーん」としか思えなかった。あくまで、「本物と思えるくらい」よくできたゲームなんだろうな、と。そう思っただけだった。

 ただ、当時は実際にβテスト参加した人、存在そのものを懐疑的に見つめる人、とにかく面白そうなんで騒ぎたい人、いろんな人が集まって喧々囂々、論争を繰り広げていて、その熱量のすごさは傍から眺めているだけの僕にも感じられて。

 まあ、気になるなら。ウソかホントか、実際に参加してみたらいいんじゃないかな?

 そう思って、最終5回目のβテスター募集に応募したのだけれど、結果は落選。縁がないものだとあきらめて、やや悶々としながら、掲示板で参加者たちが騒ぐのをただ眺めることになった。

 だから、それから少しして、正式サービスが始まった時にも。ちょっとだけ迷ったけれど、結局、申し込みは行わなかった。本物であれば冗談みたいな安さであったものの、アルバイトをしていない高校生の身としては少しばかり出すのを躊躇する金額だったし。あれだけ話題になったゲームなのだし、どうせ、最初の1万人に選ばれることなんて、きっとないだろうって思ったから。

 それ以前に、いくらなんでも本物のVRMMOなんてものが存在するとは信じがたかったので、リアルっていっても結局ポリゴンで出来たCGに過ぎなくって、実際にプレイしたらきっとすごくがっかりすることになるんだろうと思ったから。実際にはプレイしないで、わいわい騒いでいるのを傍から見ているだけの方が幸せなんじゃないかなって、そう思ったから。


 ……今思うと、「すっぱいぶどう」というやつだったのかもしれない。

 自分がプレイできないゲームだから、きっとしょぼいに違いないとか。バカみたいだ。

 思い切って、正式サービスの二次募集に参加してみれば。


 ――そんなつまらない考えは、目の前の彼女が全部ふっとばしてくれたのだから。


「――LROへようこそ、スズサト・シロー様」


 僕の目の前にふわふわと浮かんでいるのは、体長50センチほどの小さな女の子で。

 白いふわふわのドレスを着て、背中には天使の様な羽根が生えていた。


「わたしはシステム・オペレーティング・コンパニオン、略してSYS-COのNo.7(タイプセブン)、グレイスと申します」


 そう言って微笑み、ぺこりと小さく頭を下げた彼女は、その姿も相まってまるで本当の天使の様で。

 僕はその造詣の美しさと可愛らしさに、ただ口をぽかんと開けたまま見つめることしかできなかった。


「会員登録されたシロー様でお間違いないでしょうか?」


 まつ毛の一本一本にいたるまで、それどころか、細胞の1個づつすら描画されているのではないかと思えるくらいのリアルさ。いや、こんな小さな(しかも羽の生えた)人間が実際に地上に存在するはずがないのだからリアルというのも変な気はするけれど。パターン化されたアニメーションなどでは絶対に無くて、生きて、目の前に存在するとしか思えない。

「もしもし? うーん、もしかして言葉通じてない?」

「え? いえ。聞こえてます。通じてます。志郎であってます」

「大丈夫? ログイン酔いしちゃったかな? いったんログアウトする?」

 つーっと寄ってきて、僕の顔を覗きこんできた、グレイスちゃんの顔がびっくりするほど近い。

「だ、だいじょうぶ。ちょっと、いや、かなり、だけど。びっくりした、だけ、です」

 思わず、数歩後ずさってしまった。

 というか、コレ、見た目だけじゃない。

 どう見たって、定型文を話すNPCとかじゃなくって、普通に考えて話しているようにしか見えない。これ、絶対、ゲームなんかじゃないって。

「んー。なんかゲーム慣れしてないのかな? シローくん」

「異世界転生したとか言われた方がよっぽど納得がいくんですがっ。なんなんですかこの変態技術はっ!? 21世紀の日本じゃ不可能でしょうっ!?」

 なんか真っ白な部屋だし! 巷にあふれている異世界転生モノの一番最初のよくあるシチュエーションにそっくりすぎるんだけどっ。

「いやそんなこと言われても実際ここにあるわけだし。ログインするもしないも自由だよ?」

 きょとんとした顔で、首を少し斜めにしてグレイスちゃんが再び僕の顔を覗き込んできた。

 距離が近い。

「……本当に異世界転生とかじゃあないんですね?」

「うん、チートとかあげないから期待しないでね! (……どっちかっていうと転移の方だし)」

「別にチートとかいりませんけど」

 ……ん? 小声でよく聞こえなかったけど、なんか異世界自体は否定されなかった気がするんだけど気のせいだろうか。

「んー。チュートリアルの前にいろいろ教えた方がいいのかな。というか、シローくん、お兄さんや妹さんから何も聞いてないのかな?」

「……兄に、妹、ですか?」

 いつの間にか、僕の呼び名が様付からくん付けに変わってるけど。

 それよりも、兄や妹って。なんで僕の家族構成とかゲームの中の人が知っているんだろう。

 あ。

「もしかして、僕の兄妹もLROを、このゲームをやっているんですか?」

「聞いてないのかー、そっかー。そだよね、シローくん来年は受験生だし。というかこの時期にオンラインゲームとか始めて大丈夫なのかな?」

「うぐ」

 高2年の2月。たぶんゲームなんてやれてもあと3、4か月くらいだろうか。

 けれど、しょうがないじゃないか。

 βテストの時には全く出回らなかったスクリーンショットの類が、正式サービスが始まってからはこれでもかというくらい、大量に出回ったんだから。あんなものを見せられたら、やってみたいという気持ちを押さえられるわけがない。

 特に、あの、掲示板で痴女さんとか呼ばれてるあのえっちな格好の女の子とか会ってみたい。何か大きなイベントがあると必ず活躍しているし。

 ちょうど二次募集が始まったばかりだったから。ダメ元で申し込んだらあっさり当選しちゃったんだから。やらないともったいないし。

「……まあ、節度を護って、LROを楽しんでね? リアルも大事だよ?」

「……はい」

 ゲームのNPCに、リアルのことを心配されるのはなんだかひどく不思議な気がした。

「ところでちょっとお願いがあるんですが」

「なにかな、シローくん」

「さわってもいいですか?」

「……」

「無言で距離を取られると正直すごくへこむんですが」

「いや、シローくんみたいなの結構いるわけよ。許可を求めてくるのはまだいい方で、いきなりわたしのぱんつ脱がそうとしてきた奴とか、速攻でアカバンしてやったからシローくんも注意ね?」

「いえ、そういう興味じゃなくって。あまりにもリアルすぎて逆に存在感がないので、なんか夢でも見てる様な気になっちゃって。触れるなら、本当にそこにいるって信じられるかなって」

 慌てて説明したのだけれど。しどろもどろになって、邪な意図をごまかそうとしたように聞こえなかっただろうか。

「……じゃあ、手のひら上に向けて前に出して」

「えっと。これでいい、かな?」

 言われるままに、水をすくう様な形で手のひらを上に向けて差し出すと。

 僕の手の上に、グレイスちゃんがちょこんと降り立った。

 確かに、存在している。僕に触れている。

「【浮遊】切るからちゃんと支えてね? わたしぬいぐるみとかじゃないし、たぶん、シローくんが思ってるよりは重いよ」

「わ、わ!?」

 急にグレイスちゃんが重くなって、落っことさないように慌てて胸に抱える格好になった。

 グレイスちゃんの羽が僕の鼻をくすぐって、くしゃみが出そうになった。

「んー。変な意図がないっていうのは本当だったみたいね」

「そのつもりだったけど、抱きかかえてると変な気持ちになっちゃうので浮いてもらっていいですかっ!?」

「もー、せわしないなー」

 サイズは普通の人間の3分の1くらいとはいえ、普通に女の子の体型なので、なんか柔らかくって、良い匂いとかして、くっつくのが恥ずかしかった。体温すら感じられる。吐息がくすぐって来るとか。妹以外に女の子と接点のなかった僕には正直いっぱいいっぱいです!



「落ち着いた?」

「……落ち着きました」

 本当はもう少し時間が欲しかったけれど、いつまでもゲームを始められないのはよろしくない。早くルラレレティアを歩いてみたいんだよ。ボーっとしてなんていられない!

「というわけでまずはアバターを作りましょう!」

 グレイスちゃんが元気よくいぇーいと拳を振り上げた。

「ええと、基本的にリアルそのまんまだって聞いてますけど」

「そだねー。種族カードとか手に入らない限りは基本的に髪の長さや色、目や肌の色くらいしかいじれないねぇ。どんな感じにする?」

「えっと、髪は白で腰くらいまで伸ばしてもらえます? 目の色は赤で、肌も白っぽい方がいいです」

「ほいほい。こんな感じでどかなー? なんかアルビノっぽい感じ?」

 グレイスちゃんが、目の前に用意された僕のアバターの容姿をいじってゆく。

 髪、ひっぱると伸びるんだ、とか。けど整えるにはハサミ使うんだとか、なんかどうでもいいことが気になるね。

 キャラの容姿をいじれるゲームだとだいたい僕がいつも作るイメージは決まってるのだけれど、自分の顔がベースだとちょっと似合わないかなぁ。

「髪の毛くくる? 今なら真っ赤なリボンをサービスしちゃうよ!」

「ポニーテールに出来ます? ……というか男だとその真っ赤なリボンは恥ずかしいかも」

 ちょっとびっくりするほど大きいし。

「えー。結構似合ってるよ?」

 にやにや笑うグレイスちゃん。

「あー。つかぬ事をお伺いしますが、性別の設定とかいじれないんでしょうか?」

「ん? 一応、今回の第二陣受け入れのバージョンから性別の設定変更できるようになったけど。……シローくん、もしかしてそういう趣味? 女装とかしちゃう男子?」

 ちょっと悪戯っぽく笑って、グレイスちゃんがからかう様に肘で僕をつついてきた。

「いえ、現実が男だから、ゲームだといろいろ着飾って楽しめる女性キャラ使うこと多いんですよね。流石に現実でスカートとか穿く勇気はないので。女性キャラだとかっこいいのも可愛いのもなんでも着られていいでしょう?」

 ここまでリアルだと、普通に僕がスカート穿いてるようにしかみえないかもだけど。

「男性でも着飾れないわけじゃないし、なんか詭弁に聞こえるけど。別に女性になりたい願望があるとはっきり言っても笑ったりはしないよ?」

「いえ、僕、普通に女性が好きなので。ゲームの中以外で女装する趣味もないですよ?」

「なんかいろいろこじらせてるねっ! 性同一性障害以外の人には本来オススメしないんだけど、転族って特殊な種族カードがあって、希望者に配ってます。1日に1回、性別を反転させるスキルを使えるだけのカードなんだけど。カード差すには、まずはスロットつくらなきゃね。アバターはこれでいい?」

「ええと、とりあえずはこれで」

 本当は女性化したときの姿を確認してからにしたかったけど。

 アバターと頭ごっちんして、僕はLROに生まれ変わった。



 差し込み口を意味するスロットをリールが回転するスロットで決めるというのはなんか妙な気がしたけれど。

「青5、赤5ね。まあ悪くないんじゃないかな」

「うん」

 青は魔法系、赤は物理系。これからどっちにも伸ばせそうではある。

 けど、性別変更で1個スロット埋まっちゃうのはアレかなぁ。そのくらいは受け入れなきゃだめなんだろうか。

「あ、転族のカードは専用のスロットにセットするから心配しなくて大丈夫だよ」

 言いながらグレイスちゃんが1枚のカードを画面操作して差してくれた。

「ん、これで【転性】が使えるはずだよ。やってみて」

「えっと、どうすれば」

「使用しようと念じるか、スロットの画面からカードのスキルに触れて発動とかもできるよ」

「ええと、こう、かな」

 言われるままに念じると。身体がぞわぞわとして。

「おー? はい、鏡ね」

 なんだかちょっと驚いた顔のグレイスちゃんが、全身が映る鏡を出してくれた。

「……これが、僕?」

 真っ白で、赤い目の。まるで白ウサギみたいなかわいい女の子がそこには映っていた。

 そう意図した通りなんだけど、男の姿の時にはちょっと微妙だった真っ赤なリボンもとてもよく似合っている。

 うん、着飾りがいがありそうで、いいね。

 お胸も控え目で、僕好みだった。あんまり大きいと可愛い服が似合わないんだよね。ファンタジーものだと胸元を強調するような装備が割とあったりするけれど。LROの仕様なら詰め物をすれば着られるだろうし。小は大を兼ねるのだ。

 んー。なんだか少し、妹に似ているかも?

 どういう理屈で女性化しているのかわからないけれど、単純に適当にアバターを変換してるわけじゃなくって、遺伝子的なつながりが感じられる気がする。確かに僕でありながら女の子になっちゃってるっぽい。ぱっと見だと別人みたいなんだけど、これももうひとつの自分であると思える。

 鏡の前でポーズを取って確認していると、なんだかグレイスちゃんに呆れ顔で見つめられた気がするけど気にしないことにする。

「いや、いいけどさ。気を付けてね? リアルがオカマっぽくなってもしらないから」

 いいじゃない、ゲームの中くらい趣味に走ったって。



「……次は初回ガチャね。有料ガチャが実装された際に、1回だけ無料で引けるようになったので、この中から1枚だけ引いてちょうだい」

「うん」

 言われるままに空中に表示された光るウィンドウに手をつっこむ。

 ぴんと来たところでつかんだカードを引っ張り出すと。

「銀色のカード……”獣族”の種族カードだ」

「おー。シローくん、女装癖に加えてケモノ属性まであるんだね! 属性モリモリだね!」

「お耳としっぽは至高だと思います」

「冗談で言ったら肯定されたっ!?」

「あれ」

 さっそくカードをスロットに差そうとしたら。

 裏にカードがもう1枚、くっついていた。

「ごめんなさい。グレイスちゃん。間違って2枚ひいちゃってたみたい」

「え? システム上、2枚同時には引けないはずなんだけど」

「なんかくっついてたよ」

 というか銀色ってことはこっちも種族カードなのかな。

 ぺりぺり、とはがしてひっくり返すと。

幼族(ロリロリ)? wikiとかじゃ見たことない種族みたいだけど」

「ちょっとそれまだ開発中のカード! なんで混ざってるのさ!」

 グレイスちゃんが慌てたように空中に光るウィンドウを浮かべてどこかとやり取りを始めた。

「……えっと、これどうすれば」

 とりあえず、僕にはレベル5のスロットふたつあるし。

 差してみようかな。

 まずは獣族のカード。wikiによると、どんな獣の要素がつくのかはプレイヤーによって違っていて、それにより能力が変わったりするらしい。

「どんなのになるかなー。んしょっと」

 獣族のカードを刺すと、頭とお尻がむずむずして来て。

「わー。これ、どうみてもウサギです」

 見た目的に白ウサギっぽいとか思ってたら、ウサギの耳としっぽ生えたよ。

 完璧だね! バニースーツとか着たりはしないけど。

「で、幼族っていうのは。たぶんこれ、アレだよね」

 字面から想像できるのは、ホビットとかハーフリングと呼ばれる様な小人種族。

 かわいいけど、着飾っても小さくて微妙なことが多いので、ゲームではサブキャラくらいでしか使わないけど。LROくらいリアルだとどうなんだろう。

「とりあえず差して見ればわかるよね。んしょっと」

 カードをもうひとつのスロットに差すと。

「……ぴょん」


 思わずそんなことを口走ってしまうくらい。

 鏡の前に、とってもぷりちーなウサミミ幼女が現れました。

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