転生のすゝめ
女神様登場です。
いきさつやら経緯やらの回で、時系列では1話より過去の話になります。
転生者さんが泣き止むのを待ってから町へ帰る傍ら、転生者さんとの邂逅を思い出していた。
始まりは、我が町ーーバーミンフォードーー担当のドジっ子女神の提案からだった。
「転生者を招き入れたい?」
「そうなんです。それで、皆さんの意見も聞こうと思いまして……どうでしょう?」
「どうでしょうって言われてもなぁ」
シャルと2人で昼食を摂っていたところへ突然女神様が訪れ、「転生者を招き入れたいが、どう思うか」と訊かれたのだ。
いつまでもなし得ない魔王討伐の解決策として、チキュウという世界のニホン人に白羽の矢を立てたそうだ。
なんでも他世界ではそれが主流らしく、世界を救った転生者も多数いるとかいないとか。そこで、俺たちの住む国ーーサンクトブルクーーが選ばれ、わが町担当の女神ーーソフィーー様が受け持つことになったらしい。
しかし、そう言われても俺はすぐには答えが出ず、辺りを見回していた。
この場にいるのは酔い潰れてテーブルに突っ伏していたり床で寝転んでいたり、昼間だというのに騒ぎ散らして取っ組み合いを始める輩など、総じてだらしない大人たちばかり。
何十人もいて喧騒に包まれているがこの中にまともなやつは1人もいない。というか、女神様の話を聞こうとするやつが1人もいない。
なんせここは町で唯一の酒場だ。仕事帰りや景気付けに呑んだくれるのはもはや日常茶飯事。だから、皆が酔い潰れているのも当然の結果であるし、むしろ、この時間を選ぶ女神様が悪い。
そういった意味も込めて女神様を見つめるが気づいておられないようで、メモ帳片手に意見を待ち続けていた。
身振り手振りだけでコミュニケーションの7割が成立するとどこかで聞いたが、アイコンタクトだけでは無理だったらしい。
つまり、俺と女神様との間にコミュニケーションは成り立たないということになる。
残り3割の会話はどうしたって? そんなもの初めから論外ですが、なにか。
「……取り敢えず呼んでみたら? もしダメなら元の世界に戻せばいいし」
呆れたのかため息ひとつこぼしながら、口ベタな俺の代わりにシャルが答えてくれた。
「なるほど、シャルロッテさんは賛成派ですね。バージェスさんはどうですか?」
「俺はシャルと同意見だ」
「いえ、あの……」
訊かれたので率直に答えたまでだが、女神様には納得いただけていない様子。なにか不満でもあるのだろうか。
そういった意味も込めて女神様を見つめるが、またぞろ通じなかったようでメモ帳とペンは胸ポケットへと帰っていった。
「では、皆さんの意見としては賛成派が多数ということで」
「その皆さんには2人しか含まれてないんだよなぁ」
なにやら、うんうんと頷いて帰ろうとした女神様にことの真実を伝えると、むぐっとなにかが詰まったような声を出しばつがわるそうに目を逸らしてしまう。
「これだけ人がいるのに賛成2票で可決するのはどうなの、ソフィちゃん」
「うう、ですがあの方たちに訊くのは……」
嫌そうな顔をして女神様が指差す方には、先ほどから変わらず皆が酒を片手に賑わっている。
「ソフィちゃんも俺たちと飲もうぜぇ!」
「ソフィちゃんがお酌してくれればどんな酒も美味いってもんよ!」
「それだ! お前今良いこと言った!」
へべれけに酔った顔で高笑いをする連中を見るに、確かに近寄りがたい雰囲気ではある。
ソフィちゃんの実年齢は知らんが見た目は少女然としているし、中年の酒呑み相手では辛かろう。
「……あの人たちまともな判断もできないだろうしいいんじゃない?」
「だな。全員賛成派ってことでいいよな、いちいち訊くのもメンドくさいし」
「で、ですよね! それでは皆さん賛成ということで、私はこれで失礼します!」
よほど嫌だったのか、俺たち2人の承認を得るやいなや女神様は光に包まれてそそくさと帰っていった。
酒呑みたちは残念そうにしていたが、すぐにまた宴を再開したらしくガハハ! と騒がしくしている。
***
「転生者ってどんなやつなんだろうな」
女神様が帰った後なにも無かったように食事に戻ったシャルだったが、少しばかり不機嫌な表情をしていたので話のネタを振ってみた。
「……少なくともあの人たちよりはできた人間だと思う」
サンドウィッチをはみはみと食みながらぽそっとこぼれ出た言葉は、転生者のことを話しているようでその実、呑んだくれ共への不満だった。
それが可笑しくてつい笑ってしまい、シャルに睨まれながら俺もサンドウィッチを手に取った。
シャル好みのフルーツサンドの甘みを舌で感じながら転生者について考えてみる。
「どうせなら世界を救ってくれるような超人ならいいんだけどな」
「……魔王を倒してくれるような?」
「ああ、願わくば」
正直な話、魔王を倒してくれるならこの世界を救ってくれるなら、勇者が誰であろうと構わない。よその世界から来るという転生者が勇者になる可能性だってある。むしろ、今まで誰も達成できていないことから考えると、おそらくこちらの世界に勇者なる者は存在しない。
そんなとても都合のいい願いを胸に抱き、期待に胸膨らませ、甘さで胸焼けを起こしながらシャルと2人でサンドウィッチを片した。
次回は少し異世界の説明があります。