13、「仕様です」
昨晩は早めにベッドに入ったせいだろうか。だいぶ早い時間に目が覚めた。
約束の時間まではまだだいぶ余裕があるので、お掃除と洗濯を済ませておく。
昨日はいろいろあったけど、一晩寝たらすっきり。
なんてことはなかったけれど……まあ、そういうことにしておく。
昨日お風呂上りに、髪を乾かす間くらいって掲示板を覗いてみたけれど。なんかちょっとイタイ人扱いされちゃって少しへこんだのも、もやもやしてる原因なのかも。
別に意図的にオトコノコのフリしてるわけじゃないから、ボクの姿や声を知らない文字だけだとどうも女の子だってばれやすいっぽい。今後は書き込み控えた方がいいかもね。ゲーム中では実名だし、髪の長さ以外は見た目もほぼ一緒だし。
……ふう。
ゲームの中ではいっぱい飲み食いしたけれど、リアルの方では昨日のお昼前に食べたのが最後だから、ほとんどまる一日近くご飯食べてないはずなんだけど。あんまりお腹はすいてない。今日もがっつりログインすることを考えたら無理にでも食べておいた方がいいんだけど、食欲がない。
――なんだか、ボクらしくないよね。
ベッドの上にごろんと転がって、左手でそっと、服の上から自分の胸に触れる。
右手はそっと、ぱんつの中に潜り込ませる。
昨日ちゃんとお風呂で洗ったから、もう砂でじゃりじゃりしたりはしない。
「……気のせい、だったのかな」
スマホを向こうに持ち込めたんだから、向こうから何かを持ち込むことだって、あるんじゃないかと。そう、思ったんだけど。
すべすべのお腹を指でなでる感触は嫌いじゃない。すべすべなのはお腹だけじゃなかったりするけど。
服の上からではもどかしくなって、スウェットの内側に左手を潜り込ませる。
「……んっ」
ちょっと気持ちよくなってきちゃったので、このあたりでやめとこ。
もやもやした気分をすっきりさせたかったけど、冒険前に疲れることするのもアレだしね……。
約束の九時にはまだ早かったけれど、グレちゃんに確認したいこともあったので早めにログインすることにした。
砂漠の街だってわかっているので、服は少し生地の薄いものにしておく。日差しは避けたいからパーカーは羽織ることにするけど。足を見せるわけじゃないけど、靴下は膝上までのニーハイソックス。長い方がなんか砂が入りにくそうな気がするしね。
「……そういや、ログインするときは靴履いてなかったのに。向こうじゃいつものスニーカー履いてたよね」
ちょっと気になって、玄関に行って確認したけれど。いつものスニーカーは別に砂まみれになっていたりはしなかった。ちょっと臭うけど。今度洗濯しよう……うん。
女神ちゃんたちとか、どうもボクの思考を読んでる節があったし。もしかしたらボクの記憶から靴とか再現してるのかも。
まあ、そのあたりもグレちゃんに聞いてみようかな。
また汗をかきそうなので、ベッドの上にバスタオルを敷いておく。ゴーグルを被って、ごろんと横になる。
一度だけ深呼吸して。
「れっつぷれい! 今日もあそぶのだー!」
ちょっとだけ気合を入れて、スイッチを入れた。
「おはよー、グレちゃん」
出迎えてくれたグレちゃんに小さく手を振って挨拶。
「――LROへようこそ、アユム。朝早くから頑張るのもいいけど、リアルの生活もちゃんとしなきゃだめだよ?」
「ちゃんと家のこと済ませてきたからへいきー」
月額課金制じゃなくて、ログイン時間による従量課金制だったらたぶんそんなこと言わないよね、って思ったボクはひねくれ者だろうか。
「……なんか、悲しい顔してるよ? アユム」
「え、そう?」
よいしょ、とスライムベッドから起き上がって立ち上がる。この動作にもだいぶ慣れてきた気がする。
「あんなことがあったし、昨日はなんかそそくさと帰っちゃうし。もしかしたらもうログインしてくれないかも、って思ってたけど。また来てくれて嬉しい」
グレちゃんが、すーっとボクに近づいてきて、にっこり微笑んだ。
グレちゃんは相変わらずちっちゃくてかわいい。抱きしめたいなぁ。
ぎゅーってしたら、やさしい気分になれるかも。いやな気分もふっとびそう。
「あのねグレちゃん、ボクちょっと癒しを求めてるんだけど。ぎゅってしていい?」
前もって断れば、同意の上だからセクハラにはならないよね。ボクにだって学習能力くらいはあるのだ。
「……なんか嫌な予感がするけど。少しならいいよ」
「わーい」
お人形さんくらいの大きさのグレちゃんは、抱きしめるのに丁度良かった。正面からそっと手を伸ばして、羽を傷つけないようにそっと胸に抱きしめる。
「きゃ、もう! わたしは人形じゃないのに!」
「んー、癒される」
ゆったりとした白いドレスなのでごまかされていたけれど、グレちゃん結構着やせするタイプっぽい。物理的にちっちゃいけど、むにむにとボクのお胸に触れる感触が心地よい。
グレちゃんの銀色の髪に顔をうずめるようにして、そっと背中を撫でた。なんだかいい匂いがする。
アニマルセラピーってわけじゃないけど。ほんと、ちっちゃくてかわいいからすごく癒される。
「……もう」
あきらめたのかぐったりしてしまったグレちゃんを、そのままたっぷり十分ほど堪能した。
……いちおう自重したから変なところは触ってないよ?
「ありがと、グレちゃん。すごく元気が出た」
「わたしはおかげでゲンナリしてますー。でも、ほんと顔色よくなったよ、アユム」
「おかげさまでー」
うん。今度から嫌なことがあったときはグレちゃんセラピーを頼むことにしよう。
有料になってもいいくらい。んー、お金払うとなんかえっちなサービスみたいだよね。やっぱりグレちゃんの好意にあまえちゃうくらいの方がいいかな。
よからぬことを考えていると、グレちゃんが小さく首を傾げた。
「それで、ずいぶんと朝はやいけど何かあったの? ハナちゃんとの約束は九時だったよね?」
なんでグレちゃんがファナちゃんとの約束を知ってるんだろう。
「え、もしかしてシスタブ持ってるとパーティ内会話とか全部グレちゃんに筒抜けなの?」
「ん、ある程度はね。もちろんログには全部残ってるから、その気になればすべての行動や会話を知ることもできるけど。流石に常に監視するようなことはしてないよ。前科があって保護観察期間中とかなら別だけど」
「……ファナちゃんにボクが変なことしないか見張ってたってこと?」
「~~♪」
「口笛拭いてごまかさないのー」
グレちゃんめー。
「……まあいいや、いろいろグレちゃんには聞きたいこととかあってね、今日は早く来たんだよ」
「じゃ、立ち話もなんだし。昨日できなかった説明もかねて、どーん」
グレちゃんがいきなりボクの前にウィンドウをぐわーっと広げて突き出してきた。
「え、ナニソレ?」
そこに表示されているのは何かのカタログっぽい感じ。
「LROには経験値っていうプレイヤー成長させるためのポイントは基本的にないんだけど、その行動によってPP、パーソナルポイントっていうのが手に入るようになっています。個人点っていうぐらいだからこれとはべつにGP、グループポイントっていうのもあるけどそれはまた別の機会にね」
グレちゃんがさらにウィンドウを大きく広げて、その前に浮かぶ。
「このPPを消費することで、カタログショッピングっていうか、色々アイテムをゲット出来る仕組みがあるんだよ。アユムのPPは……。おー、いろいろあったし2000ちょっとあるね」
「おー」
多いのか少ないのかよくわからないけど。とりあえずカタログ見てみようかな。
ほとんどが???になっててマスクされてるけど、消費ポイントが少ない下の方のは表示されている。どうもプライベートを快適にするために、家具を配置したりとか模様替えとかできるっぽい。なるほど、だから初期状態では真っ白の殺風景な感じなのかな。
「まあ、デフォルトの椅子とかテーブルもあるけど、やっぱり自分の部屋は自分の趣味で模様替えしたいでしょ?」
「そうだねー」
まあ、ボクにはあんまりこだわりはないんだけど。すわり心地のよさそうなイスを一個と、丸テーブルを一個カタログから選択した。すると、カタログからにゅーっと飛び出るようにして部屋の中で実体化した。さっそく腰かけてみる。ふかふかで悪くない。
ついでにカタログをざーっと眺めてみる。?ばっかりで詳しくは書かれていないけれど、どうやらプライベートルームの機能の拡張とかもあるらしい。現実世界のネットにつながる機能とか、あとは部屋を大きくしたりとか。
そして一番上に表示されていたのは。
「……ワールドパスって、これなんなの? グレちゃん」
お値段なんと、驚きの一億PP。取らせる気全くなさそう。説明文も謎だし。
ルラレラティアを訪れるための通行証(無期限)、って。お金払えば普通にログインできるのに何を今さらって感じがするんだけど。それとも一億PP払えばその後はずっと無料でプレイできるってアイテムなんだろうか。それなら取らせる気がない値段も納得だけど。
グレちゃんは、にやあとした笑みを浮かべて丸テーブルの上にちょこんと女の子座りした。
「これはね、とっても特別なアイテムなんだ。LROがネットゲームとしてのサービスを終了したあとでも、ルラレラティアを訪れることが出来るアイテム。まあ、サービス開始直後だし今はどうでもいいアイテムだよ。アユムが、このセカイを気に入ってくれて、どうしても離れたくないって思った時に交換するといいよ」
「サービス終了後でもLROで遊べるアイテムって……」
採算度外視で、ごく少人数用にゲームサーバーを動かし続けてくれるってことなんだろうか。
――あるいは、アバターを通してじゃなくて本当に。異世界を訪れることが出来るとか。
まさか、ね。
ふわふわの椅子は、形は固定されてるもののスライムベッドと同じ素材っぽくて、なんだか眠くなってきた。朝早かったしね。
それより、グレちゃんにいろいろ聞かなきゃいけないし。
「グレちゃん、聞きたいことがあるんだけど」
「なあに?」
「……ゲーム内で起こったことが、リアルの方に反映されることってあるの?」
そのものずばり聞いてみる。
「ん、もしルラレラティアにいるときにケガしたりしたときのことを心配しているなら、基本的にプレイアバターとリアルの身体は物理的に別の存在だから、仮にプレイアバターがバラバラになったってリアルの方には一切影響はないよ? ただ、リアルの現在の状態をプレイアバターの方に反映したり、逆にプレイアバターからは記憶や経験をリアルの方に反映したり多少の同調はあるから、精神的な面ではその限りじゃないね。βのときより基本の同調率あがってるから多少はあるかも。特にアユムは同調率高かったし……何かあった?」
「……ぱんつの中に、砂が入ってた。服とかには全然だったのに。向こうでおトイレした時の砂が」
「……ちょっと待って、調べてみるね」
グレちゃんは別のウィンドウを開いて、何かカタカタと作業し始めた。ウィンドウにはボクのプレイアバターの姿と、がーっと流れる文字列が表示されている。
「んー……。アユムの同調率が高いせいで、コンバート時に本人の肉体の方も物理的に一部同調されちゃったかも。今のままでも、同調してリアルでケガしたりとかはしないし、特に問題ない範囲だと思うけど。念のために、強制的に同調率さげてみる?」
「……仕様通りってこと?」
「うん。仕様です。元々、良い効果ってリアルの方にもある程度反映されるようになってたし。向こうでしっかりご飯食べると、リアルでお腹減らなかったりとか」
「あー。そっちも仕様だったんだ?」
いろいろあって、ご飯が喉を通らないのかと思ってたけど。
「……なら、そのままでいいよ」
「ん、了解……あー」
グレちゃんはウィンドウを閉じて、何か少し考えるようにした。
「エロエロなアユムについでに忠告! もしえっちなことして妊娠とかしちゃったら、同調率の高いアユムはリアルに反映されるかもなので行動には十分に注意してね? ゲームだからって、考えなしに好き放題しちゃうとだめだよ?」
「えー?」
ゲーム内でえっちすると、リアルで妊娠するってどういうことだー。
まあ、オトコノコとそういうことする気は一切ないから、大丈夫だけど。オンナノコとはわからないけどー。
っていうか、レッドとバーンがどこまでできるか試そうとしてたけど。つまりそれってふつうにえっちなことできるってことだよね……。
「まあ、LROのうたい文句は”あなたを異世界に誘うただひとつの機械”だからね?」
「無茶苦茶すぎるよー」
まさか、ほんとに異世界に連れてってるとかいいださないよね、グレちゃん。
たぶんボクのセクハラに対する意趣返しで、まあ、単にゲームだからって気軽にそういうことしちゃだめだよってことなんだろうけど。
なんかグレちゃんにからかわれている気もしたけれど。問題ないっていうのを信じることにしよう。
「そうそう、もう一個確認しなきゃいけなかったんだよね」
女神様にカードもらったんだよね。
もらってすぐに影収納に仕舞い込んでいたのを引っ張り出す。大事なものだしロックもかけとかないといけない。
「……真っ白なんだけどこのカード」
ただレベルだけ10と表示されている。
「えー? ちょっと、アユムそれどうしたの?」
グレちゃんがボクの手元を覗き込んで声を上げた。
「ん、女神ティア様にもらった。グレちゃんこのカードなんだかわかる?」
「……それ、オールマイティのレベル10。どんなカードとしても使えるとんでもないレアもの。しかもレベル10だから、最大レベルになるし。ってゆーか、それランキングとかイベントで配られる予定でガチャとかじゃ出ないやつなんだけど」
「おー? とってもイイモノ?」
「オールマイティはイベント用で正規のナンバリング外だけど、それでもセカイに数枚レベルね。通常手段での入手はかなり難しいと思う。もう、ティア様ったらいきなりこんなの渡すなんて」
グレちゃんがため息を吐いた。
「……まあでも、スロットLv10しかないアユムにはとっても有用なカードね」
「おー」
オールマイティを影族のカードとして使ったら10レベルになるのかな。
さっそく試して見ることにする。グレちゃんにスロット用の簡易メニューを出してもらって、影族のカードになれーと念じながらオールマイティのカードをスロットに差し込む。すると、代わりにさっきまで刺さっていたレベル5の影族のカードが飛び出てきた。
そして。
これまで???と表示されていた部分が表示された。
双剣術:近接武器攻撃スキル(ダブル)
格闘術:近接格闘攻撃スキル
影縛り:対象の影を縛り、動きを封ずる
影歩き:影のある場所ならどこでも歩けるようになる
闇影牢:対象を自身の影に封じ込める
やったー。
ねんがんの こうげきスキル(っぽいもの)を てにいれたぞ!




