02 わえの間
現状の整理からはじめよう。
俺は確か、教室で授業を受けていた。
教科は英語だったはず。三葉先生の胸元があまりにも解放的だったので、俺はそれに見惚れていたんだ。
すると急に、隣のクラスから歓声が上がった。
二学期初日から来た転校生が結構美人らしいと、後ろの席の男子二人が話していたのを覚えている。
俺はそれほど興味もなく、三葉先生の胸元に視線を戻したときだった。
あの寒気が、俺の体を震わせた。
妹の身に危険が迫っていると知らせる、あの寒気が。
俺は先生(の胸)に短くトイレに行くと告げ、急いで二階女子トイレに向かった。
この寒気はご丁寧に、沙柚の居場所まで教えてくれる。
トイレに着くと、男が沙柚に向かって走っていくところで、それを俺は……。
そうだ、そこで俺は下腹を刺されたんだ。
ん?俺は……下腹を……刺された……!?
そうだ刺された!そして意識を失ったんだ!
急いで自分の下腹に手を当ててみたが、そこには傷一つ付いちゃいなかった。
夢だったのか……?
いや、それはありえない。あの痛みは本物だ。
ということは……
「死んだのか……俺」
思わずそれは声に出た。
激しい痛み、大量の出血、それらをまったく感じない今、それ以外には考えられない。
俺は自然と、自分が死んだという事実を受け入れることができた。
妹の沙柚を救えたことが、死への抵抗を軽減しているのだろうか。
でも、だ。
自分が死んだことは分かっても、目の前のこれについては分からない。
俺は目の前にあるそれを見た。
壁も天井も、床さえもあるのかどうか分からないこの真っ白な空間で、それだけははっきりとそこにあることが分かる。
目の前では、人の形に組み立てられた人骨がふわふわと宙に浮き、カタカタと俺に手招きをしていた。
さすが死後の世界!骸骨が生きてるのか!
と思って近づいてみると、骸骨の後ろには人影が見えた。
よく見れば骸骨の腕には小さな手が添えられている。
なんだ、人が動かしてたのか。
いや、ここはがっかりするところじゃない。むしろ喜ぶべきだ。
右も左も分からない死後の世界で、人にめぐり合えたのは幸運と言える。
しかしその安心感は、すぐに不安へと変わった。
そこにいたのは、体より二回りは大きい白のコートを着た子供だった。
大きなフードを深く被っていて、顔は見えない。
大きさからすると、小二くらいかな。
子供だからといって、他に手がかりがない今、素通りはできない。
手招きもされたことだし少し訊いてみよう。
「やあ、ちょっとお話がしたいんだけど、今いいかな?」
警戒心を刺激しないよう、細心の注意を払う。
大丈夫、子供は嫌いじゃない。
その子は骸骨から手を離さずに、フードの隙間からちらりとこちらを覗いた。
少し見えた感じから察するに、どうやら女の子のようだ。
しかし俺と目が合うと少女はすぐに視線を外し、顔を隠すようにして俯き、小声で何か言っている。
「――うぶ。まだだいじょうぶ。ばれてない」
しばらく待つと、少女はまた顔を上げた。
目が合っても、今度はすぐには視線を外さない。
「……」
「……」
え?今これ何の時間?俺が何か喋るべき?
「えっと……」
気まずいので何か話そうかと口を開くと同時に、「はあぁー」とかわいらしい溜息が聞こえた。
見ると、少女は明らかに肩を落としている。
「なんでわかっちゃったんだ?変装は完璧だったはずなのに……」
少女の手が骸骨から離れると、宙に浮いていた骸骨は煙のように消えていった。
今の何!?
「まあ、ばれちゃったものは仕方がないね」
消えた骸骨の謎を追う俺の前に、少女は足を開いて立ちはだかった。
「よーくぞあたしが本体であると見破ったぁ!」
少女は勢いよく、深く被ったフードを脱いだ。
少女は予想通りの幼い顔立ちだったが、とても整った容姿をしていた。
髪は現実では秋葉くらいでしか見かけないきれいな銀髪。
真ん中で分けられた前髪は、左右でそれらを支えるしゃれこうべの髪留めを外せば、少女の小さな顔を全て覆い隠してしまいそうなくらい長かった。
俺はロリコンではない(はずだ)が、とてもかわいい子だと思う。
というかぶっちゃけかわいい。
不覚にも見惚れてしまった俺を気にせず、少女は続ける。
「あたしは死神、イヴ=モルティ!」
無邪気な笑顔で、少女は笑った。
「あなたは選ばれた!ようこそ!わえの間へ!」