転生者二人目
更新遅くなりました。すみません。
転生者第一号、市杵島一馬の特訓が終わり(なにひとつ進展はなかったが)、ひとまず帰ろうということになった。
しかし、ここでひとつ問題が生まれる。
「転生者さんはどこに泊まるか、聞いてないのか?」
そう、転生者さんの宿泊先のことだ。
女神様ーーソフィちゃんーーに頼まれたので面倒は見ているが、寝食まで共にするとは聞いていない。
「僕も聞いてないです。すみません」
俺が尋ねると転生者さんーー市杵島一馬ーーは首を横に振って申し訳なさそうに告げた。
どうやら、本当にどこで寝泊まりするかを聞いてないらしい。俺はそう聞いて慌てることもなくむしろ当然だと感じていた。
なるほど。さすがソフィちゃんである。呼ぶだけ呼んで世話をすると言っておきながら、さっそく仕事を忘れていらっしゃる。
俺はソフィちゃんのドジさを再確認し、再度、問題を口にした。
「それで結局のところどうする? 野宿でもしてもらう?」
「えぇっ⁉︎ 無理ですよ‼︎ 野宿なんて僕できません‼︎」
俺としては割とマジな意見だったのだが転生者さんはかなり本気で嫌がっているようで。
「タチの悪い冗談はよして下さいよぉ……。それで、お二人はいつもどうしているんですか? できれば参考にしたく……」
先ほどの俺の提案を冗談と捉えたのか本気だと捉えたのかは判りかねないが、転生者さんは図々しくもそんなことを言う。
なんと答えたものかと二人ともしばし思案したのちに、
「……一軒家」
「一戸建てだな」
微妙に違った答えを返した。
「お二人とも家を持っているんですか⁉︎ この歳で⁉︎」
俺たちの返答に彼は相当驚いたらしく、目がクワッと見開いた大仰なリアクションを返してきた。
彼の元いたチキュウのニホンがどのような価値観を持っていたかは知らないが、若者に持ち家というのが似つかわしくないのはどこも共通のようだった。おそらく彼の頭の中では俺たち二人がそれぞれ並以上のそれなりの家を持っている身になっているのだろう。
だが、言葉にしたからと言って真実を告げているとは限らない。
言葉とは意思表示のツールであって意思疎通を為すものではないからだ。ことに、それが会って一日も経たぬ相手であればなおのこと。
「……二人ともというか、私たち二人でおなーー」
「ああ、そう言えばソフィちゃんが面倒見るって言ってたじゃないか。だから、今からでもソフィちゃんとこ行ってきたら」
シャルがなにやら言いかけてたのを遮り、俺は至極真っ当な解決策を早口で提案する。
途中で邪魔されたのが気に入らない様子のシャルに気付かないふりをしながら、転生者さんの説得に入った。
仕事を忘れること自体はまだいい。ソフィちゃんならよくあることだ。だが、だからといって仕事を放棄していいはずはない。己の尻は己で拭うべき。
人を甘やかすのはその人にとっても俺にとってもよくない。相手が女神様とあらばなおさら。
まあ、物理的に拭いて欲しいというなら俺もやぶさかではないが。
そうやって少しふざけ交じりに思考をシフトしなければ、慌てて割り入った理由に気付いてしまいそうになる。あと、顔も赤くなりそうでそれも避けたかったというのもあった。
完全に完璧に全璧に。付け入る隙も穴も綻びも見せないように転生者さんを説き伏せて、それもそうですね、と納得させたところで隣のシャルを小声で窘める。
「ちょっと……会って初日にそんなプライベートなこと教えなくてもいいよね? なんか、誤解されそうなこと言おうとしてなかった?」
「……別に気にしないけど」
俺が気にするんです。
依然、なんとも思ってない様子のシャルに「男っていうのはね、狼なの。少しでも個人情報を掴むと襲いにくるのよ?」とオカン口調で説くと嫌そうな顔をしてきたがそれも気にならない。
その後も色々と小言めいたものを重ねる俺にシャルは終始怪訝そうな顔を浮かべていたが、鬱陶しく思ったのかふい、と顔を背けたぶり目も合わせてくれなかった。
***
くあ、と誰のものともつかぬ欠伸がこぼれる。
暖かい日差しにまどろむ昼下がり。
いつもの酒場に俺とシャル、転生者さんと女神様が揃っていた。
「それでは二人目の転生者を紹介しますね!」
酒と埃で綺麗とは言えない床に文字らしき謎の模様が浮かび上がる。
それを見つめるソフィちゃんの目は真剣でありながら、手が我慢出来ないようにウズウズしていた。それだけ今回の転生者、二号は意に沿った人物を探し当てたということだろう。
ところで一号はというと、昨夜は女神様のはからいで宿をとれたらしく身なりは綺麗なものだった。
「いきますっ‼︎」
女神様が手をかざすと模様らしきものが輝き出し、光の粒子が辺りを飛び交う。
その粒子が、円を描く模様の中に収まると人の形になるように集まっていった。
昨日に宣言した通りで、そのシルエットは髪が長く華奢な肩をしており女性らしい丸みも伺える。横でシャルの舌打ちが聞こえた気がしたが聞き流してシルエットを見やる。
パァァァッと光が飛び散りその中心にいる女性がわずかに「んっ」と身じろぎをして目を開けた。
黒髪のツインテールに白い肌、黒の瞳をぱちくりさせて確かめるように360度見回している。
異世界転生とやらに戸惑っているのだろうか、なにかを見つめては「ひょえー」だの「うわわ」だのとせわしない。
忙しいやっちゃなぁと目線が合わないように半身を向けつつ睥睨していると、脇をシャルにこづかれた。
「なに?」
「……どう思う」
「どうって、見ただけじゃ強さは分かんねぇだろ」
なに言ってんだこの子、とシャルを見るとシャルからもなに言ってんのこいつ、と言いたげな目で睨まれる。
「……そうじゃなくて、女の子としてどうってこと」
「そっちかよ……まあ、普通くらいなんじゃねえの。知らんけど」
率直に答えるとそれだけか、と不満げな表情をシャルは見せたが実際彼女を評価する比較対象を俺は持ち合わせていない。
酒場のウエイトレスのように、クリーム色のブラウスと赤と黒のチェックになっているスカートはまだいい。しかし、黒の髪と瞳を持つ人間に出会ったことは今まで一度もなかった。
だいたいは出身の気候に合わせて赤、青、黄の髪と目をもって生まれることが多いからだ。たまにシャルのように色の薄い者はいても彼女のような黒髪黒目は見たことがない。
顔の造形も少し違うようでここらの女性たちとはタイプが異なっている。こうなると本当に顔の評価はしようがなくなり、自然と目は下へと落ちた。
山だ。山がある。ブラウスを押し上げ存在感も露わに彼女の動きと連動してウェイブしていた。
プルンプルンでタプンタプンでポヨンポヨンしていた。なかなかのサイズをお持ちのようだ。これは男にとっちゃ凶器だな、いやもうこれは鈍器と言ってもいいまである。心理的にも物理的にもまさにハンマー。
「……どこ見てんの」
「いっ⁉︎ いや、メリハリがあっていいなと思ってだな」
動きを目で追って惚けていると、袖を引っ張られて向いた先にジト目のシャルがいた。
「……どこが? 胸? バスト? 脂肪の塊?」
「それ全部一緒じゃん。違えよ、ほら、肌が白くて髪が黒いと明暗がくっきりとしてんだろ。顔だよ、顔」
どうでもいい評価をくっつけて顔を見ていたのだとなんとか釈明したけれど「……嘘くさい」とそっぽを向かれる。
あと、正確に言うならば最後の脂肪の塊は一緒じゃない。ここらへんにシャルがどこを気にしているかがよく表れている。
人間は自分に無いものを欲しがる性質があるからね。仕方がないね。
そっぽを向かれて話すことが無くなると、俺と同じように酒場の男共の視線が向いている先を見る度に、シャルの舌打ちが俺の耳にだけ届いた。