30、「流転する運命」
「この変な人……誰っ?」
イズミちゃんがサンドイッチをはむはむしながら、言った。
「えっとね、自称神様の人」
ボクが答えると。
「神様って、胡散臭いわー。あたし宗教関係は大っ嫌いなんだけどーっ?」
「へー、そうなんですかー。って、神様っ!?」
うげぇ、という顔をするイズミちゃんと、驚いた顔のルイくん。反応が真っ二つに割れた。
「あたしは神様でっす! 別に恐れ慄き崇め奉らなくってもいいけどねっ! あとシェラちゃんあたしにもお箸ちょうだいっ!」
「ピ!」
シェラちゃんが自称神様にお箸を渡すと、断りもなしにさっそくぱくつき始める。
まあ、シェラちゃんが許可したならいいけどね……。
「で、何やってるんですか? ってゆーか、ボクたちのこの状況。説明してもらえます?」
「あはは、それはあたしに勝ってから聞きたまえっ! 今はとりあえずごはんだよっ!」
馬鹿笑いする自称神様。
やっぱ、まともに答えることはなさそうだね……。
「……ふむー」
というか、ボス部屋から出てきたわけだし、この人を倒せばこの迷宮クリアってことでいいんだよね?
イズミちゃんも同じことを考えたのか。
「じゃあ、今すぐ死ぬといいわっ! ってゆーか、死ねーっ!!」
「って、イズミちゃんボクたち巻き込むのはやめてー」
「きゃー!?」
いきなり魔法の矢を浮かべたイズミちゃんから慌てて離れる。
しかし。
自称神様が振り向きもせずに、ぱちんと指を鳴らしたとたんに、イズミちゃんの魔法の矢は雲散霧消して消えた。
「こらこらイズミちゃん、お食事中に襲いかかるのはマナー違反だよっ!?」
「ぐぬぬ! 卑怯だわ!」
「あっはは、ここではあたしがルールなのさっ! なんたってほら、神様ですからっ!」
自称神様がドヤ顔でお料理をぱくついた。
時折不意打ちを仕掛けるイズミちゃんをことごとくかわした後、自称神様は両手を合わせて、シェラちゃんにぺこりと頭を下げた。
「ごちそうさまでした。美味しかったよっ! シェラちゃんはいいお嫁さんになるね!」
「ピ!」
「ぐぬぬぬ!」
イズミちゃんは悔しそう。自称神様が、反撃とばかりにイズミちゃんのお皿からメインディッシュを盗み食いしてたし。
「……ところで。ご飯食べた分くらいは説明してくれるんですよね?」
「むぐっ!? 食べ終わってからそれ言われると、断れないじゃないっ!?」
「まあ、それ狙ってましたしー?」
「アユムちゃん、意外と策士っ!?」
自称神様は、いい加減でちゃらんぽらんなところはあるけれど、決して不公平なことはしない。意地悪ではあっても、理不尽なことはしない。そういうところはこれまでの付き合いで知っているから。だから、先に恩を着せたら断れないんじゃないかな、そう思っただけなんだけどね。
「んー、じゃあ、三人いるし、3つだけなんでも答えてあげるよっ!」
「えーっと、じゃあ……どうしよう」
何を聞くべきだろう。
ボクたちのリアルがどうなっているかを聞いてみる? いや、それは気にはなるけど、今聞いてもどうしようもないことだよね。
元の世界に帰る方法、ログアウトする方法? この迷宮をクリアしたら、ルラレラティアにこの魂の煉獄エリアが解放される、とは聞いているけれど。それは元の世界に帰れることを意味しているのかな。
それとも、それとも?
ボクが何を聞こうか一生懸命考えてるうちに、イズミちゃんがいきなり突撃した。
「あたしから聞くわっ! あんたの弱点を教えなさいっ! できれば一撃で殺せるようなヤツがいいわ! ってゆーかはよ死ね!」
相談もなしに質問1個つぶしちゃうのはやめてほしい。どうせそんなにの答えは決まってるし。
「イズミちゃんは、ちょっと殺伐としすぎだよっ!? でも聞かれたことに答えておくと、”そんなものはありまっせーん”。はい、残り2個ね!」
自称神様が、ニヤニヤ笑いながら言った。
ほらー。こんなことだと思った。
答えがないことを聞いても、しょうがないよね。
「ぐぬぬ……! 無ければ今すぐ作りなさいよ! 自爆装置とかさっ!」
「無茶いわないでほしいなっ!? あたしなんでそんなにイズミちゃんに嫌われてるのっ!?」
「ラスボスなんでしょあんた! 慣れ合ってないでラスボスらしくしなさいよっ!」
「ほらほら、ケンカしないでー?」
流石にケンカ腰になって来たので止めに入ったんだけど。
「アユムちゃんはどっちの味方なのっ!? この人と知り合いみたいだけどさっ!」
「……どっちかってゆーと、どっちかなぁ」
正直言ってイズミちゃんもかなり困ったちゃんだし、自称神様の人もあんまり関わり合いになりたくないし。ぶっちゃけるとどっちの味方もしたくない。
「あ、あの、神様に聞きたいことがあるんですけど」
不意に横から、ルイ君が割り込んできた。
「ほい来たルイくん。あたしのスリーサイズならナイショだよっ!?」
「ボケは結構です」
「うぐっ、場を和まそうとするちょっとしたジョークだからねっ!?」
「えっと、ですね」
「うん、その答えは今ここでは言わない方がいいかなー」
言いかけたルイくんを遮って、自称神様が人差し指を下唇に当てた。
「え、ナニそれ? 今何も聞いてないのに勝手に答えて、それで質問終わりとか言う気?」
イズミちゃんが口をとがらせる。
反対に、ルイくんは真っ青な顔になった。
「……本当に、神様なんですね」
「もっちろんよっ!」
ニヤニヤ笑う自称神様。
んー、もしかして。
ルイくんが「もしあなたが本当に神様なら、私の聞きたいこともわかるはずですよね? 質問を聞かずに答えを言ってください」みたいなことを言おうとして、先読みした自称神様がその質問すら聞く前に答えた感じ? そしてルイ君が知りたそうなことで今ここで答えないことがいいことって、たぶん、リアルのボクたちがどうなっているか、かな。イズミちゃんには聞かせたくないし。
「……アユムちゃん、ほんっとキミは面白いね?」
自称神様が、なんだか苦笑気味に言った。
つまり、今ボクが考えたようなことまで御見通しってわけですかー。
「人を見透かすのはやめて欲しいです。趣味悪いですよ?」
「まあ、アユムちゃんもそのうち神様の気持ちがわかる様になるんじゃないかなっ! その資格はありそうだしね、特にそのトラブル体質なところとかっ!」
「ほっといてください」
まあでも。LROに関わってからトラブルに巻き込まれまくりな気はするけどね。
ん?
ちょっと待って。
今のこの状況って、どっちだ?
ボクが勝手に巻き込まれたのか、それとも、自称神様の差し金なのか。
「それはねー」
ニヤニヤ笑って、ボクの心の中の疑問に勝手に答えようとした自称神様を手で制す。
「答えなくていいです。理由はわかりませんけど、自称神様がやったに決まってますから」
「ちょ、決めつけいくないっ!」
「ボクやルイくんがここに居ることを知っていた時点で犯人はあなたですよ?」
きっかけはあったのかもしれない。
ボクとルイくんが選ばれる理由はあったのかもしれない。
けど、ここにボクとルイくんを放り込んだのは自称神様だ。
理由は、イズミちゃんひとりではクリアできそうにないから?
バランス調整的な意味で、ここに入るための条件を緩和した?
この間ゴッドジーラの時に、「難しくすりゃいいなんてのは製作者の自己満足にすぎないと思います」とかボクが言ったのを気にしてて、難易度調整をした可能性。
言い出しっぺだからってボクを引っ張り込んだのかなー。
「うわー。いつもはどっちかってゆーと、ぼーっとしてるくせに、なんか頭フル回転してるし」
ため息を吐く自称神様。
「いや、アユムちゃんとインチキ神様のやり取りが意味不明なんですけどっ!?」
「……なんかどっちも心の読みあいしてるみたいですぅ」
イズミちゃんとルイくんがぼやいてるけど、今はいい。
「自称神様、ボクから聞きたいことはひとつだけです。いえ、答えないで下さい」
「なんだね、アユムちゃん? ってゆーか聞くけど答えるなとか何それっ!?」
「この物語はハッピーエンドですね? まあ、ボクとシェラちゃんが居る以上、そうなるに決まってるんですけど!」
「あはっ! まあ、結局勝利は戦って勝ち取れってそうなるよねっ!」
自称神様が、立ち上がってこちらに背を向けた。
「んじゃあ、待ってるから。準備できたらおいで! ラストバトル、始めよう」
そう言って、自称神様は小さく手を振りながらドアの向う側へ消えた。
「……結局、なんだったわけ? インチキ神様とアユムちゃんのやりとりって」
「あの人はね、ああいうやり取りが好きなんだよきっと。だから、その場のノリ」
ぶっちゃけるとそれだけの話だったりする。
本当はどうだかしらない。
ボク達や、イズミちゃんがリアルでどうなってるのかなんて知らない。
聞いたら、そうなってしまう。確定してしまう。
だから、聞かないで、全てが丸く収まるよっ! そう言うことにするよ! ってボクはただ宣言しただけ。
「中二病ですかー?」
「うふふ、ボクの右手がまっかにもえるー」
「……それ違うくない?」
「これで、いいのだー」
「何がいいのさっ!?」
だから、たぶん、きっと。運命なんていくらでも変えられる。
 




