ポンコツ女神様
チキュウのニホンから来るという転生者さんが実は超強くて魔王を討伐みんなハッピー!
そう考えていた時期が俺にもありました。
しかし、現実はそう上手くはいかず、転生者第一号は結果として最低の部類に入る人材だった。
まず、戦いの知識も度胸も持ち合わせていなかった点。
女神様曰く、なぜかチキュウのニホンに住む人はこちらの世界の常識に詳しく、即戦力となってくれるらしいのだがこれがとんだ期待はずれだった。
先程、子ゴブリン数匹に勝てないことからも実証済みだ。
市杵島一馬と名乗った彼は戦闘経験がないらしく魔法も使えないため、前の世界はどうだったんだと聞けばそもそもチキュウには魔法は存在しておらず、戦わずとも生きていける世界らしい。
聞いた話と全然違う! という感想が俺とシャルで一致したため、後日、女神様と転生者さんを交えて確認することになった。
「……この転生者、全然使いものにならないんだけどどうなってるの」
「あう、すみません……」
開口一番、シャルが女神様に疑問をぶつけたように思えたがその言葉は転生者さんに向いていたようで、転生者さんの目にじわりと涙が浮かんでいた。
すごい。本人が隣にいるのに遠慮せず非難できちゃうシャルちゃんこわい。慣れてる俺ならまだしも、会って初日の転生者さんにも遠慮しないとかシャルちゃんヤバい。
事実、その非難の言葉は言の葉というより言の刃じゃねえのと思うくらい鋭く、その後も延々と「弱い」だの「ヘタレ」だのと繰り返しては転生者さんの心にグサグサと突き刺さっていた。
もうやめて! とっくに転生者さんのLPはゼロよ! と俺が言ってもシャルは聞かないだろうし、ここは一旦転生者さんが避難した方が良いんじゃないだろうか。じゃないとこの子の非難はいつまでも終わらない。
「シャルの非難は言い過ぎだとしても、聞いていた話と違うのはどういうことなんだ?」
「実はですね……」
女神様が申し訳無さそうに話した説明は以下の通り。
ひとつ、言語翻訳さえ付与すればいいと思った。
ふたつ、本当はチートと呼ばれる恩恵を用意するべきだったが知らなかった。
みっつ、転生が済んだ段階では恩恵を与えることができない。
「なるほど、つまり?」
「その、一馬さんは恩恵を持たない一般人ということになります。いえ、むしろ1から魔法を覚えなくてはならない分大変かと……」
「そ、そんなぁ……」
女神様が訥々と語った現状に転生者さんは肩を落として落胆していた。
歳が15、16くらいにもなると簡単な魔法は誰でも使えるのがこの世界の常識。そこへチキュウとやらから転生して17歳で再スタートだなんて。
転生者さんのこれからの人生を想像すると、その心中を察することは難くない。迂闊な発言は憚られた。
「……次の転生者でも呼んだ方がいいんじゃない? 結局この人は無能ってことだし」
ただまあ、シャルちゃんの辞書には遠慮という文字がないので素直な意見を言ってしまうんだな、これが。
何度も言うが、慣れた俺なら傷つかないが初対面の人はそうはいかないわけで。
転生者さんは泣き出す一歩手前になり、女神様が何回も何回も謝ってようやく持ち直して話に戻ることができた。
「もちろん市杵島さんのフォローはこちらで致します! いえ、させて下さい! それと、次の転生者には必ず恩恵を付与した状態で呼びますのでお二人に会ってもらえたら、と。その……」
謝っている間はなんとか声になっていたが、最後の方は徐々に小さくなっていた。
わかる、わかるなぁ。謝罪と依頼は同時に行えるようなものじゃないもんな。
謝りついでにもひとつお願い、だなんてとびきり可愛い子じゃないとできない。いや、女神様はさすが女神様なだけあってとても可愛らしいのだが。本人は自覚していないのだろう。
貫頭衣形式の白い寛裕服に身を包み、しなやかに伸びた手足は少女らしく、されど肉付きは程良く。
神様といういわば威厳の塊である存在にも関わらず親しみやすいのは、常に柔和な印象を与えてくれるからだろう。
暖かな輝きを持つブロンドも、透き通るような乳白色の肌も、翡翠の如く澄んだ瞳も。
どれをとっても人間の域を超えたまさに神様なのだが、普段のドジっ子ぷりのせいで神々しさを感じることは少ない。
というか、いつもヘマしてばかりなので多少のミスは許してしまえる気がする。
転生ミスという大事さえもどうにかしてあげたくなってしまうのは、彼女の魅力というかこちらの男の性というか。
とにかくそういうことで、俺としては転生者第2号も面倒見てやろうと思っているのだが、シャルはそうでもないらしい。
「……せめて私たちよりは強くないと話にならない」
その言葉は今までのただ無遠慮だった言葉とは違い、なにかしら含みのあるセリフだった。2人はもちろん言葉通りに受け取るだろうが、そこそこ付き合いのある俺には彼女の意図を汲み取ることができる。
「なら超強い2号さんがくればいいって話だな。そうすりゃ2号さんに頑張ってもらう間に1号さんの世話ができる」
だから、普段は回転の遅い頭でもスルッと解決策が出てきた。
しかし、俺の提案に転生者さんと女神様の2人は頷いてくれたがシャルだけは難色を示してくる。
「……この女神のことは信用できない。また同じようなドジを踏むはず」
「そ、そんなことないです! とびきりすごい方を連れてきます!」
普段からぱっちり開いてると言えないシャルの瞳が、ジト目とでも呼ぶべき半眼で女神様を睨んでいた。
まあ確かに女神様にはミスった実績があるけれど、さすがにシャルも本気で疑ってはいるまい。さっきは早く次の転生者を呼べって言ってたしな。
要するにこの子は同じ失敗をしたくないのだろう。信じた相手に裏切られるということはシャルにとってなによりもタブーなのだ。
過去に痛い経験をしたから。
「だったら、ソフィちゃんを信じる俺を信じてくれ。絶対に裏切らないと誓う」
ならば、その相手を変えればいいだけの話。それだけでも効果があると今の俺は知っている。
「……ん。わかった」
そう言って渋々といった感じで首を縦に振ってくれた。
思った通りシャルが了承してくれたのであとはすんなり話が進み、明日にも2人目の転生者が呼ばれることになった。
「またミスすんなよソフィちゃん」
「ええ、任せて下さい! 次はバランスも考えて女の子にしますね! それでは、また明日!」
笑顔を浮かべて消えていく女神様。
しかしそれとは対称に、シャルの目つきが鋭利なものに変わっていくのを感じた。
「あの……シャルさん? ちょっーと目が怖いかなーなんて」
「……もし色目を使うようなら抉るし、手を出そうものなら切り落とすから」
「あ、ハイ」
ダガーナイフのような目で睨まれてろくに言葉も出なかった。
なにやら、言質を取られたような気がするがそれはまあいい。あと、抉るとか切り落とすとかについて何を? と訊いてはいけない。
おそらくそれは俺がシャルを裏切らないか心配なだけで、本当に実行する気はないと思う。いや、そう信じたい。
それなりに付き合い続けてきたのだ。冗談に決まってる。
しかし、どれだけ訊いても今度のシャルは首を縦に振らず冗談だと訂正してくれなかった。